今日は、遠近両用のメガネを作りました。中年おじさんガイドとしては陸上生活の中で困ったことは新聞やマニュアル等の小さい字が見えないのです。見えないというのはメガネは近視と乱視用なので、日ごろのパソコンディスプレイの見すぎと本の読みすぎが原因の眼精疲労と思いますが、メガネを外して見なければ新聞や本は読めませんでした。メガネ屋さんで視力を測定しました。実は20年ぶりに検眼したのですが、裸眼視力は0.09でしたが、この20年間変化がなかったことが判りました。少しホッとしました。検眼システムが近代化したのには驚きを隠せませんでした。かつてはロイドメガネのようなものをかけて検眼表を見ながら片側のレンズを差し替えて適正視力を得るためのレンズ強度を決めていました。来週に出来てくるので楽しみにしています。いわゆる境目のない遠近両用レンズにしました。まだ水中マスクのレンズは遠近両用には替えていないので、小物を見るときはマスクを外す仕種で右手がマスクのフレームの下に来ちゃいます。悲しき習性ですね。
昼間の国際通りを歩きました。沖縄本島に来て初めて昼間の国際通りを歩きました。空き店舗がやたらに目立つのは驚きを禁じ得ませんでした。名護や石川といった地域では郊外型の大型ショッピングセンターが近隣に出来ているので、これまでの伝統的な商店街が錆びれてしまうのは肯けるのですが、観光客が多数訪れるはずの国際通りが閑散としているのは市政の失敗か、それとも早い時期からの都市再開発ができていなかったためでしょうか。沖縄県はハワイ並みの観光地を目指しているはずなのですが、効果は出ていません。空き店舗のためにやたら借りてくださいという張り紙が目立つ国際通りでした。
今日で11月は終わりです。明日からは師走です。半袖のポロシャツで生活できています。まだまだ暑い日が続いています。ところで沖縄本島の城跡(グスクと呼ばれる)群が世界遺産に指定されました。沖縄にとっては喜ばしいことなのですが、再開発と基地撤廃後の都市計画には問題を残しそうな遺産指定になるのではないかと心配します。自然の保全と再開発の問題は21世紀の沖縄の大問題となりそうです。
本日は、「ガイドダイバーセミナー」に参加しておりました。終日講義でした。主催者は通産省所管の社団法人レジャー・スポーツダイビング産業協会で「プロガイドダイバーの為のビジネスセミナー」でした。随分前に参加申込書が送られてきていたのですが、参加については躊躇していました。27日に宮古島のニーヨンノースの渡真利さんより電話を頂き、急遽参加することになりました。参加してよかったです。参加者は最西端の与那国・西表・石垣・宮古・久米・座間味・伊江それから沖縄本島で総勢24名でした。
内容は「沖縄県におけるダイビング業界の現状と課題」ということで沖縄県開発金融公庫の担当者が、沖縄県内のダイビングサービスから回答を分析した資料の解説でした。これは今年の4月に発行されて資料ですが、この資料をまとめた直接の担当者の方から説明がありました。沖縄県内のダイビングサービスの現状が経営面からの分析されています。沖縄本島(那覇・中部・北部)と各離島別に分析されていました。次に「海洋レジャーと漁業の共存」沖縄大学の上田不二夫氏でした。上田先生は漁業権についての権威でして、現状の問題点を明確に分析してくれました。次は「県内産業振興の支援について」沖縄県産業振興開発公社の融資指導課長の方から、沖縄県内での産業振興としての融資の話がありました。ダイビングサービスを経営する者としては、民間金融機関からの借金ではなく、低利融資の資金の導入方法について説明がありました。非常に低利の融資が存在することが判りました。次に、「サービス業としての接遇とは」という接客マナーの講習がありました。話し方や挨拶の仕方等、普段お客様に接しているときの対応の仕方の間違いが判りました。次にシー・アンド・シーという水中カメラメーカーの「水中写真は特効薬!」という講演がありました。最後はガイドダイバーの定義付けについてのフリーディスカッションでした。現場での問題点としては、各潜水指導団体が認定しているインストラクター、とくに短期間での養成システムから来る弊害について指摘がなされていました。
次にセミナーが終わってからは、懇親会が開かれました。今回のコーディネーターはニーヨンノースの渡真利さんでしたので、宮古島流の「オトーリー」で始まっちゃいました。立食スタイルだったのですが、お寿司、てんぷらや各種宴会料理に果物がありましたので、会費分はたっぷり食べさせてもらいました。久しぶりのごちそうでした。それからたっぷりのビールと泡盛攻勢でした。二次会はバニーガールのいる会員制のクラブに初めて足を踏み入れました。沖縄でのリゾート開発者の方々の創生期の苦労話がためになりました。
今日の結論です。潜水指導団体の役割については終幕を迎えているように思えました。もうトップダウンの時代ではなく沖縄からの情報発信を積極的に行うことの重要性を痛感した次第でした。
昨日から少しづつ北寄りの風が強くなってきました。ここ23日からずっと続いていた小春日和の微風という気象条件だったのですが、冬に戻りました。それでも5日間も気象状態が安定していました。皮肉にも26日だけお客様がいましたので、のんびりとダイビングができました。今日から12月2日までスキンダイビングインストラクター講習が始まります。私が急な会議が入ったために代理のインストラクターを用意できたので彼に対応してもらうことになりました。特殊な講習会のために誰でもお願いできるかということが出来ない仕事です。Y氏が身近に居てくれて助かりました。この北風の中での講習となります。長時間海に浸かっていることになるのでスクーバダイビングとは、また違った防寒対策を考えなければなりません。
純国産のヘリコプターが墜落しました。製造会社は三菱重工業で機体名はMH2000です。事故原因は、機体後部が空中で破損して不時着したのですが、不幸にもパイロットの方が1名亡くなり他の乗員5名は重軽傷を負ったと報道されました。この機体は全天候型で離着陸も自動制御することができる操縦性能がありました。科学技術が進歩してコンピュータ制御での操縦が可能となりました。先日ニュースでも紹介されていました。離着陸の制御装置に操縦に必要なデータを入力しておくと自動的に着陸することができます。これは視界不良で着陸しなければならないときには非常に有効と思います。着陸地面の性質を考慮することができるのかということは疑問です。で、今回の墜落した機体は、ヘリコプター後部の部品が何らかの原因で破損して機体を制御することができなくなり緊急不時着行動を取ったものと判断されます。長年の研究でようやく完成した純国産の機体だけに残念です。
海上保安庁と民間ダイビング関係者とダイビング事故対策訓練を企画、実践しています。海面からの吊り上げ訓練として最低高度20〜30フィートくらいの超低空での訓練になることがあります。そのときのパイロットの方の平常心を保つための精神力と集中力には、敬服しています。ヘリコプターのエンジンにトラブルが発生した場合は、通常の哨戒飛行であれば1000〜500フィートくらいで飛行していますので、もしも、もしもですよ、エンジンにトラブルが発生した場合は、オートローテーション(メインローターが惰性で回転している力を使って)不時着することができますが、低空飛行時は、オートローテーション行動を取ることができないうちに不時着というか墜落してしまうことになります。かつての日本でも有名だったアメリカの俳優であったビッグ・モロー氏が「トワイライトゾーン」の撮影中にヘリコプターが墜落して真下で演技していたのですが、他の子役俳優をかばうように背中にメインローターが直撃して亡くなったことが記憶あります。国営放送でも朝のニュースでトップニュースとして放送しました。かつての少年たちの憧れの的でしたサンダース軍曹が亡くなったのです。今でも、その時に放映された墜落シーンは忘れることができません。パイロットばかりではなく機体の整備士も懸命に整備と調整を行い事故が起きないように努力してくれています。
私の知人で長谷川さんという方がいます。彼は「スノーケリング」という書籍を出版しました。内容は非常にすばらしい内容になっていますので、是非本屋さんを覗いて見てください。アウトドア関係の書棚にあります。スクーバダイビングばかりが持て囃されていますが、スクーバダイビングの基本はスキンダイビングおよびスノーケリングと思っている村田ですので、早速購入しました。どんどん回りのダイビング関係者にも紹介しています。来年は素潜りガンガンではなく、スノーケリングの普及活動も実践してみようと思っています。ちょうどスキンダイビングインストラクター講習会を実施しているので参考書というか教科書代わりにも十分に対応できるものとなっています。素晴らしい書籍に出会えたことの喜びを味わっています。
誠文堂新光社 ISBN4−416−89811−8 定価1800円と消費税 著者名 長谷川孝一 スノーケリング
悲しい習性ですね、もう国道58号線を突っ走る暴走車両の音に慣れちゃいました。眠いです。もう少し精神的にはデリケートかと思ったのですが、環境への適応力が強いのか、ガラス細工のように繊細だと思っていたのですけど・・・・・。今日は午前中に事務処理仕事でした。午後からはお客様を迎えに那覇まで行ってきました。久しぶりの運転でしたが問題なく周囲の車の流れには、うまく同調することができました。
悲しい習性の続きの話をしましょう。約三週間の西表島での生活では、民宿で寝泊りしていますので、三食つきです。朝は7時に朝食、12時前に昼食の弁当、6時過ぎに夕食をしっかりと食べさせてもらいました。上げ膳据え膳の贅沢でした。これまでの西表島での生活とちょっと違うのは、間食をしなかったことです。これは特筆すべきことでした。一番すごい時は、朝食・昼食・夕食前のトースト2枚・夕食・夜食というパターンでした。当然昼食はお弁当ですが、生徒が残しそうなご飯やおかずをもらっていました。つまりゴミ箱・ダストボックスとの別名がありました。と言ってもゴミ箱からではなく、生徒が食べきれないという宣言がされたら弁当箱の蓋を持って行き、それに乗せてもらうのでした。結局二人前を食べていました。夜食は、午後11時くらいから午前1時までの間に、サバイバルキットと称する箱からカップ麺を取り出して食べたり、一番凄かったのは厨房に入り込んで「今流行のオジヤ」や素麺・蕎麦を茹でて食べていました。今は退職した元スタッフが別名「麺大王」の異名を冠に頂いているM氏がいたので、何故か目線が合うと、にこりと笑みを浮かべて二人で厨房に入り込んで作っていました。卵はよく使いました。余りにも卵を使いすぎてしまい、民宿のKさんに卵禁止令が発令されたこともありました。そんな生活でしたが、今回は三食食べたら、以後夜食は一切しませんでした。また、ビスケット(製品名:マクビティダイジェスティブのチョコレートが乗っかった)や缶詰・カップ麺等の買出しもしませんでした。非常に健康的な生活を送っていました。
