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要約ー源氏物語 (3)玉鬘〜藤裏葉
(第22
帖〜第33帖)

(亡き夕顔の娘・玉鬘は美しく成長し、六条院に迎えられ・・・)




  

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 玉鬘(たまかずら)ー第二十二帖


 年が経っても、源氏の君はあの儚く亡くなられた夕顔の姫君を、お忘れになることはありませんでした。時折夕顔に仕えていた右近をお呼びになり、姫を偲んで昔話などなさいました。この夕顔には内大臣(もと頭中将)との間に女の子が生まれましたが、大臣には他に御子も多いので、親しい乳母にお預けになりました。

この子が4歳の時、乳母の夫が太宰少弐になり、一緒に九州・筑紫に下向してしまいましたので、それからは行方知れずになってしまいました。

 少弐は任期を終える頃に、重い病気になりました。十歳ほどになられた姫君があまりにも美しいので、
 「この姫君を何としても都にお連れして、然るべき方にお任せ申しなさい。」と遺言して亡くなりました。姫君は成長するにつれ、母君(夕顔)より美しく、父大臣のお血筋まで引いて、一層上品で愛らしくなられました。

 姫君が美しいことを聞きつけて、好色な田舎の男どもが大勢言い寄ってきました。中に、大夫の監(たいふのげん)といって肥後の国で名声高く、勢い盛んな男がおりました。美しい女性を集めては、自分の妻にしようと執拗に追ってきましたので、姫君は死にたい……とまで思い沈んでしまわれました。長兄の豊後介は、
 「やはり都へ上らせ申そう……」と早船を準備して、年老いた乳母たちと共に、京へ逃げ上りました。

 京に着いても落ち着くべき住処もなく、九条に昔知っていた人を訪ねて、漸くその宿を確保しました。乳母は、
 「神仏は然るべき方向にお導き下さるでしょう。」と、初瀬の観音詣でにおいでになりました。姫君は辛く苦しいけれど、無我夢中で歩いて、四日目にようやくお着きになりました。

 泊まる同じ宿に、偶然右近の一行がおりました。
 「まさか、あなた様でしたか……」と、皆は大げさに泣き、過ぎた年月の長さを思いおこしますと、感慨深いものがありました。乳母が、
 「ご主人様(夕顔)はどうなさいましたか。都を離れ、遠い筑紫に居ましたので、噂さえ伝え聞くことさえできませんでした。」と申しました。
 「御方はもうとっくにお亡くなりになりまして……」皆、涙が溢れてきて、どうすることもできませんでした。

秋風が谷から吹き上り肌寒く感じられる頃、一行は京へ戻りました。

 右近は大殿に参上しました。
「思いがけず、夕顔の露の縁ある人を見つけました。その姫君(玉鬘)は昔の夕顔に劣らず、格別に優れて美しく成長なさっておいででした。 空しく亡くなられた夕顔の代わりに、何としてもこの姫君をお助けあそばすことが、罪ほろぼしとなりましょう……」と報告しますと、源氏の君はすっかり涙ぐんでしまわれました。

 「長い間、夕顔を忘れることはありませんでした。その娘がどんな縁で、此処に来たのでしょう。父大臣(もと頭中将)にどうして知らせる必要などあるものか……。もし姫君がここ六条院にきてくれたら、私がお世話申し上げよう。そうすれば長年の願いが叶う気がするのだが……」
源氏の君は手紙をお書きになり、色合いの美しいご装束や女房たちの物などいろいろ選ばせて、右近に持たせなさいました。

 九月になり、玉鬘をまず右近の実家にお移しして、ご装束などを整え、優れた女房たちを集めなさいました。十月入り、遂に六条院にお入りになりました。そして源氏の君は、花散里にこの玉鬘をお世話下さるようにとお預けなさいました。

 その夜、早速、源氏の君がお渡りになりました。かすかな灯火の光に、御几帳の隙間から僅かにご覧になりますと、玉鬘は恐ろしいほどに美しいお姿でございました。その愛らしい目元は、なるほど夕顔によく似ております。

 「長年、行方も分からずに嘆いておりましたが、今、お逢いできましたことが夢のようです。過ぎ去った昔のことが偲ばれ……」と、涙をお拭いになりました。

 玉鬘のご様子を、大層嬉しくご覧になりました源氏の君は、紫上にご相談なさいました。
 「田舎染みていると思っていたけれど、こちらが気後れするほどに、美しい姫君です。私の手元に置いて、宮中の男達の心を騒がしてみたいものだ……」

 それから源氏の君は、兄・豊後介を家司に任命するなどして、姫君の周囲の事にも細やかにお心配りをなさいました。

 その暮、例年のとおり、源氏の君は新年のお飾りや御装束などを、高貴な夫人や女房たちにお配りなさいました。色とりどりで様々な織物の中から、濃い紫や赤色などをお選びになって、幾つもの御衣箱に入れさせて、各々に差し上げました。
 白い小袿に濃い紫の艶な衣を重ねて明石の上にお贈りになりました。その御衣裳は大層気品がありますので、源氏の君の御心の熱さがうかがえ、紫上は少し嫉妬をお感じのようでございました。


( 終 )




 


  初音(はつね)ー第二十三帖

 元旦の朝、麗らかな空に霞が立ち初め、新春の六条院は言葉に尽くせないほど見事でした。源氏の君はそれぞれの御殿を訪れ、御夫人方に新年のご挨拶をなさいました。

 紫上のおられる春の御殿には、梅の薫りが薫物と吹き混じって、この世の極楽浄土と思われるようでした。お二人は末長いご夫婦の契りを詠み交わしなさいました。

   うす氷 とけぬる池の鏡には 世にたぐひなき影ぞ並べる  (源 氏)

   くもりなき池の鏡によろづ代を ふむべき影ぞしるく見えける (紫 上) 

 幼い明石の姫君には、母君から御歌を添えた鬚籠が贈られておりました。

   年月を待つにひかれて経る人に 今日うぐひすの初音きかせよ

「お母様が初便りを待っておられますよ……」と源氏の君は御硯をご用意なさって姫君に書かせなさいました。大層愛らしいお姿に、
「今まで逢わせずに時が経ってしまったとは、気の毒なことをした……」とお思いになりました。 

