子午線の祀り
2004年12月18日土曜日、世田谷パブリックシアターで『子午線の祀り』を観た。1979年に初演された、『平家物語』を題材とした木下順二の作品。主人公の平知盛を、1999年2月の公演に続いて、狂言師陰陽師野村萬斎が演じていることで話題になっている。『平家物語』の古文を語る朗読劇と、近代劇を調和させた「群読」という独自の表現様式で、屋島の浜辺から、軍議の様子、壇の浦の合戦まで、全ての場面が階段状の装置があるだけの舞台で演じられる。面白かった。今年は能を観賞する機会がなかったが、萬斎さんの舞台を観ることができたので良いことにしようと思う。
○第一幕
一の谷の合戦で破れ、敗走する平知盛(野村萬斎)が船に辿り着いた時、乗っていた馬を陸に向けて放った。大将の馬が敵方に捕らえられては一門の恥と、 民部 大夫 重能 (木場勝己)が射殺そうとするが、知盛がこれを止めた。以前なら、自分から射殺せと命じたところだが、無意識のうちに制止の言葉を吐いていた自分に、知盛は驚いた。都を捨てて落ち延びたこと、負け戦、実子を見殺しにして逃げたこと、馬を敵方に放ったこと、全てがそうなるはずであったことのように思われることに、知盛は困惑していた。
影身の内侍(高橋恵子)は、知盛の弟 重衝 の愛人だったが、重衝は一の谷の合戦で生け捕られていた。知盛は、影身の内侍に、源氏との和睦を図るため、後白河院への密書を持って京へと向かうよう頼む。これを知った民部は、影身の内侍を殺害してしまった。民部は、三種の神器を確保していれば、源氏と和睦する必要はないと考えていたのである。後白河院からの院宣が到着した。重衝の身柄と引き換えに、三種の神器を返せというのである。知盛はこれを拒み、和睦の望みは潰えた。
○第二幕
源九郎判官義経(嵐広也)は、屋島を背後から急襲し、平家は九州に逃れた。この時、伊勢三郎義盛は、民部の嫡男を策略によって味方に引き入れることに成功する。義経は、次の戦いは源平が真っ向から対峙する船戦となるだろうと考え、海戦の準備を進めていた。戦目付けの梶原平三景時が頻りに牽制する中、義経は、一切の余念を捨てて、平家討伐のみに命を賭けることを誓う。
○第三幕
義経率いる源氏軍は、来るべき海戦に備えて厳しい訓練を行っていたが、壇の浦の潮の流れを熟知する 船所五郎 正利 の到着を待って、出陣を決した。一方知盛は、嫡男が源氏に寝返った民部の動向を懸念していた。本心を問い質そうとすると、民部は帝と三種の神器を目立たない船に移し、囮の御座船を仕立てることを提案し、更にもしもの場合は、朝鮮半島に逃げ延びるよう知盛に迫った。
○第四幕
平家の将兵を前に、知盛が演説する。
「戦はきょうぞ限り、者ども少しも退く心あるべからず。天竺、震旦にも日本わが朝にも並びなき名将勇士といえども、運命尽きぬれば力及ばず。されども名こそ惜しけれ。東国の者どもに弱気見するな。いつの為にか命をば惜しむべき。これのみぞわがいわんずること」
壇の浦の合戦が始まった。源平どちらも譲らず、戦況は消耗戦の往相を呈し、膠着状態に陥った。これに業を煮やした義経は、平家の船を操る水夫や舵取りらを殺害するよう命じ、源氏軍は一気に攻勢に転じた。掟破りの義経の戦法に加え、潮の流れが変わったことを知った知盛は敗戦を悟った。幼い帝は、二位の尼に抱かれて入水し、他の人々も次々と身を投げた。「見るべきほどのことは見つ」知盛もまた、壇の浦の水底に身を投じた。幕。
物語の詳細について解説する必要はないだろう。『平家物語』を愛読書としている私は、常々壇の浦の戦いを前に、知盛が平家軍の将兵に向かって行った演説を、間近に聞きたいものだと思っていた。それも、口語ではなく、『平家物語』の古文をそのままで…。その願いが、この芝居で叶った。第四幕の冒頭、野村萬斎の朗々とした声で発せられる激に、平家軍の将兵が奮い立つのを舞台上に見ることができたのである。拍手。
知盛入水の場面では、御座船を掃除するくだりも知盛自身によって朗読され、最期に「影身!」と絶叫して幕となる。第一幕で登場する影身の内侍は、知盛の弟重衝の愛人だったが、知盛も彼女を愛していた。影身の内侍もまた、知盛を愛しているのだが、互いの気持ちがいま一つ噛み合う前に殺害されてしまう。源平合戦の終盤、壇の浦の戦いに的を絞ったドラマであれば、女性の登場する場面は無きに等しい。確かに、二位の尼、建礼門院、多くの女房たちの存在はあるものの、恋愛ドラマには距離がある。武将たちばかりが闊歩する群集ドラマなど、面白くもないと思ったのかもしれないが、別に影身の内侍が殺されなくても、無常観は充分表現できているのではないかと感じたので、知盛の絶叫は残念だった。
萩尾望都のSF作品『マージナル』で、不毛の地となった地球の管理人マルグレーヴは、最後に「ナスタス」と呟いて死ぬ。マルグレーヴは、ナスタスに愛以外の全てをあげると言って、彼女を拒んだ。本人が死んでから、マルグレーヴが自分を気にかけていたことを知って、ナスタスは果たして嬉しかったのだろうか…。死に際に、女の名を呼んではいかんよ。呼ばれた方は、この先ずっと、その呼び声から逃れられなくなるのだから。影身の内侍は既に死亡しているので、その懸念は必要ないけどね…。とは言え、高橋恵子さんは美しかった。カーテン・コールでは、知盛と義経を握手させていた。源平の和睦成立の瞬間だわね。
さて、義経にも触れなければなるまい。私は『平家物語』の主人公は、知盛だと思っているが、義経の存在はもちろん無視できない。第二幕で、源氏軍の戦闘指揮官として戦い続けた義経は、戦目付けの梶原平三景時に盛んに牽制されながらも、平家討伐への意欲を失わない。義経を演じたのは、嵐広也という前進座の役者だったが、源氏の大儀を奉じながらも、掟破りの非情な冷酷さを表現していた。その義経の勢いに、頼朝の意向を慮って懸念を隠せない弁慶を演じたのは、石橋祐という役者だった。これが良い。声が良いんだなあ。今まで知らない名前だったが、これからは要チェックの役者である。頑張ってね!
初演の1979年、義経を演じたのは萬斎の父万作だった。この時知盛を演じたのは、今回義経を演じた嵐広也の叔父圭史だったという。名作は上演を重ね、次の世代に引き継がれていく。途中休憩を挟んで、上演時間は4時間に及んだが、その劇場の一角で観劇できた幸運を嬉しく思う。朗々と流れるような古文の美しさを、堪能した一夜だった。
芝居の導入部、各幕の冒頭に登場するスーツ姿のおじさんが、満天の星を背景に、天体の動きを解説する。人間の力の及ばない自然の存在を示唆しているわけだ。それは、地球から38万4400キロの距離を隔てた月が、角速度14度30分で移動することで引き起こされる潮汐作用によって作り出された、壇の浦の潮の流れが、結果的に海戦の勝敗を決したことを示しているのである。知盛の力の及ばない、物理法則という名の運命がそこにあった。幕。(2004,12,18)