Kabuki Review by Sekidobashi Sakura

義 経 千 本 桜


渡海屋大物浦

2004年4月歌舞伎座

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『義経千本桜』は、1747年に初演された、竹田出雲、三好松洛、並木千柳合作による全五段の人形浄瑠璃。翌年歌舞伎としても上演されて、好評を博した。『平家物語』を基にした、源平合戦の後日談である。

物語は、三つの疑惑を巡って展開する。第一に義経が後白河法皇からもらった初音の鼓の含意、第二に義経が差し出した平知盛、維盛、教経の首が偽物だったこと、第三に義経の正室が平時忠の息女卿の君だったことである。これらを以って、義経は、頼朝に対する謀反を企んでいるのではないかと疑われていた。その一つ、義経が差し出したという贋首の主、平知盛、維盛、教経の三人が、実は生きていたという仮説を縦糸に、ドラマが展開していく、謎解き推理劇である。

今回上演されたのは、知盛を主人公とする二段目で、仁左衛門が初役で知盛を演じており、前月上演された同劇三段目の権太に続いての好演であった。何しろでかい。仁左衛門は長身であるという印象はあるものの、でかいと感じたのは、初めてだったかもしれない。血まみれた白装束を纏った知盛が、花道から登場した時には、ぞくぞくしたぜ。猟奇的なアブナイ煩悩が全開の、一幕でございました。

源平合戦の最終局面において、平家の総大将は凡庸な宗盛だったが、戦闘司令官は知盛だった。その知盛は、勇壮な武将でありながら、几帳面でスタイリッシュ、少しばかり斜に構えたやんちゃさをも併せ持つ、稀有なキャラクターの人物である。『平家物語』によれば、壇の浦の戦いにおいて、源氏の兵士らが乗り移ってきても見苦しくないように、御所船の清掃を命じ、自らも掃き拭き塵を拾ったという。その後、平家一門の敗戦の状況を見定めた知盛は、乳母の子と共に壇の浦の海底に沈んだ。『大物浦』における知盛の最期は、この壇の浦での入水を再現したものだと言えるだろう。

劇中、満身創痍の知盛に対して、安徳帝は義経に乗り換えたことを通告する。これは明らかに裏切りである。誰が裏切ろうが、知盛は然したる感情を示したりしなかったのではないかと思われる。しかしながら、相手が安徳帝となれば話は別だ。安徳帝だけは、知盛を、平家一門を裏切ってはならなかったのである。この時、仁左衛門が演じる知盛の見せた悲壮なまでの激情は、確かに観客を打ちのめした。降参…。

恨みを抱いて海底に没した知盛の怨霊が、義経を襲ったのだと伝えて欲しいと、知盛は最期に願う。そして、自身の最期を、壇の浦でそうであったろうように演出するのである。血まみれた白装束姿で、大岩によじ登り、極太のロープを体に巻きつけ、仰向けざまに背後の海に没する知盛は、哀しみに溢れ、それでもプライドを失うことなく、己の美学に殉ずるのである。合掌。

劇中、知盛が義経を襲った時、義経は既に頼朝に追われる身だった。にもかかわらず、知盛の怨みは、頼朝ではなく、義経に向かって収束している。知盛は、怨むに足る相手として、軍事の天才義経を選んだのである。しかしながら、知盛が死なねばならなかったのは、義経という軍事の天才一人によるものではなく、むしろ、抗い難い時の流れの勢いによるものだったのではないだろうか。敗軍の将とならざるを得なかった、知盛の人物を惜しむ。幕。(2004,4,3)


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