恩納村に戻ってからは、自炊生活ですのでお腹が空いても黙って座ればご飯が用意されることはないのでした。お米を研いで炊飯器のタイマーをセット炊き上がるのを待っていなければなりません。また、あれが食べたいと思っても材料の買出しから調理まで自分でしなければならないのです。たまに自炊に疲れると「何で人間は三食食べなければならないのか? 江戸時代までは2食しか食べていなかったと」思って自問自答してしまうのでした。そうです。悲しき習性は自炊生活に戻れない状況です。生活時間の建て直しをしなけばなりません。明日は何を作ろうかなって献立を考えています。考えるだけ口腔内に唾液が泉の如く湧き出して来ちゃいます。これって「パブロフの犬」ですね。条件反射です。皆さんは献立を考えるだけで唾液が湧き出してきますか。「パブロフの犬=村田」状態になっている私でした。さあ今晩の夕食は、どうしようかって悩んでしまいます。現在の体重が81キロ体脂肪24%で軽肥満の数字が体脂肪計が記録していました。
突然ですが、この29日から会議と懇親会があるために恩納村を不在にします。そのために更新作業ができないことが予想されます。出来ない場合はご容赦ください。この時期に開催される会議は沖縄本島以外の離島からも来られる方も多いために会議が終了した後に懇親会が行われます。忘年会になってしまうのでした。
昨夜遅く恩納村に戻りました。最初に気になったことは車両の騒音でした。西表島では騒音はありませんので、耳が慣れてしまったのですね。また、環境に慣れるまで時間がかかるかな? 冗談です。午前1時過ぎには記憶がありませんでした。朝までぐっすりと寝入ってしまいました。記憶がないというのは、本を読んでいて途中で記憶がなく、朝起きたときに本が足元に転がっていたのでした。
朝から晴天、無風に近い天気でした。今日は予約が入っていたのでパソコンをチェックしてからダイビングの準備でした。乗合船はもう、冬モードで和船でした。海況は微風ですが、北東の風が吹いていました。前兼久漁港はすっかり様変わりしていました。いつもの航路が閉じられて新しい航路が作られていました。港内には作業船が2隻陣取っていました。西側の防波堤の内側は埋め立て作業が日曜日にも関わらず進んでいました。ここの港湾作業を行っている業者は、関心なのは作業がきっちりしていることと工事現場がきれいなのです。現場が整然としているのは港を利用するものとしては気分が心地よいです。雑然とした騒々しい現場をよく見ているのですが、前兼久漁港の改修工事は違っています。船長のアキさんは「モズク栽培」の準備で終日海に行っているようでした。日向で奈美が所在なさそうに昼寝をしていました。
約1ヶ月振りの恩納村でのダイビングでした。水温は25〜24℃くらいで、透視度は20mを越えていました。ただ真栄田岬ではオニヒトデが多数発生していました。びっくりしました。11月は天候が悪くダイビングできる日が限られていたようで駆除することができなかったのでしょう。それとダイバーがいなかったためにオニヒトデの天下だったのでしょう。でもオニヒトデバスターが戻ってきましたので、潜れるチャンスがあれば駆除を行います。今日はガイドだったので5匹くらいしか駆除できませんでした。また剪定鋏を買ってきてビシバシ駆除しようと思います。今年はビシバシと駆除作業に専念します。オニヒトデ退治ツアーでも組もうかな? 水中ハンティングが禁止されている日本ですが、唯一許されるものでしょう。
そういえば鳩間島のリーフに乗り上げた空のタンカーの件ですが、昨日の夜の満潮と今朝の満潮を利用しての離礁作業を行われていました。昨日、飛行機の乗る前に石垣航空基地へ訓練のお礼で寄ったのですが、ちょうど空中監視のためにヘリコプターが離陸して行くところでした。それにしてもタンカーの燃料が10トンくらいあったそうですが、ポンプで移動しながらバランスを考えながらの離礁作業だったようです。それにしても何故、あんな場所で座礁するのか? タンカー座礁ではナホトカ号事件があったので大量の油が流失しなくて安心しました。それでも燃料用の油が流出しなくて助かりました。先日就航したばかりの巡視船「もとぶ」の飛行甲板に大量のオイルフェンスが積み込まれていました。無事に離礁作業が終わったことを期待しています。
とうとう今日で西表島を離れて本拠地の恩納村に戻ります。夜中に事務所に辿り着くことになります。今回の西表島でも、楽しくもあり様々な経験ができました。沖縄本島の場合は、午前と午後の2回に分けてのボートダイビングになりますが、こちらでは午前中に出港したら夕方まで戻ることはありません。そのために自己完結型の準備が必要になります。また、天候の激変があれば緊急退避が必要になります。民宿と無線連絡や携帯電話で情報収集、安全の確認等スタッフは動き回る。自己完結型での移動はお客様の事前の準備で忘れ物が許されない。また、器材の不調もあり得ることになります。そのために予備器材やファーストエイドキット等も積み込んでいます。現在は、民宿から一番遠い白浜まで移動しています。これまで使っていた祖内港が使えなくなってしまったのです。車で往復40分くらいかかりますので民宿を出発するときに忘れ物ができないことになります。最近はお客様が水中カメラとくにデジタルカメラを使用する機会が多くなっているので、スタッフもこれまでの銀板写真との違いで戸惑っている場合も見受けられます。写すという行為は問題ないのですが、レンズの問題があり、被写体との接近具合とシャッターチャンス(デジタルカメラのハウジング)がシャッターの重さに特徴があるためにシャッターチャンスを逃しやすいのです。ただデジタル記憶媒体が撮影後の映像確認を行って、残す映像と消す映像を洗濯することができるのです。これは便利な機能ですね。銀板写真の場合は現像に出してみないと結果が判らないから、でもそれが良いという方もいらっしゃいます。
リゾート側では設備の再投資が必要になっています。デジタル映像を写すためのテレビと充電池を充電するためのソケット、場合によっては画像処理を行うためのパソコンと高性能プリンターをお客様が自由に利用できるようにしなければならないかもしれません。ダイビング以外の設備投資を真剣に考えているオーナーもいることが判りました。付加価値を高めるための設備投資、当然、それらの操作法についてはスタッフが出来なければなりません。ということは、スタッフはダイビング技術以外のパソコン操作やデジタル画像処理、編集のアドバイスができるようにならなければなりません。これまでのダイビングガイドとしての技量の他にパソコン操作は当たり前の時代ですね。また、ホームページを立ち上げているサービスでは、伝言版を常設しているので、日々確認して担当者が返事を書かなければならないのです。不特定多数へのイメージ広告から個人レベルへのパソコン通信を介しての極めの細かい双方向対話が決め手になるのです。お客様や他のダイビングスタッフとの挨拶に、「メールアドレスは?」が合言葉のようになっています。ダイビング界ではダイブコンピュータとパソコン、それにデジタルカメラ等の電脳化が急速に進んでいることが判ります。個人的にノートパソコンと画像処理のためのスキャナー、デジタルカメラ等も買い揃えないとなりません。仕事であるために個人的な出費を覚悟しなければなりません。いつもは恩納村で自分の事務所と海で仕事をしているために他のサービスでの活動が判りませんが、今回の長期間の滞在で急速に各ダイビングサービスが電脳化されたことを確認できました。自らの情報発信が出来ないサービスの将来性には厳しいものがあることを予感しました。またダイビングスタッフもただ単に潜れるだけでは厳しい世界となってきました。
21世紀を迎えるに当たってダイビング界にも少しずつ変化がじゃなく、急速な変化を来たしていることでした。私も乗り遅れないようにしなければと清水の舞台から飛び降りる準備をしなければならないかな? 鳩間島西側リーフにのし上げたタンカーは、今日現在でリーフ上に記念碑の如く鎮座していました。
今日も天気は安定しています。本州では秋から冬への趣きに、その表情を変えつつあると思います。北海道や東北地方では雪の便りも聞こえています。西表島では、まだ蝉時雨が聞こえます。日本列島が南北に長いおかげですね。汗だくの一日で、室内ではクラーが必要なくらいでした。皮肉にも私がダイビングしているときは、曇りか雨で北風が強い日々でした。
西表島に来てから新聞を読んでいないのですが、215号室にはテレビが常備されたのでニュースを見ることができるので社会情勢については浦島太郎にならなくて済みました。かつては東京の友人に頼んでニュースを一週間分録画してビデオテープを送ってもらい再生していました。それにラジオがニュースの源泉でした。ただ西表島の位置が本州よりも台湾に近いために通常のAM放送は東西冷戦のお陰で中国語放送の出力が強いために沖縄本島から発信されている国営放送は電波が妨害されて聞き取れなくて往生していました。1991年と92年に群発地震が起きた時に情報伝達に不安があるということでFM放送の周波数でAM放送が鮮明に聞くことができるようになりました。緊急放送については他の地域と同じように瞬時に聞くことができます。情報格差は解消されました。新聞だけは沖縄本島から飛行機で石垣島に配達され、それから船で各離島へ届けられるのです。このために新聞を入手できるのはその日の午後3時以降になります。ただ離島では新聞に広告があまり入っていないことが沖縄本島と違いがあります。今はIT革命が叫ばれていますが、電話回線でパソコン通信もできるために自らが情報収集のための機器を準備しておけば瞬時にお望みの情報収集が可能となりました。私が携帯用のB5サイズのノートパソコンは6年前に購入したものを現在も使用しています。ハードディスクは1GB以下でした。今年ハードディスクを2GBに交換することができました。でも問題があります。内蔵バッテリーがメモリー現象を起こしてしまい充電能力がなくなっています。そのために外で仕事ができないのです。また、公衆電話から通信機能を駆使することができないのでした。6年前のノートパソコン、当時最新器材であってもすでに3ヶ月も経てば旧型に技術が陳腐化してしまう世の中です。すでに私のノートパソコンは博物館行きなのかも知れません。それに加えて携帯電話の普及と多機能化にも目覚しいものがあります。ダイビングスタッフも全員が各自で携帯電話を所持していてIモード対応の携帯電話も見かけました。私の携帯電話は5年前に購入した携帯電話を使っています。大きさは有線電話の子機の大きさがあります。よく皆様に言われます「何、無線機ですか」って、最新の機器に切り替えなければと思っています。情報発信や収集形態に様々な技術革新が目白押しになっています。私も社会の情報収集機器の発展に取り残されないようにしなければと思っています。早速沖縄本島に戻ったら専門店を眺めてみたいと思います。世の中の流れに遅れないようにしなければと思っています。
パソコンおよび通信機器の進歩には目覚しいものがありますが、財布の中身と相談しながら対応していかないと財政破綻が待っていることになります。技術革新と財政逼迫は誰もが経験している現実ですね。頑張られねばと思っています。何回清水の舞台から飛び降りなければならないのかな・・・・。
昨日で西表島でのダイビングは全て終了しました。沖縄本島へ戻る準備です。荷物の整理と荷造りです。約三週間の仕事でしたが、いつも私の仕事の原点は西表島でのダイビング体験が主になっていると言っても過言ではありません。約15年以上の島でのダイビングは貴重な経験だったと思っています。特にボートダイビングとその手法、ポイント開発等です。
