640Kbyte DEVIL 
                平方 一六
 
 それは今のように世相が荒んでいなかった頃のことだった。
 
 陸空から侵攻した我軍は敵国の首都陥落を目前に一進一退の攻防を演じていた。
 深夜にわたってパソコンの前に座り続けた俺は
”エンディングまであと少しだ、なんとしても今夜決着をつける!!”
 という覚悟の持って戦っていた。
 
 マウスから手を離して眠い目をこすり、大きなあくびをした。
 そんな気の抜けた瞬間だった。
”画面が一瞬揺らいだような”と、思った時にはモニターがホワイトアウトしていた。
 そして、そこには奴はいた。
”見るからに悪魔”という格好をした悪魔がだった。わずか400ラインで表現された二次元のそいつはこともあろうにスピーカを通じてこう言った。
『契約により、お前の望みを一つだけかなえに来たぞ。さぁ望みを示せ』
 俺は驚きを隠せず叫んでしまった。
「すっ、げぇ〜。ビープ音だけでこんな表現ができるなんて・・・まさに悪魔の技だ!!」
『そぉ〜ゆぅ〜問題じゃねえだろ』
 悪魔はすかさず突っ込みを入れながらサウンドとアニメーションを駆使して精一杯の抗議をした。
 さらに驚いた俺は再び叫んだ。
「オォッー、凄いタイミングだ。俺のリアクションを先読みしたようなプログラミング。そうかUの時もコピーに失敗すると敵がオーガやバルキリーを生産してたけど、スーパーにもこんな仕掛けがあるとは・・・侮れないソフトハウスだなぁ」
 しきりに感心する俺に悪魔はあきれたような表情で説明を始めた。
『わかんねえ奴だなぁ。私は悪魔なんだよ、正真正銘の あ・く・ま 、それでさっき言った通り、お前の願いを一つだけかなえに来たのだ。わかったか?』
 俺はそいつが悪魔であることを認識したと同時に心を見透かされてはならないと思った。
 マウスカーソルで悪魔を突っついてみたかったがマウスは認識されていない。
 そして”悪魔の甘言に載せられて踊るのは真っ平ご免”と気を引き締めた。
 とにかく主導権を握るのだ大事だ、俺が疑いの眼差しを悪魔に向けると悪魔はこう言った。
『やれやれ少しは信じる気になったか、それでは説明してやろう。私にもいろいろ事情があってな、それが原因で千人の人間達の願いを一人一個かなえるまで解放されないというわけだ。ちなみに願いをかなえるまではここから去るわけにはいかないのだ。例えばリセットしても無駄・・・ブツゥゥン・・・』
 俺は躊躇することなくリセットボタンを押してパソコンに再起動をかけた。さすがに起動が終了するまで悪魔は出てこなかったが、結局奴はそこにいてわめいた。
『だから無駄だと言っているだろ・・・ブッ・・・』
 俺は今度は電源ボタンを切って再起動をかけてみたが無駄だった。
 どうやら願い事を申し入れるまで居座り続けるつもりらしい。
 悪魔は徒労感を感じたのか深いため息をついている。俺は主導権を握りつつあることを感じた。
 悪魔は気を取り直して語りかけてきた。
『君のどんな願いだってかなえてやる。ウソじゃない』
 俺はせせら笑いを浮かべて意地の悪い声音で答えた。
「まぁ悪魔の言うことじゃぁねぇ、信じろって方が無理じゃない?」
”それに迂闊なことを言ってそれを願いにされてはたまらんしな”という考えまでは口に出さなかった。どうやらこの悪魔は俺の心の中までは覗けないらしい。
 もう一つの疑問もあった。それは今まで何人かの『願い』や『望み』を実現しているなら「世界征服」とか言い出す奴がいそうだ、しかし今のところそんな混乱は見たことがない。俺が初めての被験者か?あるいはせこい願いしかかなえる能力がないのか?今までの被験者が騙され続けてきたのか?いずれにしろ相手は悪魔だ、心を許してはならない。
 悪魔はさらに続ける。
『君は疑い深い人間だな。普通に人間なら喜んで願いごとをいうのに・・・』
 比較できない比較対象を持ち出すのは戦略なのだろうか?まともに相手にしてたらろくな事にならないだろう。
 俺は黙って笑った。
 悪魔も笑顔で答える。
 さらに俺はムキになって笑い続けた。
 沈黙に耐えられなくなったのは悪魔だった。
『しょうがない。それではわかりやすく説明してやろう。前にも言ったように色々あってだなぁ・・・』
 俺はすかさず揚げ足を取った。
「色々って何だよ?」
『アレとかソレとか色々なんだよ。うるさいな、いいだろそんなこと』
 と、悪魔は返事を嫌った。嫌な思い出なのだろう、俺はさらにたたみ込む。
「だから具体的にどんな事情なんだよ」
『まぁ私にも色々事情があるのだよ。まぁその事情によって私は契約に縛られているのだ』
「で、どんな契約なんだい」俺は逃さない。
『まず私は嘘をつけない。そして千人の願いをかなえねばならない。願い事は一人一つだ。この契約が終わるまで私はこの論理回路から開放されない。願い事はキーボードからの入力によって行われる。初めに言っておくと願い事の数を増やす願いは不許可になる。以上だ。それにしてもこのモニターは狭いな』
「大きなお世話だ」
 タブキーを押してカーソルを悪魔にぶつけようとしたがひょいと片足を上げて避けられてしまった。
 