 夏の御殿に花散里をお訪ねなさいました。この方とは愛情の隔てもなく、今も仲睦まじくおられました。

 次ぎに玉鬘の西の対にお立ち寄りなさいますと、山吹襲の御衣裳に大層華やかで、輝くように美しく「もし引き取らなかったら……」と心深くお思いになりました。

 夕暮れの頃、明石の上のところにお渡りになりました。
渡殿の戸を押し開けた途端に吹く風が優美で、格別に気高く感じられました。白い小袿のお姿は一層優雅で慕わしく、今夜はここにお泊まりになりました。やはりご寵愛は格別のようです。

 二条院東院の末摘花は、ご身分の高い方なので、人目には立派に見えるよう、特に気遣いなさいました。ただ紅い鼻だけは今も目立ちますので、源氏の君は溜息をおつきになり、御几帳を隔てなさいましたが、姫君は変わらぬ愛を信頼しておいででした。

 源氏の君は皆一通りお立ち寄りになって、
 「お目にかかれない日が続くこともありましょうが、心の中では忘れておりません。」と仰せになりました。六条院には、このような源氏の君の優しいお心配りを頼りに、多くの御方々がお過ごしでございました。


( 終 )



  胡蝶(こちょう)ー第二十四帖


  三月二十日過ぎの頃、六条院 春の御殿には築山の木立や苔の風情が誠に美しく、花々が今を盛りと咲き乱れておりました。源氏の君は雅楽寮の人々をお召しになって、舟楽をお楽しみになりました。

 舟は竜頭鷁首に造られ、唐風の装飾を施してありますので、まるで見知らぬ異国に来たような趣があり、錦を散らしたように見事でございました。柳が青い枝を垂れ、渡廊を回る藤の花も紫濃く咲き始め、水際の山吹が岸からこぼれるように咲いていました。皆、絵画のような美しさに、時の経つのを忘れて、心奪われておりました。
 夜になり、御前の庭に篝火を灯して、源氏の君は楽人をお召しになり、宴は夜もすがら催されました。

 翌日は中宮(もと斎宮の女御)の御読経の日でした。紫上は仏に献花をなさいました。鳥や胡蝶に扮した童女たちが花を奉り、閼伽棚に供えました。源氏の君をはじめ上達部などもおいでになり、誠に立派な法会でございました。

 衣更えの過ぎた頃になりますと、美しいと評判の玉鬘のところには、若い公達からのお手紙が一層多くなりました。源氏の君は度々お越しになっては、それらのお手紙をご覧になりまして、
 「然るべき相手には、お返事を書くように……」とお勧めになりますので、玉鬘は大層辛いこととお思いでした。

 中でも、兵部卿宮(源氏の弟)は、夫人が亡くなられてまだ間もないのに、恋い焦がれるお手紙をよこしなさいますので、源氏の君は、 「風流な和歌の出来る人ですから、お返事をお書きなさい」と仰るのですが、姫君はただ恥ずかしがって、横を向いていらっしゃいました。その美しい横顔をご覧になって、御心の内では、
 「他人の妻にやるのは、誠に惜しいものだ……」とお思いでございました。

 他にも玉鬘に想いをよせる公達は沢山おられました。殿の中将(もと頭中将の息子)は大層きまじめな方でしたが、すっかり夢中になられ、御簾のお側近くによっては、熱い想いを訴えなさいました。まだ玉鬘が実の姉だとは全くご存知ないのでした。 

 鬚黒の大将(春宮の伯父)も、何とか想いを伝えたいと、うろうろしておりました。

 源氏の君は、玉鬘のお相手を誰と決められそうもなく、父親らしく振る舞うこともできそうにありません。ご自分自身がすっかり玉鬘に心惹かれてしまったようです。

 ある日、お庭の呉竹が風に揺れて大層美しいのに足を止めて、源氏の君は、
 「大切に育てた娘も、いづれ去ってしまうのか……、恨めしいことだ……」と申されました。玉鬘は、
 「今さら、実の親を探しなどしましょうか……」とお答え申しましたものの、心の中ではそう思っていません。

 「たとえ実の親でも、こんなにまで心にかけては下さらないでしょうから、それを差し置いて、何とか真の父親(内大臣)に知っていただくことは、難しいことか……」と、悲しくお思いなのでございました。

 源氏の君はますます玉鬘を愛しくお思いになりまして、紫上にも、
 「不思議に、人の心を惹きつける姫君のようです」等とお話しになりましたが、ご自分には、道に外れた良からぬことをする御癖があることも、よくご存知でございました。

 雨が少し降って、お庭の楓が青々と美しい夕方、源氏の君が玉鬘のところにおいでになりました。姫君のもの柔らかな感じが、昔の母君(夕顔)を思い出させ、堪えきれなくなられて、
 「貴女をまるで夕顔かと間違える時があります。今こうしてお世話できるのはまるで夢のようで……」といきなり手を握りなさいました。玉鬘はとても不快にお思いになり、うつ臥してしまいました。源氏の君にはそのお姿が大層魅力的に見えました。
 ぶるぶる震えている様子を愛しくご覧になりまして、
 「そんなに嫌わないでください。こんなに深い愛情がある人は、私の他にないでしょう……」と仰いました。姫君が涙をこぼしなさいましたので、ご自分の軽率な行為を反省して、夜のあまり更けぬうちにお帰りになりました。

 兵部卿宮や鬚黒の大将などは、更に熱心に玉鬘に求愛なさいました。あの中将(もと頭中将の息子)も、玉鬘の真実をご存じなく、ただ一途に恋心を訴えておられるのでございました。

                                           
( 終 )




 


   (ほたる)ー第二十五帖


 人前では父親として振る舞いながらも、恋心を訴える源氏の君に、玉鬘は大層思い悩んでおりました。もう分別のつくお年頃なので、ご自分の身の上を様々にお考えになっては、母君が亡くなられた無念さを、悲しく思い出されるのでした。