今日は勤労感謝の日で、全国的にはお休みです。私はと考えると休みが取れないのです。私の仕事は一般人が休日のときにダイビングサービスを提供するために働いています。NAUIインストラクターになってから来年で25年です。日本の経済が右上がりの急成長の時代だったために、猛烈サラリーマンの典型例で働きづめでした。年間に休みを取ったのは3日もなかったように記憶しています。この3日というのは完全休養ではなく、風邪で倒れていたか、直りかけでゴロゴロしていたことを意味します。毎年風邪を引いたことはなく、10年に1回あるかなって感じでした。ということはほとんど休んでいないことになります。労働基準法から言えば違反なのですが、そんなことを言っている時代ではありませんでした。また、非常に楽しく仕事をしていましたし、後悔をしていません。今は一人でダイビングサービスを運営しているために、「休み」イコール「倒れた」しかありません。企業であれば週休2日で年間52週で計算してみると260日の実労で104日は休みとなるのです。ただ私の場合は、お客様の利用の予約を頂かないと休日となります。とくに寒い日は、暖かいコタツに入ってミカンでも食べながらのんびり映画鑑賞なんて最高の休日を送っているのを夢見ることがあります。夢の夢ですけど。冬の海の透明度の魅力には勝てなく、いつでもダイビングできるチャンスがあれば、ついついダイビング器材を準備して潜ってしまう村田でした。
よく労働ってなんだろうって考えます。野球やサッカー、ゴルフ、テニス等のプロスポーツでは、契約金、年俸、優勝賞金等で我々の年収の何十年分を一瞬にして手に入れることがあります。労働対価としての適正って考えると無理が出てくるので、それ以上考えないようにしています。上ばかり考えていても仕方がないのです。お客様への適正なダイビングサービスが提供できる環境作りを模索しています。
天気は急速に晴れ間が広がっています。「嵐を呼ぶ男」の別名がある私としては、黙って甘んじています。お天気になると皆の顔もにこやかな表情になります。当然ですね、暖かい環境で潜りたいですよね。夕食時のお客様の顔が日焼けで赤くなって、何時もよりほころんでいたように思えました。
今日も気温が上がっていません。2日連続の最低気温を体験しています。海面を吹く風も冷たく感じます。ブルブル震えての着替えです。以前と違うのは船に温水シャワーが装備されているために快適なダイビングができました。かつてはペットボトルにお湯を詰めて持って行きダイビング後に浴びていたのですが、今は温水シャワーを浴びることができるのでした。エンジンの排気ガスが高温になっているのですが、それを利用して水を温めて使っています。那覇方面では電気で温水を作っているスタイルが多いと思います。夏でも温水シャワーが使えると冷たい水よりも快適感が増します。でも、今日は寒かった。ポイントが河口だったために表層は川の水が流れ込んでいるために海水に比べると2〜3℃くらい低く初心者講習の最終日だったので5mくらいで滞底していたので、つい震えが来ちゃいました。
無力感。自民党の派閥抗争の延長戦で、国民は政治に見切りをつけたのです。私も昨日で日本の政治の流れが変わるかなって微かに期待していたのですが、残念でした。政治家の60歳定年制を施行して次世代を担う若い人材を作るシステムを早急に構築しなければならないのでしょう。かつて経済は一流、政治は二流と揶揄されていましたが、現在は経済は三流、政治も三流以下ですね。それぞれの政治家の自己満足劇に終わった緊迫の1日でした。無力感の漂う国民は次回選挙で氾濫を起こすことでしょう。
朝から海上保安庁のヘリコプターが上空を飛んでいます。昨日の鳩間島リーフに乗り上げたタンカー事故の状況確認のためです。雲は低く垂れ込め北風が強い状況です。昨日の国営放送の九州・沖縄番でタンカー事故の空撮が放送されていました。ただ残念だったのは状況偵察映像だけで、実際の乗組員の吊り上げ救助映像が放映されていませんでした。でも、実際はヘリコプターで全員吊り上げ救助しているのに。海上保安庁は常々宣伝が控え目という定評があります。もっと積極的に活動シーンをアピールしてもいいのではないかと思います。私も石垣航空基地のヘリコプターとの訓練経過をヘリコプターからの空撮映像を撮ってもらいます。ベル412の外部のあるホイスト装置(吊り上げ用のケーブル巻き上げ器)にカメラをセットしているはずなので、吊り上げ救助作業に差し障りがないと思うので、是非救助シーンを放映してもらいたかった。何故、ヘリコプターで救助しなければならなかったかが、明確に判ると思います。西表島から座礁現場を見て思いました。自らのリスクを侵して救助活動に立ち向かっている人たちがいるのです。中央では、国の最高権力者集団は自分たちの政治生命と利権を守るために密室政治で動き回っている最中に、本州を遥かに離れた遠い南の島で懸命の救助作業が続けられているのです。航空機だけでなく巡視船艇も波が4mを越える高波の中で自らもリーフに座礁するのではないかと思うくらいの距離までギリギリに接近して救助活動や油漏れがないか確認作業を行っていることも忘れないで欲しいです。
沖縄方面ではこの秋一番の寒さでした。とうとう冬の季節に突入かな? 「大山鳴動鼠一匹」あれだけバタバタしていた自民党の騒動でしたが、土壇場での本会議欠席という消極的な行動に終わった。これで本当に自民党の再生はなるのか?やはり議員は所属政党のバックアップがなければ議員活動ができないのかな?政党政治ですので、何れかの組織に属していないと国会議員になれないのでしょうかね。無所属では活動できないということになるのでしょうか。今回の騒動は何だったんだろう。政治不信に拍車がかかっただけです。政治家自身での自浄化はできないことが判りました。日本の将来は暗澹たる道を歩むことになるのでしょうか。内閣不信任案が否決されたことで森首相の続投が決まったわけですが、その時に一般市民が審議中の国会周辺に詰め掛けて不信任案に賛成のデモ行進で支援していたら、どうなっていたのだろうかと、つい思ってしまいました。経済停滞・倒産・破産等の状況が日本中に蔓延しているにも関わらず、日本人は政治的な安定を選択し、自民・公明・保守党の保守勢力に期待をかけていることが判りました。それ以上に日本人の政治離れが深刻ということです。ダイビングインストラクターの現状を今日の国会審議とオーバーラップして見たら同じようなことが言えます。長老政治・密室政治・人情政治が続くのでした。
気になることがあります。私が所属しているNAUIでもインストラクターの資質が低下しているという話があり、嗚呼とうとうNAUIインストラクターも駄目になったかと落胆しています。NAUIインストラクターの資質も地に落ちたということでした。生徒置き去り事件(講習中に生徒より先にエアー切れになって生徒を水中に置いたまま先にエキジットしてしまった。)、またレスキュー能力の低下、水中でどっちが生徒かインストラクターなのって。NAUIインストラクターの資質向上に努力して来た者の一人としては、この話を聞いたときの衝撃はありませんでした。どうなるんだろうか。NAUIのインストラクター再生計画も考えましたが、無理ですね。一旦インストラクターになってしまうと向上心はなくなってしまっていることが判りました。でも、少しでも私の身近に居る、この事態を深刻に受け止めている方々も少なからずいますので、小さな勢力ではありますが、資質向上のために微力ながら努力を惜しまないです。
今朝は沖縄と東京の午前6時の最低気温が沖縄のほうが低かったのです。19.0℃でした。寒〜い。沖縄方面の等圧線は、とうとう西高東低の冬型の気象配置図となってしまいました。太平洋高気圧は勢力を弱めてしまいました。冬将軍のお出ましだ。吉坊が靴下を履いてビーチサンダルの姿でした。余程寒かったのかな?
午前中に鳩間島の西側のリーフに22300トン(シンガポール船籍)のタンカーが座礁しました。石垣航空基地に電話で聞いたら、32名の乗組員を全員吊り上げ救助しているとのこと。現場を西表島から見るとタンカーの船腹も見えています。船尾に打ち寄せる波は船を乗り越えています。幸いにもタンカーは空船だったことで環境汚染は問題ないと思いますが、サンゴ礁の破壊が心配です。また船体を調査するために羽田航空基地から特別救助隊が送り込まれ現場で潜水調査を行うようです。現場海域はサメが多いので少し心配しています。第十一海上保安本部や石垣海上保安部、航空基地は大変と思います。現場海域の天候は大荒れで巡視艇や巡視船も接近できるのですが、長い時間留まっていることができないくらいの海況ということでした。まさにヘリコプターでの吊り上げ救助している点、それに巡視船「りゅうきゅう」にもヘリコプターが1機搭載しているので、一度に3機が交互に現場から吊り上げ救助して巡視船「りゅうきゅう」にヘリコプターが離発着できる飛行甲板があるので短時間に吊り上げ、収容できる点です。今回は幸いにも「りゅうきゅう」が石垣近海にいたので有効な対応策が取れたと思います。救助ミッションとしては大規模でしたが、連携活動がうまくいっています。ご苦労様です。
本当に日本の政治の流れが変わるのかな? 保守本流を自認している自民党の再生がなるのか、それとも本来は中道路線のはずだった公明党が保守本流の自民党と保守党と政策協定を結んで政権を維持しています。新たに新党が形成されても政治が混迷するだけなので、本来的には自民党が再生してくれれば、それに越したことがないと思います。ただ気になることは、沖縄県知事選・那覇市長選でも、最近の沖縄県民は保守化傾向を示しているのが、気になります。革新の牙城でした那覇市も、来月から保守勢力の推薦を受けた市長が市政のトップを司ることになりました。おまけに稲嶺県政は保守本流の流れをくむ施策を行っています。反基地闘争は、政治勢力が総保守化されていますので、影を潜めるのかな? ジュゴンの生息が観測された辺野古地区への飛行場移設は既成事実として進行されるということになると思います。中央の政治的な混乱が沖縄まで波及しなければと思います。外国軍隊の駐留を是認している現状で、極東方面の平和の安定に寄与していることは認めざるを得ないと思っています。今後の那覇市政の動きが気になるところです。那覇軍港が浦添に移設され、現在の那覇軍港がマリーナに変身してダイビング業者が使い易い港になれば、また沖縄県内のダイビング需要にも変化が起きると思います。でも、那覇軍港のマリーナ構想は10年以上も前からあったのですが、現在も実現していません。その構想を元に那覇市内に進出したダイビングサービスもありましたが、現実は厳しいものがあります。とりあえず先送り状態だったのです。日本の悪い習性ですね、問題点があればとりあえず先送りしておくということです。自分の人生も先送りしてばかりであったように考え込んでしまいます。ここまでは朝に起きぬけに書きました。
