本日、西表島での仕事が終わり恩納村に戻って来ました。真夏のような鏡面のような海を石垣まで移動しました。朝から撤収準備で荷物を出したり、掃除をしたりでしたが、動くたびに汗がどっと噴出してくるのでした。真夏日の西表・石垣でした。
11月も本日で終わり、明日から師走です。自然界の中での一ヶ月の生活から一転騒音の世界に舞い戻って少しですが、戸惑いを隠せません。国道58号線は、車両の通過音が非常に気になりました。事務所にて独り言を書いていますが、やはり車両の音が気になりますね。まずは、事務処理の一週間となりそうです。
この一ヶ月間は、例年になく天候に恵まれたことです。西表の11月は、これまでの17年間の中で、こんなに天候に恵まれたことはなかったように記憶しています。これも温暖化現象のせいなのでしょうかね。朝起きて、観天望気でダイビングの心配をしなくても済むのでした。海況も比較的穏やかで、それなりに遠くまで遠征することができました。また、講習生やお客様も体調を崩すことなく順調にダイビングをこなすことができました。昨日のダイビング事故対策訓練については海難発生や急患発生等の諸般の突発事項で中止となったことは残念でした。しかし、本日、昨日から行方不明だった船長が無事に発見救助されたとのことで、気分的にはホッとしました。風も穏やかだったのも幸いしたのでしょうか。
JTA611便にて那覇まで戻りました。ホッとしたのでしょうか、機内ではぐっすり熟睡で、那覇空港に着陸した衝撃で目が覚めました。一瞬ですが「ここはどこ、何で飛行機に乗っているのか」の世界に入り込んでしまいました。那覇空港でしたが、午後6時前でしたが、本土便が到着していなかったのでガラガラ状態、二階のお土産ブースは閑散としていました。10月末の羽田空港とは雲泥の差のある風景でした。羽田では、大混雑していとことを記憶しています。やはり同時テロの風評被害からの回復はほど遠いのでしょうか。実は、西表島ではテレビが部屋に設備されていたので、ニュースを見ていたのですが、沖縄の地元紙を購読することが出来なかったので沖縄方面の情報については、疎くなっていました。世界的な重大ニュースと日本国の政治情勢等は、国営民間放送共に見聞できたのですが、逆に沖縄関係のニュースは弱いですね。これは沖縄のマスコミ関係の力量が問われるものと考えられます。
21世紀の新しい門出の2001年も、残すところあと31日です。希望に燃えて幕開けした2001年でしたが、9月11日を境に世界は同時テロの影響で深刻な状態に陥っています。10月11日の米国のアフガニスタン爆撃開始、兵力の投入。日本国も憲法9条を替えることなく、戦争状態の国際社会に自衛隊勢力を派遣する決議が可決。先週より海上自衛隊の艦艇がインド洋に派遣されたのでした。中東でもイスラエルとパレスチナの衝突も収まりを見せていません。アフガンにロシア軍も戦闘部隊を派遣したとの情報もあります。国際的な管理での戦争終結を目指して欲しいものです。現状では戦後のアフガンでの政治的な影響力を残そうとする利権絡みが見え見えにもなってきているのも不安材料、懸念材料でもあります。
さあ、残り31日ですが、2002年の新年を落ち着いて迎えるためにも12月一ヶ月ですが、頑張りたいと思っています。宜しくご支援ください。
海難発生!! 急患発生!! 天気晴朗。海面状況はベタ凪。風は南東の微風。訓練日よりとしては最高の条件。巡視船艇は事故対応。航空機も夜中から捜索対応。午前6時55分訓練中止決定。午前8時30分に西表島より急患搬送依頼の連絡が入電。石垣航空基地のヘリコプターは、急患搬送にて緊急発進。
正午までは、訓練水域周辺では信号筒・信号紅炎や海面着色剤を使用できるということだったのでバラス島にて信号筒だけでも試射実験を行うことになりました。石垣海上保安部に最終確認を取り、了承を得ました。ちょうどというかヘリコプターも西表島の住吉ヘリポートに急患患者を収容するためにバラス島上空を通過するので、試射実験を行いました。高度300mにて飛行するヘリコプターを確認、早速試射。患者を収容してから石垣島に戻る途中で再度バラス島上空を通過するので、ヘリコプターの機首が石垣島方面を向いた時に、10発試射しました。
石垣航空基地に視認状況を確認したのですが、300mの高度で飛行中でも太陽をバックにしても信号筒から発射した紅炎がはっきりと確認することができたとの報告をもらいました。それなりに信号筒は有効であると確認できました。夜中の捜索、朝の急患搬送と疲労が続く中の飛行だったようです。巡視船艇は事故現場にて現在も対応中とのことでした。ご苦労様でした。今回のような突発的な事故対応で訓練は中止になりました。平成6年から毎年ダイビング事故対策訓練を行ってきました。その都度、緊急事態が発生した場合は、訓練は中止ということを承知で訓練を実施していました。今年は天候も最高の条件だったのですが、アクチャルな事態ということで中止となりました。訓練内容の報告を楽しみにされていた方もいらっしゃると思いますが、申し訳ありませんでした。
今は午後3時です。最高の暑さです。炎天下で動くとうっすらではなく、どっぷりと大量の汗をかくくらいです。本州は寒いんだろうなって思いつつも、暑さが大好きな私でした。
本日は、午後1時よりダイビング事故対策訓練の最終打ち合わせを石垣海上保安部にて行いました。そのために正午の安栄観光のフェリーにて石垣島に渡りました。そして最終便にて西表島に戻りました。私の役どころは、あくまでも地域の雑用係ですので、もうしばらく頑張らないとなりません。水曜日は石垣での楽しみの日本蕎麦屋さんの「平野屋」さんがお休みなんですよ。それにしても気象状態が安定しているですよ。毎年この時期は北風が強く吹き付けて大原経由なのですが、昨日から風が弱まり船浦からの出港でした。時間的には短縮されます。明日はダイビング事故対策訓練ですが、このままの気象状態が続いて欲しいものです。南東の風が吹いています。神様お願い。
今回の訓練内容は、信号紅炎や信号弾の試射体験。普段はアクチャルでしか使用できない、アクチャルって本番のことです。発火方式はメーカー毎に違う場合があり、使い方については文章であったり、イラストであったりですが、緊急事態の際に冷静に対応できるか問題があります。そのために各種の信号紅炎や信号弾を実際に試射します。今回は来月から一般に販売される耐圧50mで常時水中携帯が可能で、1個で4発発射できる機能です。打ち上げ高度は60m以上、燃焼時間5秒以上で赤色炎となっています。発射するタイミングは、捜索航空機が自分の方向に向かって来ることを確認できた状態で発射します。間違っても航空機に直撃しないように注意してください。(鰍hHIエアロスペースエンジニアリング:t-arao@ihi-ise.co.jp 問い合わせ先)
次に、漂流実験です。海面着色剤、ブイ、フロート、信号筒等を使って存在を捜索航空機や巡視艇等にアピールします。海面着色剤や信号筒も個人レベルでは実験することができないので、この機会を利用します。次はヘリコプターによる海面での漂流ダイバーに対してのダウンウォッシュ体験を行います。ガイドダイバー、カヌー、釣り関係者等が参加します。ダウンウォッシュ体験が終わると一人づつサバイバルスリングを使用しての吊り上げ揚収訓練です。11月20日に住吉ヘリポートにて着陸状態で実際に体験してもらいましたが、今回は実際に我々の頭上10mくらいでホバリングした状態での吊り上げ体験を行います。実際に機内までは揚収することはできませんけど。全てのガイドダイバーが体験して欲しいものです。
ダイビング船へのダウンウォッシュを漂泊と走行状態でかけます。とくに漂泊状態では、どんな状況となるか楽しみ、というか興味津々です。
最後は、ダイビング船から巡視艇にダイビング事故者を移送します。想定は減圧症になり、ダイビング船にて酸素供給を受けた状態で巡視艇に横付けして事故者を移送します。ダミーを使うか、実際の人間を使うか・・・。ダミーさんの登場になると思いますけど。レスキュートレーニングでの常識は、グループ内で一番体格がでかい人が被救助者になることが鉄則なんですよ。そうなると私が被救助者になるのかな。まあっ仕方がないか。私が一番でかそうだから。今回は、民間船からではなく巡視艇からのバスケットストレッチャ−を使っての吊り上げ揚収の見学となります。
明日の天気も安定しているとのことでホッとしています。訓練が無事に終わることを願っています。
本日が西表島での今年最後のダイビングでした。内容はダイバーレスキューとDAN酸素プロバイダー講習でした。プログラムの都合上、どうしても関連する内容なのですが、DAN酸素インストラクター資格を取得しているインストラクターの数も限られているのでレスキューダイバー講習については片手落ちの様相を呈していると感じています。現在、潜水指導団体がプログラム化しているダイバーレスキューについては中途半端な内容になっていると考えています。
ダイバーレスキューに関連する項目として、事故原因の究明、実際の事故例、救助方法、連絡手段、現場での応急処置、医療機関への搬送、捜索法等です。この独り言でも沖縄本島でのダイビング関連の治療に関する情報の不備と医療関係者の不足を憂いていますが、現実はダイビング関係者にとっては非常に厳しい環境であると言えます。そのためにダイビングを無事故で安全に実施できれば、それに越したことがないのですが、現実はそれなりに我々ダイビング関係者に試練を与えることがあります。そのたびに仲介者になる場合もありますので、自分としても電話口から伝わる現場での緊張感、緊急事態対応に電話機を握り締める手に汗が滲んできます。午後4時から5時くらいにリゾートから電話があるときが一番緊張します。現場からであったり、医療機関からであったりと様々です。なかには船上からの緊急連絡をもらったこともありました。
事故原因の究明については、一旦事故が発生すると公的機関によって事情聴取が行われます。ただし、事故原因を特定する情報については、事故者のプライバシーに関わる問題として一切公表されません。公的機関の担当者レベルで処理されてしまうのでした。年末に年間の事故統計が公表されます。実際の事故例についても、雑誌社も公的機関が公表した資料を転載するに留めています。
救助方法については、まずレスキューダイバーとしての潜水能力について必要な能力について言及します。私はスーパーマン的な潜水技術やレスキュー能力を要求はしていません。ただ、自分自身をコントロールできる潜水技量と同体格のダイバーを水面上を曳航する体力と泳力が要求されるくらいです。セルフ・アシスト・メジャーレスキューのそれぞれの技術があります。セルフやアシストには、水中でのエアー切れに伴う緊急手順も含みます。またダイバーレスキューに伴う想定シナリオについては、水面や水中です。水面での人工呼吸については、ドウ・セィ・ドウポジションでのマウス・トゥ・マウス(口対口)です。最近、ポケットマスクを使用しての技術も真剣に検討しています。専用ではないのですが、使い易いように工夫されたポケットマスクが開発されています。実際に使って練習していますが、実際にいつでも水中に携帯するには専用の入れ物がありませんので、技術を開発してもリーダーシップダイバーが常時携帯するのか未知数です。水面での人工呼吸に酸素を供給できる小型軽量の酸素ボンベも開発されています。
連絡体制については、公的救助機関の3桁の電話番号が有名です。また、連絡手段としては携帯電話が使われる場合が多くなっていますが、バッテリー切れに注意してください。また場所によっては電波が届きにくかったり、全然通じない場合もあります。
医療機関への搬送と搬送先については、沖縄本島も含めて頭痛の種です。搬送先の医療機関に潜水障害および海洋咬刺症の専門的な治療が施せる施設が限られているということです。また搬送手段についても宮古島を境に航空搬送の専門機関が違うのでした。本州も含めて専門医療機関を探し当てることは難しい状況であることが、様々な地域で活動している仲間や生徒から相談があることからも、皆苦労しているなって。
あれこれ考えながらのレスキュー講習でした。
