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要約ー源氏物語 (5)柏木〜幻
(第36帖〜第41帖)

(女三宮には不義の子が産まれ、最愛の紫上も亡くなります。源氏の君は・・・)

   

   柏木(かしわぎ)―第三十六帖


 新しい年になりました。柏木(衛門の督)はご病気も回復なさらぬまま、辛い日々を過ごしておられました。
 「生きて行けないほど辛い悩みが、私の身につきまとい、神仏に訴えようもないのは、皆、前世からの因縁なのであろう。せめて、あの姫宮(女三宮)が少しでも憐れみを掛けてくださるなら、一途な想いに燃え尽きた証としよう……。無理に生き長らえれば、自然に嫌な噂も立ち、面倒なことになるだろう。お腹立ちの大殿(源氏の君)も、さすが臨終の折には、お許しくださるだろう……」などと思い続けなさいまして、枕も浮いてしまうほどに、涙を流しておられました。

 すこし体調のよい折に、姫宮にお手紙を書かれました。

   今はとて燃えん煙もむすぼほれ たえぬ想ひのなほや残らん

     (訳)今はこれが最期ともえる煙もくすぶって、
        絶えぬ貴女への想いはなお、この世に残るでしょう。

せめて哀れとだけでも仰ってください……」とありました。姫宮は、
 「人の死は悲しいものと思いますが、あの嫌な出来事を思い出すと……」と、どうしてもお返事をお書きになりません。侍従が、
 「これは最期の御文でございます」と、硯を用意して促しますので、しぶしぶお書きになりました。

   たちそひて消えやしなまし憂き事を 思ひ乱るる煙くらべに

     (訳)一緒に上る煙となって消えてしまいたい。
        辛い事に思い乱れて、どちらの煙がより辛いかを比べるために……

 この返歌に、柏木は、 
 「あの夜見た唐猫の夢を、前世からの深い因縁と思い違いしたことから、大きな過ちを起こし、それが姫宮が未来成仏する障りになるのかと思うと、大層辛い……。こうしてこの世は儚く過ぎてしまうのか……」と、ますますお泣きになりました。

 姫宮は夕方頃からお苦しみになり、女房たちが産気づかれたご様子だと、源氏の君にお知らせしましたので、驚いてお越しになりました。しかし御心の中では、
 「あの忌まわしい事さえなければ、めでたく喜ばしい事であるのに……」とお思いになりましたが、他人には気付かれまいと、御修法などを続けなさいました。

 姫宮は一晩中お苦しみになり、日が昇る頃に、男御子がお生まれになりました。

 源氏の君は、
 「あいにく父親(柏木)に似てお生まれになるのは、困ったことだ。女なら人目につくこともなかったのに……」と思いながらも、
 「これは、自分が一生涯恐ろしいと思っていた事(継母藤壷との過ち)の報いなのか……。この世で、このような応報を受けようとは……」と、お苦しみになりました。


 御産屋の儀式は盛大で仰々しいものでした。六条院の御方々が競い合って、様々にお祝いなさいました。お七夜の御祝は帝からの公事として行われ、親王方、上達部など大勢が参上なさいました。人々は晩年にお生まれになったから、そのご寵愛は大変なものだろうと思っていましたが、源氏の君の御心に辛く思うことがありますので、大して賑やかな御祝もなさらず、管弦の遊びなどさえありませんでした。

 姫宮はすっかり弱ってしまわれ、御薬湯なども召し上がらずに、ご自分の運命を悲しまれました。源氏の君は表面上繕っておられますものの、特別にお世話なさることもなく、昼間お立ち寄りになる程度で、夜はこちらでお寝みにもなりません。
姫宮は、
 「もう生きていられない気がします。尼になれば、罪障をなくすことが出来るかと存知ますので……」と、いつもより大人っぽく申し出なさいました。源氏の君は、
 「縁起でもないことを……」と反対なさいましたものの、御心の内では、
 「本当にそうお望みなら、出家をさせてお世話申し上げるのも、思いやりあることだろう。このまま強いて連れ添っても、辛い仕打ちなどをして、冷たい人と人目につくことになるだろう。ご病気を口実に、そうして差し上げようか……」とお考えになりました。けれどもこれほど若くして尼姿になられるのはお気の毒ですので、
 「気をしっかりお持ちなさい。心配なさらぬように……」と制しなさいました。

 姫宮の父・朱雀院は御勤行も心乱れて、姫宮のご容態を心配しておられまして、夜の闇に紛れて、急にお越しになりました。
 「出家をして世俗の事を顧みるまいと思いましたが、わが子を思う親心の闇、世間の非難を顧みずに参りました」と、涙をこぼしなさいました。

源氏の君は大層恐縮なさり、朱雀院を御帳台の前にお入れ申しました。姫宮はよても弱々しくお泣きになり、
 「もう生きられないほど苦しうございます。この機会に私を尼になさってください」と申しなさいました。父院は、大殿を頼りに思って女三宮をお預けしたのに、それほど深い愛情も掛けてくださらず、最近、世間が噂する事を残念に思っておられましたので、
 「これが最期ならば、少しの間でもその功徳があるようにしてあげたい。せめて出家の戒をお受けになるよう、仏縁を結ぶことにしよう……」と、お決めになりました。

源氏の君は酷く悲しまれ、御几帳の中に入って、
 「どうして私を見捨てて、そのようにお決めになったのですか。もう暫く養生なさってから……」と申しなさいました。姫宮が頭を横に振るお姿は、大層不憫でお労しく見えました。

 有徳の高僧をお呼びになり、姫宮の美しい黒髪を下ろさせなさいました。源氏の君は戒を受ける儀式に耐えきれず、酷くお泣きになりました。院は、
 「私の寿命も今日明日と思われた時に、姫宮をお引き受け下さいましたのは、貴方の本意ではなかったのでしょう。もし姫宮が命取り留めましたなら、尼の身の上相応に、今まで通りお見捨てなさらずに……」と涙を落とされ、山に帰って行かれました。