今日の大反省は「ポイントへお菓子を持って行くのを忘れたことです。」ここからは海洋実習が終わってから宿に戻ってきて書いています。今日は前線の移動が予想されていました。講習組なので網取湾の奥のビーチに上陸しました。その他のファンダイビングのお客様は、鹿の川方面へと遠出をしました。海洋実習1本目は青空がのぞいていました。スクーバでの講習は所定の目標をクリアーして浮上。風は北風に変わり雨混じりになっていました。エキジット後、すぐに何をしたか。すぐに雨宿りができるようにビニールシートでフライシート作りでした。幸いにロープは各長さを持ち歩いていたのが役に立ちました。海岸から網取湾の入り口を見る限りでは、迎えの船が来れるかなって感じのウネリが寄せて来ているのが判りました。また、水中視界は堆積していた赤土が舞い上がり1m以下になっていたので、危険性を考慮して午後からはスキンダイビングだけに講習内容を変更しました。普段沖縄では指導しないビーチエントリー(バックウォッシュも体験できた)を行いました。
何と吉坊さんが船長でスティングレイが迎えに来てくれたのです。網取湾の奥のビーチは実は携帯電話の圏外地域なのです。おまけに無線もハンディトーキー型では出力が弱いために通じることがないのでした。我々を迎えに来る予定の船は結局網取まで戻ることができずに島の反対側の大原港へ向かわざるを得ないウネリの状況になったのでした。船浮湾の出口ではミスウナリザキZが待機していました。スティングレイに飛び乗り港へと向かいました。吉坊は全身ズブ濡れ状態で操船してくれました。湾の外に近づくに従いウネリの大きさが半端でないことが判りました。サバ崎沖合いには三角波が発生していたのです。これではZの力でも操船が無理と判断したのは判りました。スティングレイはサバ崎灯台下のリーフ内を走って白浜港にたどり着いたのです。吉坊とマリンスタッフに感謝します。ありがとうございました。
何故、午後からスキンダイビングに切り替えたかというと、実は15年以上右腕にはめていたダイバーウォッチのベルトが切れたのです。何か不吉なことでも起きなければと思い、視界不良でのスクーバ海洋実習を中止しました。縁起を担ぐのですねって言われそうですが、安全に不安があるようであれば即、変更することは昔から変わっていません。下駄の鼻緒が切れたら縁起が悪い世代でした。
あと西表島での生活が一週間となりました。自然溢れた島での約三週間の生活でした。テレビ放送は民放が2局、国営放送が2局です。恩納村でのテレビ事情は民放3局、国営放送2局それに米軍放送があります。以前は国営放送しか見れませんでしたが、5年くらいかな記憶が定かでないのですが、そのときの情報が偏ってしか入手できない不安がありました。今は、民放も見れるのでニュース情報では様々な論評を見聞きすることができるようになったので、西表島に居ても社会情勢の変化にも事前の情報収集が多様化されたので安心しています。でも、米軍放送は見たくなりました。
昨日は吉坊さんと大島氏の誕生日祝いとスタッフのパラオ出向激励ということでパーティがありました。その席上ミスターサカナさんに5年ぶりにお会いしました。ちょっと老けたかな。私もあと2歳で50歳になります。お互いに老けたねって感じたことでしょう。
政治が面白いというか、少し活発な動きになってきました。でも、冷静に見たら自民党のお家騒動にも感じます。でも、これで日本が少し代わってくれればと思います。年末の補正予算の審議前に倒閣運動を行うことと、義理人情の狭間の是非を自民党主流派は脅迫めいた言葉を発しています。国民の審判が下るようなシステムが作動すればいいなと思っています。自民党の自浄作用が働いてくれればと思う一小市民でした。議員は国民の税金で生活を営んでいますが、現状ほとんどの議員が手の平を返したように利権に走って国民の声を反映しなくなります。これでは税金の正しい使い方がなされていないということです。欧米では家系に政治家がいない新人議員が当選した場合は、非常に政治の流れが極端に走る(私利私欲の結果の不正蓄財)と言われ、二世三世と世襲することで政治が安定するということが言われています。そのためなのでしょうか、日本も二世や三世の政治家が増えています。倒閣の対象者の方は、相変わらず日本に戻ったら「最初に生ビールを一杯飲みたい。」と言ってしまったので、この発言が加藤氏に内閣不信任案に賛成する発言として止めを刺したかなと思います。でも密室政治や料亭政治は止めにしてほしいものだ。
今日は天候が安定していました。午前中は東風が吹いていたのですが、午後からは南寄りの風が吹いていました。初心者講習のコンファインドウォーターのスキンとスクーバを下の浜で行いました。透明度は2〜3mくらいでしたが、何とか講習が無事に完了しました。明日からはボートダイビングでの海洋実習が始まります。天候がこのまま安定してくれると助かるのですが、秋の空は幸運が長続きしないことは既成の事実ですので指導内容を再検討して受講生の方にストレスがかからないように考えています。水温が26〜27度あるためにヒートロスの影響はあまり考えないで済むことだけでも助かります。
北寄りの西高東低の等圧線が、ここ沖縄にも下がってきました。とうとう冬の海に衣替えの趣きです。透明度は先週と変わらずあまり青さが判らない状態です。北風の影響でどうしてもポイントが限られてしまいます。連休がスタートしましたが、お客様は青い海をイメージしているのですが、現状での西表島しか紹介できないダイビングサービスのガイドたちの苦悩も垣間見ることができます。折角遠路はるばる来てくれるお客様の希望をかなえようと必死に努力しているガイドさんたちを見るのはつらいです。同じ仕事をしているのでつらい。
昨日で、西表島での海上保安庁と地元ガイドダイバーとの訓練や実機機体を使用しての総合的なダイビング事故対策訓練が終了しました。平成6年から続けて来たことですが、最終段階を無事に迎えることができてホッとしています。参加者もしっかりと対航空機や巡視舟艇を使用した様々な救助訓練の流れが披露され、地元ダイビングサービスのガイドたちも経験できました。これで私の使命は無事に任務終了しました。あとは安全潜水への志を忘れてほしくなく、また来年度の新人スタッフへの継承をそれぞれの訓練参加者が伝えてくれることを望んでいます。そろそろ私の出番は終わりかなって思っています。これまで海上保安庁内部でご尽力して頂いた方々の、ご努力には頭が下がる思いでいっぱいです。感謝しております。一民間人の要望を聞いて頂きありがたく思っています。またこれまでの海上保安庁との訓練に参加されたダイビングサービス、自社の仕事を中止して参加して、ボートを無償で提供していただいた「ダイビングチームうなりざき」「ミスターサカナダイビングサービス」「ダイビングサービス ヤノ」の各位様、ホームページの独り言を通じてですが、感謝しております。日本で一番安全潜水の備えができている地域として西表島がモデルとなると思います。
今日と明日、ボランティア活動として恩納村で開業している鍼灸医の方が、ダイビングサービスのスタッフを中心に診療に来てくれました。彼も現役のNAUIインストラクターなのですが、志半ばに通算6年間の鍼灸師の資格を取得するために勉学に励み、今年から恩納村にて開業されました。昨年はマーケティングのために西表島に来て頂きましてITC受講生の体調管理をサポートしてくれました。今年は恩納村で開業されているので本院の休み期間を利用して離島での診療に来てくれました。ありがとうございました。私がダイビングの仕事をしていて多くの方々のサポートを賜ってありがたく思います。また世界で一番幸せなインストラクターでした。
今日の天候は北風強烈な冬に戻った感じですが、気温は26度と梅雨シーズンのような蒸し暑さも同居したへんてこりんな1日でした。
午後から海上保安庁石垣航空基地から捜索救難ヘリコプターの機体見学を、うなりざき荘裏の住吉ヘリポートで行いました。天候は雨混じりでしたが、西表島のダイビングサービスとカヤック業者が集まって機体研修を受けました。午後2時30分にヘリポートに着陸、エンジンが冷えるのを待って研修が始まりました。最初に自己紹介が行われ、次に救難資機材の取扱い説明と実践でした。バスケットストレッチャーでした。次にサバイバルスリングの取扱いと実践でした。この2点については、すでに8日に体験済みだったのでスムーズにできました。ただし、バスケットストレッチャーについては参加者から被救助者役を一名お願いして実際に安全バックルの固定、バランス確認を行いました。エンジンを止めている関係上、実際にはホイストケーブルは使えませんでしたが、取扱いの再確認はできました。ホイストケーブルの結着部の安全ピンの取扱いを実際に行いました。これまでは私の作った小冊子での説明と写真だけでしたが、今回は実際に抜いたり差し込んだりを経験してもらいました。やはり実機を用いて研修でなければできないことでした。
次に、ダイバー側として減圧症対応の酸素供給装置を被救助者に吸わせた状態でバスケットストレッチャーに固定して吊り上げ準備までの流れを披露しました。減圧症のダイバーへの酸素供給量について説明をしました。一般傷病被救助者への酸素供給量については毎分2〜4リットルですが、ダイバーへは毎分15リットルと大きな違いがあることを説明しました。毎分供給量が違うために予めヘリコプターの出動要請を行う際に石垣航空基地に「ダイビング事故であること。予備酸素ボンベの搭載をお願いすること。」が確認されました。
次にヘリコプターが装備している火工品(信号弾、発煙筒、着色剤等)や投下型のゴムボート(沢山の漂流者がいる場合に吊り上げ救助を待つ間の水面での浮力確保できる)やライフボール(吊り上げ救助を待つ間の簡易浮力袋)等の装備品の説明を受けました。これらの投下型の救命具は、海面に落下すると自動的に展脹する仕組みになっています。投下されても特殊な取扱いをしなくても済むようになっていることがわかりました。
ヘリコプター機体の説明と試乗でした。初めてヘリコプターの内部、パイロットやコパイ席に座っての計器類の説明を受けたり記念撮影を行いました。約1時間の実機を使った研修が終わりました。離陸準備では、まずは機長と整備士が機体全部の目視点検を行い異常がないことを確認してから搭乗して電源をオンにしました。双発エンジンのために、まず左側のエンジンを始動して温度を高めて、最後に右側のエンジンを始動させてエンジン全体を暖め、メインローターを回転させてエンジン出力を高めて機体全体の振動、操縦系統の作動状況を確認して離陸しました。北風が強かったのでダウンウォッシュを感じませんでした。Uターンして我々の上空をパスして通過して石垣基地へと向かって行きました。
今回は参加者が少なかったのですが、その分全員が救難資機材を触ることができました。また、海上保安庁の救難担当者と直接会話を交わすことができました。今回、初めて住吉へリポートで実機研修を行いましたが、ヘリコプターが飛び去ってからも、しばらく参加者は北の空を見つめていました。離島生活者の救急医療搬送の一部として海上保安庁のヘリコプターの存在は切り離すことができない存在となっています。他府県では、消防防災ヘリコプターを配備していますが、飛行条件に各種規制がありますが、海上保安庁の場合は、最悪の気象条件でも飛行できるようであれば飛んでくれますので、心強いです。
IT先進国のアメリカでは大統領選挙での投票用紙の人間の目により手作業での再確認作業が始まりました。日本では現首相の不信任案問題で自民党が混乱しています。政治の安定が経済復興を促す特効薬となるはずですが・・・・。いつまで続くのだろうか?