本日は海上保安庁の石垣航空基地にて機体見学を行いました。私の生徒さん2名でした。現在、西表では北東の風が吹いています。そのために船浦航路は運行中止で、すべて大原港一本になります。住吉から大原までは陸路で1時間かかります。現在の大原までの県道は、至る所路面を掘り返したり、橋の架け替え等の公共土木の嵐でした。とくに大原付近がひどい状況となっています。もう、何年も続いているように思います。短時間に工事が完了すると地元土建業者の仕事がなくなるために細かい区間に分けて、小出しの工事となります。これは沖縄の公共土木の現状です。陸路での往復で2時間、船の往復1時間20分、西表/石垣往復は遠かった。また、石垣の繁華街では、馴染みの店が、どんどん閉鎖されて寂しい限りでした。本日は疲れました。
とうとうアフガニスタンにアメリカ海兵隊が投入されたとのことです。米軍も空爆だけでなく本格的な地上兵力の派遣ということになりました。海兵隊は米軍の中でも自己完結型に戦闘を継続する能力が高いために大隊規模での派遣となったようです。きっと沖縄に駐留していた部隊がアフガニスタンに投入されたのでしょうか。やはり最前線の基地の島、OKINAWAです。タリバン倒壊のシナリオが、予想を越える速度だったのでした。また、アフガニスタンの人種構成のモザイク模様をも考慮した結果です。反タリバンの第三勢力としてのパシュトゥン人の弱小兵力を補う目的もあるのでした。北部同盟(戦後の分裂も有り得る)、タリバン外国人義勇兵、第三勢力の反タリバンのパシュトゥン人、米軍と西欧の国から派遣された特殊部隊等です。アフガンの戦後の支配体制を見据えた高度な政治的判断での地上兵力の派遣だったのでしょう。まだまだ先が見えないアフガニスタン情勢でした。
29日の午前中に西表島と鳩間島の間の海域にてダイビング事故対策訓練を実施します。現在、地元のダイビングサービスおよびカヌー業者、釣り業者に参加の呼び掛けを行っています。今年の参加者は、どれくらいになるのだろうか。予定では20名くらいですが、11月末なので、すでに営業に出ている方、長期休暇に入った方、当日はお客様が居るという様々な理由で不参加を表明されています。せっかくの貴重な訓練が実施できると思っていても、各サービスの予定があるために強制的な参加を呼び掛けることができません。あくまでも任意の参加になります。訓練を企画、実施する側としては、参加者が少ないのは寂しい限りですが、それぞれの都合があるので仕方がないのでしょう。今回の水中に携帯できる信号筒の試射を行います。この製品については、日本の企業が開発したもので一般に販売されるのは12月ということでした。その前に実際に試射することができるのでした。日本では火薬を使用した製品についての販売は非常に難しいので、一般のダイビングショップでは直接販売できるのかな・・・・。この製品については、実際に29日に試射しますので、その結果は独り言にて公表したいと思います。信号筒の諸元は以下のようです。装填弾数:4発、到達高度:約80m、防水機能:5気圧保証(40mまで)、保証期間:3年(再充填不可)、明るさ:4500カンデラという性能です。
漂流事故に対してのダイバー側の捜索勢力への自己アピール方法については、様々な資材が用意されていますが、なかなか万能というわけではありません。漂流事故に繋がると思われる水域や気象状態で、それなりの万全な装備を特別に装着するという習慣がまだまだ現場サイドでは認識が薄いのも問題かもしれません。様々な漂流事故が起きた際の漂流グッズが多数出回っていますが、どれだけ装備してダイビングしているかは疑問です。類似の事故が発生すると、その直後は安全対策を考えるのですが、大半が自分は事故を起こさないという過剰な裏付けのない自信が現場を支配しているのでした。これは減圧症の発生でも同様なことが言えます。自分は事故を起こさない、事故を起こすのは他のサービス。この繰り返しです。何時になったら、事故のないダイビングサービスが提供できるようになるのかな。
そろそろ西表島での生活が終わりを告げようとしています。残り一週間を切ってしまいました。29日は西表島のダイビングサービスと海上保安庁との合同のダイビング事故対策訓練を実施します。来週は、訓練計画の最終打ち合わせと地元のサービス関係者への説明会等を行う予定でいます。時間的には余裕がないのが現実ですが、頑張りたいと思います。西表島と石垣(航空基地と海上保安部)を往復することになります。それにしても今年の11月の西表島は、非常に気候的には安定してので仕事は順調にはかどりました。こんな年は珍しかった。いつもなら中旬から下旬にかけて天候の変化を気にしながらの段取りが続いていたのでした。そんな心配をしなくて助かりました。
私の密かな楽しみは、ファンダイバーのボートダイビングでの潜降と浮上を見ることでした。ここではアルミタンクを使用しています。最初の関門がウエイト調整なんです。自分が何キロ必要なのか戸惑う人、適正量を自分で決めることができずにスタッフに聞きながら調整する人等様々です。自分のウエイト量の決定については初心者講習にて学習しているはずですが、実際はインストラクターが決めて渡されたウエイトを使っているだけなんでしょう。装備(タンク種類、スーツの厚さ)の違いによってウエイト量を調整することを忘れないようにしてください。
ボートでのエントリーについては、ビーチエントリーしか経験がないと基本的にはBCにエアーを入れてエントリーしてしまいます。外洋でのダイビングでは、BCに空気を入れなくエントリーした衝撃を利用して、そのまま潜降すべきです。その時は足から潜降するフィーとファーストダイブを使っています。この姿勢だと圧平衡がスムーズにできます。一旦潜降したら、そのまま水底まで頭から逆さまに潜るヘッドファーストダイブでも大丈夫です。ただこの技術を知らないダイバーが多いです。手を盛んに平泳ぎの要領にてかきながらフィンキックはあまり蹴らずに潜ろうとしています。手を動かすよりもフィンキックで効率良く潜降すべきです。目線が安定しない場合は、とにかく水底に任意に目標物を決めて、そこにめがけて潜降すべきです。BCの空気をしっかりと抜かずにガンガン必死に潜ろうする方もいらっしゃいます。慌てずにゆっくり潜降してください。なかなか潜れない場合は、船尾に設定した潜降浮上ラインにつかまって圧平衡を確実に行ってください。
浮上については、5mでの安全停止を3〜5分行うことを知らないダイバーもいます。また、浮上速度が速い場合を多数見受けます。以前は浮上速度については毎分18mでしたが、最近は10mに半減しています。沖縄の海は、内地に比べるとやや深い傾向があります。そのために潜水深度の規制が必要と考えています。ダイビングサービス側でも内部規定を設けて深度規制を行っているサービスもあります。浮上については、10mくらいの深度からは水面に向かって直接浮上することは止めて5mにて安全停止と途中の浮上スピードはゆっくりゆっくりとした速度で浮上してください。慌てて浮上することはありません。自分が潜った地形を把握するために周囲を眺めながら浮上してください。
独り言を書いている最中にベル412の爆音が接近。北東の風が吹いているので私の部屋の上空を旋回して、強力なライトを照らしながらヘリポートに接近、上昇、旋回を繰り返していました。夜間慣熟訓練ですかね。夜間にヘリコプターが接近してくるのは、西表島での急患発生を意味しますが、今回は慣熟訓練だったようです。それにしても強力なライトでした。進行方向を明るく照らしていました。ご苦労様でした。明日は格納庫で機体見学です。
本日も晴天の朝を迎えました。連休の2日目です。冬型の気象配置図が緩んだのでしょうか。気温が26度と所謂「真夏日」という暖かい一日でしたが、西表島南方海上にある熱帯性低気圧のために北東の風が強く吹いていました。白浜港内で昼食を摂った時は、ホンワカと暑いくらいでした。ラッキーでした。
アフガニスタン情勢は、ますます混沌とした状況に陥っています。群雄割拠の様子を呈しています。アフガニスタン国内には、どれくらいの武器が存在するのだろうか。タリバンが撤退する際に、大量の武器弾薬を放棄しましたが、これって一般人に紛れて舞い戻った時に再び使用するために、わざと放棄したように見せかけたのではないでしょうか。また、自国民だけの内戦ではなく、アラブや旧ソ連邦、隣国パキスタン等から参加した義勇兵。アフガニスタンに平和が訪れると帰国する祖国がない義勇兵。その処遇は悲惨な結果を招くことになります。かつてのスペイン内戦での義勇兵とは立場が違うようです。5000人とも10000人とも言われる諸外国からの義勇兵。スペイン内戦後は、第二次世界大戦に進みましたが、アフガニスタン内戦が第三次世界大戦へと進まないことを願います。
今日は土曜日で、沖縄では今日が連休を利用してのダイビングの最後のピークを迎えているのではないでしょうか。明日は日曜日で本州方面に戻るピーク、航空機予約は最高になっています。ダイビング後の航空機搭乗については、ある程度の時間を空けてから搭乗しなさいという時間が設定されています。理想的には短期間に頻回の潜水を行った場合は、48時間。とくに減圧停止を含む反復潜水を行った場合と定義されています。また、減圧停止を必要としない反復潜水の場合は、24時間とされています。しかし、実際はリゾート側の要望として24時間と12時間に短縮しても構わないのではと要望が出され、その通りに変更されたのでした。48・24時間という窒素が排出するということは、リゾートでは商売にならないと不満が噴出したのでした。
これらのことを気にしながらダイビングされていますか。あまり気にしない方もいらっしゃいます。また、サービス側も帰りの手段については言及しない場合もあります。私の場合は、最低24時間空けるように計画してサービスを提供しています。どうしても帰路が24時間以内の場合は、潜水方法では後半になるに従い徐々に残留窒素が溜まりにくい潜水計画を立ててサービスを提供しています。
最近のダイビングスタイルでは、最大深度にて活動してから浅場に戻る際は、段階減圧のような方式を採用しています。最大深度から徐々に浅場に戻るのですが、12mまで戻った段階から停止時間を設定して、9m、6m、5mの安全停止まで時間と深度管理しています。非常にかた苦しいと思われるかもしれませんが、エキジット後の窒素たっぷりの疲労感がないのでした。実際にはドップラー式の検知器でも使って調べればよいのかもしれませんね。これは来年度にスポンサーを探して研究したいと思っています。
本日は日本全国お休みなんですね。私は一人で仕事をしているので、世の中の一斉休日というのには関係なく過ごしています。逆に連休となるとお客様が遊びに来てくれるのでした。他のダイビングサービスとは違いリゾートでの知名度は低いので大挙してお客様がいらっしゃるということは絶対にありません。あくまでも少人数の方が遊びに来ています。本州方面から沖縄の海を目指して、この連休を利用して潜りに来ていると思います。安全なダイビングを楽しんで、楽しい思い出だけを持ち帰って欲しいです。11月初旬から北寄りの風が吹き続いていますので、沖縄本島ではダイビングポイントが限られてしまいます。離島では船を風が当たらない水域に回すことでダイビングが続けることができます。
多くのファンダイバーが暖かい南の海を目指していましたが、9月のテロのために海外渡航を自粛したのでしょうか。沖縄方面に目的地を変えたようです。先週までの天気を考えると、この2・3日はラッキーな天候が続いています。北東の風が吹いているのですが、風速が弱いために非常に暖かく感じます。本日は、船1隻でしたが、久しぶりに沢山のお客様が乗船してのダイビングでした。でも、ポイントでの寒さを感じない分、お客様の顔もほころんでいます。これまでは水面から顔を出した瞬間から、ブルブル震えが始まり、船上を駆け足で移動して、瞬く間に装備を下ろして温水シャワーやトイレに駆け寄って行きます。口々に「寒い、寒い」の連発でした。しかし、風が弱い分、船上ではゆったりとした悠久の時間となるのでしょうか、お客様ものんびりとしています。おまけに空気は乾燥していますので、身体や水着の水分を拭き取ると、寒さを感じませんでした。先週と今週のお客様の表情の違いが歴然でした。
