Lost Time 2
桜吹雪
札幌はリラの花咲く季節。これから、さわやかな季節を迎える。
リラの花咲く前、桜の開花があったのだが、その花もあっという間に終焉を迎え、散る
花は桜吹雪となって、私たちに「日本人で良かった」と思わせるような風情を与えてくれた。
ところで私はお花見という春の一大イベントを生まれてこの方、数回しか経験したことがない。
しかも私が勤めている会社にはお花見という習慣がないため、近年はまったく経験がない。とはいえ、お花見といいながら「すすきのへ直行!」という人も少なくないので、何がお花見なのかわからないでもないが・・・
先日、何十年ぶりかで銭湯に行って来た。
子供たちがどうしても行ってみたいというのだ。最近流行の温泉施設等には連れて行ったことはあるのだが、「銭湯」というのに連れて行ったことがなかったのだ。
「澄川温泉」という名が付いたその銭湯は、およそ「温泉」とは思えなかった・・・つまり温泉特有の臭いや「成分・効能書き」が無いのだ。
それは目を瞑るとしても、その佇まいにはガッカリした。
ビルの1階にあるその銭湯は、どう見ても昔の、あの風情ある造りではなく、どちらかというと、街角によくあるサウナの佇まいなのだ。
心を和ませてくれたのが、下駄箱の鍵として頑張っている木の札だった。
子供の頃、「王の1番!長島の3番!」と言って、いつも同じ、お気に入りの下駄箱に入れていたのが懐かしくなった。
番台は脱衣室の外にあった。モニターカメラで脱衣室を監視するので、男湯と女湯を隔てたところに「番台」は必要ないようだ。
銭湯の暖簾をくぐって、引き戸を開けて、お金を払うほんの「数秒」。見てはいけないと思いつつ「見えてしまう」、葛藤。番台からの僅かな隙間からの光景にドキドキしたのも遠い昔のようだ。
そんな懐かしい思い出に浸りながら、脱衣室のドアを開けた瞬間、思い出が一気に固まってしまったのだ。
目の前にはいかにもその筋のお方。しかも、ロッカーの前の椅子にどっしりと腰掛けているではないか・・・
肩から腰にかけて、見事な彫り物。しかし、哀しいかな、直視できないのだ。見たいと思いつつ「見えない」葛藤。
右目120度のところで見えるその方の彫り物は、藍に桃の色。しかも、風呂からあがって、鮮やかな色彩を放っているではないか。
多分、「昇り龍に桜吹雪」イヤイヤ「金太郎に桜吹雪」・・・などとパンツを脱ぎながら考えてみるのだが、どうしても、右目120度では見えないのだ。あとから子供に聞くと、どうも龍は描いてあったらしい。
なにせ「関わりたくない」の感情が先走ってしまって、ゆっくり見せてもらう勇気などないし、ましてや「イヤー、旦那、立派な彫り物ですね〜」なんてコミュニケーションを取るほど、命知らずでもない。
私が風呂からあがってきた時にはその旦那はすでに、帰ってしまっていた。「桜吹雪」はどの様に、描いてあったのだろうか?
今となっては、小心者の自分が歯がゆくてたまらない。
思わぬところで「お花見」ができたかもしれないというのに・・・
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