報道特集『検証 五一七事件』
                平方 一六
 
『敵を知り己を知らば百戦危うからず』紀元前 孫子
『戦略とは敵の企画を挫折させ、己の企画を実行することにある』昭和五七年 平方
『戦争は『勝利』か『敗北』か『疲れ』か『諦め』によって終結する』平成九年 平方
 
 彼から電話が来たのは5月9日金曜日の午後9時くらいだった。
”来たな”と、私は思った。
 
 彼とは大学で同期の同じクラスだった。
 初めは一浪している、ということの他に取り立てて目立たなかった存在の彼は徐々に頭角を顕わにして行くのだった。
 
 実験をすれば塩化ナトリウム30.00gを計測するのに2時間以上も秤の前で考え込む。
 大学に不満を持つと「今年青山を受験する」と言って受験勉強していることを自慢する(私は彼を以後4年間にわたり構内で見かけた)。
 スキー場への行き方を友人に聞くが理解できず、納得するまで延々30分間聞き返したあげく「ウンわかった」の言葉の後、ちょっと目を離したとたんに「もう一回 教えてくれる?」と聞き返した、その物わかりの悪さは当代随一で2回目の説明に20分費やした友人は説明終了後に3回目の説明を求められて以来彼とは口を利かなくなった。
 研究室でプラスチックを曲げる必要があるため、同僚がバーナーの上に敷物をして加熱して見せて指導し、彼も方法を了解したことを確認したので同僚は離れたところで雑談していると、彼のいたあたりから黒煙が上がっていた。彼は敷物を取り払い直接炎にプラスチックをあぶっていた。そして注意するまでじっと燃えるプラスチックを凝視していたという。それ以来、同僚は作業を彼に依頼することはなくなった。
 
 と、まぁこれは氷山の一角で彼と接触する者は遅かれ早かれ彼から遠ざかっていった。だって存在が迷惑なんだもの。
 そして私は彼の輝かしい戦歴のわりと初期に彼の危険性に気づいた方であった。(彼とは顔と名前が一致するだけの仲にはなっていた。)
 そして卒業以来4年は音信不通であり、私は平和だった。
 そして先年友人から電話がかかってきた。
「彼は宗教にはまったぞ。会いたいというので急に呼び出されて会った。
 もちろん断ったが宗教の話をされて困った。
 仏法を勧められて『俺はおまえを救ってやりたいんだよ』とかって言ってたよ。
 最初の就職先は辞めて先物取引の会社にいるらしい。小豆相場に投資しないか勧められた。」
 と、いう連絡があったのに対して私は答えた。
「俺は入社以来、会社で知らない人からの売り込みが一番多い人間なんだ。
 そういえばこの間アメリカのトウモロコシの先物取引の売り込みがあって電話で断ったけど会社まで来られてパンフレットを渡された。
 おまけに来た奴は上司から確認の電話があるかも知れないからそのときは○○からトウモロコシの説明を受けたとお答え下さい、とアリバイ工作を頼まれたよ。
 大学の卒業生名簿を誰かが売ったんじゃないかと思ってたんだ。売り込みの件数が同期や先輩に比べて異常に多いよ」
 
