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第四章 おばさんのプレゼント

 僕は翌日も、その翌日もリンおばさんの家へ行った。おばさんのお話は、スケートなんかよりもずっと面白かったし、何よりベルも毎日通って来たからだ。僕はシャノアの喉をくすぐりながら、そしてベルはせっせと編み棒を動かしながら、おばさんのお話に聞き入った。
 一週間も経つと、ベルのマフラーは見事に成長して、その姿を現していた。それは、彼女の瞳と同じ深い緑色をしていて、不思議な光沢を持っていた。僕は、しばしば手を止めてその美しさに見とれ、シャノアはたびたび僕の手を引っかいて、自分が何を求めているかを分からせようとした。
 マフラーが編み上がっていくにつれて、僕の胸に一つの疑問が芽生えていた。
 ベルは、それを一体誰にプレゼントするつもりなのだろう?
 時折交される彼女とおばさんの会話から、僕は彼女がそれを誰かにプレゼントするつもりであることを知った。それが誰なのか分からないけれど、僕は名前も分からないそいつに嫉妬した。勿論、僕かも知れないという期待もあったが、彼女に聞いてみる勇気はなかった。彼女はといえば、時折ちらっと優しい笑みを向けてくれはするものの、その態度は、最初の日と違って、ひどくよそよそしく思われた。
 ある日、ベルが緑色の毛糸を使い切ってしまって、村の雑貨屋へ買いに出た時、僕は思い切っておばさんに尋ねてみようと思った。二人の後を追って玄関まで出ると、おばさんは狭い戸口をふさぐようにして、彼女と話していた。
 「もうそろそろ編み上がるから、あまりたくさん買い込むんじゃないよ」
 「ええ、分かっているわ、おばさん。ついでに何か買ってくる物はない?」
 「そうさね、それならハッカの葉を少しと、粒よりの林檎を六個、お願いしようかねえ」
 「ハッカの葉と林檎を六個ね。分かったわ」
 「他にも細々した物はあるけれど、それは後でブルームにお使いを頼むから。気をつけて行っておいで」
 おばさんは、エプロンのポケットからお財布を出して手渡すと、声を弾ませてつけ加えた。
 「もうすぐだねえ。あんたの気持ち、伝わるといいね」
 「・・・ええ」
 「大丈夫!このリンおばさんが保証するよ。マフラーのひと目ひと目に編み込まれたものを、信じることさ。あんたの気持ちと、おばさんの魔法をね」
 そこで相手の名前が出るのではと、僕がもう一歩踏み出した時、床板が小さく軋んだ。おばさんの肩がピクリと震え、僕は慌てて何歩か後ずさる。
 おばさんが振り向こうとするのと、リビングから飛び出して来たシャノアが、おばさんのスカートに潜り込むのとが同時だった。足音を忍ばせて部屋に戻った僕の耳に、おばさんの朗らかな笑い声が聞こえた。
 「これシャノア、お前はついて行くんじゃないよ。さあさ、出ておいで。ミルクを上げるから」
 ニャアとシャノアが答える。それきり、声は低くなって、途切れ途切れにしか聞こえなくなった。僕は、どきどきと弾む胸を押さえて耳を澄ませたが、ほどなくベルは出かけてしまい、何とか聞こえたのは「ギル」と「ケーキ」という言葉だけだった。
 それは、僕をいっぺんに意気消沈させた。
 ギルバート・オキーフ。一学年上のキザな男だ。そういえば、昨日校庭で、ギルのやつがベルに話し掛けてるのを見たっけ。ちくしょう、あんなやつのことをベルは好きなのか。ポマードで髪の毛をてからせたギルバートの馬面を思い浮かべて、僕はがっくりとうなだれた。
 「ティモシー・アステア!」そこへ入って来たリンおばさんが、両手を腰に当てて厳しく言った。「マンマ・ミーア!あんたが、あんなまねをする子だとは思わなかったよ!盗み聞きだって?まあ何て子だろう。男の風上にも置けないってのは、このことさね!」
 息つく暇もなくまくし立てられて、僕は弾かれたように椅子から跳び上がり、首をすくめて、おばさんの前に立った。
 「ごめんなさい。もう二度としないよ」
