国士無双さんが変なのに遭遇したときのレポートを送ってくれました。
ある日、変なのが来た。(国士編)
国士無双
『戦略とは敵の企画を挫折させ、己の企画を実行することにある』昭和五七年 平方氏
『戦争は『勝利』か『敗北』か『疲れ』か『諦め』によって終結する』平成九年 平方氏
GWも終わりに近づかんとしているある日の雨の中、僕はギターの鍛錬に余念がなく、自分でヘンテコな曲を創っては、深い自己満足の海をばっしゃばっしゃと泳いでいた。
「あぁ、もしかすると俺才能あるかも。マシャ(福山雅治)超えられんじゃない?」
などと低俗もここまでいくとゲイジュツの域に達してしまいそうな勢いでダラダラしていた。
その時、母から呼び出され、僕宛の電話があるということだった。
そいつの存在は覚えていたのだが、何しろ小学校卒業の時からあっていない。
いや、小学5,6年はクラスが違ったから会話をするのが5,6年ぶりであろう。
「もしもし」
「あっもしもし俺、覚えてる?」
「家の近くに住んでたやつだろ。」
「そうそう。引っ越したんだけどね。」
「ふぅーん。で、なんか用?」
「うん。アルバムを見てたら懐かしくなっちゃって。今日暇だったら2人で飯でも食わない?」
「…あぁ。かまわないが。」
時間と場所を決めて、電話を切った。
はて、ヤツはそんなに俺と親しかったか?と僕は自問した。答えは否定だ。
何かありそうな気はした。
5,6年もまともに喋って無いやつから、突然会いたい?
そんなに俺はモテモテだったか?残念ながらそれも否定。
まあヒマだしとりあえず会って話でもしようと思い、準備をした。
さてさて、ナンダナンダ化した僕は早めに家を出たので時間があった。駅の本屋で「日経エンターテイメント」などを読み、「ふむふむ。今マトリックスのDVDの売れ行きが好調なのか。なるほど。」などとべつに買うわけでもないDVDの売れ行きをチェックし、フムフムホウホウ化して読んでいたら、約束の時間を過ぎてしまったらしい。
約束の場所に行ってみるとヤツはいた。
何故か連れがいる。
すると連れは「ゴメンね。俺も来ちゃった。」とのこと。
その時はまあ中学の時の同級生なのかもな、などと思っていた。
「イヤ、全然かまわないっすよ。」
と適当に当たり障りの無いことを言っておく。
名前などを聞かれ、久しぶりに「キミ、カッコいいねぇ」などとほめられたので少し驚きつつ、
(やはり、毎日の筋トレが功を奏しているに違いない。このままいけばマシャになれるな。)
などととんでもなくアフォなことを考えていた。
早速、サイゼリ○に行こうとヤツは言い出したので、まあとりあえず付いて行くことに。
するとその連れは車で行く気らしいので18歳以上だという事が証明された。
その某料理屋に着き小学校の頃の知り合いの話などをしていると、連れが口を開いた。
「今日は大事な話があるんだよな。」
「そうそう。」とヤツは相槌を打ちつつバッグから一冊の本を取り出した。
「俺はいま、こんなものをやっている。」
……………まあそういうことだった。
僕はバッグから取りだされたる冊子のなんたるかを察すると同時に、あぁこれが帰巣本能なのか。なるほどこういうものだったのかフムフム。なんてことをひどく感心していた。
僕はその場で内心毒づいた。
(やはり裏があった。時間はいくばくかあったわけだから情報入手がキホンだろうっ)とか
(ああくそっ。平方氏の文章に似たような状況を記したものがあったはずだ。なぜ熟読しておかなかったのだろう。)
(ええいっ、こうなればやけくそだ。どうせヒマなんだ。話を聞くだけ聞いてとっとと帰ろう。平方氏もそのような方法をとっていたような気がする。)
そんな発展性があまり無い感じの思考を重ねつつ、仕方なく聞くだけは聞いてやろうと腹をくくった。義理と人情を秤にかけりゃ何とやらだ。
僕は日蓮大聖人とやらのスッゲェーお話などを聞きつつ、ここのコーシーはあんまり美味しくないな、と思っていた。
わかったことを記しておこう。
彼等は日蓮を崇拝している。
彼等は日蓮の言った通り、大地震、大飢饉、大疫病、日本の破滅が起こるのはもうすぐだと考えている。
彼等は信じてさえいれば運や生命力とやらが湧き出してその災害にも耐えれるらしい。
彼等は幸福になることを人生の目的としていて、成仏もしたいらしい。
彼等はご本尊様とやらを見て念仏を唱えるだけらしい。
彼等は信じないと不幸になると思っているらしい。
彼等は他教を否定しきっている。
彼等は某学会から分かれた会に所属しており、いま会員は100万人らしい。
彼等は中国がもうすぐ攻めてくると信じている。
彼等はバカである
etc.etc.