 そんなやり取りを思い出しつつ私は彼からの電話に対応する。
「ちょっと久しぶりにお茶でもしながら話をしたいんだけど。時間ある?」
”無論、そんな時間など無いッ!”と、反射的に言いそうになったが私は逡巡しながら考えた。
 何しろ相手は”神懸かり”(仏法らしいが)、何をしでかすかわからん。
 その彼の無邪気な凶暴性を大学時代に「存在迷惑」として私は身にしみて認識していた。
 私が電話で彼を忌避したとて、彼は目的を果たすために、家に電話をかける、会社に電話をかける、家に押しかける、会社に押し掛ける、果ては通勤経路を待ち伏せされる可能性さえ考えられる。
 ここは私が断固断り、しかも彼が満足して諦める、そのような展開を導くために慎重に行動せねば後に禍根を残すことになると思った。とりあえずは予想される相手のカードを見ることにする。
「最近は忙しいんだよなぁ。」
「みんなそう言うよ、せっかくのチャンスなんだからさぁ。これから会えないかな」
「今日はダメだよ。金曜日の8時回わってんジャン。
 だいたいおまえ何処からくるつもりなんだよ?」
「あぁ俺今八王子に住んでんだ。それで浜松町でバイトしてんだよ。」
「そうか、八王子から来るんじゃ9時になるし俺の予定も悪いから今日はダメだなそうだなぁ・・・予定が立て込んでいるから来週の土曜日に会えるかもしれない。
 来週か再来週のどちらかの日曜日に予定が入るから・・・そうだな来週の木曜日に電話かけてくれるか?そうすればどっちの日が空くのかはっきりするから、それと会社には電話するなよ」
 この次点で私の方針は敵の企画(布教活動)を挫折させる手段として直接対決による短期決戦に傾いていた。
 そのためには敵の好都合な場所と時間をさける必要がある、地の利を得るためには情報制限が肝要である。
 敵は池袋や新宿を指定してきたが私は「そんな遠い所、行けないし行ったことない」と断固拒否。
 まだ会うかどうかも決めてないんだからその話は来週しよう、と話をまとめた。
 しかし、話をまとめたと思ったのは私だけだった。
 私自身は理路整然とこちらの都合とそちらの意志を尊重した結論を導き出したつもりだったが、第一回目の説明をしただけでは彼のお粗末な頭脳では『私の都合』が理解できなかった。
 私は再び『来週か再来週に会えそうだけど今ははっきりしない、もう少し週末に近づいたらハッキリする』の箇所を説明した。
 でもダメだった。
 私はその後30分にわたり同じ説明を表現の限りを尽くして繰り返さねばならなかった。
 最後に私は・・・
「会社には電話するなよ。木曜日の9時から10時の間に家に電話してくれ」と念を押して「ウンわかった」の返事をもらってから電話を切った。
 しかし、戦いは始まったばかりだった。
 
 私は戦闘態勢を整えるべく情報を求めた。
 彼は卒業後に最初の会社を退社して今はバイトをしている。
 彼は宗教にはまっている。
 彼は先物取引の電話勧誘の仕事をしていた。
 彼は宗教の勧誘で友人に会うときにその目的を開かさない。
 彼は八王子に住んでいる。
 彼は現在浜松町で働いている。
 彼が宗教の勧誘をするときは知らない宗教の人を一緒に連れて来る。
 彼が宗教勧誘をファミレスでしたときに、最初「ご馳走してくれる」約束だったのが、入信を断ったときにはワリカンになった。
 あるケースでは対象者が後難を恐れて柔らかく断った場合、勧誘は3時間にわたりおまけに席を立つときに手を握られて引き留められた。
 彼は大学の卒業名簿によって私の住所と電話番号の他に会社の名前と代表電話番号を知っている。
 彼は貧乏だ。
 彼は頭が悪い。
 
 以上の前提に立ち分析した結果、ったときに私は直接対決を決心した。
 そして、予定を決める6/15(木)に会社を終わって家にいたが電話は鳴らなかった。
 すべては杞憂に終わったのか?否そうではなかったのだ。
 翌日の夕方、会社も定時に近づいたときに彼はあれほど念を押した会社に電話をしてきた。
 怒り気味に私は応対した私は一方的に待ち合わせ場所を東京駅丸の内北口改札、時間を午後6時に決定した。
 