 後夜の御加持をしておられますと、物の怪が現れまして、
 「……わが執念は、遂に姫宮を尼にさせた……。源氏の君が紫上の命を取り返したと喜んでいたのが悔しかったので、この姫宮に取り憑いたのです。さぁ、今は恨み晴らしたので、もう帰ろう……」と、笑い声が辺りに響きました。源氏の君は、
 「なんと、ここにも物の怪がいたのか……」と、悔しく思わずにいられませんでした。 それから姫宮は少し生き返ったご様子ですので、更に御修法を休みなく行わせなさいました。

 柏木は、姫宮が出家されたことをお聞きになり、ますます重く病んでしまわれました。父大臣や母御息所は一層ご心配なさいまして、お側に付き添って心尽くして看病なさいました。
 帝もこのように最期とお聞きになり、権大納言に任じなさいました。昇進の喜びに気を取り戻して、回復なさることもあろうかと、お考えでございました。

 大将の君(夕霧)も大層心配して、ご昇進の祝を兼ねて、お見舞いに参上なさいました。幼い頃から仲のよいお二人ですので、枕元の僧たちを暫く外にお出しになって、几帳を引き上げて、身近くお逢いになりました。大層窶れておられますものの、上品な感じがして、とても弱々しく臥せていらっしゃいました。
 「今はもう生き長らえるのも苦しく、自ら進んで死出の道へ旅立ちたく思っております。ただこの世の別れに捨てがたい事が数多くございます。臨終が迫った今、この悩み事を貴方の他に誰に訴えられましょう。 実は、六条院(源氏の君)と不都合な事がありまして、この世に生きるのも辛く思っておりました。朱雀院の御賀に参上して、ご機嫌を伺いましたが、やはりお許しくださらない御眼差しを拝見し、わが魂が離れてしまいました。それがこの世の恨みとして残り、来世への往生の妨げになろうかと存知ますので、何かの折に、貴方から申し開きなさってください。」

夕霧ははっきりと推し量ることができず、
 「どのような事があったのでしょう。このようにお悩みになる前に打ち明けてくだされば、私が間に立って、弁解して差し上げられたでしょうに……」と残念にお思いになりました。更に
 「一条の邸にいる宮(妻・落葉宮)を、何かの折に見舞ってやって下さい。父院もご心配でしょうから、貴方が宜しく取り計ってやってください」と仰って、ますます苦しそうになられましたので、泣く泣くご退出なさいました。


 僧たちが近くに参って、ご祈祷など特別におさせになりましたが、その甲斐もなく、泡が消えるようにお亡くなりになりました。


 尼宮(女三宮)は、柏木の恋心を不愉快にお思いでしたので、長生きして欲しいとは思わなかったのですが、こうして亡くなったとお聞きになると、さすがにお泣きになりました。


 三月になり空も麗らかな様子です。若君は生後五十日ほどになられ、色白で大層可愛らしくなられました。

源氏の君がお越しになり、
 「ご気分はいかがですか。五十日の御祝も、普通なら嬉しいことなのだが、宮が出家なさいましたので残念なことです」と涙ぐみ、お恨み申しなさいました。この頃は毎日お越しになり、この上なく大切にお世話なさいました。

 「あぁ、可哀想に、残り少ない晩年にご成人なさるのですね……」と、若君をお抱きになりますと、人見知りもせずに愛らしく笑っていらっしゃいますので、
 「気のせいか、あの亡き人(柏木)にやはりとてもよく似ているようだ……」と、ご覧になりました。この若君はもう今から目元が穏やかで、匂うように美しいお顔立ちでした。

 尼宮のお心を思えば可哀想なのですが、時折「けしからぬ」という気持も思い返されて、そっと宮の側にお寄りになり、
「このような愛らしい子を見捨てて出家なさるとは、何とも情けない……」と、恨みごとを仰いました。

 けれども、それは、昔、父・桐壺帝が不義の皇子(源氏と藤壺の子)を抱かれたお姿と、まさに重なるものでございました。

 

  あの日から、夕霧は、亡き柏木の面影を忘れることが出来ず、
 「一体、何があったのだろう。最期に言い出した事は事情が察せられず、残念なことだ。やはり姫宮への想いが抑えきれずに、心を乱したのだとしても、このように命を引き換えにしてもよいのだろうか……」と思いながら、一条宮(落葉宮)をお見舞いに行かれました。

  広い邸内は人影も少なくひっそりとして、しみじみと悲しみの尽きない様子でした。木立がすっかり芽をふいて、御庭も若草に雑草が混じって繁っておりました。御前の柏木と楓とが、一段と若々しい色をして、枝をさし交わしているのをご覧になって、

   ことならば ならしの枝にならさなん 葉守の神の許しありきと

      (訳) 同じことならこの枝のように、親しくして下さい。
           葉守の神(亡き柏木)のお許しがあったのですから……

 母、御息所がお逢いになりました。まだ大層苦しそうなご様子ですので、
 「お嘆きになるのは当然のことですが、何事も前世からの約束事。限りある世の中ですから……」と、お慰めなさいました。
 この宮は大層奥ゆかしく見えますのに、お気の毒にご器量はそれほどでないようです。けれど女性は気立てが大切……と思うと、心動きますので、
 「今は私を故人と同様にお考え下さって、親しくお付き合いください……」と、心を込めて気のある申し上げ方をなさいました。それからというもの、度々、一条宮邸をお見舞いなさいました。


 日が経つにつれ、源氏の君は柏木を思い出しては、この若君を形見とご覧になり、 気の毒にお思いでございました。
 秋頃になると、この若君も這い這いをはじめ……、


( 終 )


 
  


   横笛(よこぶえ)ー第三十七帖


 柏木が誠にあっけなくお亡くなりになりましたので、今でも悲しく偲ぶ人々が多くありました。六条院におかれましても、柏木を誰よりも心にかけておいでになりましたので、腹立たしく思いながらも、悲しく思い出しておられました。

