忘れられた正義の味方 舞台正面背景に松の木が一本描かれており、その前に長唄連中が緋毛氈の雛段に居並ぶというのは、能から歌舞伎化された作品であることを意味し、松羽目物と呼ばれている。『茨木』も松羽目仕立てで演じられるが、能に原曲はない。てっきり、能から歌舞伎化された芝居だと思っていたので、これには吃驚した。同じ渡辺綱を主人公とした『土蜘蛛』は、能から歌舞伎化された芝居である。私はこれと混同していたようだ。 土蜘蛛も、茨木童子も、芝居の中では、妖怪変化として、源頼光の四天王に退治されている。四天王とは、即ち、渡辺綱(わたなべのつな)、卜部季武(うらべすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)、坂田公時(さかたのきんとき)の四人である。坂田公時が金太郎のモデルとなった人物だということは、既にご存知のことと思う。彼らが活躍した時期は、平安時代の藤原公家文化の全盛期であった。しかしながら、その華やいだ宮廷社交界から一歩外に出ると、そこには貧困が巣食い、盗賊や、不良浪人が溢れ、市民生活を脅かしていた。こうした、盗賊たちを当時の人々は、「鬼」と呼んだのである。実際、「土蜘蛛」という名の山賊が、常陸国茨城郡辺りにいたらしい。 その山賊退治をし、酒呑童子率いる犯罪組織を撃滅したのが、綱を始めとする四天王だった。現代なら、警視庁捜査一課の敏腕捜査官(FBIの捜査官の方が近いかも)とでも言いたいところだが、公務員ではその職務の性格上、一般市民の英雄にはなれない。しかしながら、彼らは江戸末期に至るまで、多くの市民に愛された。中でも綱は、時に単細胞な猪突猛進男の典型として道化にされながらも、市民の英雄であり続けたのである。 芝居の中で、綱の太刀持の音若を演じた岡村研佑くんは、六代目菊五郎の曾孫だという。松羽目物、つまり能仕立ての歌舞伎は、動きが少ないので、ともすれば眠たくなるのを避けられない。舞台に出演中の子役の上体が、こっくりこっくり揺れるのも珍しいことではない。ところが、今回の音若は、上体が揺れることなど全くなかった。それどころか、きっちりと正座した姿は、武士の太刀持の小姓以外の何者でもなかった。これは凄い。真柴の舞の時には、正直言って半分は眠っていたのだが、音若の舞には、驚愕しつつ見入ってしまった。それほど、岡村くんは出物だった。秀逸と言って良い。彼の今後には、大いに期待したいものだと思う。 富十郎が体調不良のため、渡辺綱は仁左衛門が代役を務めたが、大好きな仁左衛門の大きな演技は印象的だった。私が歌舞伎独特の大袈裟な身振りや、最後の見得が面白く感じるのは珍しい。この時、私は、仁左衛門ではなく、確かに渡辺綱を舞台に観ていたと言えるだろう。 さて、今回の芝居は、英雄不在の現代社会の不安のようなものを、私に感じさせた。何という特別な原因もないまま、社会不安が蔓延していることを否定できず、突発的なテロに巻き込まれる不安も現実の危険として認識せざるを得ないにも関わらず、忘れ去られたかのように、正義の味方を求める声は聞こえない。圧倒的な軍事力を誇る合衆国の大統領が、如何に正義を叫ぼうと、相対的な軍事力の差を感じるだけだ。これは、合衆国のアフガニスタンへの武力行使に反対しているわけではなく、国際社会の冷静さを分析した結果だとご理解いただきたい。私自身は、テロリズム根絶を図る手段が他にないなら、武力行使による取り組みは、確かに正義でなければならないと思っている。 とは言え、現代社会には、英雄の存在を容認する場所はないらしい。現代人が必要としているのは、米軍や源氏の四天王に代表されるような、圧倒的な正義などではなく、毎日の穏やかな安息なのかもしれない。これって、ちょっと退屈かも…。 源頼光は現在でも源氏の嫡流の実力者として、現在でも良く知られている。これは、とりもなおさず、四天王の働きによる伝説が、頼光の名前を伝えていることに起因すると言えるだろう。しかしながら、頼光自身が、政治的に有能だったことは余り知られていないのではないかと思う。頼光は、娘を藤原氏に嫁がせ、その婿共々自邸に同居させたり、有力者の普請の一切の費用を請け負ったりと、甲斐甲斐しいまでに権力者に尽くし、自身の勢力を伸長することに熱心だった。その政治力が、自身が抱える四天王の伝説を、長い年月に渡って、人々に語り継がせる原動力となったのではないだろうか。源頼光は、決して英雄などではなかった。私はそう思っている。(2001,11,11)
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