奧屋の金矮鶏(きんちゃぼ)

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屋敷

 大平町字奧屋に長者伝説がある。其の屋敷跡といわれる一帯から今も鋳物くずが出土し、また、井戸跡と伝える石垣もある。むかし、この地に鋳物長者が住んでおり、業は鍋釜などを作り多くの使用人を働かせて豊かな暮しをしていた。
 長者には一人娘があり大そう可愛いがり其の娘に黄金製の矮鶏をあたえた。娘はこれを大切にし常に座右に置いていた。ある日、一人の手負いの若い武士が長者の門を叩き助けを乞うたので長者は手当を加え家に置いた。そのうちに武士は娘とよい仲になりそれが長者の知るところとなった。その頃武士の追手がせまり、長者に若い武士の取おさえを命じたので、やむなくこれを殺害してしまった。娘はこれを知ると悲しみのあまり日頃大切にしていた金矮鶏を抱き庭の井戸に身を投じ亡くなった。その後間もなく長者屋敷に怪火が出て壮大をほこった家倉ことごとく灰となったと云う。屋敷跡は薮となり井戸だけが残り、元旦の早朝には井戸の中より金矮雉の鳴き声が聞かれ、この声を聞く者は長者に成る事が出来ると伝う。

画像2
鋳物くず
磁針がわずかに振れている


 後に某村人がこの金矮鶏を堀り出そうとして井戸を掘ったがにわかに病となりその日の内に死んだと云う。近年井戸跡とも見られる塚を、東部史跡保存会により調査したが、石垣積の塚は吉野氏により築かれたもので、その中には宝篋印(ほうきょういん)塔の基壇部が埋められているだけであった。真の井戸跡は、塚の東よりにあるとも伝えるがその位置は不明である。
 
 

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HP「大平町周辺の昔ばなし」
愛知県岡崎市東部口碑伝説覚書より
(c) Syouichi Masaki,1998 2000,JAPAN
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