 指定時間は6時、宮本武蔵に習って私が到着したのは6時5分。改札から30m離れたところに待機した私は改札の方を極力見ないようにして観察を続けた。
 私は敵がJRを使うことを期待していたが、一応地下鉄方面も警戒した。
 そして6時10分に彼を改札内に発見した。
 予想通り同伴者を連れていた。
 彼は目が悪いので背を向けた私のことが改札内から識別できないようだった。
 切符が有効な改札内に誘い込まれ、奴らの望む場所を指定されることを防ぐために私は奴が出てくるのをじっと待った。
 奴は改札の内側をウロウロしており、途中で駅員に何かを尋ねていた。おそらく途中下車できるか聞いて断られたと推測する。
 ウロウロし続けていた彼は途中で携帯電話かPHSを取り出し処かへ電話をかけた。
 やつは焦っている、あれほど言ったのに会社に電話をかけているのだろう。
 あちらも必死ならこちらも必死だ、私は無視してあさっての方を向きつつそちらを見ていた。
 これは後で聞いたら予想通りに実家と会社への電話だった。
 6時30分頃にしびれを切らした彼はついに改札を出る。
 私はすぐに見つかるように視線をそちらに移して発見しやすくしてやった。
「よう、久しぶり」
「俺、目が悪いからわからなかったよ」
「改札を降りればすぐわかったのに・・・」
 
 あいさつをすると私は八重洲口に彼を誘導しつつ歩速を早めた。
 連絡通路を移動中に彼は連れを紹介した、私は「連れがいたのか、気づかなかった。俺も予定があるけどお前もなのか?どうせ長居しないからいいか」と予防線を張った。
 私は決戦場を東京駅の八重洲北口地下1階の喫茶店に求めた。
 しかし、私は直行をさけて地上1階を早足でうろついた。目的は敵の体力を少しでも奪うためである。
 喫茶店を探すために周囲を3週ほどしてから私は言った。
「おかしいな、そうか喫茶店があるのは地下だった。」
 さらに店の選定のために必要以上に辺りをぐるぐる巡回し私が店を選定した。
 そこは地価に見合ったコーヒー1杯500円の店でおまけにファーストフード的な前払いシステムだった。
 彼らは地価に見合ったメニューの価格に怯みながらも店に入った。
 私は一番出口寄りの4人がけの席の、さらに出口側の椅子2個に荷物を置き、もう一つに私が座って占拠した。
 彼らはやむなく壁側に固定された席に着いた。
 彼は事もあろうに
「俺金持ってないんだよ、おごってくんない」
 と言ってきたが私は
「何言ってんだ、自分の文は自分でまかなえよ」
 と、一蹴した。
 
 時に6時30分、ついに開戦に及んだ。
 最初は何気ない会話から始まった。
 彼は自分が営業職に向いていると勘違いして職業を点々とした。    
 教科書の電話勧誘の仕事。
「あぁ、20万とかの教材を売りつけるやつね」
 東芝ダイナブックの仕事。
「パソコンなんか店で買うモンじゃないか?そんなんで買う人いるの?」
 と、質問したが彼は沈黙したので畳みかけるように、
「で、実際に彼は何個売ったの?ねえねえ」
 と、質問したが彼はその仕事でいくつ売れたか言及しなかった。
 そして現在の浜松町でAMPMのバイトを八王子から通っている話。彼曰く、
「やっぱ、海の見える職場で働きたかったからさぁ」
”バカじゃないの?”
 と私は言いそうになったが堪えた。
 
 雑談の腰を折り揚げ足を取りつつ、6時40分。
 ついに敵はカードを切った。
「今日会いたかったのはこれから話すけど俺は仏法ってものをやってるんだけどそれを勧めようと思ってきたんだ」
”ほうら、来た”
 しかし、趨勢はすでに決していた。
 彼は教団のパンフレットを忘れるという稚拙な過ちをはじめに要領を得ない説明、そして心を動かされもしない表現の売り込みを開始した。
 彼はナントカ会という宗教に入っており。「某学会とは違う」日蓮の教えを実行する信徒だった。
 話の途中に何月何日だかに日蓮の言葉が日本中に届くと言うことを言ったので、
「電波が弱くて海外まで届かないんだ」と皮肉を言うと。
「マスコミとは限らないんだ」としげしげと説明してくれた。
 また初詣他の宗教儀式は間違っており、彼の信じる宗教の儀式以外をすると業がマイナス側に計上されると言ったので、
「犬や猫は儀式をしないからプラマイ0なんだ」と感心してやった。が全然堪えていなかった。
 また10年以内に中国が攻めて来るという。日本を攻める軍事会議が開かれたことが根拠で、そのときに宗教をやっていれば不可思議なことに生き残れるそうな。
「およそ軍隊というものは作戦を練るのが仕事で中国が日本を攻める作戦を考えるのは当然で、今に始まった事ではないだろ」と私は言った、全く片腹痛い。
 相手にある程度満足感を与えて諦めさせるのが目的だったため私は終始相手の言うことをチャチャを入れても否定することはせずに話させてやった。
 が、説明は堂々巡りで終わりそうもなかった。
 