 源氏の君もご自分の気持を口にされてからは、かえって苦しく思われ、人目を遠慮なさって言葉もおかけになりませんが、お側に女房などがいない時には、何かと言い寄りなさいますので、玉鬘は拒むこともできずに、仕方なくお相手をなさっておられました。この姫君は明るく人懐こいご性格なので、やはり愛らしく思われるようでございます。

 兵部卿宮は真剣に玉鬘に結婚を申し込んでおられました。
 「もう少しお側近くに上がることを、お許しくださるなら……」と申しなさいますので、姫君はますます辛くなられ、お返事さえお書きになりません。源氏の君は 筆跡の美しい女房をお召しになって、代わりにお返事を書かせなさいました。

 夕闇の頃が過ぎて、兵部卿宮が大層忍んでお渡りになりました。源氏の君は空薫物をゆかしく匂わせて、親として玉鬘のお世話をしておられました。

 兵部卿宮がご自分の想いの丈を申しなさるご様子は、大層優雅で格別でございました。姫君は部屋で横になっておられましたが、「冷たいご応対ぶり……」と、忠告を受けましたので、御几帳の側に出てこられました。

 その時、源氏の君が御几帳の帷子(垂れ絹)をお上げになりますと、沢山の光る物が舞い飛びました。夕方、蛍を薄物に包んでおかれたのでございます。急に辺りが明るくなりましたので、玉鬘は驚いて扇を広げましたが、その横顔は大層美しいものでした。
 ほのかにちらつく光の中の美しい玉鬘の御姿は、宮の御心に深く留まったようでございます。

 宮が歌をお詠みになりましたのに、玉鬘は、つれなく奥に入ってしまわれました。

    声はせで 身をのみこがす蛍こそ 言ふより勝る思ひなるらめ

 宮は大層辛くお思いになり、そのまま夜を明かさずにお帰りになりました。

  五月五日の端午の節句に、源氏の君は馬場殿にお出ましなさいまして、そのついでにまた西の対にお越しになりました。
 「宮は夜更けまでいらっしゃいましたか……」等とお尋ねになるお姿は、直衣の色合いなども大層美しく、玉鬘には、
 「物思いさえなければ、何と素晴らしい……と見る事が出来たでしょうに……」と残念に思われました。

 東の御方(花散里)のところにもお立ち寄りになりました。

 「今日の左近衛府の競射の折に、夕霧が男たちを大勢引き連れてきます。心づもりを……」と仰せになりました。若い殿上人や親王たちも皆、端午の日の華やかな装いでお集まりになり、一日中競技などをしてお遊びになりました。

 大層夜が更けて、人々は皆お帰りになり、源氏の君はこちらにお泊まりになりました。花散里とは睦まじいご夫婦仲に見えますが、お寝床などは御几帳を隔てて別々になさいますので、
 「どうしてこのような疎遠なことになってしまったか……」と心苦しくお思いになりました。

 長雨が例年よりもひどく降り続いて、六条院の御方々は所在なく絵物語などしてお過ごしでございました。

 源氏の君は 夕霧を、春の御殿には近づけぬようになさいましたが、幼い明石の姫君とは親しくさせておられました。ご性格が大層真面目で慎重ですので、安心してお任せになり、御簾の内側に入ることもお許しになりました。愛らしい人形遊びなどをなさいますと、夕霧には雲居の雁と一緒に過ごした日々を思い出され、大層恋しくなられて涙ぐみなさいました。この辛い思いを、いつかは内大臣にもお分かり頂きたいと考え、雲居の雁には愛情の限りを尽くしながらも、しかし人目には平静を装っておられました。

 中将(内大臣の息子)は玉鬘を深く思いつめて、言い寄る手引きをこの夕霧に頼んできましたが、夕霧はつれなく断りなさいました。お二人の間柄は、その昔の源氏の君と頭中将に、大層よく似ておりました。


 この内大臣には御子達が大勢おりました。女の子は少なく、弘徽殿の女御は立后に負け、大宮に預けていた姫君(雲居の雁)も思うようにいかずに、内大臣は大層残念に思っておられました。
 「実は、もうひとり女の子があり、頼りない親の考えのままに、この子を行方知れずにしてしまいましたが、惨めにさまよっているのだろうか…… 」と心を痛めておいでになりました。                                          


( 終 )

   常夏(とこなつ)ー第二十六帖      




 夏の暑い日に、源氏の君は東の釣殿に出て涼んでおられました。夕霧が来ていましたので、公達や内大臣のご子息たちも参上なさいました。西川から献上された鮎などを御前で調理などして、お酒を召し上がって賑やかに過ごされました。

 西日になる頃、蝉の声もまだ暑苦しく聞こえるので、
「こんな暑い時には、管弦の遊びなどもする気にもなれないので、眠気の覚めるような世間話でも聞かせて下さい。最近、内大臣が外で産ませた娘を迎え、世話しているそうだが……」とお尋ねになりますと、弁少将が、
 「はい。今年の春、ある女が娘だと名乗り出まして……、事情はよく分かりません。」と応えました。
源氏の君は、
 「御子たちが多いのに、列から離れた雁を捜すこともなかろうに……」と微笑まれ、
 「せめて、その女性でも拾ったらどうかな。雲居の雁の姉妹なのだから……」と、夕霧をからかいなさいました。

 夕方になり、吹く風が涼しくなりましたので、源氏の君は玉鬘のところにお渡りになりました。お庭の撫子が美しく咲き乱れていました。ご一緒に少将や侍従たちも参上されましたが、中でも夕霧は際立って優雅なお姿でございました。

 「内大臣は夕霧をお嫌いのようで、困ったものです。幼い者同士が契りあったのに、長い間、仲を裂いておられるとは……」と仰いますので、玉鬘は 源氏の君と内大臣が、昔から心隔てのある間柄だと聞くにつけても、父君に娘と知って頂くのも難しいことか……と、胸詰まる思いがなさいました。