お客様が持参しているカメラ器材は、圧倒的にデジタルカメラが多くなってきています。10名の方がカメラを持っていました。内訳は、フィルムを使用するカメラ2台、デジタルビデオ1台、残りの7名がデジタルカメラでした。70%の所有率ということになります。以前は、使い捨てカメラのハウジングを持ったカメラ初心者を多数見受けたのですが、今年は沖縄本島でも同じ現象です。デジタルカメラはお手軽に使用できること。撮影して、その場で撮影結果が確認できる利点。それに1枚の記録システムで50枚以上も撮影することができる。撮影結果は、記録媒体のMB数にもよりますが、高画質かホームページ用に写す程度等によっては1枚の記憶枚数にも違いがあります。あとバッテリー交換しなくても十分に3本ダイビングしても大丈夫なくらいの性能になっています。科学技術の進歩は、我々ダイバーにとっても恩恵をもたらしてくれるのでした。フィルム撮影よりもフィルム代、現像代、焼き増し代等の余分なお金が掛からないこともラッキーです。パソコンに接続してCDに焼き付けてしまえば、あとは消去して、同じディスクを再利用することができるのも魅力ですね。でも、ハウジングの性能が30mまでの制限付きと予備のОリングが販売されていなく、劣化した場合は、ハウジングを再購入しなければならないメーカー品もあるなど、問題がないわけではありません。でも考えようによっては、このシステムがスッキリしているかもしれませんね。
西表は高気圧の縁にあたるために空気は乾燥しているのですが、雲が多く時々太陽が顔をのぞく天気でした。確実に冬の沖縄に近づいていることだけは事実です。空気が乾燥しているために、エキジット後に船上にて温水シャワーを浴びて水気を拭うと寒さを感じません。
2頭目の狂牛病が発見されて一日が経過しました。消費者は何を食べたらいいんだろうか。牛肉を食べなくても生きていけますね。ただ牛を原材料にした調味料や化粧品、医薬品等も含めて多くの製品が我々の生活の中に溶け込んでいます。カップラーメンのスープもコンソメスープ等もそうです。昨日のニュースで公表されていたときに牛肉を食べていた人は、どうしたんだろうか。ゴクッて飲み込んだのか、吐き出したのか。それにしても感染源の特定がなされないままの安全宣言、美味そうに焼肉やステーキを食べて見せた大臣さんや国会議員等のパフォーマンスって何だったろう。信じられなくなります。安全宣言から1ヶ月が経過しましたが・・・・・・。でも、今回も狂牛病と診断された牛は、最初から肉用牛として育てられた牛ではなく、乳用牛が乳の出が悪くなった牛を処分して肉として処理する段階で見つかっています。これは日本だけの特徴かな・・・。感染ルートについては未だに解明されていません。農水省の検査体制と肥育手法を確認していなかった責任は重大です。また、行政の怠慢も指摘されています。お役人様は、怠慢とは考えていないようです。全頭検査をすることで狂牛病に感染した食肉が流通経路に出る前に把握できるという胸をはって、二頭目の狂牛病の発症を説明していました。アメリカの炭疽菌騒動での感染元が不明なのと一緒ですかね。
アフガニスタンでは、タリバンの勢力が弱まる傾向が明らかになっています。日本ではテロ対策法に基づき本格的な自衛隊派遣が決まりそうですが、アフガニスタンでは戦後の復興に向けての動きが出ています。またしても国際政治の流れに遅れを見せた日本でした。物資輸送については民間の宅急便のノウハウを活用して、民間航空機と貨物船、陸送等を積極的に使うべきと思います。ただし、山賊対策としての自衛隊の護衛は必要になるのかな。官だけでなく民も活用すべきです。
久しぶりにお客様のガイドダイビングです。研修生が16日に沖縄本島に戻って以来、単独潜水を行ってきました。最高の贅沢をさせてもらっていました。本日からこれまでに見つけた生物の再確認をしながらガイドをしております。水域の範囲を広く潜るスタイルでガイドしています。ちょっとリゾートダイビングとは違ってトレーニングも兼ねて潜っています。今回のお客様にも「泳ぐよ」って予め了解を取って潜っています。初日でしたので、ゼイゼイハアハアしていましたが、2本目ではかなり慣れてきたようで、しっかりと私のあとをついて来ていました。明日も3本目からお客様が合流します。最高で4名のお客様を西表島まで呼び集めてしまいました。でも、楽しいダイビングサービスを提供させてもらいますよ。と、ちょっとトレーニングも含みますけど。風邪をひかないように注意します。
本日から私のお客様が潜りにいらっしゃいます。仕事としてガイド業および期間中にCPRトレーニングとダイバーレスキューのトレーニングも実施する予定でいます。それとファンダイビングも行いますよ。
西表のガイドさんも、衣替えの季節なんでしょうか6半カブリが登場しました。私は5ミリいや3ミリに縮んだオレンジワンピースに3ミリのこれまたオレンジ一色のフード付きベストを着込んでいます。全身オレンジ一色で潜っています。さすがに、この一週間くらいからは水温の低下を感じます。1〜2度の低下なんですが、1時間ダイビングは辛くなりました。
出たあ。狂牛病が2頭目が北海道で見つかりました。国産牛の安全宣言が出されたばかりなのに、狂牛病がまたもや発見されました。風評被害。対策はどうなっているのかって言いたいが、それにしても感染源は、どうなっているのか。島国で感染原因となる陸路での感染は、あり得ません。あるとすれば肉骨粉を牛の飼料として使用を黙認していた行政の問題も糾弾されなければなりません。サラリーマン諸氏の味方「牛丼」「ハンバーグ」「焼肉食べ放題」は、閑古鳥が鳴いているのでしょう。沖縄本島では、和牛よりも輸入チルドビーフが主力です。和牛は昔から庶民にとっては高値の華でしたので、私はほとんど口にしたことがありません。チルドビーフの生産国はアメリカやオーストラリアが主力です。価格的には比較的安く、味は美味しいと思っています。突然降って沸いた話ですが、本当に感染源はどこなのか。和牛の全頭検査も然ることながら感染源の特定とルートをはっきりさせる努力を怠らないようにして欲しいものです。食の安全確保は、国の責任です。
最近のファンダイバーは小型の腕時計型ダイブコンピュータを使用することが多くなっています。小型で腕に装着できる点では非常にダイバーにとってはありがたい存在になっています。ただし、小型化の影響での問題点は、バッテリーを頻繁に交換しなければならないことです。一般ファンダイバーは年平均20〜40本くらいダイビングするとして2〜3年持つようであれば問題ありませんが、現役ガイドとなると100〜200本程度のダイビング本数は、2ヶ月くらいでバッテリー交換サインが点滅してしまいます。メーカーによっては、自分で交換できるバッテリーとOリングをセットにして販売しています。これは便利なことなのですが、落とし穴というか自分で交換するとメーカー保証がなくなってしまうのでした。慎重にバッテリー交換すれば大丈夫ですが、雑に交換した場合は、水没という憂き目に合うのでした。これは怖いですよ。なけなしの大金で購入したダイブコンピュータが一発水没した場合、次のダイビングからのガイドに支障を来たすことになります。まさかダイブコンピュータなしでのダイビングは、かつてのダイブテーブルでのダイビングを経験した化石恐竜ガイドであれば48時間くらいの残留窒素抜きでダイビングを中止して、リフレッシュな身体で潜れば大丈夫ですが、そんなのんびりしたことはできませんね。水深計と水中時計にダイブテーブルがあれば、無理な潜りとはなりません。しかし、水中時計を持っていないガイドさんが多数いますので、どうするんだろうか。携帯電話の時刻表示があるから腕時計は要らないと豪語するガイドさんが多数いらっしゃいますが、携帯電話を水中に持ち込むことは不可能ですね。時計も高値の華ですのでガイドさんの出費がかさむのでした。自分の知識を豊かにするための研修会や講演会があってもお金がないために出席することすら出来ない現状があることも忘れてはなりません。
本日は朝から快晴でした。今日は西表島の住吉ヘリポートにて竹富町ダイビング組合員とカヌー組合員対象に石垣航空基地のベル412(MH713号)を使っての実機研修を行いました。この企画は、昨年から始めたのですが、昨年は天候に恵まれず雨降りの中での研修となりました。今年は如何なことに。バッチリ朝から快晴でした。参加者の集合についてはダイビング組合事務局から全組合員にメールにて連絡していました。最初にヘリポートに集まったのは、私を含めて3名でした。爆音は聴こえてきました。着陸時になってようやく7名、最終的に13名となりました。私としてはホッとしました。
機長はベテランの方で10月の台風の真っ只中の暴風が吹きすさぶ中で伊良部町にて発生した新生児の重症患者の急患搬送に従事されました。中型ヘリでエンジン出力がパワーアップされた機体であっても台風の最中の飛行は非常に危険極まりありません。通常であれば伊良部町からの夜間急患搬送は、宮古島まで巡視船艇を使いますが、台風で船舶を使えなかったのです。新生児の発熱については一刻を争う事例が多いのでした。乱気流の発生、土砂降りにて視界不良、暴風下での飛行を決行して、無事に病院まで送り届け、石垣基地まで戻って来たのでした。今月末の全国版のテレビにて「海上保安庁24時」というタイトルにて放映されるとのことでした。是非ともご覧ください。
今回は海上保安庁が保有している救難資機材を満載、ヘリポート上にて実際の使い方を含めて研修を受けました。それに驚いたのは、ホイストケーブルを使用できるように外部接続バッテリーまで持参してくれたのでした。これまではエンジンをカットして説明を受けるのですが、再起動させるためにバッテリーを消耗させないために使用できなかったのです。今回は外部バッテリーを持参してくれたので、実際にサバイバルスリングを使用しての吊り上げ体験を経験することができました。全員で吊り上げ救助の際に上半身にかかる力を体験してもらいました。
西表島では訓練で定番になりましたバスケットストレッチャ−を使っての使い方も実習しました。事故者にDAN酸素供給セットを装着してみました。酸素キットを装着した状態での搬送時の注意事項等を説明しました。年々ダイビング事故に対する対処法を民間レベルと海上保安庁との間で情報交換(石垣、那覇、広島、福岡航空基地の担当者)を頻繁に行うことができています。ただ民間側の酸素供給器材の準備が不足していますので、万全な態勢とは言い難い状況であることも伝えてあります。サービス産業としてのダイビングについては、基本的には自己責任としてサービス側が準備しなければなりません。よく独り言で、ちょくちょく苦言を呈していますが、ある程度の費用がかかることがネックになっています。でも、サービス提供をする側も自分の事情だけを優先していると、何か起きた際にクレームがあっても対応できなくなってしまいます。サービス向上の一環としての安全対策が必要とも考えて欲しいものです。
いよいよ29日がダイビング事故対策の本番です。ヘリコプター搭乗員とは会話を交わすことはできませんが、プロフェッショナルな仕事を遂行する海上保安官と、やる気のあるダイビング業者の真剣勝負の事故対策訓練です。
本日の日本全国の皆様は寝不足ではないでしょうか。そうです午前2時から3時過ぎまでの獅子座流星群の天体ショーに歓喜していたのではないでしょうか。私も午前3時過ぎまで見ちゃいました。あいにくと午前2時過ぎから雲が夜空を覆い始めたのでした。雲間に時折、流星痕を長くたなびかせて行きました。実は、午前零時から東の空を眺め始めました。最初は、普通の流星のようでしたが、午前零時半くらいからは長い流星痕を残しながら流れて行きました。
ダイビングチームうなりざきでもお客様を誘ってクラブハウスの中庭に午前1時半くらいから集合して流星群観察となりました。雲が時折流れ視界を遮りはじめました。言い出しっぺのスタッフが静かになったと思っていると「スウスウ」と寝息が聞こえてくるではありませんか。そうなんです。彼は仰向けに寝転がって空を眺めていたのですが、防寒具バッチリだったのでしょう、そのまま眠っていたのでした。
今朝のニュースで北海道で撮影された映像が公開されていました。今回は西表でも、それなりの流星を観察することができました。しかし、次回の獅子座流星群が日本で観測できるのは33年後ということです。私は82歳になっていますが、その時まで生きていることができるのかな。今朝は午前7時40分くらいに目覚めました。眠い。スタッフもお客様も寝不足の顔でしたが、満足気な顔をしていました。
