Stage Play Review by Sekidobashi Sakura

夢の泪


2003年11月新国立劇場小劇場


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11月1日土曜日、新国立劇場小劇場で、井上ひさし作『夢の泪』を観た。歌舞伎以外の舞台劇は、久しぶりだったので、非常に楽しかった。知名度の高い役者が登場し、歌い、踊る様子を、前から二列目という上等の席で観劇することができた。この芝居は、東京裁判を題材とした三部作の二作目にあたり、単独でも楽しめる内容になっている。

戦後間もない昭和21年、新橋法律事務所の弁護士伊藤菊治(角野卓造)は、同じく弁護士の妻秋子(三田和代)と共に、毎日忙しく働いていた。秋子には娘永子(藤谷美紀)があり、夫が戦死した後、娘を連れて再婚したのだった。しかしながら、菊治の女好きな性格が原因で、二人は離婚の危機に直面しており、娘永子も不安を隠せない。永子には、もう一つ心配事があった。永子の幼馴染み片岡健(福本伸一)の父親は、在日朝鮮人組織の片岡組の組長だったが、地元のヤクザに刺され、健の両肩に組の運命が圧し掛かってきたのだ。また、弁護士を志す復員兵田中正(高橋克実)は、新橋法律事務所に事務員として住み込むことになる。そんな新橋法律事務所に、二人の米軍将校クラブ歌手が、持ち歌の著作権を巡って現れた。ナンシー岡本(熊谷真美)と、チェリー富士山(キムラ緑子)は、それぞれの夫が作詞作曲したと主張する歌を、他方が歌わないよう求めていた。

秋子は有能な弁護士として知られており、近々開廷するという東京裁判の被告の一人、A級戦犯松岡洋右の補佐弁護人を引き受けることになった。秋子は、東京裁判において、この戦争にどういう意味があったのかが、明らかになるだろうと考えていた。驚き喜ぶ菊治は、秋子との関係改善を念頭に、自身も補佐弁護人となることを関係者に納得させた。

戦犯となった人々の財産は没収、或は凍結され、その家族は弁護費用を支払うのも覚束ない経済状態にあった。そうした現状では、充分な弁護の準備ができない。そう考えた菊治らは、街頭募金活動を始めた。当初は、戦争の責任者である戦犯に、弁護など不要という世間から石を投げられるなど、募金活動の主旨を理解されなかったが、次第に募金も集まるようになっていった。

そうした中、菊治は、GHQの米陸軍法務大尉ビル小笠原(石田圭祐)に呼び出された。ビル小笠原は、日系二世であったが、戦中カリフォルニア州の強制収容所に収容されていた。自分はアメリカ人であると主張するビルに、当局は、アメリカ兵として戦うことを示唆した。ビルは志願兵となり、欧州戦線で戦い、現在は戦後処理のためGHQの一員として日本にあった。

菊治は、ビル小笠原に、募金活動を止めるよう命じられる。日本人が、東京裁判に興味を持つことを避けるためだという。戦争責任を考える時、天皇の責任を回避するのは難しい。日本の占領統治を容易にするため、GHQは天皇の戦争責任を追及しないと決めていた。日本人は、天皇の戦争責任を考えないよう誘導され、戦争責任の全てを戦犯たちに負わせることによって、自分たちの責任さえ問わないという欺瞞に気づかなかったのである。ビル小笠原は、弁護費用をGHQが負担することを菊治に伝えるが、秋子は、それが弁護の公平さを欠く原因になりはしないかと懸念する。

一方、二人のクラブ歌手の夫たちは、偶然にも同じ部隊に所属する一等兵だった。二人とも広島近くの軍港で輸送船を待っていたが、原爆投下直後の後片付けをすることになり、その結果、現在は入院中。件の歌は、彼らが所属していた部隊の中尉が作った歌だったが、その中尉は、既に死亡していた。調査に出向いた田中に、中尉の遺族は、二人のクラブ歌手に、件の歌を歌い広めて欲しいと伝えてくれるよう言付けた。和解成立。

