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Cancerous Cat

其の弐、平成11年4月22日

僕はいまだ実家住まいなのだが、なかなか独り暮らしに移行しないのにはわけがある。とどのつまり金がないからなのだが、あと、うちの人的には、寝起きが悪いというのも心配どころのようだ。いや寝起きの悪さが心配というのは、わからないでもない。寝る時間はさておき、起きる時間は何時と決めておくというか、何時までには起きなくてはいけないというか、サラリーマンであるからにはそうでなければ勤まらないというのはまさしく道理だ。ふつう一般的に勤務時間といえば9時から17時あるいは18時といったところか。終わる時間はともあれ、始業時間はおおむね9時くらいだろう。9時といえば、今の僕としてはそろそろ家を出るかと思いつつ出勤前の最後の巡回(もちろんニフティ)をする頃だ。そもそも起床時間が午前8時だから、ふつうの会社ではともてじゃないけど毎日遅刻は確定という感じか、或は通勤時間にもよるだろうが、僕の職場は笹塚。北浦和の果てにある自宅から、ドアトゥードアなら2時間ほどかかるわけだ。僕の出勤時刻はだいたい11時だから、まあ計算上のつじつまはあっている。

しかしこの日はわりと早起きだった。といってもたかだか午前7時だが。なぜ早起きかといえばずばり診察のためなのだが、寝起きが悪いだけあって、30分くらいはぼーっとしているのであった。そんなわけで何やらいそいそと行動に移った頃には7時半を回っていた。8時半までには診察券を受ける科の入り口のところへポンと入れておくのが常なのだろうが、浦和市立病院へかかるのは、浦和へ越してきて早10年弱であるが初めてだった。初診は初診専用の受付があるようなので、逆手にとって午前の診察終了間際に行くことにした。どうせ今日は会社休むってことになってるわけだし。というわけで11時少し前頃に家を出て、病院までは徒歩15分ってトコなので、11時ちょい過ぎくらいには受付に立っていた。

さて血尿は何科だろう。とか悩むまでもなく受付の人に聞けば泌尿器科という。うぅむ、あまり響きの良い科とはいえない。何はともあれ、泌尿器科といえば尿検査だ。これが間の悪いことに家を出る前にしてしまったものだから出ない。そのため用にと、泌尿器科の前には御自由にお飲みくださいというお茶のポットと紙コップが山積みされているわけだが。しかし飲めども飲めども出ないものは出ない。やっとの思いで絞り出したはいいが、なんともその尿ときたら、それはまるでアセロラドリンクのようであった。

増田先生はそれを見るや否や、ふつうは尿をかき混ぜたりするような機械にかけて調べると思うのだが、そんな間もなく「こりゃ立派な血尿だ」とかいって、速攻で超音波検査に入った。なんというかハモニカのようなもので、膀胱の上辺りとか背中の辺り(腎臓)とかをそいつでまさぐるわけだが、すぐに手元のモニタにそれが映し出される。まあ見た目にはリアルタイムレントゲンのような感じ。これはなかなか文明の利器だと思ったね。

腎臓は見たところ異常はないようだが、膀胱には謎の突起物が発見された。何ですかコレは。大きさとしては1cmほどの突起物。というか、腫瘍か。どうやらこれが血尿の原因らしい。「もうちょっとよく見てみないことにはわからないな」ということで、もちっとよく見ることになるわけだが、レントゲンとかCTとかじゃなくて、内視鏡ときたもんだ。これは何とも恐ろしい道具であって、先にカメラがついてる棒だと思えばいいというか、とりあえずそれを尿道からぶっさして直接見るってやつだ。最近の内視鏡は細くなったといっても限度があるし、だいたいソコは突っ込むモノであっても突っ込まれるモノではないのだ。

ベッドに横になり、消毒液で濡れるから下は全部脱ぐ。上はまくれば良いというからまくっていたのだが、これは後で失敗したと思った。消毒液というか、ようはイソジンだと思うのだが、どばっとかけられハケでペトペト塗られて、さあ注入。これがまたムチャクチャ痛い。マジで痛い。シャレにならんくらい痛い。どれほど痛いかといえば、思わず聞いたこともないような声を上げてしまったくらいの痛さだ。ていうか麻酔しないんかい。痛すぎるぞオイ。ソコはそういう使い方をするモンじゃないんだ!!

力むと入らないから力まないでといわれようが何だろうが、これやられて力まないほうがどうかしてる。「駄目だ。入らないや」とかいって途中まで挿したソレを抜く。うぎゃお。そしてまた入れる。ひでぶ。なんとか奥まで入ったようだ。良かった、本当に良かった。すると隣のモニタに膀胱内部の模様が映るわけだが、まあなんというか、人間ってフ・シ・ギ。まるで胃の中のようだ。って胃の中見たことないけど雰囲気的にね。そしてお目当ての例の突起物が画面中央にやってきた。増田先生はもうひとりの小津先生にも意見を求める。「なぁ、これ何だと思う?」「アレしかないでっしょ」何なんですか一体。ドキドキしてたらスポッと抜かれた。またしても凄く痛かったわけだが意表をつかれた分いくらかマシだった気もする。どっちにしても痛いのだが。