 「当然だよ!女の子の気持ちは立ち聞きするものじゃない。ちゃんと自分から気持ちを告げて、返事をもらうのが紳士ってもんだ。あの子が好きな男の子の名前を知るより、あの子に好きになってもらえる男になることの方が百倍も大切だよ。分かったね?!」
 「・・・はい」
 「分かったんなら、それでいい」おばさんは笑顔に戻って言った。「あんたの気持ちも良く分かるよ。好きな子のことは、誰でも気になるものだからね」
 僕は、ほっとしておばさんに尋ねた。
 「ねえ、おばさん。『好きになってもらえる男』って、どうやったらなれるの?」
 「そうさねえ」おばさんは、ちょっと考えて言う。「女の子っていうのは、相手にうんと多くのものを求めるものだから。さし当たって今、あんたに必要なのは、勇気と思いやりだろうね」
 「勇気と、思いやり・・・?」
 「そうさ。あんたの年齢の男の子たちには、滅多に見つからないもの。それをどうやって身につけるのか、あんたは自分で考えなくちゃいけない。もうすぐ13歳なんだから、もうそろそろ知ろうとしなくちゃ」
 おばさんは肩をすくめてクスクス笑い、僕の前に指を立てて見せた。
 「二十一日はあんたの誕生日だね。それじゃ少し早いけれど、あたしから二つプレゼントをあげよう」
 「プレゼント?」
 「一つ。ベルの誕生日は二十七日だよ」
 「えっ?!」
 僕はびっくりした。ベルの誕生日が同じ二月だなんて、今の今まで知らなかったからだ。しかしこれはビッグニュースだった。二十七日まであと九日。彼女が喜ぶようなプレゼントをして、ギルバートのヤツを見返してやる。僕は、貯金箱の中身がいくら残っているか思い出そうとしながら、おばさんを見上げて頷いた。
 「どうだい?リンおばさんのプレゼントは、役に立つだろう?」
 「うん、とっても!ありがとう、おばさん!」
 「二つ目は、あんたが自分で捕まえなくちゃならない。ハーモニカを持ってるかい?」
 「え?・・・うん、持ってるけど」
 「明日、それを学校に持ってお行き。昼休みになったら、裏庭のはずれでそれを吹くんだよ。『アヴェ・マリア』みたいな優しい曲じゃなくちゃいけない。間違えても、行進曲とか騒がしい曲を吹くんじゃないよ。そして、音楽を聴いてやって来たものを捕まえるんだ。いいね?」
 「やって来るって、生き物なの? どんな生き物が来るの?」
 「それは秘密。けど、怖い動物じゃないよ。小さな、可愛い生き物さ。あんたがハーモニカを吹いてる間だけ、その子は近づいて来る。でも、捕まえるまでは、どんなことがあっても口をきいちゃいけない。怖がって逃げちまうからね」
 もっと詳しく聞きたかったけれど、おばさんはそれ以上何も教えてくれなかった。シャノアがお腹をすかして身体をすりつけると、おばさんは両手を上げて言った。
 「マンマ・ミーア! そろそろベルが帰ってくるよ。お茶とお菓子の用意をしなくちゃね。ああ、忙しい忙しい。さあさシャノア、すっかり待たせちゃったね。お台所においで」
 おばさんは、バタバタと部屋を出て行った。その後を、尻尾を立てたシャノアが音もなく走って行く。僕は椅子に体を沈めて、それからお茶が運ばれて来るまで、おばさんの言ったことを一生懸命に考えていた。

 翌日、僕はリンおばさんに言われた通り、ハーモニカを持って学校へ行った。午前中の授業がとても長く感じられ、僕はベック先生の声を上の空で聞きながら、ひたすらお昼休みを待った。
 チャイムと同時に教室を飛び出して裏庭に行くと、雑木林に囲まれた片隅にしゃがみ込んで、僕はハーモニカと楽譜を取り出した。朝一番で、音楽のウィリアムズ先生から借りてきたやつだ。僕はそれを、傍らに積み上げられた材木の上に広げ、ハーモニカを唇に当てた。
 まずは、『アヴェ・マリア』から。あたりに誰もいないのを確かめ、そっとハーモニカに息を吹き込む。かすれたような音が出てきた。だめだこれじゃ、もっと強く吹かなくちゃ。僕は、誰かがやって来ないかとヒヤヒヤしながら、やや強めの息を吹き込んだ。