お詫びです。西表島にて毎日ホームページの更新を行っていますが、電話回線を借りて送信していますので、毎日更新が出来ない場合がありますので、ご了承ください。
今日でリーダーシップレベルのインストラクターコース(通称:ITC)が終わりました。今回は、この11月の西表島でのITCとしては最低の参加人数で3名でした。既に11月のITC参加者としては過去最低でしたが、非常に私も勉強になるコースでした。かつては年間80名くらいのインストラクター候補生を指導する機会がありましたが、インストラクター養成システムをNAUIが変更したためです。また、もっと沢山のインストラクターを養成したいと言うことでインストラクター養成拠点を全国各地のダイビングショップやサービスに開放したのです。そのために年間通してのインストラクター数は2倍くらいになったそうです。それに伴う諸問題は、前にも書いた現象が起きていると言う話をしましたので、そちらを参照してください。諸般の事情により私が指導している人数は年間で10名以下です。それでもかつての教え子の方から、ご紹介を頂き、わざわざご指名で連絡してくれる候補生がいます。必ず、「あなたを教えてくれたインストラクターは誰ですか」って聞いています。誰々さんに教えてもらいました。ほとんどの名前を聞けば、何年前のITC受講生だって覚えています。900名くらいのインストラクターを認定する機会がありましたので、受講数は激減していますが、しっかり教育できるように準備はしております。1997年以降は最終的なインストラクター認定はナウイエンタープライズという会社の社員が2日間の検定会でNAUIインストラクターと任命しています。通常、この会社では初心者講習は競合するということで初心者講習は行っていません。この指導経験がないにもかかわらずインストラクター最終認定を行うことができるのかということが古くからのベテランのコースディレクター達は、異口同音に変だって主張していますが、声を聞く耳を持っていないのが現状です。コースディレクター資格を棄てた方もいます。ただこの3年間に養成されたコースディレクターの資質にも大きな?が投げかけられていることも忘れてはなりません。
NAUIはアメリカで誕生して40周年を迎えました。ダイビングは教育を通じて安全を確立することを旗印に組織化されました。ポリシーは「最愛の娘を任せても大丈夫か?」です。私もこのポリシーの元にインストラクターを教育・評価・認定してきました。これからも変わることがない信条です。
永田町の論理で倒閣活動が活発ですが、自民党が仲間割れを起こして本会議にて内閣不信任案の票決になるのだろうか。それにしても今回の騒動で、喜んでいるのは都心の高級料亭ではないでしょうか。盛んに密談が行われているようですね。不景気で高級料亭も企業の接待がめっきり減ったための救済処置のような感じも否めないです。
日本は「神の国」だったのか?考古学の捏造事件で、とんだことが発覚した。それは上高森遺跡から発掘された石器が、こともあろうに正式な発掘報告書が出されていないにもかかわらず、それが歴史の教科書に事実として掲載されているということです。これって変ではありませんか。歴史的な事実として認定されていないことを教科書に採用するという文部省の検定システムには怖いものがあります。つまり日本は世界最古の原人が創造的な活動を石器と言う知的生産品を残したことで世界の原人の歴史をも塗り替えることになります。世界に対して日本は歴史を捏造してでも世界の中心でいたいという戦前の「神国」伝説に戻って行くのでしょうか。現在の総理大臣が「神の国」発言で物議をかもしたのですが、またもや亡霊のように蘇っているのでした。教科書に記載されているということです。
神の国発言や遺跡捏造の話は、これくらいにしましょう。こんど11月17日に西表島のうなりざき荘の北にある住吉ヘリポートに海上保安庁石垣航空基地の捜索救難ヘリコプターであるベル412が機体展示のために1時間着陸エンジンをカットしてくれることになりました。平成6年から西表島のダイビングサービスを中心にして石垣海上保安部と航空基地と合同でダイビング事故対策訓練を行っています。石垣島在住であれば直接石垣空港に隣接した海上保安庁石垣航空基地に日時を相談して実機機体での研修を受けることができます。離島の場合は、皆でそろって石垣航空基地まで行って実機研修を受けることは時間的には不可能ですし、バラバラに研修を受けに行くことは海上保安庁の機能が麻痺してしまいます。6年間海上保安庁と協議してやっと西表島での実機研修ができるようになりました。少しづつですが、行政サービスに変化が出ています。
西表島の地震騒動は、1992年の群発地震の再来かと心配していますが、大きな揺れは、ありません。西日本の地震活動が活発になってきたということで心配していたのですが、でもまだまだ気が抜けない西表島でした。直下型の地震のために音が先に来るのです。そのためにわずかですが、心構えができるのですが、しかし地震は何時来るか判らないので心配の種ですね。1999年一年間で沖縄方面では約7000回弱の地震があったことがニュースで報道されていました。先島方面での大規模災害に対する備えは、不備に見えるのが心配される事項です。
ウワー地震だ!! 揺れが大きかった。午前1時11分に震度5の地震がありました。就寝直後でしたが、何故か目が覚めていたのです。昔から夜に地震がある時に限り直前に目が覚めてしまうのでした。西表島での地震は、住吉集落の沖合いが震源地になっています。震源地に近いので地鳴りの音が先に来て、それから揺れがあります。TVを点けたら全国版でしょうか地震情報が番組を中断して放映していました、朝から海上保安庁のヘリコプターが飛び、おまけに海上自衛隊のP3C対潜哨戒機が低空でうなりざき荘上空を旋回しています。ダイビング中に地鳴りと振動を経験しました。震度2でした。西表島滞在が二週間目に突入です。相変わらずの空模様です。やはり太平洋高気圧の勢力が残っているようで、その張り出した縁にそってフィリピン近海で発生した湿った暖かい空気がどんどん供給されているためにフィリピンから台湾そして南西諸島を含む沖縄全県に大量の雨を降らせているのです。太平洋高気圧が季節外れの張り出し具合にも困ったものです。夏の太平洋高気圧は大歓迎なのですが、今は晴れ間が見えましたが・・・・・・。
今日は那覇にて第十一管区海上保安本部に船体後部に飛行甲板を持つ巡視船「もとぶ」の就役式がありました。前の巡視船「旧もとぶ」は第二管区(東北方面の太平洋側)に船名を替えて新任地での配備のために母港へ戻る寸前に一般船舶に側面が衝突され沈没は免れたのですが、造船所に曳航されて検査を受けたら再整備不能つまり官庁用語でいう解役(解体処分)ということになりました。また、第十管区海上保安本部所属のヘリ搭載巡視船「はやと」が奄美大島近海にて捜索活動中に座礁して大修理が必要という状態が立て続けに2件も海の覇者である海上保安庁で発生しています。まず、横腹に衝突された巡視船は、一般商船と同じ構造であることが判ります。銃撃された場合は、とくに水面ギリギリを20ミリや35ミリ機関砲で側面から撃たれたら船腹に穴が開き、最悪の場合は沈没することが予想されます。本来の銃撃を受けない事を想定して巡視船が作られているのかな? 東南アジアや南アジアに出没する海賊対策を日本の海上保安庁が対応することになった場合は、海賊が武装していること、まして格安の携帯武器であるロシア製のロケットランチャーの一発でも狙われたら甚大な被害を被ることが予測されます。海上保安庁の巡視船で軍艦と同じ船腹(側面を打撃されても大丈夫な構造)になっているのは世界最大の「しきしま」という6500トンがあります。海上保安庁内部では「しきしま」に関しては完全秘密ということです。海上保安庁内部の人でも乗船することができないくらい厳しい緘口令がしかれているそうです。でも、巡視船の乗組員は船舶の航行機器や推進機器等が自動化されているために多くの人員を割くことなく運行しています。海上自衛隊や米軍では同じトン数では3倍の定員が乗船しています。必要最低限の人員で運行されているために短期の行動は、問題なくこなすことができるのですが、長期間の行動になると一人三役とも四役をこなしている巡視船乗組員では、おのずと限界に達します。おまけに補給船を海上保安庁は持っていませんので、ある程度の期間を過ぎると最寄の港に接舷して燃料・食料・水・弾薬等を補給しなければなりません。1隻が解役され1隻が修理のためにドック入りでは、全国の巡視船のローテンションがすべて狂ってきます。そのために何が起きるかというと巡視船の乗組員の休暇が短縮されることを意味します。過剰労働に陥り易くなります。そのために何が起きるかというと単純な人為的なミスや現場での怪我人や病人の急増が考えられます。全国に12000名しか海上保安官がいません。警視庁の4分の1の人員で領海警備や救難捜索等の激務にあたっているのです。こんなことは皆さんは知らないでしょうね。サイレント(沈黙)、スマイル(微笑み)、スマート(迅速に)がモットーなはずですが、諸般の事故を見るにつけ現場の人間の限界に達しているのではないかと懸念します。現状を知りつつ現場職員は激務に励んでいるのです。過労が心配されます。次の課題としては民間での海域の救急体制の確立が叫ばれることになります。ダイビングでも近い距離での捜索や救助も可能な組織作りを官民一体となって作り上げなければならないとも常々思っています。端的に事故防止を図れば問題ないと思いますが、事故は防止しても100%防止することができません。そのためにガイドやインストラクターは事故防止策を講じますが、イザとなったら捜索や救助に赴く心構えが必要と思います。言い尽くされた言葉かもしれませんが、事故防止・安全潜水の励行。私は再度熟考したいです。
晴れ間が見えたと思ったら、大雨洪水警報が発令されて昨日は石垣で1時間に200ミリを越す過去最高の降雨量を記録したそうです。そのために石垣空港が視界不良のために閉鎖されたそうです。11月初旬から雨降りが続いています。本当に天の貯水槽が溢れたように降り続いています。当分こんな天気が続くことが予測されています。のんびりと西表島を楽しむどころではありません。今年はどこに居ても雨降りと強く吹く風からは逃げられませんね。毎日天気の話で始まっていますが、如何に西表島や石垣島では雨が多いかご想像にお任せします。視界が10mとか5mとかの雨降りを皆さんは経験されたことがありますか。
西表島のダイビングサービスでは、連休でもないのですが、多数のダイバーが潜りに来ています。私のように沖縄本島でダイビングサービスを開業していると羨ましい限りです。私の場合は10月25日でファンダイビングご希望のお客様の予約は終了しました。あとはスクール希望者とリーダーシップ候補生だけになります。沖縄方面では10年くらいまえまでは年間通してファンダイビングに来られる方がいましたが、雑誌の各ポイント別の年間気象データが公表されるようになると日本脱出組が多くなり、パラオやモルディブ、シバタン、グレートバリア等に出かけることが多くなってきました。そのために沖縄方面のサービスでも、これらの方面へのツアーを組んだり、サービスを2ヶ月間休業したり、あるいはスタッフ毎、海外の島に3〜4ヶ月出稼ぎに行って、そちらに沖縄でのお客様を誘致したりと様々手法を取り入れて頑張っています。私の場合は、リーダーシップ候補生が若干名居るので、身動きせずに沖縄本島の海で頑張ることになっています。私は年間通して潜っているのは「しんどく」感じません。潜れることを幸せに感じているからです。冬の沖縄で心配なのは2月から3月までの間の雨降りがあります。一昨年ですかね、2月は27日間雨降りが続いたことを記憶しています。そして晴れた日が28日のたった1日だけだったことです。ただ2月の雨の降り方は今のように土砂降りではないのですが、小雨です。真夏の眩しいくらいの太陽が恋しいです。
