おみよ最後の一日 所謂『忠臣蔵』の討入り後日談である。初演が昭和に入ってからなので、実際に起きた事件事故を脚色上演することを厳しく禁じた江戸幕府の権力も及ばず、劇中の実在した人物は全て実名で登場する。何度かご紹介しているように、作者の真山青果の作品は、巷間良く知られた事件を題材に、登場人物の心理を極めて詳細に考察した、台詞劇として評価されている。今回の『大石最後の一日』もまた、それ例外ではない。 当時、赤穂浪士による討入りは、前代未聞の大事件だった。その後、この事件は、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』を初めとして、多くの舞台劇、映画、テレビドラマなどの題材となった。何しろ、人気俳優木村拓哉が、テレビの『忠臣蔵』ドラマに出演したほどなのだから、二十一世紀に生きる現代人にとっても、事件の概要は、極めて常識的に知られていると言っても過言ではないだろう。その『忠臣蔵』の結末を、磯貝十郎左衛門という一人の浪士のエピソードを、真山青果が独自の視点で料理したのが、この芝居である。 磯貝十郎左衛門が切腹した後、その懐中から、琴の爪が発見されたことは、史実として知られているそうだ。その琴の爪が、青果に、哀しい恋愛物語を連想させたのだろう。物語の中で、その琴の爪の持ち主であると設定されたおみのを、青果は、ただひたすらに、哀しい健気なヒロインとして登場させている。 磯貝が、討入りのために、おみのとの偽りの縁談を進める、何らかの必然があったということは、想像に難くない。『忠臣蔵』を題材にした多くの物語の中で、偽りの恋愛に図らずも本気になった若い浪士の苦悩が描かれてきたが、磯貝もその例外ではなかったということだろう。多くのヒロインたちがそうだったように、おみのが、磯貝の真意を確かめたいと考えるのも、定石通りの展開ではあった。 おみのは、磯貝の真意を知るために、自害覚悟で細川家まで出向いてきたわけだが、彼女をそこまで追い詰めたのは、愛されていたという確信だったのではないかと思う。その確信が揺らいだためにと言うよりは、更に確かなものにする必要が、おみのにはあった。彼女は、文字通り死ぬ気でいた。心中である。おみのは、自身の心中立てを知らせるために、磯貝に会おうとしたのではないだろうか。 磯貝は、おみのからもらった琴の爪を、肌身離さず持ち歩いていた。これを知って、おみのは狂喜する。最早、磯貝の自刃が、世間が考えるように、討入りを果した浪士の切腹だけを意味するのではなく、二人の心中をも意味することが明白となったからだ。おみのは、自身が惚れた男が、大義のために死ぬことが許せなかった。おみのは、自身の恋人を奪った、討入りという事件に対して、鮮やかに復讐を果したのである。 おみのの最後の一日は、彼女が愛する磯貝の切腹による死を、自身との心中に摩り替えるために費やされた。磯貝が「直ぐに追いつく」と、おみのに言い残して切腹の場に向かった場面は、おみのの勝利を、観客に決定的に印象づけた。作者の青果は、単に、命を賭けた男の大望の在り様を、理解しない女の一人であったおみのを、好意的に描いただけかもしれない。しかしながら、劇中のおみのは、作者の意図を超えて、その強かさを感じさせた。「女を甘く見ると、後悔するわよ」とでも言いたいかのようではないか。 題名の通り、『大石最後の一日』の主人公は、吉右衛門が演じた大石内蔵助である。一般的な認識の通り、劇中の大石は、大いに尊敬すべき人物として描かれている。「初一念を忘れるな」という言葉を、座右の銘にしている辺り、武士道の厳格な信望者であったことを窺わせる。多く思い、多く考えれば、欲が出る。その欲は、より良い結果を見出す可能性があるのだが、そうした欲すら、欲であると戒める武士とは、何と融通の利かない人種なのだろうと、しばし考えさせられた。 その大石の多くを考えなかったことを証した場面が、劇中に描かれていた。上使が切腹の沙汰を告げる、大書院の場面である。荒木十左衛門は、吉良家の断絶を大石ら浪士たちに伝えるが、彼らは、これを勝利として歓迎する。仮に、大石が、多くを思い、多くを考えたなら、吉良家の家臣らを思いやる言葉があっても不思議ではない。その一言がなかった。その事実が、私に大石の武士道の在り様に対する不信を感じさせたのである。残念至極。とは言え、作者真山青果の七面倒臭い人物分析は、確かに私の興味を結末まで引っ張るに足る、面白さがあったと言えよう。幕。(2003,4,5)
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