 7時10分私は攻勢に出る。
 論理的にまとめにかかる。
「わかった、つまりこういうことだろう。
 君のやっている宗教をやっていると良いことがあってたとえば運が良くなり生命力が増す。おまけに死んだ後も安泰なわけだ。
 それに対して宗教をやんないと悪いことが起きる。
 それで君は大学時代のよしみで私に良いことを勧めているわけだ。
 その手段として君はここで私に会って説明をした。
 今までの説明を聞いたが要約は今言ったとおりのことだろ。つまり私は君の思想を理解したわけだ。
 そして私は自分の意志で宗教を始めるか拒否するか決めればいいわけだ。かつて君が決断した時と同じに。
 これで私が決断を下せば私を勧誘するという君の目的は達成されるわけだ。大変ご苦労だったね。」
「それでは結論を言うが、
 私は宗教には入らない。
 これが結論だ」
 一般に宗教でも商品の売り込みでも勧誘とは拒否したところからが長くなり、人によってはめんどくさくなって妥協してしまうものである。
 案の定彼は言った。
「なんでやんないの。やってみてもいないのに、やんないなんて決めるなんて・・・」と言うのを被せて私は発言する。
「イヤイヤ、私は別に君の言ったりやっていることを否定してはいないんだ。
 私は説明を受けて私が判断したんだ。
 結論は今言ったとおりだ。
 君も自分の判断で宗教で入ったのだろう?
 同じく私は自分の意志で拒否したんだ。
 たとえ私の判断が間違っていても、それは私が決めることだ」
 すると今までほとんど発言しなかった連れが言う。
「何でなんです。誰でも幸せになりたいでしょう?
 何で仏法をやりたくないんですか?
 何が理由なんです?」
 ここで捕まると長くなると判断した私の反論は短かった。
「なぜですって、それは秘密ですよ。
 つまりあなたには教えてあげないということです。
 これで用件は住みましたね?
 私は帰ります。」
 私は最後にこの対談で受けた印象を連れの人に言ってみた。
「なんだか、つたない説明で息詰まるとあなたが補佐について彼を助けて。まるで勧誘の研修みたいですね。
 説法の練習台にされているんじゃないでしょうね?」
 そして、今まで彼が私に説明するために机に広げていた紙を手にとって裏返してみると、それは彼の高校の卒業名簿であり、紙には○とか×、そして新しい電話番号や二本線などのチェックが事細かく入っていた。
 それを見て最後の最後に私は言った。
「大変な苦労だね」
 
 満足した私は生クリームがてんこ盛りになって出てきた550円のココアの飲み残しを片づけると料金前払いだったこともあって、素早く荷物を取って席を蹴って店を出た。
 席を介して対面していた彼らは全く為すすべはなかった。
 7時30分終戦。
 
 店を出た私は念には念を入れて、店の出口から死角になる方に闊歩し、階段を上った。
 その後人混みに紛れ時に逆行しながら移動した。
 そしてその日の話題にあった通勤経路を使わず京浜東北線下りホームに行き山の手線側に並ぶ振りをして入ってきた京浜東北線に素早く乗り込んで帰路に就いた。
 
 
 思った通りの不毛な消耗戦。
 しかし私は自問した。
「私自信が嫌な目にあった以上に彼に嫌な思いをさせることに成功しただろうか?
 彼は私への勧誘を諦めたであろうか?」
 今のところ平和は続いている。
 
 私は店を出てからウテナのED『Truth』TV版を口ずさんだ。

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