彼等の話を聞きながら僕はいくつかの矛盾点や自分の意見を述べた。
例えば「幸せ」についてだ。
彼等はこう言う。
「私達人間は皆幸せになるために生きている。」
僕は言う。(+50%美化)
「ちょっと待て。君等はそういうかもしれないが幸せとはそういうものでは無いはずだ。幸せとは目的又は願望が達成もしくは成就した時に伴う付属的なものであるから、それを目的とする君達の意見には賛同しかねる。」
すると彼等はまた新たな本を出してきて開いてみせる。
「ホラ、ここにキミとまったく同じ事を言ってる学者がいてこの人は間違ってるんだ。」
そこで僕はまたひそかに(学者と同じ事がいえるなんてもしかして俺って…(以下略))とか
そんなことを考えつつ黙っていると彼等は自分の理論が通ったとでも勘違いしたのだろうか、またなにかを言ってくる。
そんな具合で続いた押し問答も僕は飽きてきたのでそろそろ帰りたいと告げたがなんか話は終わってないらしい。
どうやらヤツ等はどうしても家においてあるご本尊様とやらを僕に見せつけ、祈る方法を丁寧にも御教授下さるおつもりらしい。それを覚えておけば何とかなるのだそうだ。
また彼等は今日ビデオ放映会があり、そのビデオがハンパなくすごいらしいのでぜひ見に来いと強く誘った。
僕は記憶を振り絞って平方氏の著した文章を思い起こした。
「よし。じゃあ話をまとめようじゃないか。
君等は宗教によって来たるべき災害にも運やら生命力やらを振りまきつつ生き延びれる。
しかし信じない人は死ぬかもしれない。
だから君等はそこまで親しくも無い僕に対して懇切丁寧にも教えて、勧めているわけだ。
しかし僕はさっきも言ったように自分の生き方に対して常に後悔しないように努めている。
だからもし僕がその宗教を信じずに明日死んでしまっても後悔はしない。
僕が信じているものは僕自身だからだ。
僕は君等の信じている宗教を否定はしない。
なぜならば君等が信じているからだ。
それはつまるところ、僕にも信仰の自由というものが存在する事に他ならない。
結論をいえば僕は宗教をやらないという事だよ。」
少し自分に酔いしれつつそう演説した。
しかし彼等は大馬鹿野郎共だ。さっきから何回もくりかえされた事を言った。
「例えばキミは食べた事の無いものの味がわかるかい?」
「いいや。(バカジャネーノ化しつつ。)」
「だろう。やってみないとわからないものなんだよ。だろ?偏見は良くないよな?食わず嫌いじゃないか。悪い事は直す。子供でもわかる事だろ。だからうちに来て試してみろよ。」
「いいや。キミたちが命かけてその宗教をやっているのは解る。だがすまないが俺にはやる気がないんだよ。ゴメンな。」
「悪いと思ったら一回やってみてよ。」
「イヤだ。」
「どうして。なんでやっても無いのにそんなことが言えるの?やってみてから言ってよ。」
(バカヤロー、それじゃ遅いんだよ。)
ここで、平方氏の言われた言葉がすっと出てきたら良かったのだがあいにく記憶には入っていないようであった。しかし、車で来たのだ。道も知らないし帰れるわけが無い。ここは彼等とともに帰るしかない。このような不毛な会話が繰り返されるのはごめんだ。読み返せば平方氏の書かれたことは非常に的を射ているといわざるをえない。
しかし。しかしだ。ここで屈してしまったらそれで話は終わりだ。
僕は我慢しつつ大声を出さないよう努めて返答した。
最初からうすうす感づいてはいたが彼等とは根本的に価値観が違うらしい。
何度となく同じ質問をし、何度となく同じ答えを発する3人。
さすがにくたびれたのかどうやら諦めて下さるもよう。
会計を割って、トイレに行き、外に出てみると、連れは
「キミのそのわけのわからない信念をつらぬくといい。行き詰ったら連絡して。」
と言い、最初に見せて読んだ本をくれて、ひとこと。
「それ捨てないほうがいいよ。罰が当たるから。」
神妙な顔でそれを聞きながら「護美箱」はどこにあったっけ?と思った。
かつて友人「だったもの」もこう言った
「信じない人には絶対罰が当たるよ。」
「…気をつけるよ」
「いや、気をつけても無理なんだなこれが。」
「…そう。覚悟しとくよ。」
家まで送ると言われたが、とんでもないので「駅まででいい。買いたいものがあるから」
と必死だったなぁ。
コンビニのゴミ箱に雑誌をポイして、軽やかにかえった。
「宗教に打ち勝ったぞ。時間は浪費したものの、これだけの時間があれば俺なら要らないゲームを友達から貰うなんて事も出来るかもしれないもんな〜」
家に帰り、飯を食らい、部屋でダラダラしていたら、母が誰かからの電話を聞き突然やってきて、今日行ったのは宗教の勧誘ではなかったかをきいた。
どうやら俺と同じような目にあったヤツは沢山いるらしい。
ヒドいヤツは監禁とかされて殴られると聞いた。
まあ、運が悪かったのだろう。
もともと自分の考えがしっかりとできてないやつは引っかかるんだろうなと感じ、自分が意外としっかりしていることを誇りに思った。
終わり
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