ベッドでの作業は終了し、次はこれが何であって、でもって僕はどうすれば良いのかという話になる。しかしそこで起きあがると、まくったはずのTシャツがずり落ちており、早い話がイソジンまみれであった。なんてこった。手近な看護婦さんに洗濯すれば落ちるかと聞いたら今洗ってくれるとかいって、透明の消毒液に浸けられた。いやまぁそういう洗濯でもイイんだけどね、落ちるんなら。上半身裸のまま増田先生の説明を受ける。「で、何でしたかアレわ」「ていうか癌だね」「癌ですか」「イイ具合に癌だね」癌か。なんだ結石とかなら超痛そうだけど、癌なら、そこはかとなく甘美な響きが…っていうか癌?! 「ふつう癌の告知って家族会議(って何?)とかにかけませんか」「いや君まだ若いでしょ」理由になっとらん。しかしとにかく癌といったら癌なわけだ。誰がなんといおうと癌は癌であり癌に違いないったらありゃしないほどに癌に決まっている。「病名的にはどうなるんでしょうか」「いわゆる膀胱癌だね。珍しいよ、この歳で膀胱癌は」珍しいってことは運がいいってことか? いや全然良くないんだが。

たまたまうちの母親が来た。何しに来たのかよくわからんが、とりあえず偶然来たというか、僕の帰りが遅いので車で出かけがてらに迎えに来たわけなのだが、ここぞとばかりに増田先生に怖い話をともに聞かされ、ひとまず帰るというかいきなし入院手続きとかすることになった。初診で癌で入院だ。なかなかインパクトがあるとか思った。ていうか内視鏡検査のあとの小便はこれまた痛い。しみるのだ。ふにゃふにゃなナニに棒を突っ込むわけだからそこら中切れまくってるだろうしってことで、血尿というか単なる血というか、びゅーびゅー出る。目測を誤るとズボン血まみれなんてザラだと思うというかなったし。何にせよ病院自体はさほど嫌いではない僕としても、最も受けたくない検査ナンバー1に輝くくらいのアレだ。

ちなみにふつうはこういう場合、いきなり本人に癌ということは無いと思われる。これってつまり告知なわけで、一般的には「膀胱にポリープがあるよん」とかいうと思うのだ。しかし僕は結局退院する日まで先生らの口から「ポリープ」という言葉が発せられる現場にあったことがなく、毎回「癌腫瘍」とか言われ続けた。これが何を意味しているかというより、変に良性のポリープみたいなんがあるとかいうと、これから先の長い通院生活をばっくれる可能性が、特に僕くらいの歳とかだと高いのだと思う。だからこそ最悪の事態を想定しての病状説明と治療方法の提示、まぁそれと、ほぼ確実に間違いなく治す自信があったうえでのものだと思うけど。

状態だが、膀胱内の粘膜の上に腫瘍がある。1cm大程度で、見たところまだ出来たばかりくらいのものらしい。膀胱は小水の出入りが激しいから、大きく伸縮を繰り返す。癌の腫瘍の表面は非常に弱く、さらに粘膜の上という足場の悪さもあいまって、膀胱の伸縮に応じて腫瘍も押されたり引っ張られたりする。その時にそこから血が出たりするのだが、たまたま血が出たというだけであり、必ずしも血尿になるわけではないようだ。実際、この診察を終えて翌日からは血尿の事実などまるで無かったかのように普通の小便に戻ったから、たまたま血尿が出て、たまたまそれで診察に来て、たまたま癌の早期発見になったというわけだから、なんともいいタイミングであったといえる。結局、良性にせよ悪性にせよ、無いほうが良いし、良性のものも成長してでかくなったりすると膀胱内の調子というか、小水の流れが悪くなるなどの弊害が出るわけでもあり、治せるのならとっとと治すに限るわけだ。増田先生は何度もつけくわえていたが「まだ若いんだから」という言葉、まさしくその通りというか、若いからこそ憂いは断っておいたほうが、先々の展望もポジティブに望めるってものだ。

その晩は当然、FPROGのRTで検査の結果をみんなに報告した。というか、普段ネタが無いのか単にゴシップ好きなのか何だか知らんが、言うより先に聞いてくるわけだ。「病院行って、で、どうだった?>yuu」「癌だって」「はぁ?! (^^;)」そりゃまぁ、はぁ?!って気持ちもよくわかる。うちの親もそう思ったに違いないし、ていうか僕自身がマジでそう思ったから。まさかこの歳で癌を告知されるとは思わなかったよ。ま、知らずに放っておいて手遅れになることを思えば、ナンボかマシってやつだけど。

まあとりあえず、結石ではないかとかやはり過労なのだろうかとか、そういう心配は一掃されて、癌だったという事実だけが残った。僕自身はそもそもは病院へ行こうとはあまり考えていなかったし、実際その後すぐ血が止まったことを考えると、尚のこと、下手せずとも半年くらいは余裕で病院なぞ行かなかったと思う。それだけにFPROGのRTには感謝という感じであり、「ひとまず、ありがとうとだけ言わせて下さい>all」「FPROGの所為にしてやるとかいってたのにね」そんなこといったっけ? ていうかドキッ。

かなりどうでもいい余談ではあるが、この時から、僕の墓場用フッタに「FPROGの精」という一文が付け加えられた。字は多少違うようではあるが、僕なりの訓戒だ。

草稿:平成11年6月01日 yuu
本稿:平成11年7月04日 yuu


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