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| 美合町生田東方 に残る東海道松並木の面影
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大平の出口、薬師寺の北寄の街道筋東側にやり木松と云われる大木があった。その根本の太さ四かかえ、地上二丈余りのところで二又に分かれており、唐臼のやり木の形に似ているのでやり木松と云った。この松は江戸時代初期の頃並木松として植えられたもので、、
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松
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古くはこれより南は松並木であったとされる、ところが昭和二十年代に入り東海道の交通が頓にはげしくなると、松の巾広い根はその障害とさえなる、一方樹齢も尽き古木よなり幹も空洞化したのに周囲に人家が立ち並び倒木の危機も増したので遂に切り倒す事とした。このように古い木であるから一種の神秘を感じて村人は白蛇が住むと伝えていたが、切り倒すに当たり空洞内から蛇の卵多数が発見され、それが白蛇の卵とうわさされた。
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