弁天宮の大松

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 昔、大平橋のたもと近くに弁天宮があった、その境内に大木の一本松があり、街道にも目立つものであった。ところが里に縁盛寺と云う寺があり、ある年、その御厨を改築する事になり、用材を広く求めていたが建物の力となる通し材として、この一本松を必要とした。何分これ程の名木を切倒すことは公にはばかられたが、幸に寺の同行衆に神谷某と云う庄屋を勉める者があり、その暗黙の許可を受け切り倒した。翌日その庄屋立ち出で、昨夜は大風が吹いたとみえる。あの大松が倒れている、として大風で倒れた事にして済ました。この大木をもって用材とす。


 

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HP「大平町周辺の昔ばなし」
愛知県岡崎市東部口碑伝説覚書より
(c) Syouichi Masaki,1998 2000,JAPAN
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