天体ショーで思い出したことは、西表でナイトダイビングしていたのですが、百武彗星を水中から見たことは、いまでもはっきりと明確に記憶しています。宇宙の神秘は、今はCGで再現されていますが、実際に見るに限ります。その代償は睡眠不足でした。まさに流星のシャワー状態だったのでした。果たして皆様は、流星群に何をお願いしましたか。私は・・・・・・・・・。当然、安全潜水と千客万来でした。
本日は、ダイビングポイントで船を停泊させるための水中ブイのロープ交換を3箇所で交換しました。スタッフ3名と私の合計4名、水中作業については3名で行いました。さすがに最初の深度10mを越える水域でのロープ交換は、きつかったですよ。作業を終えて港に戻って来ましたが、満足感というか達成感がありました。
ダイビングポイントでの水中ブイの設置に関しては、可能限り設置して欲しいものです。旧来の船からアンカーを投下して岩やサンゴに引っ掛けて船を固定するスタイルでは環境保護を訴えている我々としては、どんなに注意してアンカーを静かに海底に置いても最終的にはサンゴを傷つける可能性がありますので、積極的に水中ブイを設置するのは大賛成です。でも、地域的には漁師さんの数は少ないのですが、漁業者とのトラブルが発生します。スクリューに水中ブイを引っ掛けたという苦情です。第一次産業の産業推奨策がありますので、我々ダイビング関係者は非難の矛先として立場が微妙なことが多々あります。資源の枯渇問題と自然の保護ではなく保全を考えなければなりません。資源の枯渇とはサカナを獲り過ぎてしまい特定の種類が絶滅する可能性があるのでした。我々ダイビング関係者は、これからは環境保全と修繕を如何にすべきかのアイデアを考えなければなりません。
明日は、海上保安庁のヘリコプターを使っての実機研修のために海をお休みです。明日も晴天でありますようにと願っています。
今日も最低気温の18度を記録しました。寒い朝ですが、しかし晴れ間が広がっているので心理的には助かりました。ダイビングが終わりエキジットする際に、水面を見上げながら浮上しますが、その時に水面に雨粒が当たっているのを見ているとブルブル寒さを感じます。週末のために少しダイバー数が増えました。これが沖縄本島であれば、北寄りの風が吹いていると北部の崎本部海岸まで移動してビーチエントリーとなります。長野の上高地の閉山式、鳥取大山にも雪が積もったとのこと確実に降雪情報が南下しているのでした。本日の西表島の水温で最低は24℃を記録した水域がありました。実際に潜っていて寒かった。お客様も45分くらいでブルブル震えながらエキジットしていました。水面に顔を出した瞬間に、「寒ーい」の連発でした。きっと体感温は10度くらいの感じがしました。
透明度が悪いところでのダイビングについては、不気味です。南の島の場合に、水中でおっとドッキリということを考えてしまうのでした。何たって隣のポイントはサバ崎という、沖縄では「サバ」の意味は「サメ」です。因幡の白兎の「ワニ」がサメというのと同じです。私が子供の頃は因幡の白兎の「ワニ」は、本当のワニと思っていました。実際に私はサバ崎でサメを見たことがないのですが、ウィンドサーファーが以前にボードをかじられたことが実際にありました。水中でサメに遭遇はしたくないです。本日は周囲をキョロキョロしながら潜っていました。お陰で肩凝りが直りましたよ。水中で空気密度が濃くなり、血中に溶け込む酸素の量が多くなり、深度下で首を始終動かしていたので血液循環がよくなったのでしょうね。リハビリに使えそうですね。
現在、ダイビングチームうなりざきの大型船には、全て温水シャワーが付いています。このために保温スーツを脱ぐ間だけがブルブル震えます。スーツを脱いだあとすぐに全身の水気を拭き取って乾燥した着衣に着替えれば大丈夫です。今年のお客様の流行は、ダイビングメーカーが作ったウインドブレーカーやユニクロのフリースやインナー付きのカーゴパンツが人気のようです。私も西表島に来る3日前にユニクロに飛び込んで買い込んできました。水着の水気をしっかり取ってからそのまま履いていれば防風機能が働いているので暖かいです。フリースの下は、Tシャツかポロシャツで十分ですよ。今日は晴れていたので助かりました。先日の雨降りの時は、ちょっと困りました。私は米軍払い下げのゴム製の雨合羽です。1500円で買ったもので、10年前に買ったものを着ています。ゴム製ですので、汗を逃がさないのが難点です。外気温は20度以上もあるためです。11月2日から海に出ていますが、11月初旬は例年になく暖かく、つい先日も風が止み、太陽の下で昼寝をしてしまったのですが、汗びっしょりでしたよ。11月も下旬になるとさすがに寒さを感じるようになりました。やはり温帯地域とはいえ、日本には四季があるのでした。春・夏・秋・冬の四季です。四季の感触を味わいながらのダイビングも、また楽しいです。これは強がりではありませんよ。
これから沖縄方面にダイビングで遊びに来ようと計画されているファンダイバーの方々は、防寒具を忘れないように。また、フードベストを忘れないようにしてください。本州からいきなり那覇空港や離島の空港に降り立った際の感想は、「暑い」の一言です。徐々に当地の気候に慣れてくると寒さを感じてしまうかもしれませんよ。風邪に注意。
本日は朝の最低気温が20度を切りました。めちゃ寒いです。今日は、午後からDAN酸素プロバイダー講習を行いました。そのためにダイビングは、お休みしました。海は日々変化していますので、一日も欠かさずに潜ることがガイドとして非常に重要と考えているのですが、講習生の予定がありますので、海は諦めました。
沖縄方面で海関係の仕事についている関係者、とくにダイビングサービスに従事している数は、2,000人と3,000人とも推測されています。私ように一人で仕事をしているサービスもあれば、10人とか20人とかの大人数のスタッフを抱えたサービスまで多数あります。サービス数は、450軒余りと推計されています。沖縄の場合は、ダイビングサービスは沖縄県公安委員会に所轄の警察署および駐在所を通じて個人の情報を顔写真とダイビング関係のカードのコピー、略歴等を提出することになっています。経営者数が450人として残りのスタッフの雇用形態については年間雇用からアルバイトまで様々です。年間を通して雇用されているスタッフについても雇用関係は不安定な場合があります。アルバイトは4月採用の9月か10月にアルバイト契約が満了します。翌年の春まで何をするか、それは当然別な職種の仕事を探さなければなりません。しかし、沖縄の最低賃金は1時間600円くらいです。全国一番の低賃金の県でもあります。おまけにアメリカ同時テロの影響で、観光客の激減にさらされ、宿泊・食事・お土産・交通等の仕事に従事されている沖縄の人の仕事の機会が減少しています。一挙に10月に職探しとなります。今年は冬のアルバイトの内定していたのですが、10月中旬になってから内定取り消しが相次いでいます。冬場に沖縄に残って仕事を続けることが困難になっています。以前は沖縄本島を含む離島でも土木工事に従事すること可能だったのですが、公共土木も削減されている。また技術的に簡易労働だけの職種も激減したのでした。
あと気になることは、ダイビング関係者の健康状態についてです。年々ガイドする深度が深場に移行していること。それにお客様のニーズに迎合するのがサービス産業の使命とばかり1日のダイビング本数も2本から3本、3本から4本と潜水本数が増え続けています。ダイバー健康診断(通称:健診)については法律的には義務付けられているのですが、実際の現場では健診の受診率は1%以下となっています。公務員の潜水士は税金から負担されますので気軽に受診できます。しかし民間のガイドダイバーについては会社で負担する場合もありますが、ほとんどは自費での受診となります。健診の値段は、概ね3万から4万円かかります。健診内容については、血液検査、尿検査、レントゲン撮影、心電図、神経系の検査等です。通常の市町村が実施している地域住民への健診と同じような内容と理解している場合が多いのでした。ダイバー健診については、各種の検査データを素に総合的に判断できる医師の数は、沖縄方面では3名くらいしかいません。潜水関係の診断を下すには、それなりの潜水生理学および医学に精通した潜水専門の医師でなければなりません。日本全国でも潜水専門の知識を持った医師の数は、ごく限られた人数しかいません。
現場で懸念されるのは、減圧症との関連ですが、事実今年の8月までに現役ガイドの再圧治療数が多くなったことが報告されています。ダイビングマニュアルには減圧障害を起こしたら、再圧治療すれば一発で完治するが如くの記述しかありません。治療を受けた後の潜水禁止期間が設定されていることの記述は皆無です。マニュアルで育っていますので、現場でも当然、再圧治療一発完治、そくダイビング再開できるという発想になります。実際は、長期間の不適当な圧暴露、浮上速度の速さ等で治療後の休止期間が1ヶ月から6ヶ月、最悪は潜水禁止という宣告がなされる場合もあることを覚悟しなければなりません。ですから予防が大切ということです。
経営不安、雇用不安に健康不安が混在する日本の代表的なリゾートダイビングの沖縄でした。
アフガニスタンは群雄割拠の戦国時代に逆戻りしたようです。北部同盟はアフガニスタンの解放軍ではないことが明らかになってきています。現状で国連も介入を控えざるを得ない状況、当分戦闘が続く様相を呈しています。日本の厳戒態勢は当分続くのでした。
あっと驚く展開に今後は国際的な管理で民族各派が集合した政権作りと戦場や市街地に放置された武器弾薬の回収を早期に実施しなければなりません。空爆だけで戦意を崩すことができるのか疑問です。それはかつての湾岸戦争において多国籍軍の空爆と陸上戦闘で勝利を収めましたが、最後の詰めの判断を誤ったためにイラクの反体制派のクルド族の武装蜂起も、逆にイラク軍の反撃にあって壊滅状態に陥り、難民となった事実があります。「戦争は始めるのは簡単で、戦争を終わらせるのは非常な困難がある」という言葉があります。戦争を如何な方法で終わらせるか、これは軍事面での圧力をかけつつ政治的な配慮が必要となります。ジハードの言葉で、中東やパキスタンからタリバンに参加した義勇兵の処遇も、今後の問題となります。それぞれの母国に帰還できるのか。その祖国は彼等を受け入れるのか。戦後処理にはアフガニスタンと直接的な利害関係にない日本の役割は重大です。地雷除去・難民の帰還・戦闘教育しか受けていない若年層の社会復帰するための教育等への再建策および再建に向けての準備はできているのでしょうかね。日本政府は戦争参加だけを目的にがむしゃらに準備を進めていますが、実際の救援活動を如何に迅速に立ち上げるかが日本に残された選択肢ではないかと思っています。究極の失業対策としての戦争参加ではなく、アフガニスタン復興のための人員と知恵を提供できるのではないか。アフガニスタンでの平均寿命は何歳なんだろうか。
テロ対策法の成立、自衛隊の海外派遣の準備でドタバタですが、その前にアフガニスタン情勢が劇的な変化を迎えそうです。その後に向けての準備は、まだ手付かず状態。泥縄式の日本の政治。
今日まで15日連続でのダイビング三昧でした。今夜と明日は、事務処理仕事と20日に海上保安庁石垣航空基地のベル412を使った機体研修会の準備です。今回の企画は、「うなりざき荘」の裏のヘリポートに着陸して1時間の貴重な時間を提供してもらいました。沖縄本島ではダイビング事故対策訓練を行う際は、ヘリコプターが離着陸できる飛行甲板を装備した巡視船”くだか”を使いますので、参加者全員が海洋訓練前にヘリコプターの実機見学ができるのでした。石垣や西表まで巡視船”くだか”を回航して訓練実施という訳には、なかなかいかないのでした。石垣では車で航空基地にて研修を受けることができますが、それ以外の離島では事実上無理なことなのです。西表島での実機研修も海上保安庁と交渉すること5年の年月がかかっています。