 一周忌にも誦経などを特別になさいました。何も知らぬ幼い若君をご覧になるにつけても、やはり不憫でなりませんので、別に黄金百両のお布施をなさいました。

 夕霧も心を込めて、法要等のお世話をなさいました。後に残された宮にも心尽くして、度々お見舞いなさいました。

 山寺の朱雀院は女二宮もこのような境遇になり、入道の宮(女三宮)も現世の幸せを捨ててしまわれましたことを、大層辛くお思いでございました。山寺近くの林に生えた筍や山芋などを、お手紙に添えてお送りになりました。入道宮が涙ぐんでご覧になっていますと、源氏の君がお越しになりました。今では、直接お顔を合わすこともなさいませんが、とても可愛らしい宮の尼姿が、まだ子供のように見えますので、
 「どうしてこうなってしまったのか……」と胸を痛めておられました。

大勢のご夫人方の中でも、宮だけが尼姿でいる事を考えれば、過去の過ちは許し難く、今も口惜しく思われました。

 若君はとても愛らしくまとわりついては、この筍を取り散らかしてかじったりなさいますので、
 「いけません。お行儀の悪い……」とお抱きになりました。口もとは愛らしく上品で、月日が経つにつれ、不吉なまでに美しく成長なさいますので、あの嫌なことを全て忘れてしまいそうで、
 「この若君がお生まれになるために、あの事件が起こったのだろう。逃れられない宿命だったのか」とお考えが改まりました。

 

秋の夕暮、心淋しい頃に、夕霧が一条宮にお越しになりました。くつろいでお琴など弾いておられたようで、衣擦れや、香も薫り高く、大層奥ゆかしい感じがしました。故柏木がいつもお弾きになっていた和琴をご覧になり、

 「この琴には故人の名残がこもっていましょう。お聞かせ願いたいものです」と仰いました。御息所(宮の母君)は、
 「主人が亡くなりましてから、別人のようにただぼんやり物思いに耽っていますので、すべてが悲しい事を思い出す種となるようです……」等と仰いました。夕霧はもうそれ以上お願いなさいませんでした。

 月が出て雲もない空に、雁が飛んでいきました。寂しさに心動かされ、琴をかすかにお弾きになりましたので、ますます心惹かれ、夕霧は琵琶を取り寄せて、優しい音色で「想夫恋」をお弾きになりました。しきりに御簾の中に「ご一緒に……」と催促なさいましたが、宮はただ悲しいとばかりお思いになり、わずかに終わりのところをお弾きになりました。ほんの少しで心残りがしましたが、 
 「秋の夜に遅くまでいるのも……、故人に遠慮いたしまして、また改めてお伺いいたしましょう。その時までお琴の調子を変えずにお待ちください」と心の内をほのめかして、退出なさいました。

 御息所は贈り物として、柏木が大切にしていた御笛を差し上げなさいました。悲しみに胸迫って、ほのかに笛を吹いてみますと、御簾の中から宮が、
 「この寂しい家に、昔の秋と変わらぬ笛の音を聞かせて頂きました……」と、申されました。 夕霧が帰るのを躊躇っている内に、やがて夜も大層更けてしまいました。

 御殿に帰られますと、皆、もうお寝みになっていました。
 「殿は一条宮にご執心……」と、誰かが報告したのでしょう。雲居の雁(夕霧の妻)はお恨みになり、眠ったふりをしていました。
夕霧は、
 「どうしてこんなに固く鍵を閉めているのか……、今夜の月を見ないとは……」と格子を上げ、御簾を上げさせて、端近くに横になられました。宮に想いを馳せ、
 「どうして柏木は、あの宮に愛情をお持ちにならなかったのだろう……」と、ご自分の夫婦仲が睦まじい年月を数えて、しみじみと感慨深く思っておられました。

 少し寝入った頃、夢の中に柏木が現れました。
あの笛を手に持って、
「この笛は、私の子孫にこそ伝えたい……」と申しました。夕霧が、
「誰に……」と尋ね返そうとしますと、急に若君が怯えて泣き、苦しそうに乳を吐いたりなさるので、乳母たちも皆起き出して、騒いでおりました。

雲居の雁は、
 「こんな夜更けのお月見に、格子など上げなさったために、物の怪でも入ってきたのでしょう……」と、とても美しい顔をして、恨み言を仰いますので、
「母親になられるにつれ、すっかり思慮深く立派になられた……」と、ご覧になりました。
若君は一晩中、むずかって夜を明かされました。

 夕霧は六条院に参上なさいました。
源氏の君にあの夢の話をなさいますと、
 「その笛は、私が預からねばならない理由があるのです。これは陽成院の御笛で、故式部卿が大切になさっていましたが、柏木が上手く笛を吹くのに感心して、お贈りになったものです」
 「では、子孫に伝えたい……とは、誰のことでしょう。さらに臨終の折に遺言された中に、六条院との行き違いを深く恐縮していましたが、何があったのでしょう」とお尋ねなさいました。源氏の君は、やはり気付いていたか……と思うものの、分からない素振りをして、返事もなさいませんので、夕霧はきまり悪くお思いでございました。

 ( 終 )

   


  


 
鈴虫(すずむし)ー第三十八帖


夏、蓮の花の盛りの頃に、入道の宮(女三宮)がお造りになりました御持仏の、開眼供養をなさいました。

 源氏の君は御念誦堂の御道具類を心尽くしてご準備なさいまして、紫上も唐の錦で幡などを縫わせなさいました。阿弥陀仏や脇士の菩薩はそれぞれ白檀でお造りになり、誠に美しい持仏でございました。経は六道の衆生のため六部お書きになり、ご自身の御持経は、父院がお書きになりました。せめてこの世の結縁として極楽浄土に導かれるように……と、願文をお作りになりました。