 月のない頃なので、灯籠に灯りをいれましたが、暑苦しいと篝火に代えさせました。源氏の君は和琴を引き寄せ、少しお弾きになりました。
 「秋の夜長には、特に趣のある楽器です。現在その音色は、内大臣に勝る者はおりません」等と話されますと、玉鬘は、
 「管弦の遊びの折にでも、聞くことができましょうか……」と熱心にお尋ねになりました。

 「何とかして、内大臣にもこの美しい撫子の花をお見せしたいものだが、母君(夕顔)の行方などをお尋ねになるだろうし、それが煩わしい……」と仰せになりますので、
玉鬘は、
 「山里の卑しい垣根に咲く撫子のような私の母の事など、お尋ねになるものでしょうか」と謙遜なさいました。そのご様子が大層優しく愛らしい感じがしましたので、源氏の君の想いは募るばかりでございました。

 源氏の君は世間の非難を受けるようなご自分の軽々しい御心を反省し、
 「限りなく愛していると言っても、紫上への愛情に並ぶほどではない……」と思われました。

 けれども、度々こちらにお越しになりまして、御琴をお教えすることを口実に、常に寄り添っていらっしゃいました。姫君も始めは嫌だとお思いでしたが、今はだんだんと慣れて、ひどく嫌う素振りなどはなさいませんでした。

 内大臣はこの玉鬘の噂をお聞きになり、
 「もしかして源氏の実の姫君ではあるまい。何を企んでいるものか……。いずれ親王(兵部卿宮)が、ご自分のものになさるだろう。それにしても、わが姫(雲居の雁)のことは残念だ。夕霧との仲を引き離したことで、やきもきさせてやりたかったのだが……。源氏の大臣が丁重にお頼みなさるなら、二人の仲を認めてやってもよいのだが……」等とお考えでした。けれども夕霧は、一向に焦る素振りもないので、それも内大臣には面白くないようでした。

 内大臣は近江の君について、
 「どうしたらよいのか……、娘として迎えたのだから、世間の評判が悪いからと、送り返すこともできない」と思い悩まれ、仕方なく弘徽殿の女御に仕えさせて、老女房に礼儀作法などを厳しく教えさせることになさいました。

 ある日、近江の君をお訪ねになりますと、女房たちと双六をしていました。器量は親しみやすいのですが、その振る舞いが軽薄で、早口なのが大層気に障ります。内大臣は「親に孝行する気があるなら、まずその早口を直しなさい」と苦笑されました。
 内大臣が帰られます折、そのお姿が堂々として威厳がありますので、近江の君は、
 「何とご立派なお父様、あの方の子供でありながら、貧しい家で育ったとは……」と、恨めしく思っているようでした。


   ( 終 )




   篝火(かがりび)−第二十七帖



 この頃、世間の人は 内大臣が引き取られた近江の君の陰口等を言っておりました。
源氏の君はそれをお聞きになって、
 「大袈裟に引き取っておきながら、気に入らないとひどい扱いをなさるとは、姫君にはお気の毒なことだ。」と仰せになりました。

玉鬘は、
 「実の父親として、どんな方か知らずに身を寄せていたら、きっと悲しい思いをしたことだろう。源氏の君のお世話になり本当に良かった……」とお分かりになったようです。源氏の君も、玉鬘の嫌なことを強いたりなどはなさいませんので、だんだんと打ち解けて優しくなられました。

 秋になり、何か物寂しく感じられる頃になりました。源氏の君は西の対に度々お渡りになり、一日中ご一緒にお過ごしになりました。
 夕月はすぐに沈んで、萩の葉音がしみじみと感じられるお庭を眺めながら、源氏の君は御琴を枕にして、玉鬘と添い寝をしておられました。

 「今まで、こんなに自分の気持を抑えたことがあったろうか……」と溜息を漏らされ、御前の篝火が消えかかっているのを、お供の者に灯させなさいました。篝火のほのかな明るさの中に、玉鬘は誠に美しく、艶やかな黒髪の手触りはひんやりと気品がありました。身を固くして恥ずかしがっているご様子が大層可愛らしく、

      篝火に たちそふ恋の煙こそ 世には絶えせる炎なりけれ

 いつまで待てと仰るのですか……」とお詠みになりますと、玉鬘は返して、

    行方なき空に消ちてよ篝火の たよりにたぐふ煙とならば

 その想いを、消してほしいのですが……」と、大層お困りのご様子でした。

 その時、美しい笛の音が聞こえてきました。
 「夕霧が いつもの仲間たちと遊んでいるようだ……」とこちらお呼びになり、御琴を引き寄せて笛に合わせてお弾きになりました。弁少将が静かに謡いますと、今度は御琴を中将にお譲りなさいました。その音色は父・内大臣に劣らず大層美しく、御簾の中の玉鬘もしみじみとお聞きになりました。

 この二人が姉弟ということなど思いもよらず、中将は御琴を引き続けることが出来ないほどに、玉鬘に熱い想いを寄せておられたのでございます。   


    ( 終 )





 

野分(のわき)−第二十八帖


 今年は野分(台風)が例年よりも激しいようです。南の御殿でも空の様子が急変して風が吹き始めました。やがて野分は激しさを増し、花の枝も折れるほどなので、紫上は端近くに出て、その様子を心配そうにご覧になっておられました。

 ちょうどそこに、夕霧がおいでになりました。風がひどいので御簾を巻き上げ、御屏風なども畳んで隅に寄せてありますので、すっかり中が見渡せます。廂の端のところに、清らかで気品のある方が座っておられました。そのお姿はぱっと輝くように美しく、樺桜の花が咲き乱れるようです。
 「世の中にこれほど魅力的な美しい方がおいでとは……、父君が他の者を遠ざけておられるのは、この紫上が人の心を動かすほどの美しさなので、用心しておられるのか……」とお判りになりました。

そっと立ち去ろうとなさいますと、そこに源氏の君が戻られました。
 「酷い風ですね。御格子を下ろしなさい。中が丸見えですよ……」と申されるお姿は、大層優雅でございました。睦まじく話されるお二人は、この世にないほど素晴らしいご夫婦仲にみえました。