それとDAN酸素プロバイダー講習の準備です。東京に頼んでいた10リットルの酸素ボンベも無事に到着しました。1998年から日本でもDAN酸素供給法の講習を実施することができるのですが、まだリゾートでは全サービスが積極的に取り入れようという動きまでに到っていません。一軒一軒サービスを廻って酸素供給法の必要性を説明して、納得してもらい、そして講習の受講という段取りです。西表島でもDAN酸素プロバイダー資格を有している方は、4名です。明日は2軒のサービスの方が受講されます。早く、全サービスがDAN酸素プロバイダー資格を取得して酸素供給キットを配備してくれることを願っています。
終日、雨降りで大雨・洪水・波浪警報が発令されている石垣・西表島でした。潜水後に浴びる温水シャワーが非常にありがたいです。
西表島にて何が困るかというと、それは24時間オープンのコンビニエンスストアーがないことです。うなりざき荘の隣りにあるパイン館の売店を利用しているのですが、夜8時には電気が消えてしまうのでした。川満や親川スーパーも午後9時には電気が消えてしまいます。公共交通のバスは夕方で終わり、買い物は全て自家用車で行かなければなりません。正確には夕日が沈む前に買い物に行かなければなりません。自分自身がすでに社会的には利便性の中で生活しているためにコンビニが冷蔵庫代わりに利用していたのでした。食料の買い置きをしていなかった罰です。夜中にお腹が減ってもどうしようもない。まさかかつてのように厨房に侵入して食材を探して、調理して食べることはできない。かつては夜食の友が沢山いたのでした。別名:麺大名や鍋奉行の異名を持ったドスコイクラブ員達は、もう居ません。ビール酵母やビタミンC錠をバリバリ食べる訳にはいきません。ああ!腹減った。朝食は午前7時過ぎ、昼食は11時30分、夕食は午後6時過ぎ、朝食と夕食は食堂一番乗りで食べています。朝はお腹が減って目覚まし時計の鳴る前に起きちゃっています。これは絶対に恩納村の秘密基地ではあり得なかったことです。それは恐らく歩いて2分の場所にコンビニがあるからでしょうね。11月1日に西表島に入ってから連日のダイビングで買出しに出るチャンスを失っていたからでした。そろそろ一息つけるので、買出しに行くチャンスを作ろうと思っています。歩いて行くとなると往復で1時間半くらいかかります。天気が良ければ歩いてもいいかなと思っています。きっと西表島にコンビニを作れば儲かるだろうな。誰かコンビニを作ってくれないかな。隣りの島の石垣まではコンビニがあります。ケンタッキーもA&Wもあります。
夜食大王だった時代、厨房に忍び込んでというよりも堂々と出現して、特製お粥、ソーメン、日本ソバ、焼きソバ等、厨房の冷蔵庫に入っている卵や味噌、葱、ワカメ、翌朝の朝食用に炊いていたご飯や卵を食材にして薫さんに怒られたこともありました。
食行動については、加齢現象と共に変化しています。10代は大食いだったように記憶しています。20代30代も、やはり大食いだった。食行動の変化としては、肉を食べることが多くなりました。海外からの安いチルドビーフの輸入解禁時期と重なって、美味しくて安い牛肉がメインでした。連日の肉食でも大丈夫でした。しかし、40代になってから食行動に変化が出てきました。肉も大丈夫なのですが、それよりも野菜の煮っ転がしやヒジキ、焼き魚等の日本食に移ってきました。加齢現象なんでしょう。でも、胃腸はいたって元気です。仕事柄、サラリーマンに比べると体力を消耗しますので、食べて体力をカバーする傾向は若い時代と変わっていないのでした。それと沖縄では食べ放題のお店が多いので、安くて沢山食べることができるので、ついつい足が向いてしまいます。ただ一人で仕事をしている機会が多いので、さすがに一人ではドアをくぐることはできません。講習生や研修生、仕事仲間が居る時にしか行けません。最近の若い人は小食傾向なので私の食欲を見てびっくりしています。まだ、今食べられるが次は食べられないかもしれないという不安感、戦後生まれなのですが、つい目の前にあるものは食べてしまうという癖は抜けていません。
そろそろ腹八分目で抑えるようにしないと生活習慣病に近づきつつあります。夕方、船浦の安栄観光の事務所まで荷物を取りに行った帰りに親川スーパーに立ち寄って買い物をして来ました。おばさんは私の顔を覚えていてくれました。人情の厚い島でもあります。
今年一番の寒気が日本全体をすっぽりと包み込んでいます。青森でも積雪があることが報道されていました。西表でも最高気温は23度くらいまでしか上がらない予想です。北風が猛烈に吹いています。沖縄本島では高気圧の勢力圏に入りますので晴れ間がありますが、石垣や西表では高気圧の縁にあたりますので、曇り時々雨の予想です。
アフガニスタン情勢は急展開を迎えていますが、首都カブールを北部同盟が制圧してしまい。その結果如何によっては、ますます混迷を深めそうな気配です。周辺諸国の思惑が複雑に絡んでいます。タリバン側の大反攻作戦が行われることが予想されます。
西表島に来て、すでに予定の半分を消化しました。後半の海上保安庁とのダイビング事故対策訓練の準備と後半の連休でのお客様のダイビングガイドと一部講習を行います。新たなポイントが増えましたので、連日潜れるチャンスがあれば潜り込んで地形や生物の把握を行っています。後半の講習についてはDAN酸素プロバイダーとレスキュー等が予定されています。今年は例年に比べると天候が比較的安定しますので仕事は順調にこなせています。ダイビングは自然環境が相手となりますので、とくに沖縄では雨が降ることによって問題が発生します。それは赤土の流入で水中視界が極端に悪くなってしまうことです。10月中旬までは沖縄では台風の影響で土砂降り状態が続いていましたが、その後極端な雨降りがないために水中視界は安定しています。本格的な赤土対策を講じないと沖縄本島、慶良間諸島、石垣や西表島では海洋環境に悪影響を及ぼすことが懸念されます。ここ西表島の海底でもサンゴの死骸が堆積した場所や砂地でも引っ掻き回すと非常にきめの細かい粒子が舞い上がってしまい視界を妨げます。かなりの量が海洋に流れ込んでいることが判りました。さすがに仲の神島では、この現象は少しだけ確認されましたが、問題視されないと思います。別な見方をすれば仲の神島までも赤土の影響を受けていると考えると末恐ろしいことです。
現在、様々なメーカーが漂流事故に備えたグッズの開発を本腰に入れる動きが見えてきました。ただ、日本では様々な面での規制とダイビングサービス側の無関心で製品化されても市場から消えて行きました。規制とは行政側の厳しく民間人が使うことを制限する結果になっています。例えば、電波発信についてです。これは日本を除く世界が緊急事態に陥った場合の居場所を明確に示す電波発信機は電波法で禁止されています。遭難者が持ち歩けるように腕時計スタイルですが、日本だけ販売が禁止されています。火薬を使った信号弾については火薬の規制で販売ルートが限定され、貯蔵運搬等が非常に難しいです。へリュウムガスを用いたバルーンについてもガス容器が高圧ガス取扱いに抵触するためにサイズが小さくせざるを得なく、その結果バルーンを空中に浮遊させるだけの揚力を確保できなくなった等々です。
ダイバーが漂流事故に巻き込まれたり、起こしたりする場合は、エントリー直後よりも潜水中か終了直後に起きます。漂流グッズは、全て水中に携帯しなければなりません。つまり防水・耐圧・取扱い簡便・浮力の問題等で、それなりのコストが掛かりますので製品価格に反映され高めの金額となります。そのためにサービス側が二の足を踏んでしまうのでした。金額面で高いので有名なのがDANジャパン推奨の酸素供給キットです。ただ時代の流れを考えると高いから買えないということは言えない時代になっているような気がします。それと安全対策についての規制緩和もしなければならない。
日本は南北に長い列島です。北は2度くらい、ここ西表では26度くらいと20度以上の温度差があります。Tシャツに短パンでも平気ですが、気象図は西高東低の冬型を呈しています。
アフガニスタン情勢が急速な展開を見せています。映像を見ていると北部同盟の部隊は軍服を着ていますが、タリバン軍には軍服らしきものを着ていなく普段着を着て戦闘に参加しているのだろうか。本来、戦争とは国と国との間では、お互いに識別可能な軍服を着て戦闘を行うことが義務になっているはずです。普段着を着て戦闘に参加するというのは、スパイ行為をしているという前提で捕虜になった際は、死刑が免れないという規則があります。タリバン軍と称される集団は、軍組織ではなくゲリラ組織なのでしょうか。一般市民との識別が難しい、非常に判りづらい戦争ではあります。タリバン軍の劣勢が伝えられていますが、戦略的撤退で北部同盟軍と米英仏独伊豪加等の多国籍軍がタリバン包囲網を狭めようと集まったときに、イタチの最後っ屁ではないのですが、密かに持っているであろう核兵器か生物化学兵器をドカンと爆発させて世界をアッと言わせるのではないかと最後の最後まで気が抜けないアフガニスタンでした。きのこ鍋のシーズンですが、アフガンでのきのこ雲は見たくないです。
映像ついでに、日本製品の無線機と四駆のピックアップが双方で使用されていることが盛んに映し出されています。株価が高騰するかな。戦闘車両については圧倒的にロシア製の戦車と装甲車、対空機関砲を積んだ装甲車や兵員輸送車両、重火器はロシア製の自動小銃やロケット砲、やはりベトナム戦争で手入れが簡単、壊れにくい等の実績済みですね。ロシア製の戦闘車両は、壊れにくいのかな。それとも以前のアフガニスタン侵攻から撤退した際に大量に残したものが使用されているのかな。それとも大量に武器輸出に励んでいるでしょうか。国家か武器商人が存在するのでしょうね。戦争は過激な消耗戦となっていますので、経済不安なロシアや旧ソ連邦の武器生産ラインは活気付いているのでしょうな。アメリカでも同じことが言えるのでしょうね。それにしてもロシア製の戦車の走りっぷりは軽快そのものです。戦車は戦闘中は自走しますが、それ以外は戦車専用の運搬車で運搬するのですが、運搬車両の映像は出てきません。また、双方が同じタイプの戦車を使っているのは混乱している戦場では敵味方の識別がしにくいのではないでしょうか。「フレンドリーファイアー」はないのでしょうか。あれこれ考えても仕方がないか。敵味方識別装置が取り付けられているのだろうか。電子戦の現代にあって、人間の視力が頼りの戦闘が続くのでしょうか。タリバン側の戦車は地面に穴を掘って砲台として活用している映像が見られます。これは戦車を動かす燃料の備蓄が底を尽いたことを意味するのでしょうか。それとも攻勢ではなく、防御戦に徹していることを意味するのか。消費と生産、究極の不況対策として総力戦として戦争の選択は避けて欲しいものです。
最後に笑うのは誰。日本ではないことが確かです。
午後6時のニュースで北部同盟が首都カブール制圧を伝えていました。カンダハルでの攻防戦が山場と思います。
今年でNAUIインストラクターになって25年が経過しました。俗に言う四半世紀も経ったのでした。長かったようで短くもあった私のNAUIインストラクター人生でした。来年で50歳になりますので、私の人生の半分もダイビングに没頭していたことにもなります。あと何歳までダイビングインストラクターを続けることができるのかな。ただダイビングは棺おけに入るまでは、何とかして潜っていたい気持ちがあります。医学的にダイビングが可能と判断されている間、逆の言い方をすればドクターストップがかかるまで潜る覚悟です。
私の場合、ドクターストップがかかるとしたら何が当てはまるかなと考えていますが、肥満かな、タバコの吸い過ぎかな、心臓かな、血圧かな、ストレスかな、様々なことが考えられます。現代人が、ガンを除いて脳血管疾患と心疾患による死亡数は29万人(1995年人口動態統計より)で1分間に一人近くとなります。私の生活状況を考えると確実に脳か心臓疾患で逝ってしまう可能性があります。若返りの薬や不老不死の薬品でも発明されればいいのになあって。でも動物の寿命は決まっています。心臓の拍動、つまり心臓の動きについては限界があるということです。生命の短い動物の心拍数は早く、寿命が長い動物の心拍数は比較的ゆっくりです。生物の寿命は、細胞は最終的には老化するようにプログラミングされていることが判っています。遺伝子レベルで決まっているのでした。宿命なのですね。
