Kabuki Review by Sekidobashi Sakura

 

平 家

20059月歌舞伎座


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ハルルさんの苦悩

1912(明治45)年に大阪浪花座で初演された、岡本綺堂作の新歌舞伎。『平家物語』で知られる、那須与一のエピソードの後日談である。平家の官女玉蟲を通して、源氏に対する激しい恨みを、綺堂の持ち味である屁理屈満載の台詞劇として描いている。芝居の冒頭、NHK大河ドラマ『義経』で、謎の婆さんお徳として、物語の語り部を演じている白石加代子さんが、那須与一の扇打ち落としの場面を『義経』と同じように語る。残念ながら、録音でした。

11852月、源氏の平家討伐軍が屋島に攻め寄せた時、平家方は扇の的を立てた一艘の小舟を仕立てて、矢で射てみよと源氏方を挑発した。那須与一が馬を進め、一矢射たところ、見事に扇を打ち落とす。この時、源平両軍は、打ち落とされた扇に、平家の命運が尽きたのを見た。小舟には、一人の上臈が乗っていたが、それがこの『平家蟹』の主人公玉蟲であった。一ヵ月後、壇ノ浦の合戦で平家は滅亡し、近隣では甲羅に恨みを刻んだかのような蟹が見かけられるようになった。その蟹を、人々は平家蟹と呼んだ。

『伝説巨人イデオン』における最も因縁深い確執は、ハルルとカララ姉妹の関係にあった。バッフ・クラン星のお嬢様カララは、愚かにも異星人である地球人と接触し、イデの無限力を巡る二つの星の戦争のきっかけを作った。その上、カララは地球人ベスと恋仲になり、妊娠する。姉のハルルは、恋人だったダラムと別れた後、軍の戦闘指揮官として仕事に励んでいたが、妹カララの能天気な馬鹿さ加減には、些かうんざりしていた。カララが無限力の発動の中心となっていることを知ったハルルは、カララの乗る宇宙船ソロ・シップに特攻をしかけ、潜入し、自らカララを射殺する。「許せなかったのです!!!」カララを射殺したことを父親に報告した時、ハルルはそう訴えた。

誇り高い玉蟲は、売春して生き延びるより死を選ぶような女性である。玉蟲もハルルと同じく、ダラムのような恋人があったことだろう。そして彼は、壇ノ浦で戦死したに違いない。ダラムもまた、地球人との戦闘で戦死した。玉蟲とハルルは、同じ運命を生きた人間なのである。しかしながら、この二人には、大きな違いがあった。

ハルルはダラムの敵討ちを果たすべく、バッフ・クラン軍の戦闘指揮官として、地球人との戦闘に臨んだ。つまり、ハルルは知盛の立場にあったわけだ。一方、玉蟲は、かつての栄華が続いているかのように、官女姿に身を包み、平家一門の恨みを甲羅に刻んだ蟹と戯れつつ、源氏を呪詛する祈祷を繰り返すことに明け暮れていた。その上、玉蟲の妹玉琴は、生活のために売春し、あろうことか与一の弟与五郎と結婚するというのである。与一が扇を射落とした時、玉蟲は、公衆の面前で辱められたと感じたのではないだろうか。ならば、玉琴の行動は、許せるものではない。

妹を殺害した動機は、ハルルも玉蟲も同じだったが、その後玉蟲は入水するしか選択の余地はなく、ハルルはその恨みを地球人との戦闘にぶつけた。結果的にハルルもまた戦死するのだが、人間としての資質の優劣は明らかである。とは言え、玉蟲が平家の残党を集結させ、これを指揮して源氏との戦闘を再開しなかったことを責めるのは気の毒というものだろう。

ダラムとハルルは確かに愛し合っていたのだが、全軍の戦闘指揮官であるハルルを妻とすることは、ダラムの軍人としてのプライドが許さなかった。ダラムはハルルを愛するが故に、ハルルから去らなければならなかったのである。私は常々、ダラム・ズバに振られてみたいと思っていた。ダラムのような男が、逃げ出さざるを得ないような女になりたいというわけだ。そういうわけで、私は源氏に対する恨みに苦悶するばかりだった玉蟲よりも、地球人に実質的な戦闘被害を与えたハルルの方が、傍迷惑な分、余計に愛しいと感じるのである。

『伝説巨人イデオン』を知っている歌舞伎ファンが、そう多いとは思えない。(皆無か?)ハルル姉さんを知らない人は、妹殺しに至る玉蟲の稀有なほどの誇り高さと怒りを、奇異に感じるかもしれない。同じく今月歌舞伎座で上演された『忠臣蔵連理の鉢植・植木屋』に登場するおたかも、誇り高い女性であるがために自刃する。売春をしなければ生活できなかった妹、その妹を殺害し、生活の手段を失ったために、自身が売春をせざるを得ない状況に追い込まれ、これを避けるために入水した姉、愛する男のために他の男に抱かれたおたか、彼女ら三人の不幸な女たちは、皆死んでしまった。

望まない性行為に身を委ねた女たちは、男性作家の手にかかると、皆死ななければならないのかと考えると腹立たしい気持ちになる。玉琴のような女たちが、当時多く存在したことを考えると、女たちの壇ノ浦が男たちの壇ノ浦に負けず劣らず悲惨だったのだろう。また、玉蟲が自らを活かすための道を見出せなかったのは、残念なことだった。ハルル姉さんは、地球人に対して戦いを挑んだ。その強さを、評価したい。

芝居の冒頭、舞台のスクリーンには那須与一の絵巻物が映し出され、前述したように、白石加代子さんが、『平家物語』を語る。その語り口が、実にはまっていて、NHK大河ドラマ『義経』の影響力の強さを改めて認識した。この芝居が歌舞伎座の舞台で上演されたのも、大河ドラマの評判にあやかろうという意図があったのだろう。観劇した翌日、『義経』では壇ノ浦の合戦の様子が放送された。『平家物語』に描写されている、知盛のお掃除場面は省かれ、彼は一人で入水した。嗚呼、残念…。

『平家物語』によれば、那須与一の場面は、扇を打ち落として終るわけではない。扇を打ち落とした与一の腕前には、源平双方が喝采し、扇を立てた小舟に乗っていた平家の侍の一人は、与一の見事な一矢に感極まって舞い始めた。与一はこれを射殺すのである。源氏方は扇の時と同じように沸いたが、平家の軍勢は一瞬にして静まり返ったという。玉蟲は、これを目撃したはずだった。

ハルルの苦悩は、古今東西の女たちの苦悩と同じものだ。しかしながら、ハルル姉さんの強さは、古今東西の全ての苦悩する女たちに、自ら戦うという選択肢があることを示している。そのことを知らなかった女たち、その能力がなかった女たちの悲劇に、今はただ黙祷を捧げたい。幕。(2005,9,3)

○余談:魁春演じる玉琴が、第二場の冒頭、いきなり転倒したのには驚いた。今月は、最前列の席だったので、花道から退場しようとしていた玉琴は、私の目の前ですっころんだのである。まるで、私が転倒するような様子で転んだので、吃驚した。怪我でもしたんじゃないかと心配したが、後から登場した時には、何の問題もなさそうだったので、良かったわ。気をつけてね。


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