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書籍名 著者名
第九軍団のワシ ローズマリー・サトクリフ
出版社 巻数 ジャンル 対象年齢
岩波書店 全1巻 歴史 小学4年生〜一般
 
 少年少女向け歴史小説は数多くありますが、この『第九軍団のワシ』は、大人の読者にも楽しんで読める傑作です。作者であるローズマリー・サトクリフは、イギリスにおける歴史小説の第一人者と言われていますが、その彼女をして「自分の作品の中で一番好きなもののひとつ」と言わしめたのが、この作品です。歴史小説として読んでも面白いのですが、一人の青年の成長の物語として読んでも、いろいろと考えさせられる、素晴らしい小説だと私は思います。

 紀元2世紀。当時のイギリスはローマ帝国の支配下にあり、先住民族であるブリトン人たちは、カレドニア(今のイギリス北部地方)やバレンシア(同じくイギリス中北部地方)を拠点として、ローマの支配に激しく抵抗していました。ローマ皇帝ハドリアヌスは、ブリトン人の南下を防ぐため、『ハドリアヌスの防壁』と呼ばれる長大な城壁を築きました。イギリス中部を東西に横断するこの城壁によって、大ブリテン島は南北に分断され、以後2つの民族は、ここを境にして睨み合うことになったのです。
 紀元117年頃、イギリス中東部の町エブラークム(現在のヨーク)に駐屯していたローマの第九軍団が、カレドニアで起きた反乱を平定するため出撃し、その後消息を絶つという事件が起こりました。
 それから約1800年の後、イギリス南東部の町シルチェスターで遺跡の発掘が行われた時、翼のない『ワシ』(ローマ軍団の旗印)が発見されました。遥か北部のカレドニアで消息を絶った軍団の旗印が、何故それとは正反対の方角の、しかも最南端に近いシルチェスターで見つかったのか。これまで多くの説が唱えられてきましたが、真実は未だに明らかにされていません。
 サトクリフは、この2つの事実をモチーフとし、それに自分の想像を加えて、この『第九軍団のワシ』を書いたのです。


<ストーリー>
 第九軍団が消息を絶ってから約10年後。若きマーカス・アクイラは、第二軍団の大隊長として、ブリテンの地に赴任する。第九軍団の副司令官であり、軍団とともに行方不明となった父の後を継いで、彼は軍人の道を歩み、着々と出世を重ねていた。いつか、父のように軍団を任せられるようになったら、第九軍団が消えた謎を解き、「敵側に寝返った」「敵前逃亡をした」などという汚名を晴らしたい。そしていつの日か『ワシ』を見つけ出し、父の第九軍団を復活させるのだ。それが彼の、子供の頃からの願いだった。
 だが彼の人生は、赴任後ほどなくして、大きく狂ってしまう。砦に押し寄せたブリトン人との戦いで、脚に重傷を負ったマーカスは、退役を余儀なくされてしまったのだ。栄達の道を閉ざされ、父の汚名を晴らすという宿願も絶たれた彼は、傷心の身を、叔父であるアクイラの許に寄せることになる。

 叔父の屋敷で退屈な日々を送っていた彼は、ある日ひょんなことで、戦いに敗れた剣闘士エスカの命を救う。エスカは、かつてブリトン人の戦士であったが、ローマ軍の捕虜となり、奴隷に身を落としていた。マーカスは、エスカを持ち主から買い取り、奴隷の身分から自由にしてやったのだった。
 初めは警戒心を抱いていたエスカも、人が人を所有することを憎むマーカスの気持ちとその人柄に打たれ、マーカスの従者として屋敷に留まることを決意する。エスカの献身的な介護と、やんちゃな隣家の少女コティアの訪れ、そしてエスカが捕らえて来た狼の子チビとの交流によって、失意のマーカスは、徐々に立ち直っていく。

 そんな彼に、アクイラ叔父の親友である第六軍団長クローディウス・ヒエロニミアヌスが、ある噂をもたらした。ヒスパナ軍団(第九軍団)は戦って殲滅され、『ワシ』はブリトン人の神殿で神として崇められているというのだ。ヒエロニミアヌスは言う、「再び北方で問題が起こったら、蛮族の手に落ちた『ワシ』が各氏族の反抗心に火をつけ、奮い立たせる力となるだろう。『ワシ』は取り戻されなければならぬ」と。
 かくして、思いもよらぬ密命を受けたマーカスは、エスカとともに北へと旅立つことになった。『ワシ』を探し出し、取り戻すこと。そして、真実を明らかにし、父の汚名を晴らすこと。子供の頃からの宿願を果たすため、彼は目医者に姿を変え、ハドリアヌスの防壁を越えて、ブリトン人の土地へと踏み込んで行く。しかしその前途には、数知れぬ苦難が待ち受けていたのだった。


 1954年に書かれたこの作品は、その続編「銀の枝(1957)」「ともしびをかかげて(1959)」と合わせ、ローマン・ブリテン3部作として知られていますが、サトクリフは、この「ともしびをかかげて」でカーネギー賞を受賞しています。
 歴史小説ならではの、事実に根ざした迫力のあるストーリー。作者は丹念に資料を渉猟し、建物や服装、人々の風俗や習慣などを見事に描写しているばかりではなく、会話や歌の中にも時代背景を織り込み、物語の中に当時の様子を生き生きと再現して見せています。読者は、いつの間にかその臨場感の中へと引き込まれ、主人公とともに冒険へと飛び込んで行くことでょう。
 しかし、この小説の魅力は、ただそれだけではありません。
 冒険を続けていくうちに、マーカスとエスカの間に芽生える友情。互いに助け合い、励まし合って、苦難や窮地を乗り越えていく2人の姿は、読者の胸に強い感銘を感じさせずにはおきません。この友情と数多くの冒険とが、マーカスを一人の男として成長させたからこそ、彼はコティアの愛をも勝ち得ることができたのでしょう。彼の勇敢な行いと苦難は、報われることの少ないものでしたが、爽やかなラストは、素晴らしい感動を私たちに与えてくれます。
 そういう意味で、私は子供から大人まで全ての方に、この本をお勧めしたいと思います。優れた歴史小説の面白さを、どうか心行くまで楽しんで下さい。
 

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