 宮は圧倒されなさってか、とても美しく臥せていらっしゃいました。源氏の君は宮が出家された今になって、この上なく大切にお世話なさいまして、
 「せめて来世は、蓮の花の宿を、一緒に仲良く……」とお泣きになりました。

   蓮葉を 同じ台と契りおきて 露の分かるるけふぞ悲しき  (源氏の君)

 父朱雀院は、三条にある御邸を宮のご住居にとご用意なさいましたが、源氏の君は生きている限りは、自らがこの六条院でお世話申し上げようと、一層美しく改築などなさいましたて、御封の収入や荘園からの献上物などを、三条宮の御倉に納めさせて管理をなさいました。

 秋、源氏の君は、西の渡殿の御前の辺りを野原のようにお造らせになり、美しい声で鳴く鈴虫などを放たせなさいました。
風が涼しくなってきた夕暮れに度々お越しになっては、虫の声を聴くふりをなさって、今も断ちがたい想いを申しなさいました。宮はあの嫌な出来事が理由で決心なさった出家ですので、今は源氏の君と離れて暮らしたい……とお思いになりながらも、それを申し上げることはできません。

 十五夜の日、鈴虫が鳴いて大層趣のある夕暮れに、宮が仏の御前で念誦しておられますと、源氏の君がおいでになりました。
 「秋とは辛い季節ですが、鈴虫の声は聞き続けていたいもの……」と、宮がひっそりと仰いました。月が明るく、しみじみと心打つ情景ですので、人の世の無常に移り変わる様子を思いながら、源氏の君はしみじみと御琴をお弾きになりました。

 この琴の音をたよりに、蛍兵部卿宮や大将の君(夕霧)が参上なさいました。今宵は宮中で月の宴が催される予定でしたが、中止になり、物足りない心地がしていましたので、こちらに参上なさいました。

琴などを合奏なさいまして、
 「月見の夜は、いつももののあわれを誘わないことはない。新しい月の色はこの世の後の世界までもが思われる。故大納言(柏木)が亡くなって、一層悲しく思われることよ……」とお袖を濡らしなさいました。

 御盃が二回ほど廻った頃に、冷泉院からお誘いがありましたので、皆で御前に参上いたしました。院はご成人なさいまして、ますます源氏の君にそっくりのご容貌になられました。盛りの御年にご自分から退位をなさいまして、今は静かに暮らされるご様子は、誠に心打たれるものでした。心に深く秘められた実の親子の語らいがもたれたのでございました。
管弦の遊びなどをなさいまして、明け方には漢詩などを披露して、各々は退出されました。

 六条の院(源氏の君)は、秋好中宮の御殿にお越しになりました。
中宮は、
 「今はこのように静かな住まいに暮らし、年をとるにつれて昔話などをお聞きしたく存じますが、中途半端な身の上で窮屈な思いでおります。私より若い方に先を越されて行くようで、誠に無常の世の心細さを感じます。この世を離れて出家したいと思うのですが、後に残される人々が頼りないでしょうから、お世話を頂きますように……」とお願いなさいました。けれども源氏の君は絶対にあってはならない事とお許しになりませんので、恨めしくお思いになりました。

さらに、中宮は、
 「母御息所に先立たれたことばかりを悲しんでおりましたが、亡くなった後まで物怪となって出たと伝え聞きますと、とても悲しく思われ、あの世での罪障が軽くないことが推測され、何とかして、せめて私でも、その業火の炎を薄らげてあげたいと考えております」と申されました。源氏の君は、なるほどお気の毒……とお思いになり、
 「それならば、あの母君のお苦しみが救われるような供養をなさいませ」と説得なさいました。

 世の中のことがすべて無常であり、出家したいと考えるお二人ですが、やはりそれは難しいようでございます。中宮はだた母御息所のことを想い、心をこめて追善供養をなさいました。


( 終 )







夕霧(ゆうぎり)ー第三十九帖

 大将の君(夕霧)は堅物と評判の方でしたが、月日を経るにつれて、一条宮(故・柏木の妻)への想いが募っていきました。世間には、柏木との友情を忘れないためとしながらも、
 「今、色めいた振る舞いをするのは相応しくない。ただ深い愛情を見せれば、いつか宮も心を許してくださるだろう……」と、何かにつけてお見舞いなさいました。けれども、宮がそれにお応えすることはありませんでした。

 そんな頃、母・御息所が物の怪に酷くお患いになりました。小野の山里に、祈祷師として評判の高い律師が山籠もりをしていましたので、一条宮を伴ってそちらにお移りになりました。

 八月二十日の頃、夕霧がお見舞いに出かけなさいました。特に深い山道ではありませんが、初秋の野辺は誠に風情があり、お二人は小柴垣の風流な住まいに品よくお暮らしでした。

 御息所は寝殿に修法の檀を造り、その廂の間に臥しておられましたが、物の怪がやっかいとして、客人の御座所はありません。そこで、宮がおられる西表の間の御簾の前に、夕霧をお通し致しました。宮は奥の方にひっそりといらっしゃいましたが、身じろぎなさる衣擦れの音が、大層心惹かれる様子でした。

 夕暮れになり、霧が深く立ちこめてきました。山の陰が薄暗くなった頃、前庭には花が咲き乱れ、涼しげな水音が響く中、不断の経を読む声が尊く聞こえてきました。総てがしみじみと趣深く感じられますので、夕霧はお帰りを躊躇っておられました。

 「この山里に、物寂しさを添える夕霧が立ちこめ、帰り道がはっきり分かりませんので、今夜はこの辺りに宿をお借りしましょう。同じことなら、しばらくはこの御簾のお側に……」とさりげなく仰いました。宮は、
 「嫌なことを……」と、御簾の中に入ってしまわれましたが、やがて御襖の外に出ておいでになりました。