 夕霧は激しく風が吹き荒れる中、三条院をお見舞いなさいました。大宮は大層心細くお待ちになっていて、
 「今までこのように激しい野分に遭うことはありませんでした」と、ただ震えてばかりおられました。内大臣もこの頃疎遠となり、大宮がこの夕霧一人を頼りになさるご様子は、心痛むものがございました。

 一晩中吹き荒れる激しい風音の中で、夕霧は何か切ない想いがしていました。愛しい雲居の雁のことはさておき、先ほど見た樺桜のように美しい面影が忘れられません。気を紛らして他の事を考えようとしましたが、思わずあの面影がちらついてしまいます。ただ誠実なご性格ですので、道に外れたことはなさいませんが、
 「同じ結婚をするなら、あの様な方を妻にしたいものだ……」とお考えになりました。

 明け方になり、激しい風にさらに雨が降り出しました。
 「六条院では建物が幾棟か倒れたそうです」と、人々が申しました。夕霧は 東の御殿などでは人少なで、心細いことだろう……とお気付きになって、急いでお見舞いなさいました。花散里が怯えきった様子でおられましたので、あちこち修繕すべきところなどをお命じになって、また春の御殿に参上なさいました。

 お庭を見渡しますと、見事だった築山の木々が吹き倒され、秋草は言うまでもなく、垣根までもが散乱していました。自然に涙が落ちるのをお拭いになって、咳払いをなさいますと、源氏の君が御寝所からお起きになるところでした。紫上と仲睦まじく語り合うお二人のご様子は、大層優雅でございました。

 源氏の君が御簾を引き上げなさいます時に、低い御几帳の影に、お袖がわずかに見えました。夕霧は、
 「きっとあの方であろうか……」と、思わず胸が高鳴るようでした。そのご様子を見逃さず、源氏の君は、
 「きっと風の騒ぎに、紫の姿を垣間見したのであろう……」と、お気付きになられたようでした。

 源氏の君は北の御殿をお見舞いなさいました。家司等の姿は見えず、童女などが美しい衵姿にくつろいで、散り乱れた庭の花々や垣根の手入れ等をしておりました。明石の上がもの悲しい気分で、箏の琴を弾いておられましたが、源氏の君は風のお見舞いだけを仰って、そっけなくお帰りになりましたので、なお恨めしくお思いになりました。

 西の対にもお見舞いなさいました。玉鬘は大層心細く、夜をお明しになりました。屏風などもみな隅に寄せてありますので、日が眩しく射し込んで、姫君は鮮やかに美しいご様子でした。源氏の君はそっと近くに寄り添ってからかいなさいますので、この大層親しげなお二人のご様子をご覧になった夕霧は、
「妙なことだ。親子とは申せ、懐に抱かれるほど馴れ馴れしいとは……。親密な仲になっているのか……、嫌なことだ……」とお思いになりました。
 この姫君は 昨日拝見した方には少し劣って見えますが、夕映えに露を置いた八重山吹の花のように美しい方でございました。

 御方々のお見舞いのお供をして歩かれた夕霧は、何となく気が晴れずに、幼い明石の姫君のお部屋に行かれました。姫君は薄紫色のお召物に、髪がまだ背丈ほどには伸びていませんが、大層可憐でいじらしい感じのするお姿でした。
 「成長されたら、どんなに美しくなられることだろう……。前に見た方々を桜や山吹に例えるなら、この姫君は藤の花と言うべきか……」とお思いになり、誠実な御心も、何か落ち着かないご様子でした。 


( 終 )


 
  




行幸(みゆき)ー第二十九帖


その年の十二月、大原野の行幸がありました。冷泉帝の御行列は卯の刻に出発なさいまして、朱雀大路を通って五条大路を西に曲がられます。今日は親王や上達部たちも特別に気遣いし、左右大臣や内大臣なども皆お供をなさいました。世の人々は揃って見物に出かけ、六条院の御夫人方も皆、ご覧になりました。

 西の対の玉鬘もお出かけなさいました。帝が紅色の御衣をお召しになり、凛としてご立派なお姿を拝して、大層心打たれておりました。またその日初めてわが父・内大臣のお姿をも、拝見なさいました。派手で大層ご立派に見えました。

 翌日、源氏の君は玉鬘に手紙をお書きになりました。
 「昨日は帝を拝見なさいましたか。宮仕えについては、その気になられたでしょうか。」とありました。玉鬘は、
 「よく人の心を見抜いていらっしゃる……」とお思いになりました。源氏の君は何はともあれ、まずこの玉鬘に御裳着(成人式)の儀式をさせようとお思いになり、御調度や立派な品々を、心を尽くしてご準備なさいました。

 「内大臣にも、この機会に全てお知らせしよう……」とお考えになり、裳着の儀式の御腰結役には内大臣をと、お手紙を差し上げましたが、大宮のご病気を理由に、お引き受けなさいませんでした。源氏の君は、
 「どうしたものか……」と思案なさいまして、三条院にお見舞いかたがたお出かけになりました。今は大層目立たない様になさいましたのに、行幸に負けないほど厳めしくご立派なお姿ですので、大宮はご気分の晴れるような気がして、お身体を起こしてお話しなさいました。

 源氏の君は、
 「実は、内大臣が世話なさるべき姫君を、思いがけなく捜し出しまして、今、私が引き取りお世話申し上げております。入内を考えていますので、裳着の式などについて、内大臣にご相談申し上げたいと存じますが、何かの機会がなくては、お目にかかることもできません。大宮からそうお伝えくださいませんでしょうか。」とお願い申し上げました。
 そこで大宮は、
 「六条の大臣がお見舞いにみえていますので、お越しになりませんか。お会いして申し上げたい事もあるそうです。」とお誘いなさいました。内大臣は、
 「どんなことだろう。どうせ夕霧のことだろう。大宮も訴えなさるならば、二人の仲を許してやってもよいが……」等と考えながら、参上なさいました。

 久し振りのご対面に、二人の大臣はつい競争心も起こるようですが、お互いにしみじみ昔話をなさいまして、やがてすっかり打ち解けなさいました。昔、行方知れずにした夕顔の娘のことを、源氏の君が話されますと、内大臣は大層涙をお流しになりました。

