ふたつちょうちょうくるわにっき
毎年1月の歌舞伎座は、普段歌舞伎観劇をしない人たちも劇場にやってくるので、チケットを取得するのは困難を極める。結局チケットを入手できず、今年最初の歌舞伎観劇は、国立劇場となった。久しぶりに、国立劇場の寒さを味わったぜ。本当に、寒いんだよねえ。そういうわけで、『双蝶々曲輪日記』でございます。 三大名作歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』『菅原伝授手習鑑』を世に出した、竹田出雲、三好松洛、並木千柳合作による人形浄瑠璃。1749(寛延2)年7月に初演され、同年8月歌舞伎でも京都を皮切りに上演された。江戸では、1772(明和9)年に初演され、好評を博した。その後、書替狂言も数多く上演された。相撲取り濡れ紙長五郎が武士を殺害した事件に基づいて書かれた芝居だと言われている。喧嘩沙汰が絶えなかった濡れ紙長五郎は、額を傷つけないため、濡れた紙を巻いていたという。この芝居では、濡髪長五郎と放駒長吉という「長」の字を名前に持つ二人を主人公としたことから、『双蝶々』の題名がついた。全九段の世話物。2003年1月、国立劇場では、『角力場』『米屋』『難波裏殺し』『引窓』が通しで上演された。 物語は与五郎と遊女吾妻、与兵衛と遊女都(お早)という二組の恋人同士が交錯しながら展開するが、これに濡髪と放駒という二人の力士が絡んで、ドラマに躍動感を与えている。結果的に同じ殺人という罪を犯してしまった与兵衛と濡髪の末路の差を描くと同時に、実子と継子の狭間で苦悩する母親の情感を印象的に描いた人情劇である。 凡人ではあるが、与兵衛は万事に恵まれているように思える。お幸は継母ではあるものの、与兵衛にとっては、正しく良き母であったし、遊女都もまた良き妻となった。大人気を博した民間の英雄大関でありながら、私的な事柄では運に恵まれなかった濡髪との差は、歴然としている。犠牲者が悪党だったことでは、郷左衛門や有右衛門も問題なく悪党だった。しかしながら、与兵衛は罪を問われず、濡髪はその与兵衛の手で捕縛されるのである。不運という言葉で片付けるには、余りにも哀しいと思わずにはいられない。 大関濡髪を演じたのは吉右衛門だったが、これが大きい。吉右衛門自身が、威風堂々たる風格を持っている上に、高下駄を履いている様子は、映画『バトルフィールド・アース』に登場した、厚底シューズを履くジョン・トラボルタのようだった。ご存知ない方は、レンタルビデオ屋に走って、是非ともご一見ください。笑えます。また、濡髪が与五郎と吾妻を助けに駆けつける『難波裏殺し』で、彼らを背に庇い、二人の武士の前に立ちはだかった様子は、まるでマグマ大使のようだった。しかしながら、この濡髪の大人物ぶりは、吉右衛門が演じたにも関わらず、未成熟なものであることを感じさせるのである。 放駒との取組みで、濡髪は故意に勝負に負けることで、与五郎が遊女吾妻を無事身請けすることができるよう、放駒の後援者である郷左衛門を説得することを頼む。放駒が激怒したように、濡髪は勝負を捨てるべきではなかった。また、誤って郷左衛門と有右衛門を殺害し、更に野手の三と下駄の市を殺害してしまったのも、成り行きとは言え、間違った判断であったことは否定できない。如何に人気のある大関であり、その思慮深さ、判断力を周囲は頼もしく思っていたとしても、それらはあくまでも町人としてのものだったのである。 与兵衛の場合、当初は町人として登場するものの、元は武家の出身であった。凡人の風体ではあれ、その後の事態に対する処し方は、道理には叶わないながらも、無理のない程度であり、更に如才ない様子が窺える。与兵衛を演じたのは、富十郎であったが、役者としての彼の実直さが、与兵衛の持つ実直さを、存分に表現していたような気がする。その実直さは、後の、武士としての与兵衛の在り様を予感させるものがあった。 町人であれ、武士であれ、人として愚かな人間はみっともないことには変わりない。事実、郷左衛門も有右衛門も武士であったにも関わらず、強くもなく、粋でもなかった。しかしながら、武士であるなら、人としての評価基準のボーダーが上がるのは、当然のことであって欲しいと思う。そのボーダーを、与兵衛はクリアしたと言えるのではないだろうか。 通常吉右衛門が演じるのは、世話物であれば色っぽい悪党、時代物であれば何かしら陰謀を画策している武士であることが多い。彼らは、大局を見据える目と、情報を分析判断する明晰な頭脳を持ち合わせている。濡髪もまたその一人であると言いたいところだが、彼の場合、義侠心に富んだ善人であることが、時としてその判断を狂わせている。稀有なことに、吉右衛門は、その濡髪の弱さがもたらした、英雄の哀しき末路を完璧に演じてみせたのである。吉右衛門は、観客が期待する吉右衛門から一歩離れ、濡髪長五郎という一人の人間を舞台の上に創造した。新たな魅力を発見したというところか。吉右衛門は、今年の初芝居を白星で飾ったと言えるだろう。 さて、濡髪の実母であるお幸は、夫の死後濡髪を里子に出して再婚したが、その婚家には先妻の子与兵衛があった。その後、実子濡髪は殺人犯として指名手配となり、継子与兵衛は件の殺人事件の現場の捜査員となる。この二人の息子たちの狭間で、お幸は自身の母としての在り様に苦悩することになるわけだ。当初は、実子濡髪の逃亡を助けようとするものの、最終的には継子与兵衛の手柄のために、実子濡髪を再び捨てる決意を固める。お幸は、これが人の道であると悟るのである。 血縁関係のない者に対して排他的であるのは、日本社会に限ったことではない。しかしながら、血縁に拘るのは、人間的というより動物的な感情であろう。感情的に受け入れ難い道理は、知性によって補完されなければならない。自身の子供を守るのと同じように、他人の子供を守るのが、人の道というものではないだろうか。これを、意識的に錯誤した社会通念が、お幸を苦しめたのである。 ヨーロッパに、『シンデレラ』という良く知られた童話がある。継子苛めの典型的な例として引き合いに出されることが多いが、シンデレラの継母は、ただ継子であったという理由だけでシンデレラを虐げたのだろうか。そうであるなら、シンデレラの継母もまた、何らかの葛藤があったのかもしれない。今回のお幸の苦悩を見て、そう思った。 余談。1月20日月曜日、病院に行って処方箋を受け取ってから、国立劇場に行って歌舞伎観劇となったわけだが、この日、横綱貴乃花が引退を決めた。私の祖母は、悲しい思いをしていることだろうと思う。幕。(2003,1,20)
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