本音日記

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本音日記!

2003/12/23(Tue)

建国義勇軍が数日前に捕まった。
その周辺からぼろぼろと右翼的な政治家や団体の名前が見える。
その周辺の人物達がこの事件にかかわってるとは思わないが、
人脈としてなぜこのようなつながりがあるのか、と言うのは興味深い。
基本的には、気分としてそのような人たちが意気投合した結果、と言うのがあるのだろう。
たとえば、石原都知事が失言したような。そのような気分が。
西村議員が島に上陸したとか、そのような。
そのような気分の中で、羽目をはずしてしまったのが、建国義勇軍なのだろう。
この件に関しては事実を見極め、その事実を是々非々で考えていかなくてはならない。
今、掲示板などでは彼らを一まとめにしてしまっている議論が多い。
一まとめにして非難するのはもちろん好ましいことではないが、
なぜか彼らを擁護しようとしている人たちのほうが一まとめにしてしまって、
自爆している様子が良く見て取れる。
これも、彼らの気分の問題かもしれない。そのような気がする。
なぜか是々非々の議論ができない人が多い。なぜだろう。
しかも矛先を被害者のほうへかわそうとする。
これでは彼らのほうが卑怯と言わざるを得ない。
考え方と犯罪は、切り分けて議論しなければならないし
それに被害者はあくまで被害者なのだから。

最近、私は秋葉の画廊商法にも注目している。
8日にもそのことに関して書いている。
どうやら、その手の商行為を犯罪として禁止する法案が出るらしい。
内容は吟味していないので全面的に賛成とは今のところいえないが、
もし、この手の強引な商行為を合理的に取り締まれるのならば歓迎したい。
そもそも、なんであのような位置に(たとえば秋葉のLAOX裏のパーツ、電子素子
ジャンク、そして同人誌屋(wが集まるその真ん中)店を構えたのか。
そして明らかにそれらを目的とする人たちに、興味がなさそうな絵を売りつけようとするのか。
それも強引に連れ込み、脅迫まがいの剣幕でローンを組ませるような。
彼らはそういう人たちを鴨にしたかったのだろう。だがそれは完璧に間違いだ。
あそこらを行き交う人は単なる鴨じゃない。それ以外の人が多い。
最近、彼らを違法すれすれの問題商法として記事にする雑誌が現れ、
それこそ彼らの買う専門誌にまで記事が載るようになってしまった。
完全にやぶへびだろう。
さっさと店をたたまなければ、会社そのものがつぶれるかもしれない。
いや、そのほうがいいんだけど。


本音日記!

2003/12/12(Fri)

自衛隊をイラクに行かせると小泉政権は決定したらしい。
だが、それまでの判断は妥当だったのだろうか。
私は、まず、アメリカが査察続行を打ち切り武力行使を決定した時点から間違っていると考えている。
アメリカは自分の力のみを頼み、武力行使を強行した。国際世論の反対を押し切って。
その結果、戦闘には勝っても大義名分だった化学兵器は出てこない、
ゲリラ戦は止まずいまだに戦死者が増え、明らかにその判断が失敗だったことが明らかになっている。
日本は、そのアメリカに最初から賛成してきた。この時点で間違えている。
ここは慎重論を唱えておくべきだった。どちらにしろ、日本のこの件での貢献は、
資金面と平和活動のみなのだから。
そして今、武力の派遣と取られかねない行動を起こそうとしている。
この際、国内的な大義名分論は置いておく。それでもこれは愚行だ。
この件で日本は、アメリカの子分と認識される可能性が高い。
それは、日本国内に対するテロ行為を引き起こす可能性がある。
もともと敵はテロリスト達だろ、いずれ日本は狙われた、というのはずれている。
テロはその名のとおり、相手に恐怖を引き起こさせる行為だ。それが目的なのだ。
その際には、少々ずれていても、敵に恐怖を与える行為で無ければならない。
味方、または中立のものにテロ行為を働くのは、テロリストにとっては不利になるだけだ。
理由は簡単。敵を増やすからだ。テロリストは自分たちの主張のためにテロを起こす。
支持者はもちろん、中立のものに対しても、自分たちの正義を主張するために行う。
完全な無差別テロは、彼らを狂気の集団にしか見せない。これは彼らの目的ではないのだ。
つまり、テロは彼らの敵に対してのみ行われる。
中立、または無関係の陣営にテロ行為は行わないのだ。
今度の自衛隊派遣は、日本を彼らの敵として世界に認識させることになる。

当然だが、日本にテロ行為を行っても彼らに有利になることは無い。
だが、日本を戦争に引き釣り込むきっかけにはなりかねない。
いくら温厚な人であっても、身内に被害が及べば、犯人に報復を考える。
遠い国の出来事が、突然身近になる。彼らは別に誰かを狙っているわけではない。
日本国内に恐怖を巻き起こすためなら、誰を狙ってもいいからだ。
私かもしれない。これを読んでいるあなたかもしれない。
親族が巻き込まれたとき、それを他人事として無視できる人は居ますか?