ダイビング界の攻防は、かなりの問題を抱えているのでヘッドが変わったから、すぐに改善されることはありません。次世代の団体の経営者も、同じ手法で対応することになるからです。また、腐った果実が混じっていると同じ箱の果物は、早く分離しないと皆腐ってしまうのと一緒です。潜水指導団体の統廃合が進み、相手を吟味しないで数の論理で組織に取り込んでいる現状ですが、今年は会費がとりあえず増収が見込めますが、次年度以降は、ブランドビジネスで展開を考えている人は、そのブランドがもたらすご利益は付加価値が相当低下しているために思ったほどの増収にはつながらないと考えています。よくNAUIは職人の集まりということが叫ばれています。現在の混沌としたダイビング業界にあっては、堅物のような職人さんインストラクターが不足しています。かつての職人さんインストラクターの力を再結集することで新世紀のダイビング界に新風を吹き込むことができると確信しています。相当の荒療治をしないと改善は難しいと思います。
風は北寄りですが、晴れ間が見えています。瞬間的に強く風が吹きすさびます。でも、海水温が平年に比べて2度ほど高いために海面を渡る風は冷たく感じない。それだけでもラッキーなのかな? 確実に平均気温が上昇しているという事実を肌身で感じている今日この頃です。
日本の密室政治が動き始めまちゃいました。自民党の加藤議員が現首相に反旗を翻したのです。でも結果は本当に政党再改編まで動くのか? 倒閣宣言を出しているのですが、でもその戦術はちょっと消極的な内閣不信任案に対して欠席する方針らしい積極的な戦術として本会議に出席して不信任案に賛成して態度をはっきりさせればと思います。料亭密室政治に終止符が打たれるのか。おまけにアメリカ大統領の選挙結果は出ていない。世紀末の世の中、政情不安だけは避けて頂きたい。
ダイビングでの問題提起が一般ダイバーたちから話がアチコチで燃え上がっています。一般ダイバーは情報開示に敏感に反応しています。多くの意見を集約してみると一つは何で日本オリジナルのダイビングマニュアルがないのかです。今はアメリカを中心にした潜水教育団体が世界標準ということで、英語を日本語に翻訳しているです。世界共通に同じカリキュラムで教育されるのが、安全潜水の完成度が高くなるという理論です。ダイビング環境・民族性・体格・人生観・社会的な責任追及・裁判等の諸々の諸事情の違いを考慮して国別のダイビングマニュアルを作っても良いのではないかと思います。でも、水中に入れば哺乳動物ですので、何も付けなければ窒息することは必死です。あとは教え方の違いかな。それともステップアップシステムでの途中経過での自立型のダイバーに育てることをメインとするのか、インストラクター資格を取得するまでガイドダイバー同行の従属依存型のダイビングなのかです。私は早い段階から自立型のダイバーを育て、彼ら彼女らが自由にバディ単位で潜れる環境にしたいと思っています。そのために私の行う初心者講習は、やたら泳がされるという風評がありますが、事実です。私は可能な限り初心者の段階からフィンで泳ぐことを薦めています。潜水器材が近代化して人間に優しい器材が開発されたいます。でも年々ダイビング愛好者の体力は消耗しているのではないかと危惧しています。それは毎年発表される日本人の体力についてのデータが明らかにされています。昨日のインストラクター自身が泳げないということで、生徒の前で泳ぎおよびダイバーレスキュー講習を行う際に、新人インストラクターは明確に「泳げません。泳いだことがありません。」と呆然とプールに立ち尽くして言い放ったのは、驚きですが、短期間のインストラクターまでの過程で、主催者も継続的なインストラクターまでの総合的な資質について理解していないことが大きな問題であり、各地で開催されている短期養成のプロコースについて査察を行っていないことも大問題です。とりあえず初年度会費収入と初年度に登録される教材と登録費が沢山入れば良しとする潜水指導団体の体質は改善しなければならないと思います。自己改革は難しいので一般ダイバーが見向きもしなくなるのではないかという懸念があります。
風雲急を告げるような動きが日本の政治の世界で起きそうな気配です。自民党内部での主流派と反主流派の駆け引きが始まったのだろうか。いずれにしても国民不在の中での首相決定と自己の任命した官房長官の子供っぽい言い訳で辞任、止めを刺したのは内閣支持率の低迷19%代となっている状態で、経済建て直しや教育改革等の問題をクリアーできるのか?現状で、国民が判りづらい状態での料亭密室政治を続けるのであれば日本の明るい将来像は、無残にも崩れてしまうと思います。
ダイビング界でも、そろそろ方向変換しなければならない転換点に来ているのではないかと思うことが沢山出てきています。インストラクター養成過程で短期養成システムが大賑わいです。それにジュニアダイバーの受講年齢を2歳引き下げた。日本のダイビング事情が世界とは、少し違っています。それは日本のダイビング業界を支えている一般ダイバーは大半が20代の若者です。欧米ではどうかという私くらいの年齢の中高年者がダイビングを支えています。所得水準は一概に単純比較することはできませんが、20代の年齢を考えるとダイビングに投じることができる金額は日常の生活費を削ってでも節約した状態でダイビングに参加しています。自ずと限界があるわけです。潜水指導団体としては、年間売上げに陰りが出てくると困りますので、様々な方策を考えてインストラクターに指令が出てきます。一番団体として手っ取り早い収入源とされたのが大量のリーダーシップレベルダイバーを急増させて、初回の年会費だけでも団体に振り込まれればいい訳です。俗に言う会費ビジネスという奴です。大量のリーダーシップダイバーを短時間に養成できるシステムとディレクターも粗製濫造してリーダーシップダイバーの最初の段階の任命権だけ、それらのディレクターに与えておけば、団体に認めてもらおうとして片っ端からリーダーシップレベルダイバーへの認定していくことになります。極論として、潜水事故を防止するには、ダイバー全員をインストラクターにしてしまえば潜水事故はなくなると豪語した団体もあります。そのために猫も杓子もインストラクターを目指すことになります。セールストークとしてリーダーシップレベルを目指すように耳元で囁かれて、その気になってしまうのです。私も25年目を迎えようとしているインストラクターですが、目と耳を疑いたくなるような資質しか持っていないインストラクターに出会うケースが多くなってきました。本人は、そんなことを知る由もないと思います。それは何故か、あなたは世界で最高レベルのインストラクター資格を取得したのですと囁かれているからです。インストラクターになって後悔している人も沢山居るのではないか。また、最近、NAUIインストラクターでも、泳げない人に出会ったことがあります。本人に責任はないのです、それを検定しないで短期間に多額のお金だけを納入させて規定本数潜らせて、団体のCカードの枚数はババ抜きができるのではないかというくらいの枚数で認定されましたよ、ってインストラクターに認定しまったのです。その認定したディレクターもダイビング歴が2〜3ヶ月でディレクターに認定されたというオマケまでついているようです。古手のインストラクターと話をする機会があったのですが、那覇空港の出口にダイビング認定証が発行できるプリクラ型の自動販売機を設置しておき、その認定証を持ってダイビングサービスにて体験ダイビングを申し込んで、体験ダイビングの回数をこなしたほうが、まだダイビング界にとっては健全なのではないかと冗談みたいな話を深夜までしたことがあります。NAUIインストラクターとして来年で25周年を向かえることになりますが、恥ずかしくなるような話でした。本来は、自分の所属している団体を擁護しなければならないが、前述の内容のようなことが多くなって来るようであれば悲しい・・・・・・。潜水指導団体としての情報開示が求められる時代になったと思います。一般ダイバーが求める情報開示ができない団体は消滅していくと思います。信頼回復への道は、まだまだ遠い・・・。
沖縄県内では一昨日から今朝まで台風21号崩れの低気圧にために、またもや大量の雨が降り各地で土砂崩れや浸水騒ぎがありました。それにまして深刻なのは集中豪雨のために赤土の大量流失があったことです。これから「モズク」の栽培準備が始まります。綺麗な海でしか育てることができない「モズク」ですが、7月から頻繁に降り続く雨のために赤土の海洋汚染が深刻だよと伝えていますが、栽培漁業者にとっては我々以上に深刻な問題となっています。半年分の収入がゼロになります。「モズクの種付け」は10月から始まっていますが、それらの準備の苦労も降り続く雨のために皆無に帰します。20年以上も前から赤土の流出に対する懸念が提起されていましたが、未だに解決の決定打が打ち出されていません。自然は一旦破壊されると復活させるためには長い年月と莫大な費用がかかります。やはり沖縄は自然の回復を目指して、緑茂れる島であってほしいと思います。赤土汚染の影響の少なかった時代を少しだけ知っている私としては、あの時の緑の濃さ、海の青さが懐かしく思い出されます。
今日もアメリカ大統領選挙の決着がついていません。政情不安な国であれば一方的な勝利宣言がなされ、次のステップとして内戦に発展することがありますが、さすがに民主主義の国、アメリカだけあって一気に政情不安まで発展することがない、最終的な結果発表は来週半ばにもつれ込みそう気配です。一部報道では今日の午前8時にフロリダ州選挙管理委員会が発表するとの情報が流れましたが、混乱を避けるために投票用紙の再確認を行うとのことでした。日本では投票用紙を廃棄したり、選挙管理委員長自身が一方の立候補者とつるんで不正を働くということが起きています。多国籍民族の集まった集合体であるアメリカのルール作りでは、そんなことはないのだろう。皆で決めたルールは守るという基本姿勢は見習いたい。因みにフロリダ州知事はブッシュ氏の兄弟であるというのも微妙な立場になるのだろうね。どちらにしても来週明けが楽しみです。好景気に沸いているアメリカですが、それでも多くのアメリカ国民が同一政権での長期間在任を拒否しているのは興味があります。それにしても日本は長期安定政権を望んでいるようですが、欧米のように2大政党制くらいにして政権交代を図ることにより刺激を与えることの方が日本でも国民が幸せな生活を送ることができるのではないか。
そう言えば、これもアメリカからのニュースで風邪薬に含まれている鼻粘膜の炎症緩和を効能とするPPAという成分が脳出血の原因だと伝えて来た。このために死者も出ているとのこと。鼻詰まり対策に有効な成分ということでダイビング時に服用して潜ることが考えられます。バルサルバ法による圧平衡を行う際に、「力む」動作をします。その際に脳出血を起こして死亡事故につながっていないのかなって気になります。とりあえず薬を飲んでのダイビングはリスクが伴うので注意喚起ですね。風邪に注意!!
