ホントにあった怖い話
○林修○
○林氏提供の背筋が凍るような怖い話 ご一読あれ。
みなさんは「エンタープライズ」という船を知っているでしょうか。多くの人はスタートレックの宇宙船や世界最初の原子力航空母艦として知っているでしょう。少しヲタクな人は、スペースシャトルの滑空実験機だ、というかもしれません。
しかし、それらの名前は元々第二次世界大戦で使われ、日本帝国海軍を滅ぼしたアメリカ海軍の航空母艦にちなんでつけられたものなのです。

航空母艦エンタープライズ(Enterprise CV-6)
エンタープライズはヨークタウン級航空母艦の2番艦として1938年に竣工、その後第二次世界大戦終了まで太平洋で行動しました。
全長246.9
m、排水量19,800t、搭載機数87機、煙突と一体の艦橋構造物を右舷中央に配置し、一段の解放式格納庫を備えた形式はアメリカ海軍の第二次大戦型空母の原型となり、戦争後半に大量に建造されアメリカ艦隊の中心となったエセックス級、戦争に間に合わなかった巨大空母ミッドウェー級もこの形式を踏襲しています。それでは、この航空母艦の恐るべき戦歴とその犠牲者達を見てみましょう。
1941年12月10日 オアフ島南方海面 潜水艦伊70撃沈
1942年 2月 1日 マーシャル、ギルバート諸島攻撃
1942年 3月 4日 南鳥島攻撃
1942年 4月18日 日本本土攻撃(空母ホーネットを護衛)
1942年 6月 4日 ミッドウェー海戦
空母赤城 撃沈、空母加賀 撃沈
空母蒼龍 撃沈、空母飛龍 撃沈
重巡洋艦三隈 撃沈
1942年 8月23日 第二次ソロモン海戦
空母瑞鶴、空母翔鶴の攻撃機により損傷
1942年10月26日 南太平洋海戦
空母翔鶴の攻撃機により損傷
空母翔鶴中破、空母瑞鳳小破
1942年11月13日 第三次ソロモン海戦
戦艦比叡 撃沈(損傷して漂流中を攻撃)
輸送船団攻撃
1944年 1月30日 マーシャル諸島攻撃
1944年 2月18日 トラック島攻撃
軽巡香取 撃沈、軽巡那珂 撃沈
駆逐艦舞風 撃沈、駆逐艦追風 撃沈
駆逐艦太刀風 撃沈、駆逐艦文月 撃沈
1944年 6月11日 マリアナ諸島攻撃
1944年 6月19〜20日 マリアナ沖海戦
空母飛鷹 撃沈
空母隼鷹 中破
1944年11月10〜15日 台湾沖航空戦
フィリピン北部、台湾、沖縄を攻撃
1944年11月24日〜25日 フィリピン沖海戦
栗田艦隊攻撃
戦艦武蔵 撃沈、重巡妙高大破
小沢艦隊攻撃
空母瑞鶴 撃沈、空母瑞鳳 撃沈
空母千歳 撃沈、駆逐艦秋月 撃沈
空母千代田 大破(後に撃沈)
1945年 3月19日 呉軍港(日本本土)攻撃
戦艦伊勢 大破、戦艦日向 小破、
戦艦榛名 小破
空母天城 大破、空母葛城 小破、
空母龍鳳 中破
1945年 4月 7日 沖縄攻略戦
伊藤艦隊(水上特攻隊)攻撃
戦艦大和 撃沈、軽巡矢作 撃沈、
駆逐艦磯風 撃沈、駆逐艦浜風 撃沈
駆逐艦朝霜 撃沈、駆逐艦初霜 撃沈
駆逐艦霞 撃沈
1945年 5月14日 沖縄近海
特攻機(爆装零戦)の命中により損傷
修理のためウルシー環礁に後退
特攻機による損傷修理後の行動は資料不足により不明ですが、重大な損傷のためその後の空母機動部隊による日本本土攻撃には参加せず、修理中に終戦を迎えたものと思われます。
このようにエンタープライズは太平洋戦域で戦争の全期間に渡って戦闘に参加し、数度の損傷にも耐えて日本帝国海軍の主要艦艇を次々と葬りました。
日本海軍にとってのエンタープライズは、ジオンにとってのホワイトベースのように嫌な艦だったに違いありません。
同型艦のヨークタウンがミッドウェー海戦で、ホーネットが南太平洋海戦で撃沈された後、新型空母の登場まで唯一隻で戦線を支え、より大型のエセックス級が多数就役した戦争後半にも、常に艦隊の主力として闘い続けたエンタープライズはアメリカ海軍史上最高の武勲艦です。
その名をSFの宇宙戦艦やスペースシャトルに与えるのは、日本の宇宙戦艦ヤマトや電磁推進実験船やまとと同じようなノリでしょう。
軍艦は一国の技術力、経済力の集大成であり、その名前が象徴的意味を持って受け継がれるのは世界共通の現象といえます。
エンタープライズはその代表的な例で、その名前は原子力空母が退役した後もアメリカ海軍の主力艦に引き継がれることでしょう。
終わり