片岡組は、地元のヤクザ組織と衝突し、健は負傷した。戦前戦中を通して、朝鮮半島から数多な人々が強制的に日本に連行されたが、戦後日本政府は、在日する朝鮮人が日本人であることを確認し、その結果、在日朝鮮人に対する補償も帰国対策も、全て放棄されることになった。在日朝鮮人の多くは、日本の炭鉱で工夫として働いていた。日本の戦後復興を遂げるためには、石炭は不可欠だった。従って、日本政府と経済界は、そうした朝鮮人工夫の大量帰国を認めるわけにはいかないという事情があったのである。

秋子は、松岡洋右の弁護の準備に余念がないが、そうした中で、戦争裁判の本質について考えるようになる。秋子と菊治、そして、新橋法律事務所を手伝いにやってきた老弁護士竹上玲吉(犬塚弘)は、松岡の戦争責任について、日本政府の戦争責任について、日本人の戦争責任について論じ合う。更に、彼らは、人道に対する犯罪、平和に対する犯罪という定義が、連合国側をも告発するに足る考え方であることに気づくのだった。しかしながら、だからと言って、日本人の戦争犯罪が消滅するわけではないことを、彼らは確かに認識していた。

そして、松岡洋右当人は、病気のため入院し、東京裁判の開廷に出廷することも覚束ないことが判明する。一端は脱力する秋子だったが、仕事は未だ終っていない。秋子と菊治は、他のA級戦犯の弁護人の補佐の補佐という仕事を、引き受けることにした。それは、取りも直さず、自身の日本人としての責任を明らかにしようとする決意表明だった。

その後、帰国したビル小笠原は、企業の顧問弁護士として、日本の経済状況を視察するために再来日する。その多忙な時間を割いて訪ねた先は、新橋法律事務所だった。菊治と秋子は離婚を免れ、永子は健と結婚し、田中は弁護士にはなれなかったものの、優秀な事務員として現在も菊治らと共に働いていた。二人のクラブ歌手は、バーを共同経営し、客の求めがなくても件の歌を今も歌っていた。それなりに、幸せってことかも…。幕。

以上が芝居のあらましだが、ミュージカルなのかなあと思うくらい、役者たちは、歌って踊って楽しませてくれた。生演奏だったのは、ポイント高いよね。TVでお馴染みの役者たちだったのだが、知ってる顔が舞台にあるのは、知人なわけではないのに、どういうわけか照れてしまう。

秋子と菊治が補佐弁護人となった松岡洋右は、日本の外務大臣だった人物で、日独伊三国同盟の立役者であり、国際連盟脱退の歴史的演説を行った当人だった。その弁護をどう展開するか、舞台で議論されるのだが、その様子はまるで私と友人某が論じ合っているのと同じだった。そう考えてみると、私と彼は、随分と異様な世間話をしていると言わざるを得ない。原爆投下、在日朝鮮人問題、日系アメリカ人問題、無責任を甘受した当時の日本人の心情と、些か盛り込み過ぎに思えるが、それを感じさせない巧さがあった。

やったもん勝ち、ぼったくりの植民地支配の当事者だった連合国が、時流を見極められなかった枢軸国を裁く不条理。東京大空襲、広島、長崎と二度に渡る原爆投下を断行した合衆国が、人道に対する犯罪を糾弾する不条理。平和に対する犯罪を、結果的に国際紛争を武力で解決した連合国が裁く不条理。戦犯として被告席に在った戦争責任者たちが、例外なく無罪を主張した不条理。日本国民の目を、戦争の実体から逸らせる結果をもたらした、戦争裁判の不条理。これらに、真っ向から取り組んだ、弁護士たちの苦悩を、余す所なく描いた芝居だった。

芝居の後、同行した友人とファミレスで食事をしながら、色んなことを話したが、その一つ一つの話題には、この日の芝居で演じられた諸問題と、同種の不条理の存在があったのではないかと感じられた。生きること、それ自体が内包する不条理を、どう受け止めていけば良いのかを考えさせる芝居だったと言えるだろう。劇中、「明日のことは分からないから、今ある酒は、今日中に飲む」という菊治の台詞には、同感である。この事をメル友のリチャードさんに書いたら、酒を飲むのはほどほどにしないとという返信が届いた。今日できる仕事は今日中にやっつけろという意味だったが、私の英語の表現力は、この程度ってことね。次回作も、観に行きたいものだと思う。幕。(2003,11,1)


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