昨日の天気は、どこに行ったのか? 結局台風21号崩れが熱帯性低気圧に変わり、北上して来たために海は大時化、土砂降りでした。昨日の午前中の晴れ間は非常にラッキーとしか言えない状態でした。今回ばかりは神様にお祈りした甲斐がありました。連日、石垣方面では、大雨・洪水・波浪注意報が発令されています。当分注意報は変わることがないと思います。秋晴れの青い海をイメージしているととんでもない状況になっています。それにしても太平洋高気圧の張り出し具合が例年に比べると影響力が強く作用しているためと思います。気象配置図が西高東低の冬型になっていますが、九州と沖縄の間で変化しているのでしょうね。北海道では雪の便りがあり、ここ西表島ではセミ時雨が聞こえるという日本列島は南北に長いためですね。気温は昨日より2度下がって26度くらいです。
アメリカ大統領選挙結果がまだ判明しない事態に陥っています。混迷のアメリカの象徴なのでしょうかね。日本では現総理大臣の支持率が20%以下になっていると世論調査で明らかになっていますが、自民党内部での権力闘争には発展しそうにないですね。次の総理大臣候補者が居ないのかな、それとも自民党の政党政治の束縛から逃れないのかな。そう言えば次回の選挙制度は現与党有利な非拘束名簿方式に強行採決した経緯があります。そのために当分、日本では政治の交替劇は起こり得ないことを意味するのかな?それにしてもマスコミのアメリカ大統領選挙については、すごいエネルギーで取材していますが、それよりも日本の政治についての追及に関しては、甘さが感じられ歯がゆさを禁じ得ません。これではマスコミが世論を形成するまでに至りませんね。本当に日本人は大人しいよね。
世界の警察官を自認しているアメリカで21世紀最初の大統領を決めるための選挙結果で混乱が生じています。でも、民主主義の代表格である近代国家アメリカでも選挙制度の歪現象が現れているのでしょう。制度疲労が叫ばれて久しいのですが、世界最高の権力者であるアメリカ大統領が決まらないということは世界経済にマイナス要因を呼び起こさなければいいと思います。でも、第42代現職のクリントン大統領の任期がまだあるから権力の交替には支障は来たさないとは思います。でも、選挙結果で裁判闘争だけは避けてほしいものです。
無事に海上保安庁との合同訓練が予定通りに実施できました。朝、上原港とバラス島方面の海況状況の確認のために現場に出かけました。訓練実施基準の範囲内と判断できました。天候が気になりましたが、実施を前提に計画を進行させました。午前8時50分に上原港を出港してバラス島に上陸。現場で海上保安部と合流して訓練を開始しました。信号紅炎と信号弾の取扱い訓練を行いました。次に、バスケットストレッチャーとサバイバルスリングの取扱い訓練を行いました。今回の参加者はダイビングサービス関係者が20名、シーカヤック関係者が4名の西表島からは総勢で24名が参加しました。上空にベル412のエンジン音が聞こえ、いよいよヘリコプターとの合同訓練となりました。
最初の海上での訓練は、漂流グッズを使用してのヘリコプターよりの捜索訓練です。今回はマーカーブイ・フィン・海面着色剤・サメ忌避剤等を使いました。訓練後の判定会を経ていないので今の時点ではヘリコプターから、どのように把握できたかについては判っていません。次に、ダウンウォッシュ体験となりました。20名ですので、予め2グループに分けて高度50フィートから徐々に降下させて15フィートくらいまでの高さからの吹き降ろしを体験しました。東風が強かったのでヘリコプター直下ではダウンウォッシュはかからず、一つ機体を前に出るあたりでようやくダウンウォッシュがあたりました。参加者の4分の1が初めて参加でしたが、パニックになることもなく無事に完了しました。
次にサバイバルスリングでの吊り上げ体験とサバイバルスリングを確保して助ける役割を参加者全員が体験しました。海上保安庁の訓練実施要領では民間人とのサバイバルスリングを使っての訓練は、基本的には禁止されています。よってダウンウォッシュ体験だけでしたが、ここ西表島では海面での救助活動を行う海上保安庁職員が限定されているために最悪の場合は、漂流事故が発生した際にはガイドダイバーに海面上でのサバイバルスリング取扱い能力が要求されているので、ヘリコプターの真下でのサバイバルスリングの取扱い訓練が必須と判断してもらっています。これは他の地域の場合は微妙は訓練内容になると思います。
最後に航走船よりのバスケットストレッチャーの吊り上げ訓練でした。高度50フィート以下でダイビング船と併走しながらバスケットストレッチャーのやり取りを行いました。ガイドロープのコントロールを全員で交替しながらバスケットストレッチャーをボートのフライングデッキよりヘリコプターに揚収しました。ボート甲板が狭かったのですが、揺れる甲板上でガイドロープ捌きを体験してもらいました。午前11時30分に無事に訓練プログラムが完了しました。ヘリコプタークルーに併走しながら感謝の気持ちを込めて手を振って別れを告げました。最後に巡視艇「なつづき」に別れを告げて港に戻りました。
午後は、驚きのニュースが飛び込んできました。重信房子が大阪で逮捕されたという情報に接しました。私の学生時代の日本赤軍のリーダーとして有名でした。パレスチナかリビアかシリアに居ると思っていたのですが、何と大阪に潜んでいたのですね。それにしても逮捕したのは大阪府警ですが、尾行していたのかな?
アメリカ大統領選挙の開票速報をチラリと、共和党のブッシュ氏が当選したと報じられました。共和党が政権を摂るとなると日本への応分の負担を求めてくるのではないかと懸念されます。PKFへの参加が義務付けられるではないかと思います。それに対して現在の自民党政治で、しっかりと対応することができるのかなって疑問に思います。
快晴下でのダイビング事故対策訓練が実施できてホッとしている村田幸雄でした。
本日は、石垣にて明日のダイビング事故対策訓練の最終打ち合わせのために安栄丸にて行って来ました。会議は1時間程度ですが訓練が始まってしまうと修正が利かないリスクを負っているためです。細部までの打ち合わせを行いました。激しい爆音と水飛沫、潮流の中での訓練となります。他の地域でも行いたいのですが、なかなか地元のダイビングサービスの合意形成が難しいために海上保安庁との合同訓練が実施できません。
今回、西表島での合同訓練ではダイビングサービスを主体に訓練を行っていますが、その他にカヌー関係者にも声をかけて参加してもらっています。シーカヤックも沖縄方面では、その需要が高くなっています。大量漂流事故も起きています。ただダイビング関係者の場合は、インストラクターになるまでに知識の習得と経験が系統的に指導されるようになっていますが、カヌー関係の場合は、ダイビングのような系統的な安全に対する教育(救助、ファーストエイド、CPR、搬送、治療等)がなされていなく、カヌーの操作法を覚えてしまえば、あとは自分の経験だけで営業が始まる。現場での事故が起きた場合のことを考えるとお寒い現状が浮かび上がってきます。なかには真剣に安全に対する対策を真剣に取り組んでいるサービスの方々もいます。でも、多くのカヌー業者が、積極的に取り組んでいないことも事実です。
最近、海を利用したレジャーが盛んになってきています。釣り・シーカヤック・プレジャーボートでの遊覧・ダイビング・ウィンドサーフィン・ウェィクボード・ジェットスキー・パラセール・トローリング等です。これらの参加者が年々多様化しています。若年層から熟年層まで年齢構成はバラェティに富んでいます。常に体力気力充実の人々とは限りません。そんな中でダイビングを除いて安全対策の継続的な教育は行われていません。何故、安全に対する教育が行われていないかということですが、最初の段階で安全対策としての自己保全能力、例えば転覆した際のリカバリー方法のトレーニングは受けますが、その際に誤飲して呼吸停止状態になった場合は、人工呼吸方法については、トレーニングは受けていない。ライフジャケットを装着していれば誤飲はあり得ないと考えるのでしょうね。実際に溺水事故に繋がっているのではないかと思います。トレーニングについては、ちょっと時間があれば簡単に習得することができるはずです。
日本の最南端に位置する西表島で明日ダイビング事故対策訓練が実施されます。インターネットの発達で情報を開示しますので、参考にしてください。でも実際のヘリコプターが巻き起こす爆音と水飛沫の中では、何回もトレーニングを受けていても微妙な変化があります。衰弱者が一緒に居るだけで海面での対応はかなりの苦労を伴いますので、私は自分の経験として事故対策訓練を海上保安庁とともに計画し実施しますし、直接参加もします。その上で自分の職業としてのダイビングの安全対策を考えています。地域の特性に合った形での救助法があるためです。神様、明日は天気に恵まれますようにお祈りします。
朝から晴天ではないのですが、晴れ間が眩しいくらいの一日でした。爽快な気分で海に乗り出しました。西表島では久しぶりの太陽が顔を覗かせていました。
日本の考古学に疑問が投げかけられる石器発見が、実は捏造であったということで日本中が大騒ぎになっています。詳しい話はニュースやワイドショウ、週刊誌等で、すでに入手済みと思います。18世紀のヨーロッパでも古生物の化石が多数発見されたのですが、その時代にすでに今回のような化石捏造事件が起きています。情報が伝わる速度が遅い時代にも関わらず、すでに他人の業績を欺くために行われていました。自分の業績を守るために、新しく業績を伸ばしている人を陥れるために大胆な手法を使っていました。今回の問題は、日本に原人が居たか、居なかったのかの問題を含んでいます。遥か遠くのアフリカの大地を起源に現代人の祖先の話を10月の独り言で述べさせてもらいましたが、その起源については世界の中で肯定されている事実となっていますが、最終的にその時期にも遡る発掘調査の幾つかが、実は捏造でしたとなれば大変なことになります。何故、日本では決して再検証をするということをしないのですね。言い方は悪いのですが、その人の発見に対して「ケチをつける」ことを潔しとしない日本人の考え方が根源にあるのだろうと思います。これは今のダイビング界にもあてはまる検証内容なのかな? っても思ってしまいます。世界標準ということで破竹勢いで勢力を伸ばしている方々がいますが、盲目的に追随する姿勢は批判の的になっているのではないでしょうか。Cカードの枚数だけで、ダイバーの能力を判断することが難しくなっている時代です。盲目的に追従しないダイバーやインストラクターがサイレントマジョリティとして居るのは、まだ日本のダイビング界にも健全な方向性を見出そうとしている多数の人たちが頑張っていることが判り、ちょっとホッとしています。
考古学での再検証が行われようとしていますが、ダイビング界も再検証する時期に来ているのではないかと西表島のリゾートで感じました。私は神様でもありません。ただの中年インストラクターでしかありません。沖縄本島に戻ったら老眼鏡を買わなければならないと思っています。
今日は朝から土砂降りです。空の貯水槽に穴が空いたのではないかというくらいの大粒の雨が降り出しています。午前中はそんなでもなかったのですが、午後は前方視界が50m以下の激しい土砂降りとなりました。水面から50cmから1mは茶色に変色していましたが、そこを通過すると透明度15mくらいはキープできていたと思います。太陽はないので暗い感じでした。でも、不気味な雰囲気を醸し出しているのは、私の心の中にサメに対する恐怖心があるからなのだろう。近くにサバ崎という地名がありますので、沖縄方言では「サバ」はサメを意味します。