もちろん、何も無いかもしれない。私は当然それを望む。
だが、わざわざ危険を引き寄せるのは愚者の行為だ。
日本は戦闘が本当に終結した後でも十分貢献ができる。
今のうちに血を流さなければ貢献を主張できない、などというのは
それこそ中世のメンタリティだ。
本当の貢献は、戦闘地域の封じ込めだ。

かつて木造家屋が多かったとき、家事の時には延焼を最も恐れた。
少々の火の粉で火事は瞬く間に広がる。
難燃性の家屋が増えたとき、火の粉をあまり気にせずに火事を起こしている家屋のみに
集中できるようになった。
現在の世界は、難燃性ではない。まずは火の粉が飛び散らないようにすることが
もっとも必要なことだ。
自衛隊派遣はその手順に沿っているのかどうか。

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2003/12/08(Mon)

2ちゃんねるの、とあるスレッドの削除論争にかかわってみた。
相手はそのスレッドが板違い(テーマがあわない)であるといって、粘着して削除を要求していた。
実際、表面的にはスレと板との関連性は少なく思える。
そしてもっとふさわしいと思われる板にも関連スレが存在している。
だが、その話題はその板の利用者に固有の問題も含んでいた。
つい先日、そのスレッドが停止された。現在は継続スレが立っている。

板(この場合はテーマの分類だと思っていい)は何のためにあるかというと、
そこにある情報がなんについてのものであるかを利用者に案内するためでもある。
一見、その板にある必要がなさそうなスレでも、事情によりそこにあるほうが自然、
つまりその話題がありそうな板がその板であると思う人が多い場合、
そのスレはその板にあるべきだろう。
人は漠然と検索するのは苦手だし、なるべく直感的な手がかりを求めるものだから。

その話題について言えば、それはあるコミュニティがよく利用する地区に、
邪魔なものができた、ということが発端である。
だから、そのコミュニティがそれを問題にした。
だからそのコミュニティが利用する掲示板にそのスレッドができたのだ。
ならば、そこで問題を話し合うのが自然だろう。
粘着してまでスレッドを削除しようとしていた人は、
スレッドがその板に存在すること自体が気に食わなかったのだろう。
事実、その問題は金銭にかかわると考えられているものであり、
粘着していた人は、スレッドの存在自体に利害関係があると推測されている。

ていうか、俺も邪魔なんだよ!額縁付プリントアウト屋は!!
他のところに行きやがれ!!邪魔だから声をかけてくるなっ!!!


本音日記!

2003/12/01(Mon)

イラクで日本の外交官が射殺されたそうだ。
これは日本に対する警告だろう。このような敵を自ら作り出したのも日本政府だ。
「治に居て乱を忘れず」(治而不忘乱)。私はこの言葉を
「戦乱の怖さを平和なときにも忘れず、平和を維持する努力をしろ」と受け取る。
乱を広げるようなことはなるべく避け、戦乱を広げないことこそ重要ではないか。
「いざという時のために身を守る準備をしろ」という意味でも別にかまわない。
だが、まずは「いざ」という時を迎えることを避けるのが重要ではないか。
イラク戦争のときの、日本政府の身の処し方は、果たしてそれだったのか?

「国際社会における日本の責任」のために軍事力(要するに自衛隊)を使えという論者が居る。
現在の国際社会において、責任とは武力による威圧のみを意味するのだろうか?
国民の血を流すことが責任を果たした唯一の証拠になるのか?
それは違うだろう。「平和を維持する」ことが、現在における国家の責任だろう。
そのために、日本は何ができるのか。自衛隊を送ることがその唯一の方法なのだろうか。
当然ながら軍事力を功績のひとつとするのは、現在の現実ではある。
だが、それ以外の方法が多数存在することを、忘れている人が多くはないのか?
そして、自衛隊を送ることが、本当に平和の維持に貢献するのか?
そこから考えなければならない。
そこを飛ばしてしまうことこそ「治に居て乱」を忘れているのではないのか。
まずは、自らの身に乱が及ぶことから考え直さなくてはならないのではないか。
治に居て、乱を身に及ばせず。これをわが身かわいいと受け取ってはならない。
社会に生きるものとして、社会を守ることこそが大事なのだから。
まずは身の回りの平和を守った上で、他者に平和をもたらさなければならない。
とばっちりを受けただけで事態が好転しなければ、ただのばか者だ。


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