| Kabuki Review by Sekidobashi Sakura |
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か み か け て さ ん ご た い せ つ |
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盟三五大切 |
| 2005年6月歌舞伎座 |
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1825(文政8)年江戸中村座で初演された『東海道四谷怪談』が、『仮名手本忠臣蔵』の外伝として好評を博したため、同じ年、同じ趣向の『盟三五大切』が上演された。どちらも、泥臭いエロティシズムと、凄惨な殺戮シーンに定評のある四世鶴屋南北の作品である。現在では、鶴屋南北といえば、この四世を指すが、鶴屋南北という名前は、三世までは役者のものだった。三世鶴屋南北の娘と結婚したことで、狂言作者四世鶴屋南北が誕生したというわけだ。 元々大衆演劇として発展してきた歌舞伎ではあるが、近年では伝統芸能としての洗練された演出が幅をきかせ、表面的には、そのエロティシズムは暗にそれを感じさせるという域に留まっている。しかしながら、鶴屋南北の作品においては、江戸期ならではの退廃的な陰猥さが、今尚かなり明確に演出されている。『盟三五大切』の小万と三五郎、小万と源五兵衛、菊野と伊之助の絡みは、江戸期の風俗嬢とその客、あるいはヒモという図式を明示しており、その所作は羞恥を覚えるほどあからさまである。こうした品のない演出は、性行為まで美に昇華してしまう演出よりも、男女の業のようなものを感じさせ、観客を赤面させずにはおかないのだ。 冒頭、小万は妲妃という異名を持つことが語られる。妲妃(妲己)とは、中国の古代王朝殷の第三十一代目にして最後の王となった紂王の寵妃だった美女で、「酒池肉林」の語源となった無茶を紂王にさせた人物として知られている。元々可愛いだけの女だったらしいが、千年生きた狐の妖怪に憑かれて、とんでもない毒婦に変身したという。その妲妃の名が、小万の綽名だというのである。 その小万の腕の彫り物「五大力」とは、五大力菩薩の略。江戸時代、主として女が手紙の封じ目、または所持する三味線・簪・煙草入れなどの裏面などに記した呪語。前者は宛てた人に封がとけずにつくまじない、後者は貞操その他の誓いのしるしとされた。 また、源五兵衛が大量殺人を犯した後、隠れ家としているのが、愛染院であった。愛染院とは、愛染明王を祭った寺院のことだが、愛染明王は真言密教の神で、愛欲を守ると言われている。そんなもんにまで神様がいるとは、真言密教おそるべしである。そして、こうした小道具の数々に、鶴屋南北のエロティシズムに対する拘りが、凝縮されているわけだ。 今回小万を演じたのは、時蔵であった。夫のために芸者に身をやつし、男たちから金を搾り取る。好きでやっているわけではないが、気落ちしてもいられない。可愛いながらも、強かな女の姿が、時蔵の撫で肩から滲み出る。その肩を背後から抱き締めるのが、仁左衛門演じる三五郎だ。もの凄くスケベ。エロい。何しろ一番前の席だった。涎が出そうなくらい、見惚れてしまいましたよ。この二人にかかっては、いかに吉右衛門さんの源五兵衛といえども、形無しであった。 さらに、鶴屋南北の作品であるからには、殺戮シーンは避けて通れない。『盟三五大切』においては、犠牲者五人という大量殺人が描かれるが、最も凄惨な印象を観客に与えたのは、小万が自身の手で赤ん坊の殺害を強いられる場面であろう。その後小万は殺害された上、首を切り落とされるのである。小万の首を机に置いて、その前で食事を始める源五兵衛の狂気は、四世鶴屋南北の真骨頂を感じさせた。この場面で、小万の首が、作り物ではなく、時蔵自身によって演じられ、口をパクッと開く瞬間があった。歌舞伎座では、役者の身代わりとなる作り物が、余りにも作り物であることを強調する演出が用いられる傾向がある。つまり、人形だの、生首だのが、パコンパコンと音を立てそうな張りぼてなのである。それを考えると、今回の小万の首には、拍手を贈りたい。できることは、本物でやって欲しいんだよね。 さて、鶴屋南北の作品にしばしば見られる陰惨な悲劇は、ある共通した性質を持つ人物によって引き起こされる。『東海道四谷怪談』のお岩、『桜姫東文章』の桜姫、『盟三五大切』では源五兵衛がこれに当たる。彼らは世話物狂言の登場人物であるにもかかわらず、その世界観に馴染めないでいる印象を拭えない。江戸退廃期にあって尚、時代物における武士道に根差したモラルに捕らわれているため、浮いているのだ。その結果、自ら悲劇を招くことになるのである。 エロティシズム、スプラッタ、グロテスクが持ち味の鶴屋南北の一作品であることには変わりがないが、『盟三五大切』で一貫して描かれているのは、武士道における「忠義」の思想であった。実は塩冶家臣だった不破数右衛門こと源五兵衛は言うに及ばず、その郎党八右衛門もまた、源五右衛門に対する忠義のため殺人罪を引き受ける。三五郎は、旧主不破数右衛門の顔を知らなかったがために、源五兵衛を名乗る数右衛門から金を奪い、それを当人に渡すという混乱が現出した。それぞれが忠義のために奔走し、犯罪は隠蔽され、正当化される。これら全ての忠義は、最終的に、塩冶浪士の討入へと収束されるのだ。 『東海道四谷怪談』が大当たりを博したのは、とりもなおさず『仮名手本忠臣蔵』の人気のおかげであったし、その『忠臣蔵』人気は、赤穂浪士たちによる忠義の討入があってのことだった。鶴屋南北は、狂言作者として当たる芝居を提供しなければならず、自信の作風にも自信を持っていたはずだ。しかしながら、鶴屋南北は、エロティシズムの路線を堅持しつつも、『盟三五大切』によって、忠義の実態が如何に不条理なものだったのかを、観客に、更には社会に示したかったのかもしれない。(2005,6,4) 余談:歌舞伎座で、NERVのショルダー・バッグを持っている、ポップな白人姉ちゃんを見かけた。『エヴァンゲリオン』が、また人気を盛り返したのだろうか? 私は、NERVのマウス・パッドを持っているんだけど、べこべこになってしまったので、新しいのが欲しいんだよね。ショルダー・バッグも良いなあ。どこで、買ったんだろう…。 |
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