人間の場合は、心臓が血液を送り出すポンプの役目、そこを流れる血液は栄養分と酸素を体の隅々まで運び、あとは老廃物と二酸化炭素を持ち帰り、肺や腎臓、肝臓を経る液体です。その血液が流れる血管が動脈や静脈となります。心臓と呼吸が、つねに一緒に機能しなくてはなりません。ひとつが故障を起こしても問題が起きます。しかし、それらをつないでいる臓器として最終的には血管が問題となることがわかります。血管に様々な障害が起きると生命の危険も一瞬となります。心筋梗塞や動脈瘤破裂、動脈硬化、血管炎等です。心筋梗塞は心臓に栄養や酸素供給する冠状動脈が異物が詰まったり心臓そのものエネルギー補給が遮断されることが問題となります。また、ごく一部の血管が塞栓した場合でも、全身症状として緊急事態が発生します。いわゆる「エコノミー症候群;肺動脈が詰まり急死する肺塞栓症」です。長い時間同じ姿勢で座ったままでいると下肢の深部静脈血栓症から引き起こされることから起きる障害です。これは欧米では問題になっていましたが、日本では医学的に関心が低くて正確な診断が行われなかったのでした。ただこれは病院内での障害例としては挙げられています。手術直後に発症し、手術は成功したが、その後の回復過程で死亡するということです。これは典型的な血管内に形成されたコレステロールが血管壁から剥がれて瞬時に肺動脈まで到達し、その部位に塞栓をしてしまうのでした。日常生活でも我々が経験する長時間の航空機搭乗と車でも起きる障害でもあります。15時間連続でパソコンの前に座っていたときに左足のしびれを経験したことがありました。それ以来立った状態でもキーボードが使える台を作りました。でも最近使っていなく結局椅子に座ってパソコンとニラメッコになりました。
私の現在の生活状況として気になる状況のキーワードは、全て心臓疾患に関わる内容になっているような気がします。
またまたお詫びです。ホームページの表紙が7月に渡嘉敷島に行った際の古いものが転送されていました。びっくりしたのではありませんか。これは私が通常使っているデスクトップパソコンのハードディスクから表紙のコピーを忘れてしまったことが原因です。読者の方々に、ご迷惑をおかけしたと思います。ゴメンナサイ。
さて、連日休みなしにダイビングに明け暮れています。さすがにリアス式の海岸線を多数持っている西表島です。海は限りなく透明であり、サンゴやサカナが活き活きしている・・・・・。素晴らしい海です。
今回は、沖縄本島と東京から医療用酸素を西表島まで送りました。東京に発注した酸素は、現在届いていません。沖縄本島から送ったものは5日間で到着しました。医療用酸素は、物質の酸化を強烈に促進させる作用がありますので、危険物として取り扱われます。現状で、アメリカ同時テロの影響にて宅急便は荷物を預けると24時間保管されます。爆発物の確認なのかな。予想よりも早く到着したなという実感がします。当初電話で確認した際は、一週間くらいは覚悟して欲しい旨の説明がありました。
宅急便の会社に医療用酸素シリンダーを5本充填済みを直接持ち込みました。現物を宅急便会社のスタッフに確認してもらい、梱包はスタッフにお願いしました。結局、西表島までは船便にて送ることになりました。料金は全体重量で決まりました。沖縄の場合は離島県ですので、車で配送という訳には行きません。酸素の輸送については航空機での輸送が禁止されているためです。DANジャパン推奨の酸素供給キットについては、可能であれば航空機への持ち込みが可能になれば最高なんですけど。多くのダイビングサービスに緊急用に医療用酸素の供給キットと予備の酸素シリンダーの常備をお願いしているのですが、ほとんどは価格的な問題として一言「高い」で終わってしまいます。また、常備されているというサービスで確認できたのは、廉価版の一定流量しか供給されないタイプのものであることが判りました。DANが推奨している潜水障害に対して有効な1分間当たりの酸素供給量は毎分15リットルです。
ダイビング現場での酸素を配備するようにアピールしているのですが、経営的に厳しいという理由で沖縄のダイビングサービスの半数以上が未整備です。自己防衛としてファンダイバー自身が自ら酸素供給装置を購入してダイビング現場に持参することをお勧めしたいです。サービス側に常備をお願いしても購入を渋っている現状を考えるとお客さん自身が・・・・。詳細は来年度に実態調査を行いたいと思います。
アフガニスタン情勢に動きが出ているようです。北部同盟軍がタリバンの占領していた地域を戦闘によって奪還したとのことです。首都カブールをも占拠しそうな勢いだそうです。タリバン軍は戦略的な撤退をしているようです。本当かな?地中深く掘った洞窟陣地に潜んでいて、北部同盟が全土を掌握したあとに核兵器や生物化学兵器を使った焦土化作戦にでも戦術を転換したりして。通常戦争とは違う不正規戦闘ですので、どこまでが占拠したのか判り辛い状況でもあります。でも、一日でも早く平和な世界が到来することを願っています。
強烈な北東の風が吹いています。最高気温は25度くらいまでしか上がらないでしょう。風が強い分寒く感じた一日でありました。風邪ひかないように注意しなければ。でも、今年は暖冬気味なので、小雨は降りましたが、概ね気象も安定しています。本州方面はぐずついているようですね。晩秋から初冬へ確実に季節は歩んでいることが判ります。本州を遥か南に下がった西表島は21度の朝を迎えました。
水中大爆笑もののことがありました。NAUIのインストラクターコースでは技術問題解決という課題があります。本日のダイビングポイントで同じことが起きていました。それはダイビングの終盤でした。他のグループのお客様のアルミタンクが外れてBCの背中でタンクが宙ぶらりんにプカプカ浮いているではありませんか。あれどうしたんだろうと近寄ってみると、かつての私の生徒ではありませんか。お客様に状況をメモ書きして知らせていました。お客様は挙動不審にもならず腹ばい状態で岩につかまっていました。タンクをBCに取り付けるために背中側に周り、タンク固定ベルトを確認してタンクを固定。少し微調整してしっかり固定できました。これで一件落着と思いきや、よくよくタンクバルブの位置を確認すると、ジャア−ン??
タンクバルブの取り付け位置が逆ではありませんか。再調整しようとタンク固定ベルトを外して調整しようとバルブとファーストステージを私とガイドさんでよく見ると、そこには白いテープが顔を覗かせているではありませんか。そうなんです、このタンクの外れたお客様は、タンクにレギレ−ターをセッティングする際に、充填済みのビニールテープを外すのを忘れて、そのままレギレ−ターを取り付けたのでした。そしてそのまま潜降してダイビングを楽しんでいたのです。幸いにも流れもなく浅場であり、おまけにレギレ−ターも空気供給が比較的多いタイプのレギレ−ターだったので助かったのでしょうかね。
冗談みたいな本当にあったお話でした。かつてM島では、タンクバルブにテープを付けたまま潜降して10m付近でエアーの供給量が減少して息苦しさを訴えて、水面にまで飛び出し、大量の水を飲んでしまい、水面で呼吸困難となり病院に搬送されICUにて応急処置を受けて一命を取り留めたという話があります。今回は非常にラッキーだったかもしれませんね。
タンクバルブにテープを付けたままレギレ−ターを装着して潜水しても呼吸はできます。でも、テープにはほんの小さな穴が開くだけですが、空気は途絶することなく供給されます。でも、穴の大きさが小さいために供給量がちと少なめに推移します。場合によっては残圧計の針が呼吸をするたびに上下します。10m前後の水深から針の動きが始まり、15mを過ぎる頃からは、空気を吸うと残圧計の針はゼロを指し、空気を吐き出すと針は元に戻ります。
今日は、まさかまさかの事柄がありました。タンクバルブにテープを巻いているサービスを利用する際には、くれぐれもテープをはがしてからレギレ−ターをセッティングしましょうね。Uちゃん大丈夫ですね。注意してくださいよ。
週末に向けて天気が不安定になって来ています。とうとう日本も憲法第9条の条文を替えることなく海外の紛争地域に自衛隊を派遣することになりました。佐世保港から海上自衛隊の護衛艦2隻と補給艦1隻がインド洋に向けて出港していきました。国際社会へのデビュー。他の選択肢はなかったのでしょうか。
ダイビングスタッフのトレーニングについての独り言を書きましょう。最近のダイビングスタッフについては沖縄本島にいる時からアレコレ批判的に書きまくっていました。ダイビングスタッフには、毎年若い人がチャレンジして来ます。その多くのチャレンジャーが、どこまで育って行くのかです。日本では、本格的なダイビングリーダーシップトレーニングについては、潜水指導団体が作っているダイブマスター、アシスタントインストラクターやインストラクターと言ったランクに代表されています。最短のインストラクター養成講習が10週間トレーニングでインストラクター資格が発行される仕組みです。沖縄のリゾートでは、夏場だけの臨時スタッフとして大量に採用しなければなりません。そんな現場の要望に答えるような便利なシステムです。とりあえず潜水士とリーダーシップレベルの資格だけあれば何とかなるという発想があるのでしょうか。現場経験については、ポイント把握というか体験ダイビングのサポートから始まって、徐々に経験をヒヤリハット状態をくり抜けて育って行くのです。その育って行く過程では、技術や泳力トレーニングは行われる形跡はありません。10週間の講習漬けになりますので、泳ぎ込みのトレーニングおよびスキンダイビング関係のトレーニングは行われません。とりあえず体験ダイビングのサポートをこなしながら現場の仕事に慣れ、余裕が出きれば自分で不足していると思えば自分でトレーニングするであろうと考えられています。現状でマニュアルで育った人たちが、自分で必要と思われるトレーニングを考え出すことができません。とりあえずトレーニング方法論についてのマニュアルはないのでした。泳ぎ込みやスキンダイビング技術については皆無なのでした。まして15年くらいまえから初心者講習の内容にスキンダイビングが割愛されて以来、多くの団体がスキンダイビングをオプションというか削除しています。スクーバタンクさえ背負ってレギレ−ター呼吸ができれば、泳げるがタンクを背負ったままでのスノーケル呼吸では泳ぐ自信がないといった現場の発言を沢山聞いています。私がリーダーシップトレーニングでフィンキックでの泳ぎ込みを1時間弱すると、こんなに長く泳いだことがないと真顔で言って来ます。本当に泳いだことがないのでした。
ヒヤリハットについても、最悪の場合はご本人が気がついていないことがあります。まさか、そんなに危なかったのかって人から指摘されても気がついていない場合は悲惨です。次のヒヤリハットが本チャンになったりして。早い時期にヒヤリハットに気づいた人は、あらためようと注意する人もいますが、それをキッカケにダイビング業から去っていく場合もあるのでした。希望に燃えてダイビング業界に参加したのですが、その育てられる過程でのトレーニングを適切に受けることができなくて去らなければならないのは避けなければならないのですが、ミスマッチが続いているのでした。頑張れ新人スタッフ。
朝夕とめっきり寒くなりました。と言って短パンとTシャツだけでは寒いのです。でも、昼間は25度以上となります。天気が良いために夜間は星空がバッチリ見えます。これは放射冷却現象となるために寒いのでした。西表島の最低気温は22度くらいでした。移動性高気圧の縁に当たるので、少しぐずついていましたが、ポイントまでの移動中、ダイビング中や休憩中も晴れ間が広がったのがせめてものもうけものでした。
西表島に来て一週間が経ちました。恩納村との違いは、静寂が支配されているのでした。まず空を飛ぶ戦闘機や輸送機、ヘリコプター等の爆音がないことです。西表で航空機の爆音が聞こえるとしたら、海上保安庁のヘリコプターとウリミバエ撲滅事業のための民間ヘリコプターくらいです。海上保安庁のヘリコプターは24時間急患待機の石垣航空基地をベースにしています。広大な地域をカバーしているために西表島上空で爆音を聞くことは滅多にありません。哨戒飛行か急患搬送のため、それに海難事故の時です。離島では県営の診療所があり、医師が常駐していますが、高度な救命処置が必要な場合は、石垣島の県立病院までの搬送となります。そのために沖縄県と協定を結んでいるのでした。全国でも、この海上保安庁石垣航空基地だけです。沖縄本島ではベルヘリコプターの独特な爆音を聞けるときは、米軍の輸送用か戦闘ヘリ、それに海上保安庁のベル212タイプです。でも、ほとんどは米軍関係のヘリコプターです。海保の場合は、滅多に飛んで来ることはありません。アフガニスタン情勢が活発になってからは米軍機の飛行回数は相当なものでありました。