 音符を目で追いながら周りに気を配るのが、こんなに難しいことだとは思わなかった。目を上げると音がはずれるし、楽譜を見ていると周りが見えない。これじゃ、何かがやって来ても、よっぽど近くに来るまで分からない。いきなり変な生き物が目の前に飛び出して来たら、僕は声を上げてしまうかも知れない。そいつが捕まえられる所に来るまで、曲を吹き続けられるだろうか。だんだん大きくなっていく不安と戦いながら、僕は懸命にハーモニカを吹き続けた。

 そうして、どのくらい経ったのだろう。三曲目の『夏の名残のバラ』を吹いている時だった。
 パタパタと羽音がして、何かがすぐ傍に降りた。首を動かして、それが何なのか見たかったんだけれど、ちょうど難しい箇所に差し掛かってて、楽譜から目を離すことができない。こんなことなら『埴生の宿』か何かにしておけば良かったと思ったけど、今更曲を変えることなんてできない。僕は、精一杯目玉を左へ動かして、やって来たものを見ようとしながら、慎重に曲を吹き続けた。
 そいつは、ゆっくりと僕の視界に入って来た。何歩か歩いては立ち止まり、首をかしげて音楽に耳を傾ける。それからまた何歩か歩く。時には片足ずつ交互に、時には両足を揃えて軽く跳ねながら、少しずつ、少しずつ僕の傍にやって来た。
 それは、手の平に載るほどの小鳥だった。ちょっと見ると、カナリアに良く似ている。けれども、羽毛の色が全く違っていた。頭から首、背中にかけては目の覚めるような緑色で、頬と喉からお腹までの部分が真っ白。このあたりでは見たことのない小鳥だった。目が合うと、そいつは喉を震わせてさえずった。鈴を転がすような、澄んだ美しい声だった。
 僕は、右手でハーモニカを吹きながら、そうっと左手を伸ばした。小鳥は驚いて跳び下がったが、しばらくするとまた近づいて来た。差し出した手を見て首をかしげ、嘴(くちばし)で指先をつつく。くすぐったくて、ちょっと手を引っ込めると、そいつはさらに近づいて、また指をつついた。
 ゆっくり、ゆっくりとだぞ。焦るなティモシー・アステア。
 僕は、自分に言い聞かせながら、なおもハーモニカを吹き続けた。まだ冬だというのに、僕はもう、背中にじっとりと汗をかいていた。一つのフレーズ毎に、ほんの一インチか二インチ。どんどん早くなる胸の鼓動を懸命に抑え、僕は少しずつ手を地面に下ろした。
 頼む、もう少し。
 祈るようなまなざしで見つめると、小鳥は言いようもなく美しい声でさえずった。ハーモニカとさえずりのメロディが重なり合い、僕は天国のような音色にうっとりとなった。そいつはまた首をかしげ、黒い瞳で僕を見返す。細かく震える指を精一杯広げて、僕は待った。
 一秒、二秒、三秒。不意にそいつは、僕の手の平に飛び乗った。
 やった!
 叫びだしたくなるのを必死にこらえて、僕は胸の中で万歳三唱した。この小鳥を見たら、ベルはどんなに喜ぶことだろう。それを思うと、胸がいっぱいになった。
 少しずつ、ほんの少しずつ、僕は指を曲げた。小鳥は、手の平に乗ったままさえずっている。すっかり安心しきっているようだった。もう少し。あと数秒で、手に入れることができる。そう思ってほっとしかけた時だった。
 「おーいティム、そんな所で何やってんだ?」
 校舎の角を曲がって、バートとテオが姿を現わした。
 ぎょっとして顔を上げた途端、音楽が止まった。慌てて指を閉じようとしたが、一瞬遅く、小鳥はあっという間に飛び去ってしまった。
 「あああっ!!」
 僕は、頭を抱えて叫んだ。
 「何だよ?一体どうしたんだ?」
 テオが間抜け面で尋ねる。駆け寄ってきた二人を睨みつけて、僕はやり場のない怒りにワナワナと震えていた。
 もう十秒、いや五秒でもいい。ほんの少しだけ遅く来てくれれば。いや、来たって構わない。ほんの五秒だけ静かにしていてくれたら。でも、思ってみたところで後の祭りだった。小鳥は行ってしまった。そうして僕は、せっかくリンおばさんがくれたチャンスを失ってしまったんだ。
 僕は、ふらふらと立ち上がって、ぽつりとつぶやいた。
 「・・・何でもないよ。もう、いいんだ」
 
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