 夜が大層更けて、それぞれ退出なさいました。内大臣は早速、わが娘(玉鬘)に逢いたいとお思いになりましたが、世間の評判を気遣い、源氏の君に全てお任せすることになさいました。

 年が明けて二月になりました。
裳着の日、儀式は慣例どおりに進められ、またとないほど立派に、総てが整えられておりした。源氏の君のお計らいで、内大臣が腰結の役を勤められましたが、わが娘愛しさに涙を堪えきれないご様子で、
 「言葉に言い尽くせない程の感謝の気持と共に、今までお隠しになっていた恨み言も、申し添えずにいられません。」と申されました。

 親王や玉鬘に想いを寄せていた方々も、次々にお祝に参上されました。蛍兵部卿宮は、
 「今日からはもうお断りなさる支障もないでしょうから……」と、ますます心を込めて結婚を申込なさいましたが、
 「帝からの御内意をご辞退申し上げ……、他の話はまた後にでも……」と、お返事なさいました。

 内大臣の近江の君は、玉鬘のことを聞いて、
 「殿は姫君をお迎えのようですね。その方が尚侍になられると伺いました。私は宮仕えして、いつかそのようなお情けもあろうかと、女房たちの嫌がる事すら、自ら進んでやりました。尚侍の欠員ができたら、私こそ願い出ようと思っていたのに……」と大層妬ましくおいでのようでした。
 内大臣は大層お笑いになって、
 「そう言ってくだされば、誰より先に奉上したものを……、今からでも申文をお書きなさい。長歌など入れて……」とからかいなさいました。御几帳の影にいた女房たちは、死ぬほど可笑しく思いました。内大臣も、
「気分の晴れない時に、近江の君をからかうと気が紛れる……」などと仰って、ただ笑い者にしておられたのでございます。                         


( 終 )




  

藤袴(ふじばかま)ー第三十帖


 玉鬘には、尚侍として宮仕えをなさるように……と、誰もがお勧めになるのですが、
「すでに帝のお側にいらっしゃる中宮や女御に、辛い思いをおさせしては心苦しい事ですし、どちらの親からも深く愛して頂ける訳もなく、世間からは軽く見られて、辛い日々になるに違いない……」と思い悩んでおられました。実の父親も、源氏の君に遠慮をなさって、手元に引き取るなどはなさいませんので、かえって実父を捜し当てた後の方が、悩みも加わるようでした。

 大宮が亡くなられて、薄鈍色の喪服をお召しになった大層優雅なお姿で、宰相中将(夕霧)が玉鬘のところを訪れました。姉弟でないと分かった今も、御几帳を隔てただけで、直接にお逢いになりました。
夕霧にとっては、あの野分の朝に見た、美しいお姿が鮮やかに目に焼きついて、とても恋しく想われますので、父君の言葉をお伝えした後は、平静でいられなくなり、御簾の下から花を差し入れて、
 「貴女と同じ野の露に濡れて、萎れている藤袴です。優しい言葉をかけてください……」と恋心を打ち明けなさいました。玉鬘は面倒なこと……と、奥に入ってしまわれましたので、大層お嘆きになりました。

 夕霧は源氏の君の御前に参上なさいました。
 「玉鬘は宮仕えを躊躇っておられるようでございます。中宮は尊い地位の方ですし、弘徽殿の女御も立派なお家柄の上、帝のご寵愛を受けていらっしゃいますので、入内しても肩を並べることは難しく、大層気の毒に思われます……」
源氏の君は、
 「確かに……これは私の思い通りにいくことでなし、鬚黒の大将までもが、私を恨んでいるようだが……」と仰いました。

 「きっと源氏の君はまず宮仕えに出して後に、ご自分のものにしようとお考えに違いない…などと、内大臣が噂をしておられるそうです」とお話しますと、
 「やはりそうか。内大臣にわが身の潔白をお知らせ申したいものだ」と仰せになりましたが、内心では、
 「よくぞ見抜きなさったものだ……」と苦笑されました。

 玉鬘の宮仕えは十月に決まりまして、帝には大層待ち遠しいことでございました。

 中将(内大臣の子息)は、玉鬘が実の姉弟とお分かりになって以来、募る想いをきっぱり捨て去り、今は宮仕えの時には、玉鬘のご後見役をしたいと望んでおりました。

 内大臣の伝言を持って、中将が玉鬘のところにおいでになりました。姉弟でありながら、宰相の君(女房)を介してお話しなさいますので、恨めしくお思いになり、
 「よく事情を知らずに、恋の道に迷い、御文などをお贈りしてしまいまして……」と申しますと、
 「どのようにお返事してよいのか分からずに……」とお答えになりますのも、当然のことでございましょう。月が高く上り、空の様子も美しい頃に、ご退出なさいますお姿は、大層上品でご立派でございました。

 鬚黒の大将は大層人柄もよく、御歳二十三ほどになられ、普段から内大臣や中将と親しくなさっておいででした。更に春宮の女御とご兄弟ですので、皆からのご信任も厚い方でした。けれどもその北の方は紫上の姉君でございますのに、「おばあさん」と呼んで大切にもせず、何とか離縁したいと考えておりました。源氏の君はこの大将のことを、
 「玉鬘には不似合いの男で、気の毒なことになるのでは……」と思っておられました。

 九月になり初霜が降りる頃、宮仕えが迫ってまいりましたので、玉鬘のところには沢山のお手紙が届きました。
鬚黒の大将からの手紙には、
 「それでもいつかは……と頼みにしておりましたが、何と儚い身の上でしょう……」とありました。

 兵部卿宮からは、
 「たとえ帝のご寵愛を受けられましても、霜のように儚い私のことを忘れないでください……」と書かれていました。それぞれに紙の色や墨つぎも美しく、香の匂いも素晴らしいものでした。玉鬘はどう思われたのか、兵部卿宮へのみお返事を書かれました。

   心もて 日かげにむかふ葵だに 朝おく霜をおのれやは消つ

 宮の愛を感じておられるご様子ですので、兵部卿宮にとっては大層嬉しいものでございました。


( 終 )