 夕霧がお引き留めしますので、お召物の裾が挟まって御襖が閉められません。
宮は震えて、
 「思いもよらぬ御心ですこと……」と、泣きそうに申しなさいましたが、夕霧はとても落ち着いた態度で、御心の想いを打ち明けなさいました。

 「これ以上、馴れ馴れしい態度は、お許しがなければいたしません。貴女のつれない素振りが、まことに辛く……」と、襖をあえて引き開けずに、じっと気持を抑えておられました。宮は優美で上品で、少し痩せた感じがこの上なく愛らしく感じられました。

 夜が更けてゆきました。入方の月が山の端に近くなった頃、
 「やはり……お分かり頂けないのでしょうか。もう心を抑えていられない気がいたします。男女の仲をご存知ない訳でもありますまいに……」と迫りましたが、宮は大層悲しそうに、
 「私は不幸な結婚をした上に、更に涙で袖を濡らして、悪い評判を受けなければならないのでしょうか……」とお泣きになりました。

 夕霧が月の明るい方にお誘い申しますと、宮は気強く応対なさいます。それを容易くお引き寄せして、
 「この深い愛情をお分かり下さって、気を楽になさって下さい。お許しなければ決して……」等と申しなさるうちに、明け方近くになってしまいました。
 宮は、
 「母御息所がご存知ないのも罪深い気がしますし、世間はどう噂するのか……」等と辛くお思いになって、
 「せめて夜を明かさずに、今宵はお帰り下さいませ……」と申しなさいました。

 大将の君はあれこれと思い乱れながら、お帰りになりました。一条宮に後朝の御文をお出しになりましたのに、宮はご覧にもなりません。女房たちは、
 「まだ何事もないのに、おいたわしい……」などと言い合っておりました。



 母・御息所は重病に見えますものの、爽やかな気分になられる時もありました。昼の加持祈祷が終わって、阿闍梨がひとり陀羅尼を読んでおられました。大層一本気なこの律師は、だしぬけに、
 「そうでしたか……。あの大将はいつからここにお通いなさるようになられましたか」とお尋ねになりました。御息所は、
 「そのようなことはありません。亡くなった大納言(柏木)と仲が好く、度々お見舞いに立ち寄ってくださるのです」 
 「いや、おかしい。今朝、西の妻戸か出てこられたお姿を僧が見て、お泊まりになった……と噂していました」と申しました。

御息所は、
 「まさか、人少なの頃をみて、忍び込みなさったのか……」と不安になり、律師が立ち去った後に、小少将の君(女房)を呼んで確かめなさいました。女房が最初からのいきさつを申しあげ、
 「長年秘めていた胸の内を、お耳に入れる程度のことでございました。夜も明けぬ内にお帰りになりました」と申しました。
 「どうあったにせよ、軽々しくお逢いになったのが間違いのもと。法師たちが言いふらさずにはおくまい……」と、大層心を痛めなさいました。

 しばらくして、大将の君からお手紙がありました。
 「冷淡な宮の御心に接して、かえって一途な気持になってしまいそうです」とありましたので、御息所は一層心を痛められ、途中までお返事をお書きになったところで、急にお苦しみになりました。物の怪の仕業……と怖れた僧たちが、大声で祈祷を続けました。

 その頃、夕霧はご自邸の三条院におられましたが、北の方(雲居の雁)はこのお忍び歩きのことを聞いていましたので、大層ご機嫌が悪く、若君たちのお世話に気を紛らわして、御座所に臥していました。
 ちょうどそこに、御息所からのお返事が届きました。苦しみの中に書かれた文字は、鳥の足跡のようで大層読み難く、夕霧は大殿油(灯火)を近づけてご覧になりました。女君は几帳を隔てておられましたが、素早くお見つけになって、殿の後ろから手紙を取り上げなさいました。
 「何をなさるのか……けしからぬ。」

あれこれ言い争いをして、北の方がこれを隠してしまいましたので、夕霧は、
「早くお返事をしなければ……」と心焦りなさいましたが、仕方もなく、その日も暮れてしまいました。

 蜩の鳴く声に目が覚めて、山里に想いを馳せながら、御座所の奥をご覧になりますと、そこに御息所からのお手紙がありました。
 「……昨夜のことを、宮と契りあったようにお聞きになったのか……。私からの返事をお待ちのまま、どんなにお苦しみになったことか……」とおいたわしく、大層胸が痛みなさいました。

 その頃、御息所は、夕霧からのお返事さえ来ないまま、日も暮れてしまいましたので、酷くお苦しみになりました。物の怪などが、このような弱り目につけ込んで勢いづいたのでしょう。急に息も途絶えて、みるみるうちに冷たくなってしまわれました。律師も騒ぎだし、大声で祈祷しましたが、臨終の時は明らかでした。

 宮は「私もご一緒に死にたい……」とお悲しみになり、ぴったり添い臥しておられましたが、今は全てが終わり……、誠に悲しいことでございました。

 ご葬儀の準備に取りかかります頃に、あちこちからのご弔問があり、夕霧もおいでになりました。
 「少しご病状も回復されたと承っていましたのに……」とお慰めなさいましたが、
 「この方のために、御息所の御心が乱れ、お苦しみになった…」と恨めしく、宮はお返事さえなさいません。仕方もなく、今日は人目も多いのでお帰りになりました。

 九月になり、山おろしの風が吹き渡る寂しい頃になりました。宮は涙の乾く時もなく、悲しみにくれておいでになりました。大将殿は、毎日お見舞いの手紙を遣わせましたが、宮はご覧になることさえなく、母君が弱ったご病状のままで、噂を信じてお亡くなりになったことを思い返しては、「ますます殿が憎らしい……」と涙が溢れるのでした。


 九月十日過ぎ、峰の葛の葉も散り乱れ、尊い読経の声がかすかに聞こえる小野の野山は物悲しい風景でした。夕霧は妻戸のところに立ち寄られました。紅の濃い下襲の艶が美しく透けて見える直衣姿は、優しい感じに見えました。少将の君をお呼びになり、
 「わざわざ山奥にやって来たのですから、放っておかないでください。宮の冷たい御心を思うと、魂も抜けてしまいます……」と、涙をお見せになりましたのに、宮からは素っ気ないお応えだけでした。
その日も仕方もなく、大層嘆きながらお帰りになりました。

