『むがしゃぁなス〜』のコーナー

『おらんどぁ ワラシのころぁなスぅ』

「こったらごとして遊んだなぁ」と思い出した時に更新していきます。

その昔1 2001.06.01

 我々が小学校の頃は、各町内には今で云う「駄菓子屋」さんが、ありました。

(柏崎地区ベスト4 ともこ屋・すみ屋・キリン屋・小店)

この中の「小店」については、柏崎小学校の正門正面の川にまたがった

掘立て小屋で「10円ヤキソバ」もありました。ある日の台風で

”店まずら”吹っ飛んで 消えてしまいました…

ランドセルを家に置いたあとは、片手に大きな50円玉(昔の穴あき・穴無し)を

握りしめ、それぞれの店にダッシュしたものである。

「買〜る〜っ!」と大声で店に入ると、中からは「はぁい 何 買〜る〜?」

と たいていはかっぽう着姿の頭に団子を乗せたようなヘアスタイルの婆さんが、

ヨロヨロと現れてきたものだ。今「店」と表現したが、どこの店も

○○商店とか△△駄菓子店なとどいう看板や、入口の文字などは一切なかったと思う。

一歩 店内に入れば そこは夢の国・女の子ではないが、宝石箱というか宝の宝庫でありました。

 

海坊主の好んだ駄菓子ベスト5

1 カレー味のアラレ

5p程のウグイス色のくじを引き ペロリと舐めるとそこに○等賞orスカの

文字が現れスカだとコップで1杯、1等だと3杯だったかナ?

確か メインのカレー色に混じり ピンク色の魚型も3%程入っておりました。

 

2 ストローゼリー

これもくじを引き、大中小の大きさがあったはず。なんという事はない、

ストローに人工着色料で色づけしたカンテンが、入ったもので それをズズゥッと吸い込んで

食べるものである。色は数種類あったが、どれも同じ味だった。当時は、「おぉ イチゴ味だじゃぁ!」

「わぁのぁ メロン味だじゃぁ!」と訳のわからん評価をしていたものである。

 

3 ハッカ紙

これは、何と説明すれば良いのでしょう。基本的には白地にピンク系の色でマンガや

文字が印刷された紙をちぎって口の中に入れ「ニチャニチャ」と噛み続けるのである。

不思議なことに徐々にハッカの味(今の人たちにはクールミント味とでも説明)が

口いっぱいに広がるという変な食べ物であった。

当然 しばらくすると味が無くなり その辺に「ぷっ」と吐き捨てるのである。

 

4 甘納豆

これは「舐めるくじ」と「めくるくじ」の両方が、あった。「スカ」だと5p×3p位の

紙袋に10粒ほどの小粒甘納豆が、「特等」などになると20p×10p位の大袋プラスおもちゃ付き

 同じ10円のくじなのに・・・すごい差である。80p×50p程度の本体の紙板にズラリと

貼られているのが普通であった。今でも不思議なのは、一枚で50回程のくじが引かれるのに

なぜか 特等や2等賞などは最後の方まで行かなければ 当たらなかった事である。

あれは、絶対 店の婆さん達の裏工作があったに違いない・・・・・

 

5 その他

フィリックスガム(10個に1個は当たりの矢のマーク)当時は5円だったかナ?

ライスチョコもウマかった。直径30p程のオレンジ色のえびセンベイは毎日食ったナぁ。

 

海坊主の好んだ玩具ベスト5

1 パッタ(PATTA)

地域によってはバッタ(BATTA)というところもあるらしいが、

我が大都会 類家地区ではパッタ(PATTA)と呼んでいた。当時は 1枚1円〜30円位まで

様々な種類があった。オレ達はそれを「2円パ」とか「5円パ」と呼び、厚いものは「がっぱ」と呼んでいた。

ルールは 校庭・空き地などの地面に線を引いたり、専用の80p四方の板を用意しての対戦であった。

要するに相手のパッタをそのマスから出せば自分のものになる訳である。

戦法としては、「カッチャリ」「ハンジギ」や、反則である「デンパ(手で出す)」

「バホラ(上着の風で出す。)」など色々な技で戦ったものである。

 

 

2 おもちゃ袋

まぁこれはデパートなどで正月恒例の元祖福袋とでも言いましょう。

新聞紙でできた30p四方の紙袋にさまざまな玩具が入っており、角に糸を通して20袋位束ねたものが

その辺の柱に打ったクギに吊してあるのが、普通でした。当時は20円袋から50円袋位まであり、

何とか良いものを高いものをと真剣に袋の外をさわったり、重さを確かめたりしながら 緊張して引いたものでした。

結局 中身はと言うと 売れ残った 流行らない玩具とか つまらないものばかりだった様な気がするが、

無くてはならないもののひとつだったなぁ。

 

3 銀玉or巻き玉鉄砲

今では玉が銀から赤とかオレンジになった模様。当時は巻いた火薬の玉で

音がでるものと二分していた。高価なものは銀玉が飛び出すと同時に音もでるスゴイやつもあった。

三社大祭の時などに、他の町内の山車が来ると互いに相手の山車めがけて銀玉を撃ったものだ。

山車の人形の髪の毛に銀玉が、埋まることが腕自慢でもあった。しかし大抵は人形を狙うと

相手の山車組のオヤジらに怒られる為 紙の岩を狙うのが常識であった…

  

 

4 リリアン

本来 女の子が遊ぶ 編物遊びであったが、我が地区では男ワラシにも一時

はやった事がある。5〜6色の糸を専用の編み道具(プラスチックに8本位の針)に

糸を編んで行き 色ヒモを編んでいく遊びであった。別にオカマ思考があった訳じゃあナイっすよ。

 

5 煙出し

仕組みは未だにワカランけども5×7p程の紙のフィルムをはがし

出てきたネバネバを親指と人差し指に付けてそれを数回 擦ると ナっなんと

ケムリがモクモクと出てくるスゴイやつであった。ただそれだけではあるが。

「WHY?」という気持ちで色々調べた事もあり、研究結果としては

製造方法はマッチ箱の擦る部分を剥がして火をつけると黄色の粉が残る。

その粉でも同様のケムリ出しができる事を発見した。