Kabuki Review by Sekidobashi Sakura

 

ば ん ち ょ う  さ  ら  や  し  き

番町屋敷

20052月歌舞伎座


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1916(大正5)年、東京本郷座で初演された岡本綺堂作の新歌舞伎。所謂、怪談皿屋敷伝説を素材に、江戸期の武士の厳しい倫理観を描いた秀作である。

作者の岡本綺堂(18721939)の父岡本敬之助は、百二十石取りの御家人だった。江戸期、一万石以上が大名、これ未満を直参、その中で 御目 以上が旗本、その他が御家人と呼ばれていた。これら直参の旗本、御家人を幕臣と総称していたわけだ。綺堂の父の時代、世間は幕末から明治維新へと激動の最中にあったが、数多の幕臣が路頭に迷ったこの時期、綺堂の父は英国大使館に書記官として再就職している。不況に強いということか、はたまた目敏い、抜け目ないと言うべきか。ともかく父親が英国大使館に勤めていたため、綺堂は10歳から英語のお勉強を始めることになった。テキストはコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』である。ひょっとしたら、綺堂は、日本で最初のシャーロキアンだったのかもしれない。それとも、親父がそうだったのかも…。

ドイルは『シャーロック・ホームズ』の中で、ビクトリア朝のロンドンの街を極めて活き活きと描いている。シャーロキアンではないが、調布よりロンドンに詳しいと豪語する友人もいるほど、私の周囲では、ベーカー街は五番街より有名である。その異国の風俗にカルチャー・ショックを受けた綺堂少年は、長じて作家となり、江戸の街とその風俗を極めて精彩に描き出す。綺堂は優れた作家であると同時に、優れた江戸風俗研究家でもあった。その力量が存分に発揮されたのが、代表作となった『半七捕物帖』であった。『番町皿屋敷』では、武士階級の倫理観を、怪談皿屋敷伝説を題材に、悲恋物語として歌舞伎化した。武家社会が一気に崩壊していく時代の目撃者であったはずの綺堂が、武士の哀しいまでに厳格な規範を描いているのである。

300年続いた江戸幕府は、軍事政権であった。武士階級とは、本来軍隊であり、戦闘集団であったが、次第に公務員としての性格を強くしていった。四代家綱の時代、武断政治から文治政治への転換が図られ、殉死を禁じるなど、政治から戦国的気風が排除され、学問や法、秩序が重要視されるようになったのである。関ヶ原の合戦が終わった頃から、京都を中心に奇妙な格好で街中を歩き回る、「かぶき者」と呼ばれる若者たちが出現したが、軍事的な要素が削がれていく過程で、その存在意義を見失った武家社会にも、勢い余った旗本らが派手な衣装を着て、町人らと問題を起こすことが多くなった。その筆頭が水野十郎左衛門だった。つまり、『番町皿屋敷』で主人公青山播磨が生きたのは、四代家綱の時代に設定されているんだな。

文治政治への転換が進むと、その申し子である水野ら「かぶき者」も、社会的秩序を乱す輩として問題視されるようになり、結果的に水野は切腹を命じられる。綺堂は、こうした時代背景を踏まえ、社会的な事情、事件に基づいて、播磨の武士としての生き様を描いているのである。そこまで厳格な倫理観を守らねばならないのが武士なのかと、所詮は庶民の私がぶったまげる芝居であった。その倫理観が、恋愛に纏わるものだっただけに、哀しいなあと思う。

武士たる資質を充分に備えた男に、「一生の恋」だと言わしめる恋愛とは、一体どんなものなのだろうか。どういう時代であれ、お菊のしたことは間抜けだった。皿を故意に割り、これを播磨に咎められたことで、お菊は人間として大きく成長したが、その成果を見せる暇もなく、死なねばならなかったのは非常に残念だったと思う。私が死刑に反対している理由がこれだ。お菊が自分を完全に理解したことを知ったのであれば、播磨は生長したお菊を受け入れても良かったのではないかと思う。もったいない。とは言え、播磨は、自分を疑った女を決して尊敬しない程度には執念深いと推測できる。播磨は、お菊を真実愛したかもしれないが、彼の倫理観に添った生活を構築できるのは、苦手な伯母様のような女性ではないかと思う。その辺りを、播磨は分かってなかったんじゃないかなあ。播磨の「一生の恋」を間違いだなどと言うつもりはないが、立場をわきまえるってことをしておけば、お菊も周囲も、もっと安穏だったに違いないよね。残念…。

綺堂の作品は、しつこい台詞劇として知られているが、私は嫌いじゃない。面倒な理屈を捏ね回すのは、結構好きなんでね。自前の倫理観と実生活とのギャップに苦しむのは、これが原因なのだが、最近は「善い人」を止めたので、余り苦悩することはない。播磨も武士を止める覚悟があれば、お菊の馬鹿さ加減も受け入れることができたのかもしれないが、これは播磨が死んでもしないことに相違ない。お菊を殺害したことを納得するつもりはないが、播磨の辛さが胸に迫る。辛かったねと、頭をなでなでしてあげたい気分になった。殺人は、動機が命。無残な連続殺人の動機が、たかが遺産相続などというみっともない物語を、推理小説だとは認めたくないね。動機が充分だったところで、殺人はいけません。幕。(2005,2,6)

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