高隆寺の浦野某が、親から聞いた話である。 明治16年に町内の二本松の田に、大小2つの穴が発見された。浦野家の田の穴は小さい方であったがそれでも、畳六〜八枚程度の広さで穴の周辺の稲は焼けていたと云う。 村の人々は、これを見て流れ星が落ちたのだろうと噂した。浦野家では、この穴をそのまま埋め戻したが随分と苦労したと云う。 その後、昭和生まれの某は家人より、”流れ星の穴”の事を聞いて、折りがあればこの穴を掘り起こし底を調べようと思っていた。 高隆寺地域の開発計画が進められることになり、流れ星が落下したと伝わる場所を掘り起こした。すると穴底より溶岩状の見慣れない岩が出てきた。割れて幾つかに分かれていたが石の主塊の大きさは、約 長径40cm、短径25cm、厚さ5〜6cm他の破片を含め総重量約20kg程だと云う。
著者はこの一部を分けていただいた。それは 長径10cm、短径6.5cm、厚さ4.5cm、重量400g。黒色の溶岩状、一見鉄質の様に思われるが磁石に反応しなかった。底部に赤土が付着している。 |