Kabuki Review by Sekidobashi Sakura

 

す  け  ろ  く  ゆ か り の  え   ど  ざ く ら

助六由縁戸桜

2004年6月歌舞伎座


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1713(正徳3)年『花屋形愛護桜』が、市川家の助六狂言の始まりだと言われているが、現在の形になったのは、1832(天保3)年に七代目団十郎が演じてかららしい。その七代目が市川家の芸として定めた狂言を歌舞伎十八番と言うが、中でも、最も重んじられているのがこの作品で、今回は十一代目海老蔵襲名披露狂言として演じられた。

鎌倉初期に起こった曽我兄弟の仇討ち事件を題材とした芝居は、多くのヴァリエーションがあり、この『助六由縁江戸桜』もその中の一つだ。花魁、傾城、遊女、女郎、娼婦、売春婦、呼び方は様々だが、哀しい身の上の女たちが、美しい着物を纏って舞台に立ち並ぶ中、玉三郎/揚巻の美しさは群を抜いている。おまけに海老蔵/助六の黒の着流し姿、白い両足の間の真っ赤な下帯には煩悩が暴走。私は歌舞伎も芝居の一形態である以上、その物語性が最も重要であると思っている。しかしながら、2時間もの時間をかけて、展開らしい展開もなく、ただひたすら役者の美しさを舞台上に現出し続けるこの芝居を、今回は存分に楽しんでしまった。歌舞伎って、つくづく奥が深い…。

物語は、そもそも、同族間の所領地争いが始まりだった。伊豆東岸を本拠としていた豪族工藤祐隆の子、祐継と祐家が相続した所領地の分配に関する不満が、次世代の工藤祐経と伊東祐親に受け継がれた。1176年、祐親が頼朝を招いて狩りを催した時、工藤祐経は、祐親の子河津祐康を殺害した。祐康の未亡人が遺児一万と箱王を連れて曽我祐信と再婚したが、この遺児たちが後の曽我十郎と五郎というわけ。

1193年までの17年間を、曽我兄弟は潜伏して過ごすが、この年の528日富士の狩場で催された狩りの折り、工藤祐経を討ち果たした。兄十郎はその場で殺害され、弟五郎は一旦は仇討ちとして許されたものの、祐経の子伊東祐時の嘆願により殺害された。殺害された時、十郎は21歳、五郎は19歳だったという。意休が三本の足を持つ香炉台を、曽我三兄弟になぞらえているように、曽我兄弟は三人だったというが、仇討ちに参加したのは十郎と五郎の二人だけだった。

ここでも、源氏の重宝、名刀友切丸が登場している。兄弟の母親の再婚相手だった曽我祐信が紛失した友切丸の行方を巡って、助六は喧嘩三昧に明け暮れるわけだが、歌舞伎における日本刀は、どこまでも謎に満ちて怪しい魅力を放っている。歌舞伎のお約束ではあるが、日本人の日本刀好きというだけでは片付けられない、何やら妖気めいた雰囲気を感じてしまうね。何しろ、助六の喧嘩放蕩三昧を憂慮していた兄十郎も、友切丸探索のためという理由に納得し、母満江もまた、友切丸のためならばと助六の喧嘩を認めるのである。正に、水戸黄門の印籠のよう、『指輪物語』の指輪のようではないか。

助六が母親満江からもらった紙衣に着替えるのは、市川家の演出らしいが、黒の着流し姿で通してくれると嬉しかったんだけどね。あれは、海老蔵に似合うんだけどなあ。赤い褌が映えて、とても素敵。その褌姿が気に入ったからというわけではないが、黒を基調としたストイックな色使いに、赤というのはやはり良い。数多群れるように立ち並ぶ傾城たちの華やかさの中で、助六の黒が一際際立つのである。

『天守物語』『海神別荘』で、玉三郎と新之助が作り出す美の世界に、現世を忘れたことは未だ記憶に新しい。玉三郎の旦那は仁左衛門であることは論を待たないが、育った新之助、現海老蔵もまた玉三郎の旦那となるに相応しい役者に成長したと言えるだろう。玉三郎と海老蔵の二人が登場する舞台に、観客は、正に美の世界に迷ったかのような錯覚を覚える。この無残とも言える仇討ち事件の物語に、揚巻と助六の恋が哀しいまでに美しい彩りを与えているわけだ。美しいというだけで、2時間余りの時を忘れた。やけに機嫌が良いのは、やはり美しい人たちを堪能したせいだろう。幕。(2004,6,3)


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