11月最初の連休が終わりました。今日本州に戻る人は大変と思います。それは当然です。思いもよらない土砂降りです。沖縄の場合は、本州に比べて商店街は雨対策としてのアーケードが完備されていません。旅先では傘を買い求めることはないと思います。ずぶ濡れ状態で、冷房の効いた室内に入ることで体温低下が起きます。機内は空気中の水分まで少なくなっていますので、風邪を引きやすい状態になっています。飛行場で手荷物を預ける前に乾燥した衣服に着替えることを是非ともお勧めします。10月中旬から沖縄方面では秋と冬が同居しているので、ダイビング時は衣服の選択が難しいです。
波照間島での殺人事件での容疑者が逮捕されました。キャンパーということでした。離島では風光明媚な場所にはキャンプ場が設けられています。とくに春先から秋口にかけて離島を訪れるキャンパーの数は、かなりの数にのぼっています。でも、今回のように殺人事件まで引き起こすとなると、離島の方のキャンパーを見る眼には厳しいものがあると思います。アウトドアファッションの延長で、オートキャンプが有名になっていますが、沖縄本島を含む沖縄県内の離島では、野宿に近い形式でのキャンプが多い。自然に親しむために公設のキャンプ場を整備してキャンパーに提供している地域もありますし、私有地に所有者に許可を得てキャンプをする場合もあります。今回の殺人事件の犯人が波照間島でキャンプ生活をしていたということですが、純粋な意味でのキャンパーだったのかは疑問です。もしかして都市生活に疲れたホームレスタイプではなかったのかとも思います。沖縄は年間を通して外気温が10度を切ることがないために野外生活が問題がないようです。でも、毒蛇のハブがいるためになかなか大都市のようなホームレスの方は少ないように思います。沖縄県警は犯人の現場確認のために那覇空港から県警ヘリを呼び寄せました。。石垣島には海上保安庁の石垣航空基地があり、ヘリコプターが常駐しています。何故、天候が不良な状態でも、沖縄本島からわざわざ県警所有のヘリコプターで犯人を護送するということは税金の無駄遣いではないのかな?それとも警察の威信が災いしたのかな?陸の警察海の警察互いに融通しあえばと思ってしまいました。
今日は曇りでしたが、晴れ間が見えていました。ダイビングは鹿の川方面へのダイビングでした。途中はウネリが強く船酔いになり易い人にとっては厳しい感じでした。アンカーリング。目的はバラクーダとイソマグロの塊の捜索でした。透明度はこれまでの鹿の川湾中の瀬で最悪だったように記憶しています。やはり雨の影響でした。20mは見えるのですが、青さがありませんでした。随分泳ぎ回って探したのですが、ヤッコエイ2枚とイソマグロ5匹、大き目のチョウチョウコショウダイに会うことができました。午後は仲の神島を目指して鹿の川湾を後にしました。東の根で偵察スキンダイビングを実施、透明度が悪いことと流れが厳しいということで東の根でのダイビングを断念。洞窟ポイントに移動した。洞窟ポイントは10数年前に矢野さんがガイドで潜って記憶と8年くらい前に一回潜ったきりでした。潜降して洞窟に移動した。透明度が悪く多少は青さがありましたが、これまでの仲の神島でのダイビングでは初めて経験でした。気になったのはサメでもチョロチョロしていないかなと目はサメの出現を気にしながらのダイビングでした。地形はダイナミックで、洞窟の上の壁にソフトコーラルが沢山あったのでオオモンイザリウオがいないがと必死に探しましたが、見つかりませんでした。
それにしても透明度が悪過ぎる。連日の大量の降雨の影響と島の開発で赤土の流失による海洋汚染の典型的な例なんでしょう。行政の役人や土建業者の人に沖縄の海の中がどうなっているかを彼らの目で確かめてもらって、開発の方法論、赤土対策等に真剣になってもらいたいと思います。人の住んでいない鹿の川湾ですら潮流の関係で文明の証である諸種のゴミが流れ着いています。開発とゴミ処理は早急に解決しなければならない問題です。きれいな海を子孫に残そうという標語がありますが、現状のままでは確実に荒廃した海しか残せないです。
天候とダイビングの関係は、天候が悪ければダイビングはできません。恩納村でも同じです。ポイントを利用できない日数が多くなり、久しぶりにポイントに潜ると大型のサカナや見たこともないようなヒゲの立派な海老が歩き回っています。今回も鹿の川湾でも同じことが言えました。普段見ることができないであろう大型のチョウチョウコショウダイが悠然と遊弋しています。そう言った意味では、久しぶりに利用するポイントでの楽しみでもあります。でも、赤土の流入問題は確実にサンゴやソフトコーラルに堆積してそれらの生物の死滅への歩みが深刻となっているのは現実です。きれいな水中写真を撮るのも結構ですが、告発型の水中写真も公表してもいいのではないでしょうか。沖縄本島ではジュゴン捜索活動が国の主導で始まっています。情報が抹殺されないように監視しなければなりませんね。船浮湾でも今年ジュゴンが発見されたそうですが、マスコミ報道はされていませんでした。西表島に来てガイドから聞いた情報でした。
雨模様の朝を迎えました。今日は「文化の日」ということで全国的には休日です。一年ぶりのうなりざきでのダイビングでした。海況は台風20号の残したウネリが強く、西側の網取方面に行った。ガレ場の傾斜地と砂地のポイントですが、30m地点に岩の塊が1個あります。水深が深いので長い時間滞底していることができません。非常にユニークな場所で、その1個の岩を観察するだけでダイブコンピュータの減圧停止が出るくらいです。でも、実際は安全停止の範囲内で戻ってきています。今回、少しだけショックなことがありました。着底ラッキー、一発でハダカハオコゼを発見って喜んで2から3分くらい見つめていました。うん、おかしいゾ!! 動きが変。指示棒で少し突いてみました。何と葉っぱでした。ウネリの影響でユラユラとしていたのでした。老眼の中年ダイバーの悲哀でした。
10月末から降っていた雨のために海が濁っているために透明度は10から15mしかありません。それにソフトコーラルやサンゴには赤土が堆積していました。また、木の葉や枝が至るところに転がっていました。2日に石垣空港へ着陸する際に、石垣島のリーフより沖合いまで変色水域が広がっているのを確認していましたので、ある程度は覚悟していたのですが、でもきれいな西表島の海をイメージしていたのでギャップが大きかったです。再開発のツケが回ってきています。
さすがに日本のダイバーの憧れの水域の西表島ですね、このシーズンになっても沢山のお客様が来島されています。台風でキャンセルもあったと聞いていますが、でも沢山のお客様がいらっしゃいました。人間を魅了する島の自然が、まだ沖縄本島に比べれば沢山残っていますね。でも、各サービスの関係者と話をする機会があったですが、最近のダイバーの方々はダイビングだけでなく、ダイビングが終わった後の夕方の時間にカヤックで川を遡りながら未開のジャングルの自然を満喫している人が多くなったと言っていました。ここ2〜3年の傾向としてダイビング三昧ではなく、時間の有効利用ということで西表島の自然を満喫しているということでした。西表島歴十数年の中年おじさんにとっては、当時と比較すると自然は確実に変貌しているということが忘れられません。とくに水中の景観の変貌は・・・・・・否めません。
朝一便で石垣空港空港へ到着。昨日は10数名でしたが、本日は満席状態。やたらとテレビカメラを持ったマスコミ関係者が多かった。それにテレビで見た顔と思ったら、フジテレビのワイドショーのレポーターでした。「波照間島での殺人事件」の取材だったのです。昨日は石垣へ1機も着陸しなかったみたいでした。最南端の島での初めて殺人事件ということで、普段は静かな波照間島は緊張状態が続いていると、玉城さん(波照間島のダイビングサービス;アトラスはてるまのご主人、地元の消防団員も兼任)から電話がありました。現場検証の手伝いもさせられたとのことでした。
午前中にレンタカーを借りて石垣海上保安部と航空基地へ11月8日のダイビング事故対策の方案の確認に回りました。石垣海上保安部もようやく拳銃密輸事件も送検したので、10月のようなピリピリ感はありませんでした。安栄丸に乗り西表島に移動。石西礁湖(石垣島と西表島の間のさんご礁で囲まれた浅い水域)を西表島の大原まで40分で移動した。ジェットコースターのように上下していましたが、睡魔に襲われていたので船酔いもしませんでした。台風20号の残したウネリは強烈だったようでした。
ようやく西表島へ上陸、1年ぶりでした。上原から住吉地区では大きな変化は、体育館が忽然と出現していました。また道路際のブッシュが刈り取られていました。誰かが住宅でも立てるのかな? 一年前に比べると開発がまた進んだようで、昔ののんびりした雰囲気を感じることはありませんでした。ちょっと残念な気分。でも、島に生活している人のことを考えるとかつての西表島の雰囲気を知っている私だけの勝手な郷愁だけなのでしょうね。竹富島は外部資本には土地を提供することは一切しないという竹富憲章を作って昔の家並みを保存しているということを初めて知りました。開発か保存か、今沖縄県全体で苦しんでいる現実があります。
自宅のような雰囲気の215号室に到着。この部屋の思い出は、今のうなりざき荘の新館として建てられた時に、初めて入室したのが、この215号室でした。できた当初は215号室のドアがなかったのでした。1枚ドアが足りなく、ベニヤ板で仕切っていたことを思い出しました。また、この部屋でインストラクターの合否判定を行った部屋でもありました。
今日から11月です。西表島に出発すべく恩納村をスタート。31日から1日の午前3時くらいまで、遣り残した仕事を処理していました。例によってラジオ深夜便を聞きながらでした。午前1時のニュースで、耳を疑う情報が飛び込んできました。台湾の国際空港にてシンガポール航空機が離陸に失敗して墜落炎上中であるということでした。またもや私が飛行機に乗るという時に墜落するというジンクスが今回も当てはまりました。それも石垣島のとなりの台湾です。それにし安栄ても墜落炎上しているニュース映像を見ながら飛行機に搭乗するのは気持ちよくないことですね。チェックインする際に、一言「石垣が悪天候で着陸できない場合は、那覇空港に引き返しますので、予めご了承ください。」との確認がありました。私は余計な一言を言ってしまった。「台湾で墜落したからね。」って。石垣島が見えてきました。風が強いだけで海面は波だっているのが判りました。着陸態勢になかなか入らない。あっ!! 旋回が始まった。エンジンの出力を上げたり絞ったりで空港上空まで接近しない。どうせ風向チェックで上空待機であれば近くの竹富島や小浜、西表島、黒島等の上空でも回ってほしいものです。そのまま那覇空港へ戻りました。機内の放送は、「石垣空港では横風が強く吹いているので着陸を断念します。」でした。石垣空港は、なんせ滑走路が短いためにボーイング737の双発ジェットの場合は、着陸早々、エンジンの逆噴射して急制動をかけて着陸する方法です。何回も石垣空港での着陸を経験しているのですが、強烈な逆噴射での座席に押し付けられる感触と同時に機体が左右にブレる感触は・・・・。いつかは自分の乗っている飛行機が石垣空港をオーバーランすることがないように祈って搭乗している次第です。早期着工の理由にならないようにして頂きたい。
石垣島への飛行で、那覇空港まで引き返したのは今回が初めてでした。やはり離島県の悲哀です。近そうで遠い離島でした。そんな訳で、本日は那覇市内でのんびりとした一日を過ごしました。