   真木柱(まきばしら)ー第三十一帖



 或る夜、鬚黒の大将は、玉鬘に仕える女房の手引きで、とうとう想いを遂げてしまいました。
 「帝がお聞きになったら畏れ多いことです。しばらくは世間にも知られないように……」と気遣いされましたが、玉鬘はご自分の運命を大層嘆いて、悲しく思い沈んでしまわれました。

源氏の君は、
 「何とも残念だが仕方がない。わが身の潔白は証明できたようだが……」と諦めなさいました。
父・内大臣も、
 「かえって無難であろう。格別に後見する人もないまま宮仕えに出ても、辛い思いをするだけだろう」とお思いになりました。

 鬚黒の大将は浮気ひとつしない堅物と評判でしたが、今は別人のように変わって、恋人らしく華やいでおられました。玉鬘は 自分が望んだ訳でもないので、ただひどく塞ぎ込んで、兵部卿宮が心深く優しい方だったことを思い出しては、涙を流しておられました。

 大将がいない昼頃に、源氏の君がお渡りになりました。玉鬘は大層辛くて、臥せていらっしゃいましたが、ようやくお起き上がり、御几帳に隠れてお座りになりました。美しげにすっかり面やつれして、一層いじらしさが加わりましたので、源氏の君は、
 「他人に手放すのは誠に残念だ……」と心からお思いになりました。
 「帝がお気の毒ですので、やはり少しの間だけでも、宮仕えをおさせ申しましょう……」と話されましたが、玉鬘はただ涙に濡れておりました。

 鬚黒大将の北の方は、高貴な父親王が大切に育てた姫君ですので、大層おっとりと素晴しい方でしたが、ここ数年しつこい物怪をお患いになって、ご夫婦仲も疎遠になってしまいました。
 父・式部卿宮は、
 「あのように若い女を迎えた男に、連れ添うのも辛いでしょうから、宮邸にお迎えしよう……」とお考えになりました。

 大将は、病床に臥せてしまわれた北の方を気の毒に思い、
 「例え愛情浅い夫婦であっても、貴い身分の人は我慢して添い遂げるものだ。私を恨みに思っているようだが、どうぞ信頼してください」などと、お慰め申しました。

 やがて日が暮れてきますと、玉鬘のもとに出かけたい……と、大将は気もそぞろになりました。お召し替えを済ませなさいますと、大層すっきりとした男らしいお姿でした。
それを見て、北の方は、
 「今、引き止めたところで、もう終わりだ……」と呟かれました。女房たちが「お労しい……」と嘆いていますと、北の方は急に起きあがり、香炉を取り上げると、大将の背後に近づいて、さっと浴びせかけました。細かい灰が辺り一面に立ちこめ、目や鼻に入って大騒ぎになりました。もうお出かけになることはできませんでした。

 大将はこのことで、北の方に愛想も尽き果て、物怪の仕業か……と、僧などを呼んで祈祷をさせなさいましたが、ただ恐ろしくて、もう寄りつくことさえありませんでした。


 父宮は苦しむ娘を不憫にお思いになり、御車三台ほどで迎えにやりなさいました。

 やがて日が暮れてきましたので、お迎えの公達が出立を促しました。大将が可愛がっていた姫君は、
 「父君にお逢いしないで、どうして行けましょうか……」と泣き伏し、紙に何か少し書いて、いつも寄り掛かっている柱のひび割れた隙間に差し込みました。
「今この家を離れて行きますが、この真木柱は私を忘れないで……」と書かれていました。

御車を引き出して後も、この姫君は、名残惜しそうに何度も振り返っていらっしゃいました。


 大将はこれを聞いて、せめて姫君だけにでも逢いたいと、宮邸においでになりましたが、逢えるはずもありません。涙ながらに幼い男の子たちだけを御車に乗せて、ご自邸にお帰りになりました。


 年が改まって玉鬘は参内なさいました。或る月の明るい夜に、帝がお逢いになりました。大層優しそうに、
 「二人の間は、これ以上深くなれないのですか……」と仰せになるお姿は、源氏の君に違うところなく美しくいらっしゃいました。帝は、玉鬘が聞いていたよりずっと素晴らしいので、大層残念にお思いになりましたが、鬚黒の大将が、うるさいほどに玉鬘のお側を離れずにいますので、
 「こんなに厳重な付き添いがいるのは、まことに不愉快だ。このまま夜を明かしたいが、そうさせてくれない人がいる……」と恨みなさいました。
玉鬘は、
 「美しい花の枝に並ぶべくもない私です……」としみじみした思いで、振り返りがちに退出なさいまして、そのまま鬚黒の大将の御邸にお移りになりました。大将は念願叶ったと大層喜び、心を尽くしてお世話なさいました。

 その年の十一月、玉鬘は可愛い男の子をお産みになりました。周囲の者は、
 「入内なさって、その甲斐あってのご出産ならば皇子として迎えられ、どんなに名誉なことであったろうに……」などと残念がっておりました。


( 終 )






 

梅枝(うめがえ)ー第三十二帖

六条院では明石の姫君の御裳着が迫りましたので、源氏の君はその準備に心を尽くしておられました。
 正月末のある日、薫物合わせをなさいました。二条院の御倉を明けさせて、唐の品を取り出し、錦・綾などの古い物が、特に上品に思えるようだ……と仰せになって、薫き比べをなさいました。

 二月十日、冷たい雨が降って、御前の紅梅が盛りと咲いていました。色も香りも他に勝る物がない……と眺めておられますと、兵部卿宮がおいでになりました。そこに前斎院から梅の枝に結ばれたお手紙と瑠璃の香壺が届きました。

 「無理にお願いして、薫物の調合をお願いしたのです。この機会に御夫人たちの調合なさったものを試してみよう」と、宮に判定をお願いなさいました。
 薫合わせの後、月が出ましたので、御酒など召し上がってしみじみ昔話をなさいました。雨上がりの風が少し吹いて、梅の香りが優しく薫っておりました。