 法事などは盛大におさせになりました。宮はこのまま小野の山里で一生を送ろうと決心なさいましたが、父・朱雀院が、
 「とんでもない……、自分が世を捨てているのに、女三宮が出家なさり、同じように競って貴女までも出家するなど、感心しないことです……」と、お許しなさいませんでした。

 法事などが終わりましたので、夕霧は、宮が一条邸に帰られる日をお決めになりました。大和守をお呼びになって、然るべき事を細々指示なさいまして、邸内を磨き整える等して、迎え入れる準備をなさいました。
 皆が説得申し上げますので、宮は困り果て、どうすることもできずに、遂に御邸にお帰りになりました。邸内は悲しそうな様子もなく、御調度などもすっかり変わっていて、以前住んでいた所とは思えません。夕霧は東の対の南面をご自分の部屋として手入れして、まるで主人のように振る舞っておられました。周囲の人々は、
 「いつのまに、お二人はこのようになられたのか……」と思いましたが、宮が未だ不承知である……と気付く人はありませんでした。

 その日、皆が寝静まった頃にお渡りになりました 宮は、
 「本当に嫌でなりません。大人げないと言われようとも……」と決心なさって、塗籠(納戸)に閉じこもり、内側から鍵をかけてしまいました。
 夕霧は「どうしたものか……」と思案しながら、そのまま夜を明かしなさいました。

 日が高くなってから、夕霧は三条のご自邸にお戻りになりました。部屋にお入りになりますと、若君たちが愛らしくまとわりついて来ますので、暫くご一緒にお遊びになりました。
 雲居の雁は奥に臥せていらっしゃいまして、
 「私はとうに死にました。鬼と仰るなら……そうなろうと思います」と仰いました。
 「御心は鬼のようですが、お姿が愛らしいので、嫌いにはなれません」と応えなさいましたが、
 「他の女性に優美に振る舞っておられる貴方に、連れ添ってなどいられません。共に過ごした年月さえ、惜しく思われますものを……」と仰るご様子は、実に愛嬌があり美しく見えました。
 夕霧はとても愛しい人だ……とお思いになりましたが、その一方で、心はうわの空で、
 「あの宮が、尼になってしまわれたなら……」と落ち着いていられません。日が暮れるにつれ、大層気がかりになられまして、今夜もお出かけになりました。


 宮は、やはり塗籠に籠もっていらっしゃいました。女房たちが、
 「こんなことばかして、良くない噂も立ちましょうから、いつもの御座所にお戻りなさい」と申し上げますのに、その夜も、大将の君に逢おうとなさいません。女房たちは、今はすっかり夕霧をお気の毒に思って、女房の出入りする塗籠の北の口から、中にお入れしてしまいました。

 宮は驚いて、単衣のお召物を御髪ごと被って、お泣きになりますので、
 「困ったものだ。どうしてこんなにまで、お嫌いになるのだろう。前世の因縁が薄いためか……」と情けなく、溜息をつきながら、夜を明かしなさいました。

 こんなにまで一途に思い続けてくださることを、宮は「呆れたこと……」とお思いでしたが、やがて……疎ましい気持が増すのは、ご自分の愚かな意地のようだ……と、思い改めるようになられました。

 塗籠の中は、香の御唐櫃や御厨子などが置かれ、ほの暗い感じでした。やがて朝日が漏れてきましたので、宮は被っていた単衣を脱いで、乱れていた御髪を撫でなさいました。そして…………。
 宮は、誠に上品で、優美な女性でございました。

 御手水やお粥などを、いつもの御座所で差し上げました。派手でない山吹襲や濃い紫の衣に着換えなさいますと、宮は大層美しくいらっしゃいました。


 三条邸の妻・雲居の雁は、
 「もうすべてが終わってしまったようです。ずっと信頼していましたのに……。実直な人が女性を愛すると、こうなるとは……」と、夫婦仲の終わりを見届けたような気持がして、大殿邸(実家)に帰ってしまわれました。

夕霧は驚いて、急いで三条邸へ戻られました。若君たちが父君の姿に喜んでまとわりつき、母君を恋い慕って泣いていらっしゃるので、可哀想に……と、心痛められました。手紙を差し上げましたが、お返事すらありませんので、日が暮れてから、ご自分で大殿邸に参上なさいました。
 「このような幼い子を放っておきなさって、どうしてここにいらっしゃるのですか。前世からの宿縁からか、ずっと愛しい人と思い申し上げておりましたのに、可愛い子供達を見捨てなどしてよいものか……」と酷くお恨み申し上げますと、
 「私は、もう飽きた……と、見限られた身の上ですので……」とお答えなさいました。

 「大人げない……。もうこれが最後と仰るなら、そのようにしましょう。残された子供達も、恋い慕い泣いているようですが、このまま放っておくことはできませんから……」と毅然と申しなさいますので、女君は、
 「まさか、この子供達を知らない所へお連れになるのか……」と心細くなられ、大層お嘆きになりました。


 藤典侍(惟光の娘・五節の舞姫[少女の巻])がこれをお聞きになり、お見舞い申し上げました。

   数ならば身に知られまし世の憂さを 人のためにも濡らす袖かな

 昔二人の仲が遠ざけられていた時に、夕霧はこの舞姫だけを密かに愛しなさいましたが、雲居の雁を正妻に迎えられてからは、お通いも疎遠になってしまわれました。
 子供達は大勢になり、こちらに七人、藤典侍に五人、全部で十二人おりました。それぞれにとても可愛らしく、立派になられました。幾人かは六条院の東の御殿に引き取られ、源氏の君も大層可愛がっておられました。