 俺はよく考えてみた。悪魔は人を堕落させるものだ、余り関わりたくない。
 しかしこの悪魔は過去の何かに制約されていているらしいし、願いを入力するまでは俺の愛機に居座り続けるであろう。何にしてもパソコンが使えないのは痛い。
 困ったものだ、それこそ「世界の王になりたい」などとでも言い出そうものならきっと次の願いをしたものに取って代わられるような気がする。よくあるパターンで時と場所を指定しないと騙されることだってあり得る。
 ちんけな願いをかなえて貰ってここを凌いでも次の奴が何をしでかすが知れたものではない。
 何にしてもこの悪魔の出現は全くの『厄災』という奴に違いない。
 だいたい、他力本願でかなえられた願いを自身で保持することほど難しいものはない。
”やはりここで決着をつけなければなるまい”俺は決心した。
 どうもこの悪魔はコンピュータと深い関わりがあるらしい・・・と思い至ったとき電波が体を走り、一計を思い付いた。
『どうだ、願い事は決まったかね?』悪魔は俺に催促してきた。
『一つだけだからな、よく考えろ』
「それじゃあお言葉に甘えて一つお願いしちゃおうかな」
 俺がそう言いつつキーボードに手を伸ばした瞬間、悪魔が笑ったような気がした。
 やはり破滅は思っているより近くにあるかものかも知れない。
 
 俺は素早くキー入力を終えた。
”アクマニヨリ ワタシノネガイガ カナエラレナイヨウニ シテホシイ”
『おい、止めろ。そんな願いをするな』悪魔は悲鳴を上げて顔を引きつらせた。
 俺が容赦なくリターンキーを叩いたとき、悪魔は引きつった表情のままモニターの中で静止していた
 キー入力を全く受け付けない。どうやらパソコンが暴走したようだ。
「やっぱりバグりやがったか、それにしてもお粗末なプログラムだったな、こんなユーザーの反応を想定していなかったのかな?まぁ哀れな悪魔の末路といえばそれまでか・・・」
 止まった悪魔を眺めても仕方がないので俺はやむを得ずリセットボタンを押した。
 
 パソコンに再起動がかかり、ディスクを読み込む軽い音だけが深夜の静寂によく響く。長時間座りっぱなしなので尻が痛い。ゲームが立ち上がり俺は声を荒げた。
「野郎め!!もうちょっとだったのに。絶対にゆるさん」
 しかし悪魔はコンプリート直前のゲームデータとともに二度と帰ってこなかった。
 俺は脱力感に取り憑かれ、パソコンと明かりを消して別途に倒れ込んだ。
                     (了)

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