海を渡る風の音、岸辺に打ち寄せる波の音、空を飛ぶ鳥のさえずり、セミの鳴き声、樹木の葉がこすれる音、私にとって非日常の音になりつつあります。エンジンを止めた船が風で押されて波立つ音や、停泊中の船に当たる波しぶきの音、サカナが跳ねる音等、全てが聞こえるでした。静寂の中の自然の発する音、心和む思いです。リフレッシュできます。非常に贅沢なリフレッシュと感謝しています。
西表島のダイビングスタイルのお話です。ほとんどのサービスは、午前9時過ぎから9時30分くらいまでに、それぞれの港を出港します。一番遠いポイントまで20ノット前後で1時間くらい、近場で15分くらいとバラバラです。全島周辺がダイビングポイントということになります。島自体はリアス式の海岸線のために風の吹く方向によって出港場所を変えて、お客様の波浪の中での負担を少なくする努力を行っています。午前中に1本ダイビングして港や入り江で停泊して昼食休憩となります。午後1時前後から昼からのダイビングとなります。午後3時過ぎに港に戻ります。そしてお客様のご要望で3本目のダイビングに出港します。最終的には午後5時30分から6時くらいまでには民宿に戻って来るスタイルです。1日3本ダイビングを希望される場合は、朝の8時30分に民宿を出発して約10時間が船上生活になります。現在の水温は外洋であれば28度くらいで汽水域は26から28度です。50分から1時間くらいの比較的快適なダイビングが約束されます。まして、今年は全体的に水温が2度程高く推移していますので、例年以上に快適なダイビングが楽しめます。
本日は北風が北東寄りに向きが変わりましたが、昨日の北寄りのウネリの影響が残っていました。今日からはファンダイビングのガイドさんです。と言っても今回は、私のところのリーダーシップ研修生相手ですけど。西表島の水中環境は恩納村に比べてサンゴの生息数が圧倒的に多いので、そこを棲家にしているサカナの幼魚の数と種類が豊富です。現在の西表周辺海域の水温は、27〜28度と例年に比べると2〜3度も高く推移しています。透明度はかなり良く30〜40mくらいあります。このために汽水域も、透明度は良い状態が続いています。現在の西表島は穴場状態になっています。11月末まで太陽がサンサン状態でありますようにと願っています。
連日、ダイビングを楽しんでいます。これまではリーダーシップ研修生のトレーニングでした。今回も何とか研修生を西表島に連れて来ることができました。沖縄本島では経験できない部分を補完する目的もありまして、インストラクター講習会だけでなくリーダーシップダイバー向けのトレーニングも行っています。仲の神島に代表されるダイナミックなポイントから川と海の水の混じる汽水域まで、バラエティに富んでいます。また、使用するダイビング船も大型から小型まで揃っています。それに加えアンカーリングのスタイルや港での係留も風の状況によって変幻自在なためにリーダーシップレベルのダイバーにとっては、気象状態や風の影響を考慮しなければなりません。毎日、同じような単純作業ではないことを意味します。リーダーシップダイバーの能力を啓発するには最高の場所と考えています。また、実践活動としてはお客様の見ている前で対応しなければなりませんので、毎回真剣勝負の連続です。そのために気を抜くことができないのでした。現場では臨機応変な対応が要求されますので、比較的短時間に能力を向上させることができるのでした。ただし、リーダーシップダイバーの基礎的な能力にもよりますよ。現在のようにマニュアル一辺倒で育って来た場合は、ワンクッションもツークッションもカルチャーショックを受けるかもしれません。真剣勝負になりますので、失敗する場合もありますが、気を取り直して再チャレンジさせます。
現在はファンダイビングのガイドさんをしています。あくまでも私の研修生を相手ですよ。彼も連日驚きの連続のようで、水中は興奮状態のようです。狂喜乱舞している訳ではないのですが、余りにも沖縄本島との水中景観と生物の違いにびっくりしているようです。とくに幼魚の種類の多さに驚いているようです。これまで沖縄本島ではサンゴが白化現象にて衰退しているために幼魚を観察できる種類が少ないのですが、ここでは非常に豊富な種類と数が、居ながらにして観察することができるのです。これまではサカナの成魚を観察することに主眼を置いていたのですが、彼が沖縄本島に戻るまでの間、当分サカナの幼魚観察に時間を費やように指示しています。私も苦手な幼魚を覚えなければなりません。果たして何種類くらい識別できるようになるのかな。新たな課題です。
昨日までの晴天が嘘のように今日は寒さを感じます。中国大陸から冷たい寒気を伴った移動性の高気圧がやって来たのでした。この秋一番の寒さになりました。防寒対策をしっかりしなければ潜水後は風邪を引きそうでした。注意。
今、日本国の起源というか日本列島の成り立ちの考古学が、ある一人の人物の捏造という行為で、これまでの研究が根底から崩れています。考古学会の古い体質の権威主義がもたらしたものと見られています。これまでは発掘現場では調査が終了しなければ公開されなかったり、一部の権威者が出土したものを鑑定して確定する権威主義的な古い体質でした。一部の遺跡の発掘調査では、これまでの権威主義的な手法を一切排除して石器が掘り出される過程を克明に記録したり、石器自体の科学的な分析も考古学者以外の地質学者等が積極的に共同して行われているということで信頼回復に必死です。情報公開が大原則ということでした。
日本のダイビングについても、考古学会が直面しているものと同じようなことが起きるのではないかと懸念しています。とくに初心者講習での様々な問題点が明らかになっていますので、各潜水指導団体は初心者講習の内容、いわゆるコース基準(規準)を開示すべきです。潜水指導団体の唱えている講習基準(規準)をスクーバダイビング講習を受ける人、全てに公開し、インストラクターが説明して、受講希望の受講生が納得するのを確認してから初心者講習を開始すべきと思っています。年間8万人くらいが日本でダイビングの初心者講習後にCカードが発行されています。ただし、その何人が各潜水指導団体が作っているコース基準に適合しているのか?
もしも、ですよ。もしも、各潜水指導団体が私が考えている手法を取り入れたとして、何が起きるのかです。まず、ほとんどの初心者講習が3日や4日で終わることがなくなります。次に毎年8万人もの初心者は誕生しなくなるでしょう。また、Cカード取得直後の不安げな表情や、おどおどしながらエントリー、レギレ−ターから手を離さないで泳いでいたり、まともにフィンキックできなくて水底を這いずり回っているダイバーが激減してリゾートガイドは、本来のガイド業に専念できるのかな。
ガイドダイバーって何なんだろうって考え込んでしまうことがあります。ダイビングの何でも屋さんなのかな。体験ダイビングでは、本当に初めて人を水中と言う、陸上生活とは異なる空間へ案内しますので、100%の完璧が求められます。しかし、水中でのトレーニングと必要な知識を学習しているはずの初心者Cカ−ドホルダーにも、100%の完璧なガイドでなくガードが必要なことが現実です。体験ダイバーよりも手のかかる場合も経験したことがあります。
そんなファンダイバーでも、ちょっとしたアドバイスを与え、デモを見せるだけで初回のファンダイバーとは見間違えるくらいに上達します。ちょっとしたアドバイスだけでも上達される方も多いのです。現状で、ただ水中をガイドするだけ、あるいは水中ガイドが精一杯で、技術的なアドバイスまで気が廻らないのが現実です。潜水指導団体で作られたマニュアルで育った世代は、マニュアルに表現されていない現象には対応できないのでした。
今日こそはホームページの更新をしなければと思いつつ頑張っています。皆さんにはご心配をおかけしていると思います。時間的に追われて送信するチャンスを失っていました。村田はもうホームページの更新作業を中止したのではないかと思わないでください。通信環境を整えているつもりだったですが、電波事情が宜しくなくて困りました。
独り言を書いていると悲観的なというか厭世的な内容に成りがちです。これは私自身の性格的なものから来るかもしれませんね。世の中思った通りに事が運べばいいのですが、なかなかのもので紆余曲折があります。自分の理想通りに事が運べば世の中争い事もないはずですね。理想主義者なのかもしれませんよ。ダイビングインストラクターの資格を取得して、今年で25年が経ちました。長いようで短くもありです。1976年11月に認定されたのでした。私が受けた7期のITCは参加者が最高で24名だったように記憶しています。今では2〜3人が現役指導員を継続しているだけです。やはり25年という月日の流れを感じます。皆理想に燃えてダイビングの仕事に打ち込んでいたのですが、ひとり去り、また一人去りと寂しい限りです。70年代は日本でもダイビングが盛んになりかけた時期でもあり、それぞれ忙しく活動していました。ダイビング指導に潜水作業に撮影等々でした。私は水泳指導の傍らに空き時間にダイビング指導という変則的な仕事をしていました。水泳指導の空き時間ですので、仕事の終わりが深夜となることがしばしばでした。80年代は超多忙な時代でした。年齢も30代となり責任のある立場にもなり公私の別なく仕事に打ち込んでいました。「24時間戦えますか!!」の時代に突入したのでした。ダイビングが普及して一般化が著しくなり、指導員数も増えました。また日本だけがの特徴かもしれませんが、潜水指導団体が急増して40前後の潜水指導団体が誕生したのです。当然何が起きたかということです。猫も杓子もダイビング指導員に、70年代で日本中で200名くらいでした。80年代には一挙に2000名を超え、90年代では3000名を超える規模になりました。現在は・・・。
ダイビングは世の中の景気に左右され易い仕事です。80年代の高度成長時代は大企業が次から次へと参入しましたが、90年代ではダイビングは労働集約制が乏しいということで、一社を残してダイビング関係から撤退して行きました。70年代の初期に戻ったような感があります。今回のアメリカ同時テロの影響で、世界的な規模での不況下にあります。日本はもとより遠く海外でもリゾートでのダイビング産業は衰退の感があるとのことです。将来アフガニスタン紛争が終わったあとの新世界の秩序構築が希望的観測ですが、うまくいって明るい未来が約束されるようであれば人々もダイビングに興味を示してくれると思いますが、そのときに対応できるダイビング指導員が残っているかです。プロフェッショナルな仕事ができるプロ中のプロが不足するのではと思います。
1976年の指導員コースの10日間が非常に懐かしく思うこの頃でした。郷愁を感じるのは、それだけ年を取った事を意味するのでしょうね。来年は50歳になります。本日は波照間港にて旧友のアトラスはてるまのオーナーと半年振りに再会できました。彼は40代突入だと言っていました。私は50代です。
朝方は、ちょっと雨模様でしたが、白浜港では雲から晴れ間が覗き晴天へと変わりました。中の瀬まで移動することに決定した。風が変わるのではないかと心配しながらの移動でしたが、結果的には終日比較的安定した状態でしたので、スケジュールを消化するのには問題となりませんでした。幸運な一日でした。