  このお二人の話は、語り尽くせないほどございました。

                               ( 終 )

  


 


  


御法(みのり)ー第四十帖


 いつの間にか年月が重なり、紫上がますます衰弱なさいましたので、源氏の君は先に逝かれるのは誠に耐えがたく、夫婦の縁の別れを大層悲しくお思いになりました。

紫上は余命少ない……とお感じになり、「やはり出家をして、命のある限り一途に勤行をしたい……」とお願いなさいますのに、大殿はお許しになりませんので、悲しくお恨みでございました。

 花の盛りの三月、長年かかって書かせなさいました「法華経」の供養が、二条院で催されました。帝をはじめ春宮、若宮など大勢がおいでになり、尊い読経に合わせて、鼓や笛の音が響き、極楽浄土が想像されるほどに、しみじみと情趣極まる法会となりました。法会が終わって、各々がお帰りになりますのを眺めながら、紫上には永遠の別れのように思われて、誠に悲しくおられました。

 夏になり、ますます弱々しくなられました。明石の御方がお越しになり、しみじみとお話などなさいました。可愛らしい若宮たちとお逢いになっても、
 「それぞれの御将来を見たいものと思っていましたのに、それは叶わぬようで……」と涙ぐまれ、誠に美しく臥せておいでになりました。

 人目の少ないときに、中宮の三宮(匂宮)を前にお座らせして、
 「大人におなりになったら、ここにお住まいになって、御前の紅梅と桜をご覧になり、私を思い出して下さいましょうか……」とお尋ねなさいますと、こっくり頷いて、涙を拭っている宮の様子が大層いじらしいので、微笑みながらも涙を落とされました。紫上は、この宮を特別に引き取ってお育てなさいましたので、しみじみと愛しくお思いのようでした。

 ようやく秋になり、風が涼しく吹く夕暮れに、脇息に寄り掛かって、萩の花をご覧になっていますと、源氏の君がおいでになりました。

   おくと見る程ぞ儚きともすれば 風に乱るる萩の上露     (紫上)

   ややもせば消えを争う露の世に おくれ先立つ程へずもがな (源氏の君)

 「……もう、気分が悪くなりました……」と、御几帳を引き寄せ、お臥せになりましたご様子が、いつもより頼りなく見えましたので、中宮が手をとって泣きながら拝しますと、本当に儚く消えゆく露のように……今が最期とみえました。

御誦経の僧たちが大声で読経し、一晩中加持祈祷をし尽くしなさいましたが、その甲斐もなく、夜の明ける頃にお亡くなりになりました。

 源氏の君は誰よりもお悲しみになり、気の鎮めようもなく、大将の君(夕霧)を呼び寄せて、
 「今はもうご臨終のようなので、長年願っていた出家を果たせずに終わってしまうのが可哀想で……、仏の御利益は、今はせめて冥途の道案内として、お頼み申さねばならないゆえ……そう計らいなさい」と仰いました。
 源氏の君は気強く装っておられましたが、お顔の色も常でなく、ひどい悲しみに耐え難いご様子でした。

 ほのぼのと明けゆく弱々しい光の中で、大殿油を近づけて拝しなさいますと、紫上の亡骸はどこまでも可愛らしげに美しくいらっしゃいました。源氏の君は無理に心をお鎮めになって、ご葬送の指示などをなさいました。作法通り、その日の内に厳粛なご葬儀をなさいました。

その後、鳥辺野の野原に人々が集まり、紫上は誠にあっけない煙となって、はかなく昇っておしまいにまりました。人の世の常ながら、何とも悲しいことでございました。

 源氏の君は人に支えられ、ようやくお出ましなさいましたが、月の明るい夜さえも真っ暗闇で、何も分からないご様子でした。
 「紫に先立たれて何年生きられようか……。この悲しみに紛れて、わが本意の通り、出家を遂げたいものだ……」と願われましたが、世間を憚って、この時期を過ぎしてから……と、御心を抑えなさいました。

 夕霧は、昔、野分の後、樺桜のように美しいお姿を拝したこと(野分ー第二十八帖)を思い出し、ご臨終に燈火の下で拝した美しい名残りを誠に悲しく思われ、法華経などを心尽くして読経させなさいました。


 源氏の君は涙の乾く時もなく、
 「幼い時から無情なわが人生を悟るべく、仏事を勤めてきましたが、とうとう過去にも未来にも経験しなかった悲しみに遭ってしまいました。今はもうこの世に何の気がかりもありません。この悲しみを少しでも和らげて忘れさせてください……」と、阿弥陀仏を念じてお祈りなさいました。
 ご法要の事も、はっきりとお決めになることもなく、大将の君が万事を引き受けてなさいました。

 ご自分でも今が最期と覚悟されたようで……。

 そのまま月日が過ぎてしまいました。

                                 ( 終 ) 


  
  
幻 (まぼろし)ー第四十一帖


 麗らかな春の光をご覧になるにつけても、源氏の君はますます涙にくれ、
 「私の傍らに春を喜ぶ人もいないのに、どうして春が訪れてきたのでしょう……」と思い沈んでおられました。

 全てのことが例年と違ってしまいました。新しい年を迎え、人々が年賀に訪れなさいますのに、御簾の中にばかりおられまして、どなたともお逢いになりません。    

女房なども墨染めの衣を着て、抑えがたい悲しみに耐えて、今も変わらずにお仕えしていますのに、源氏の君はどこにもお出かけになりません。ご夫人方のところでさえ、所在ない折にお顔を出されることがありましたが、ただ涙ばかりがこぼれ落ちますので、ずっとご無沙汰してお過ごしになりました。

 仏道のお心が深くなるにつけても、昔のことが思い出されて、
 「どうして、一時の戯れであるにせよ、紫の心を苦しめるような事をしたのだろう。あの方が、心からお恨みになる事は無かったのだが……。女三の宮がご降嫁された折にも、お顔にはお出しにならず、ただ思い沈んでおられたのがお気の毒で……」

