昔、大平に六人衆と云われる家々があった。その家の祖先は大平が未開の頃、当地に来て荒地を開墾して住みついた、草分けの家と伝えている。その家の門前に二尺余りの川石を一対立てて草分のしるしとした。里人、これを生き石、又は油石と云う、今もその子孫の門前や門口にあり、里の草分けの家として尊敬されている。 思うに六人衆とは土地の郷士であろう、三州一向宗乱記などに大平の本多党、柴田党、吉野党の名が見られる。現に、生き石を持つ家の姓は、本多、吉野、柴田、神谷であり、武士の出身と伝え、里の有力者でもあり、名家でもある。
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