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もう一つのお菊伝説

所謂『皿屋敷伝説』とは、秘蔵の皿を割った咎で主人に斬殺され、井戸に落とされた腰元が、悪霊となって皿を数えるという怪談のことだ。この事件が実際に起こったことだったのかどうか定かではないが、江戸期には既に周知の怪談話だったようである。何らかの事件が確かに存在したのだろうが、近世の武家社会においてありそうな事件だったことから、類似した複数の事件が混同して伝わり、人形浄瑠璃や、歌舞伎の題材となったのではないかと考えられている。今回の『播州皿屋敷』もまた、そのヴァリエーションの一つであると言えよう。

『播州皿屋敷』を為永太郎兵衛、浅田一鳥が合作したのは、1741(寛保元)年だったが、1681(天和元)年には、既に『皿屋敷伝説』の芝居に関する記述が残っている。時代が下っては、6月の劇評でご紹介した河竹黙阿弥の『新皿屋舗月雨暈』や、岡本綺堂らによる脚色で、繰り返し上演されてきたが、中でも、『浅山鉄山下館奥座敷の場』は、歌舞伎の嗜虐趣味が遺憾なく発揮されており、上演に当っては常に重視されてきた。しかしながら、第二次世界大戦以後、上演されることは稀となり、片岡孝夫(現仁左衛門)の鉄山と、坂東玉三郎のお菊という配役で、1971(昭和46)年に新橋演舞場で演じられた時に話題になった程度だった。今回は共に初役である中村橋之助と中村扇雀によって上演されたが、上出来だったと思う。

どうやら私は、橋之助が好きらしい。『仮名手本忠臣蔵』で、事件の発端を作ったド阿呆の若狭之介の一本気な馬鹿さ加減も良かったが、同じく『忠臣蔵』の悪役で一言しか台詞がない定九郎は絶品だった。橋之助が、若手歌舞伎役者として、若さと馬鹿さが混濁する青年を演じたのは、既に過去のことなのかもしれない。スタイリッシュな悪役は、今や橋之助の十八番になっている感がある。今後の活躍に期待したいものだ。

さて、前述したように『皿屋敷伝説』は、秘蔵の皿を割った咎で主人に斬殺され、井戸に落とされた腰元が、悪霊となって皿を数えるという内容だが、秘蔵とは言え、皿を割った程度で殺人に及ぶというのは、些か納得し辛い感がある。お家横領事件がこれに絡んで、その秘密を知った腰元が主君に密告に及ぼうとしたため、証拠隠滅のために皿を割ったことを理由に殺害されたというのが定説となっている。『播州皿屋敷』もまた、山名宗全と通じた国家老浅山鉄山がお家横領を企み、鉄山派に対立する船瀬三平武経が、その悪事を探っているという状況が設定されている。その婚約者が腰元お菊である。所謂お家騒動が絡むとなれば、腰元殺害もやむを得ないというわけだ。

しかしながら、お家騒動如きが殺人の動機になり得るのだろうかと考えた作家があった。『鳥辺山心中』や『半七捕物帖』の作者として知られる、岡本綺堂(1872〜1939)である。父親が幕臣だったことから官途への道は閉ざされており、綺堂は文学者となることを希望していたが、新聞記者となり、その後地方新聞や雑誌に小説や劇評を書いた。後日大成するものの、その頃から書き始めた戯曲は、上演されるまでには至らない作品が多く、また、劇作家としての待遇も、世評も、興行も悪かった。日露戦争時には従軍記者として満州に渡ったりしている辺り、何でも一生懸命やる人だったのではないかと思う。

その綺堂が、『皿屋敷伝説』を題材にして、『番町皿屋敷』を書き、1916(大正5)年に初演された。「播州」とは播磨国のことで、現在の兵庫県辺りの地域をいう。綺堂の「番町」は、江戸の番町をいい、主人公となる旗本の名が青山播磨という。誤変換じゃないのよ。念のため。面倒だが、リンクしていることを示す、綺堂の意志が窺える。物語は、以下の通り。

旗本青山播磨は、乱暴者だったため、母親が心配して妻帯を勧めた。しかしながら、播磨には腰元お菊という恋人があった。播磨の縁談の噂を聞いたお菊は、播磨の自身に対する気持ちを試すために、青山家の重宝の皿を故意に割った。播磨は皿を割ったことは怒らなかったものの、お菊が播磨の気持ちを疑ったために、その恋心を試すために故意に皿を割ったのだと知って激怒、お菊に残りの九枚の皿を割らせた上で、斬り捨てる。恋人を我手で殺害せしめ、恋を失った純情な播磨青年は、心の痛手を紛らわすために、以前よりも更に乱暴者になってしまった。幕。

お家騒動が殺人の動機として納得がいかないと考えた綺堂は、恋愛が殺人の動機になり得るという、更に納得がいかない物語を創造した。綺堂は、物語の根幹であるはずの怪談の要素を、全て省いてしまっているのである。しかしながら、播磨の気持ちは分からないでもないと思える辺りが、メロドラマ好きの一般大衆の共感を呼んだらしい。面白いと思う。播磨がではなく、綺堂が、多分ロマンティストだったのではないだろうか。橋之助が演じる播磨を、観てみたい気がしないでもない。

幕臣であった綺堂の父親は、幕末の英国大使館に勤務しており、幼い頃から英文学に親しめる環境にあった。愛読書は『シャーロック・ホームズ』だったという。コナン・ドイルが描いた、人の心理を分析し事件の真相に至る推理の手法は、播磨とお菊の思いに結実した。勿論、今回の上演は、綺堂のものではなかったが、面白かったのでご紹介した次第。どちらにしても、腰元を殺害する理由として納得のいくものではないが、それぞれの劇作家の思考のベクトルが窺えて面白いと思った。幕。(2002,8,10)


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