 雪の朝、女三の宮のところからお帰りになった君を、優しくお迎えする一方で、涙で濡れた袖を隠していらっしゃったこと等を思い出しますと、紫上の御心を苦しめたことが、何とも悔やまれ、心痛めておられました。
 「辛いこの世から姿を消してしまいたい。心ならずも、まだこうして日々暮らしているとは……」と、涙を落とされました。

 后の宮(明石の御方)は、三の宮(匂宮)を寂しさのお慰めとして、源氏の君のもとにお残しになって、内裏にお帰りになりました。

幼い三の宮が、
 「お祖母様が仰ったから……」と、御前の紅梅を大切にお世話なさいますので、そのお姿を愛しくご覧になりました。

 二月になり霞がかる頃、その紫上形見の紅梅の蕾も膨らみ、鶯がきて鳴きますので、源氏の君は立ち出てしみじみご覧になり、またお袖を濡らしなさいました。

 やがて桜が咲き、藤が少し遅れて色づく前庭で、若宮は、
 「私の桜がさきました。何とかいつまでも散らないように、木の周りに帳を造れば、風も当たるまい……」と可愛らしい思いつきを仰いますので、源氏の君はふと微笑まれました。この宮だけを遊び相手として、心慰めてお過ごしになりました。

 春が深まるにつれ、御前の花々が昔と変わらずに、美しく咲き匂うのをご覧になりましても、御心は寂しく、何事につけても胸が痛く思われますので、この世を離れた山奥が恋しくなってゆかれました。

 地味な無紋の直衣をお召しになり、お部屋も何となく寂しくひっそりしていますので、
 「私が出家したら、すっかり荒れ果ててしまうのだろうか。紫上が心を込めて造った春のお庭も……」と悲しく仰いました。

 所在ないので、入道の宮(女三宮)のところにおいでになりました。宮は仏の午前で、経を読んでおられましたが、何ほど深く悟りなさった様子もなく、仏道一筋に、この世を離れて穏やかにお暮らしなのが、誠に羨ましく、
 「このような思慮ない女にさえ、遅れをとったか……」と、残念に思われました。宮が何気なく仰った言葉さえも、不愉快にお思いになり、紫上はどんな時にも、心遣いが行き届いていた……と、奥ゆかしい人柄が偲ばれ、また涙を落とされました。

 夕暮の霞みが立ちこめる頃、明石の御方にお立ち寄りなさいました。久しくおいでになりませんでしたが、大層優雅なご様子に、
 「やはり他の人より優れている……」と、ご覧になりました。
 「しかしあの方は、また一層……」と、つい紫上とお比べなさいまして、面影が浮かんできてはまた恋しくなられました。明石の御方がとても思慮深く語らいなさいますので、
 「紫上が亡くなられ、春が悲しく思われます。素晴らしかったご様子を、幼い頃から拝見し続けてきましたので、ご臨終の悲しさも、また格別で……。長年連れ添った妻に先立たれ、次々に浮かんでくる思い出が悲しみを深め……」等と、お話しになりました。  夜が更けて、源氏の君はお帰りになり、いつもの勤行をなさいましてから、横になられました。

 明石の御方は、お帰りになった源氏の君を、恨めしくお思いになりましたものの、まるで違う人のようにぼう然としておられたお姿が、大層お気の毒で、つい涙ぐみなさいました。晩年には、お二人はお互いに心を交わし合い、信頼できる相手となられるのでしょう。


 五月雨の夜、大将の君(夕霧)がおいでになりました。明るい月明かりに花橘がくっきり見え、追い風に優しい香りが漂ってきますので、不如帰の声でも聞かせてほしい……と待っていますと、俄に群雲が涌き、雨足が激しくなって、灯籠の火が消えてしまいました。

   亡き人を偲ぶ今宵のむらさめに 濡れてきたのか山ほととぎすよ

 大将の君はそのままここにお泊まりになりました。寂しい独り寝がおいたわしいので、時々このように泊まられましたが、紫上が生きておられた当時は、御簾に近づくことも許されなかった事を思い出し、感慨深くおられました。

 神無月には時雨がちになり、夕暮れの空も何となく心細く感じられますので、ますます物思いに沈みなさいました。空を渡る雁を羨ましく眺めなさいまして、亡き紫上を探してほしい……と、歌をお詠みになりました。

    大空をかよう幻 夢にだに 見えこぬ魂の行方たずねよ

 「この年、ひっそり過ごしてきたので、もうこれまで……」と、源氏の君は遂に出家を決心なさいました。然るべき事柄を整理すべく、長く仕えてくれた女房たちに、形見分けなどをなさいましたので、女房たちは、
 「遂にご出家を……」と拝見するにつけても、悲しみの尽きないことでございました。


 紫上からのお手紙を、特別にひとつに結んで、大事に残しておられました。亡くなった人の筆跡を見ると胸が痛くなり、涙が流れますので、心を込めて書かれた言葉のすぐ横に、
 「この手紙も紫上と同じように、はかない煙となって昇りなさい……」と書き添えて、源氏の君はその全てを焼かせなさいました。

 十二月、例年のとおり催された法会で、源氏の君は久しぶりに人前にお出ましなさいました。昔の御威光に増して、また一層素晴らしく見えますので、老齢の僧たちは、涙を抑えることができませんでした。

   もの思うと 過ぐる月日も知らぬ間に 年もわが世も今日や尽きぬる

                                ( 終 )

背景 : 有識文様「綺陽堂」 


  


 雲隠 (巻名のみ)


 (光源氏の物語は「幻」の巻で終わりますが、次に「雲隠」を置くことが通例とされています。平安時代の目録に、巻名だけは残っていますが、本文はなく、作者が書かなかったと思われます。次巻の「匂宮」までに八年の時が流れ、その間に源氏の君は出家し、亡くなったものと窺えます)

要約ー源氏物語(6)へ続く

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