恩納村でスタートしたリーダーシップダイバーのトレーニングもあと僅かとなりました。本日は、水没溺者のトレーニングでした。ダイバーレスキュー能力については、技術的には完全に複合的な技術の集大成と考えています。そのために言い方が悪いかもしれませんが、「ごっこ遊び的なレスキュー技術」に終始しているように思えますので、私が教えた生徒には「ごっこ遊び的」よりも実践的な内容をトレーニングしています。通常ならば水深5〜6mくらいからの水没溺者引き揚げだけで終わっているようですが、大深度での溺者の引き揚げや急速潜降での溺者への接近、マンツゥマンでの溺者救助能力と事故対応まで確実に指導しています。一見すると厳しい内容と思われるかもしれませんが、実際に潜水事故等が起きるときは、ほとんどが単独で対応しなければならない状況が多いはずなのです。なまじチーム単位でのレスキュー能力ばかり養成していては、いざというときにチーム編成ができない場合は、単独でレスキューしなければならないのです。そのためにもトレーニングとしては、マンツゥマンでのレスキュー能力の向上を図るべくトレーニングを行っているのでした。
年々インストラクターが一同に会して合同でダイバーレスキュートレーニングを行うこともなくなりましたので、技術の劣化というか低下を招いているのではないかと懸念します。多くのインストラクターは「忙しいから参加できない」や「不参加」とだけ連絡してくる方もいました。もう、地域のインストラクターが集まってワークショップやセミナーは、中止になってから8年目を迎えてちゃいました。皆インストラクターなりたての頃は、元気に参加していましたが、当時の20代は30代に30代の人は40代と、それぞれサービスでの中堅どころになってしまいました。ガイド業もさることながら経営主体となってしまったのでしょう。11月は営業活動やメンテナンスで忙しくなりますので、仕方がないのかなっとも思ってしまいます。沖縄方面でも年間通してダイビングに参加されるダイバー数も30万人にも達するとの沖縄開発金融公庫の調べたデータがあります。ダイビング船の大型化も図られているので機動力も倍増していると思います。反面、プロフェッショナルとしてのレスキューやCPR、酸素供給等については、自主的なトレーニングでまかないなさいという現状です。当然苦しいトレーニングはしたくありませんよね。いつとはなくレスキュートレーニングはかつて経験したから大丈夫ではないのです。技術は継続的なトレーニングをしなければ忘れ去ります。また意識不明ダイバーを船まで人工呼吸しながら曳航しなければならないのは、非常に体力と集中力が要求されますが、あなたは大丈夫ですか。
沖縄では地域経済の根幹をなす実力にまでダイビングサービスの影響力が増して来ていますが、はたして経済的にはそうであっても、実際に事故が起きてしまった際の実力は、それなりに低下しているのではないかと懸念があります。不況下での安全対策は、営業活動が優先されることが新宿での雑居ビル火災で明らかになってしまった現在、私のように原則論にこだわり過ぎるとお叱りを受けるかもしれませんが、本当に大丈夫なんだろうかと思いながら研修生にトレーニングを行ってしまいました。
今日で西表島に来て、すでに3日目、静かな朝を迎えていました。北の空には寒冷前線がどんよりと横たわっていましたが、前線の移動速度が速かったために西表島では天気の激変はありませんでした。中国大陸からの移動性の高気圧が張り出して来ていますので、晴天が続きそうです。洋上で吹く風は冷たいです。寒気団を伴っているのでしょう。西表では、スーツを脱ぐときだけ一瞬寒いだけであとは熱いくらいの温水シャワーが待っているのでした。
本日もダイビングでした。晴れ間が広がっているうちに潜れるだけ潜ろうと思っています。ただ予定していたナイトダイビングについては風が強くなって来たので中止としました。10月中旬から雨が降っていないのかもしれませんが、海の透明度は非常に良い状態が続いています。海底の白い砂、サンゴも活き活きしており様々なサカナの幼魚も沢山観察することができました。恩納村に持ち帰りたい気持ちでいっぱいです。生命の食物連鎖が正常であることが判ります。食物連鎖の一部でも崩れるとアッと言う間にサカナの生息数も激減してしまうのでした。これは沖縄本島で経験済みです。自然の食物連鎖が正常なままに推移して欲しいものです。
俗世間から遥かに離れての生活です。新聞を取っていないのでテレビのニュースを見るしかありません。とりあえずアフガニスタン情勢が解決すること。細菌テロ(?)の解決、観光不況等が解決してくれればと思いますが、甘いですかね。新聞は地元スーパーに行けば購入できますけど、何キロも離れているので移動手段がないのでした。離島ではニュースを入手するにも時間が必要になるのでした。たまにはニュースから離れてもいいのかな。テレビニュースだけでもいいかな。
デジタルカメラについて独り言です。昨日ですが、オリンパス製の高級デジタルカメラが水没したのを見ました。現在、カメラのハウジングについては最高級一眼レフカメラ用にアルミ合金の20万円くらいのハウジングが人気を博しています。最大深度も50mを超えても作動するものです。それに引き換えデジタルカメラのハウジングは30mまでの耐圧構造になっています。一般ダイバーが深々度潜水にて活動することが多くなり幾多の潜水障害の引き金になっていると指摘されています。そこで近年のデジタルカメラの性能が向上と簡便性のためにフィルム式のカメラからデジタルカメラに切り替える方が多くいます。今回のデジタルカメラ水没については、理由は不明ですが、もしかして30mを超えるダイビングを行ったのかもしれません。デジタルカメラのハウジングの強度を30mまでの耐圧としたのは、私は賛成です。深々度潜水による弊害を少なくすることができるのであればです。それにしてもデジタルカメラの性能は24枚と36枚毎にフィルム交換する必要がなく連続的に100枚とか200枚とかを記録(高画質以外)できることは交換の煩わしさから開放してくれました。ただハウジングについては水没の危険性はなくなっていないのでした。カメラ水没保険も新規では受け付けてもらえないことになったようです。それにしても撮ったものをすぐに確認することができるという即効性が日本人のセッカチさにマッチしているのでしょうか。それにハウジングの価格の安さも手伝っているのでしょうね。実は10月末にデジタルカメラとハウジングを購入したのです。成果をご期待ください。
ゴメンナサイ。11月最初のホームページ更新ができませんでした。毎日更新のお約束でしたが、連日と言うことが難しい状況ですが、極力努力します。
本日から西表島の海でのリーダーシップダイバートレーニングが始まりました。今回は、アルミタンクを使用していますので、これまでは重いスチールタンクを使っていましたので、2キロプラスで対応してもらいました。最終的には水深5mにて残圧50気圧でじっとしていることができるウエイト量に調整してもらいました。身体の縦の正中線に沿って重いスチールタンクではなく質量の軽いアルミタンクですので、水面までの浮上速度をコントロールすることに苦労していました。一般ダイバーの場合は、どうなっているのでしょうかね。あまり浮上速度を気にしない方にとっては、浅場に戻ってくると自然に水面に向かってしまうのでフィンキックしなくても楽に浮上してしまうのでした。
絶海の孤島でのダイビングになりました。それは初日から何と仲の神島行きが告げられてのです。さすがに真夏の太陽光線とは違い、秋の太陽光線は弱いのでしょう、限りなく見える海の青さも遠くまで抜けるようにはなっていませんでした。ちょっと残念でした。真夏は恩納村を動くことができないために当分、真夏の西表島の海を楽しむことはできませんね。当たり前ですね。水温は28度と暖かく、ガイドさんは6半のロングジョンスーツだけで潜っている人も居ました。私はオレンジ一色のワンピースでのダイビングでした。今年は水温が高めに推移しているので6半ワンピースは持参しませんでした。その代わりとしてフードベストを一枚持参しました。当然オレンジ一色ですよ。今日は3本とも暖かったのでワンピース一枚で潜っていました。リーダーシップ研修生はスーツの下に一枚重ね着していました。エキジット後はお湯の出るシャワー常備しているので助かりました。本日は晴天で北東の風は微風であったために非常に温暖な一日でした。
さすがに島の近くを黒潮が流れていますので、透明度は良かった。久しぶりに蒼い海でのダイビングをトレーニングしながら楽しんじゃいました。それにしても沖縄も広いですね。沖縄本島の恩納村では15mくらい、瀬底島沿岸で25mくらい、慶良間諸島では30m以上と人口密度との関連があるのだろうか。当然、地域に居住する人間とその地域の開発状況にもよると思います。ひょっこりひょうたん島のように沖縄本島の恩納村に流れ着いてこないかな。サカナも一緒にね。
悠久の時間の流れを感じます。普段であれば石垣をベースにした日帰り観光客で賑わうはずなのですが、沖縄方面への旅行キャンセルが続出したお陰で、静かな西表島のたたずまいです。そんな西表島を独り占めにしている気分です。一緒に来ている研修生は、静か過ぎて眠れないと言っていました。確かに道路を走る車の台数は超疎らです。道路のど真ん中を歩いていても交通事故に遭うことはないと思うくらいです。青い空を舞う鳥もカンムリワシも見ることができるのでした。のんびりした時間の流れを楽しませてもらいました。
早朝、午前6時前の恩納村は寒かった。北風が吹き、薄暗い中を那覇空港に向けて出発。那覇空港到着、チェックイン。那覇空港では「さくらラウンジ」にてお休みタイム、備え付けの新聞と雑誌を熟読、フリードリンクでは何故かトマトジュースに手が伸びてしまうのでした。那覇空港は缶入りですが、羽田空港ではピッチャーに入ったトマトジュースは、ピッチャーに満杯に入っている直後の味と時間が経過したものは酸化してのでしょう酸っぱい味になっていました。厨房から用意されたばかりのものはトマトの甘さをしっかりと感じることができました。新鮮なトマトの味は記憶しているのでした。やはりサラリーマン諸氏は、生ビールに手が伸びていました。東京までの機内での熟睡するためなのだろうか。本日は、トマトジュースは5本飲んでしまいました。
沖縄本島より南下すること50分、暖かいというよりも暑い。空調の効いた機内から一歩踏み出すと汗がジワッと滲み出てきます。平均気温も沖縄本島よりは2度は暖かいです。
いつもの石垣島での私の行動パターンは、安栄観光の事務所にて西表行きの船の確認と乗船券の予約。荷物は安栄観光事務所に置きっぱなしたままで仕事に動き回ります。早速、石垣海上保安部の警備救難課にてダイビング事故対策訓練の打ち合わせ。平成13年度の訓練は11月29日と決定したことが伝えられました。実施内容については近日中に再調整することになりました。保安部での打ち合わせが終了してから石垣航空基地でも、同様に打ち合わせを行いました。
海上保安庁とのダイビング事故対策訓練を提案する際に、担当者が2年くらい所属替えになるために、その都度最初から説明しなければなりません。もうすでに7年目の訓練を迎えるのにと思ってしまいます。でも、訓練内容がアクチャルに近い形式で行いますので仕方ないのかな。初めてダイビング事故対策訓練の依頼をした際は、実現できるかなって感じもありました。非常に時間が掛かりましたが、当初の目的通りに実施することができました。訓練マニュアルを作ってもマンネリ化してしまう可能性があるのと、決してあってはならないのですが、ダイビング事故も多様化していますので、複合的な事故対応が可能な訓練内容にしたいのですが、訓練の安全対策も考えなければならないとなると訓練内容は限定されてしまう。いっそのこと技術展示訓練でも見ればということになるのだろう。ここまで来ると時代逆行の最初に戻ってしまうのでした。
公的救助機関が民間と行う救助訓練については、ほとんどが公的救助機関の技術を参加者が見学し、事故を起こさないような肝に銘じることになるのでしょうかね。参加者ではなく見学者として、救助活動を傍観しているだけでいいのかな。これは極論かもしれませんけどね。別な見方をすれば現状のダイビングサービス提供業者も各自の提供しているサービス内容の再点検を行ってヒヤリハットの再検討をしてみてください。ひと口に安全対策と言っても難しいかもしれません。かといってサービス提供を停止して、ダイバー各自が勝手に潜ればと思うと、最近の日本でのダイビング事故統計では、サービス提供を受ける中での事故よりも、一般ダイバー同士および単独での事故が多くなっていることも事実です。いよいよお国が規制に入る時期なのかな・・・・・・。