Kabuki Review by Sekidobashi Sakura

げ ん ぺ い ぬ の び き の た き
源平布引滝

実 盛


2003年12月歌舞伎座


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1749(寛延2)年11月大坂竹本座で初演された、並木千柳、三好松洛合作の時代物浄瑠璃。この二人は、前年に『仮名手本忠臣蔵』を書いている人気作家。『源平布引滝』は全五段で構成され、初段に布引滝の滝壷で平清盛の横暴により平家は滅びるという龍神のお告げがあることから、この名がついた。『実盛物語』と通称される一幕は、三段目の最終部分に当たり、木曽義仲誕生秘話として知られている。

『平家物語』は、隆盛を極めた平家一門が栄華の頂点から壇の浦で滅亡するまでを描いた軍記物語である。源平合戦が日本人にとって最もポピュラーな歴史物語の一つに数えられるようになったのは、これを題材とした多くの歌舞伎作品の人気に負うところが大きい。しかしながら、長編時代小説『平家物語』が、歌舞伎に作劇されるほど、既に一般的であったと言っても過言ではあるまい。

『義経千本桜』を筆頭に、歌舞伎における数多くの源平物語は、そのどれもが『平家物語』の外伝の性質を備えている。つまり、『平家物語』を忠実に劇化するのではなく、これを底本として、登場人物たちに新たな奥行を持った物語を提供しているのである。『源平布引滝・実盛物語』もまた、例外ではない。

『平家物語』に登場する斎藤別当実盛は、篠原の合戦に敗れて敗走する平家軍の中にあって、只一騎退却戦を戦っていたが、遂に手塚太郎光盛に討たれることになる。この時の実盛は、髪を黒く染め、赤地の錦の直垂に、萠黄縅の鎧を着て、黄金で縁をおおった鞍を置いた葦毛の馬に騎乗していたという。老いて尚、若年の武者たちと先陣を争うのも大人気ないが、老武者と侮られるのも口惜しい。そう考えての若作りだった。

如何に死すべきかを考えた武士は多いが、実盛は武士として老いていく己を直視できる数少ない傑物の一人であったと言えるだろう。実盛の武士としての気概を端的に表現する装いに、別の理由をつけ加えることで、『実盛物語』という一つの独立した物語が創出された。こうして、実盛は新たな物語の主人公として、舞台に登場することになったのである。

今回の公演では、実盛を新之助が初役で演じた。コミカルな場面では橋之助のようでもあり、シリアスな場面では仁左衛門と被って見えた。若いという印象は否めないが、育ちの良さがそれをカバーした舞台だったと言えるだろう。最後の幕外花道の場面では、通常であれば、馬上の実盛が悠々と退場するのだが、新之助の実盛は、花道を一気に駆け抜けた。歌舞伎座の二階席は、花道にせり出しているが、その二階席を馬上に伏せてかわしての引っ込みだった。これには、思わず拍手。お見事だった。大河ドラマの収録を終え、海老蔵襲名を控えて、今後は舞台に出ずっぱりとなる新之助である。重厚さこそ無いが、華やかさ満点の舞台を期待できると楽しみにしている。

篠原の合戦で大勝した義仲ではあったが、宇治川の合戦では義経軍に敗れ、遂には主従僅かに五騎というところまで追い詰められる。この五騎の中に、巴御前とともに手塚太郎光盛がいた。『実盛物語』で駒王丸の最初の家臣となった太郎は、討ち死にするまで義仲の側にあったのである。

「手塚太郎討死す」

『実盛物語』で愛嬌たっぷりに演じられる少年は、『平家物語』のこの一行に向かってアクセル全開の人生を生きる。実盛の馬に嬉しそうに同乗する太郎を観て、少しだけ胸に痛みを覚えた観客は私だけではあるまい。幕。(2003,12,6)


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