 御裳着の当日、御裳をお召しになりました姫君は大層愛らしくいらっしゃいました。源氏の君は、素晴らしい御方々が集まっておられますのを嬉しく思いながらも、母君の明石の上がご参列されないことを、大層気の毒にお思いでした。世間に気を遣って、出席を見送りなさったのでございます。

 春宮のご元服は二十日過ぎに行われました。源氏の君は、明石の姫君が入内の折に持参する冊子類を、大層立派に作らせなさいました。墨・筆なども最高のものを選び、筆のたつ人々に古歌などを書かせて、ご自分でも、草仮名や普通の仮名などを、大層見事にお書きになりました。

 内大臣は姫君の入内を他人事とお聞きになり、わが姫(雲居の雁)が、可愛らしい女盛りに塞ぎ込んでいるので、
 「夕霧が姫に夢中だった時に、二人の結婚を許してやればよかった……」とお嘆きになりました。姫君が涙ぐんでおいでになるところに、夕霧からお手紙がありました。

「今も貴女を決して忘れていません……」と書かれていました。                    


  ( 終 )







  藤裏葉(ふじのうらば)ー第三十三帖     



 明石の姫君ご入内の準備に忙しい中でも、夕霧は思い沈んでおられました。雲居の雁は 夕霧に縁談があることを耳になさり、「もしそうなったら、私の事など忘れてしまうのでしょうか……」と悲しくお思いでした。

一方、内大臣は、あれほど強情にお二人を引き離しなさいましたのに、今は何とか世間体を繕って、こちらから折れた方がいいようだ……とお考えになりました。

 三月二日、大宮の御忌日に、内大臣は極楽寺に参詣なさいました。ご子息たちを引き連れて、ご威勢もこの上なくご立派でした。夕霧は誰にもまして、真心こめて公事をお勤めなさいました。夕方お帰りになる時、内大臣は夕霧を呼び止めなさいまして、
 「亡き大宮に免じて私をお許し下さい。余命少なく老い行く身を……」と仰せになりますので、
 「まだお許し頂けないのかと、遠慮しておりました……」とお答え申し上げました。

 四月初旬、庭先の藤の花が見事に咲き乱れる頃、内大臣は、
 「わが家の藤の花が美しいのでお訪ね下さい。往く春の名残りを惜しみに……」とお手紙を送られました。

 夕霧は念入りにお召し替えなさいまして、黄昏時に参上なさいました。そのお姿は美しく、大層優雅で気品がありました。内大臣の御気遣いは、並大抵ではありません。
 月が上り、藤の花を愛でる心に寄せて御酒を召し上がり、管弦の遊びなどなさいました。頃合いを見計らって、内大臣は、
 「藤の裏葉の〜」とお謡いになり、藤の美しい枝を手折って、客人の杯にお添えになりました。夕霧は、
 「幾たびも寂しい春を過ごしましたが、今日初めて花の開くお許しを得る事ができました……」お礼を申しなさいました。

 夕月夜、月の光は微かな中、池の水面が澄み渡り、美しい藤の花が松に咲き掛っておりました。
 「酔いがまわり帰り道が危ないので、泊まる部屋を貸して頂けませんか」と、夕霧がお頼みになりますと、内大臣は、
 「老人は先に引っ込むよ……」と奥に入ってしまわれました。

 夕霧はすっかり許され、雲居の雁の部屋に案内されました。夕霧にとっては夢のように思われましたが、すっかり美しく大人になられたご様子は素晴らしく、
 「長い歳月、本当に切なく苦しい想いでおりました……」と、夜の更けるのも忘れてお過ごしになりました。後朝の御文も人目を忍んで届けられたのでございます。
 源氏の君は、いつもより美しさが増して参上した夕霧をご覧になって、結構なご結婚とお思いになりました。

 四月二十日過ぎ、明石の姫君が春宮に入内なさいました、御入内には紫上がお付き添いなさいましたが、この機会に、実母・明石の上をご後見につけようとお考えになりました。紫上は姫君を大切に心尽くしてお世話なさいましたので、
 「他人に譲りたくない……このような御子があったらいいのに……」としみじみお思いになりました。
 三日間をご一緒にお過ごしなさいましてから、紫上は退出し、入れ替わって明石の上が参上なさいました。その夜、初めて二人の母君がご対面なさいましたが、なるほどお互いに素晴らしいと、目を見張る思いでした。お二人の仲は理想的に睦まじいご様子でございました。

 明年、源氏の君は四十歳になられますので、世をあげてその御賀の準備となりました。その年の秋、源氏の君は太上天皇に準じた待遇をお受けになりました。内大臣は太政大臣になられ、夕霧は中納言に昇進なさいました。

 夕霧はご威勢も増されましたので、三条殿にお移りになりました。亡き大宮のお部屋を修理してお住まいになり、夕霧と雲井の雁が幼かった頃を思い出されては、しみじみ懐かしく思われました。お庭なども見事に手入れさせなさいましたので、遣り水も美しく流れておりました。そこに太政大臣がおいでになりました。大宮がおられた頃と変わらず、趣深くお住まいのお二人にお逢いになりまして、理想的で初々しいご夫婦だと、感慨深くお思いになりました。

 神無月の二十日過ぎ、紅葉の盛りに、六条院に行幸がありました。朱雀院も揃ってお越しになりますので、源氏の君は御心を尽くして、眩いばかりにご準備なさいました。

 御座を二つ準備なさいましたが、源氏の君の御席が下にあるのを、帝がお改めなさいますのも、素晴らしいことでございました。日が暮れかかる頃、舞楽が優雅に奏されますと、源氏の君は、昔 朱雀院の紅葉賀の折、菊を冠に挿して「青海波」を舞ったことを思い出されました。共に舞われた太政大臣(もと頭中将)は、
 「菊の花は、濁りない世の中の星かと思われます。なお一層のご繁栄の時を……」と、申し上げなさいました。


( 終 )

 ( 源氏という臣下の身分に落とされ、皇位継承権を失った皇子・光源氏の
王権が回復され、ここに栄華を極められたのでございます)
 

背景 : 有識文様「綺陽堂」 

要約ー源氏物語(4)へ続く

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