むかし、新寺に避病院(病人の隔離場所)があった。或る年、悪病が流行して、この避病院で多くの者が亡くなったと云う。 その後、病院は取り払われたが、いつの頃からか新寺に化提灯が現れると云う話が広がった。新寺には砂川の支流が流れ沼田もあって蛍の棲家でもあったので初夏ともなれば蛍が多く見られ、村の子供の蛍狩場であった。 ある星のない真暗な晩の十時頃、子供仲間三人程が蛍狩りに行き蛍を追っているうち、ふと目の前に現れた大きな灯に気づき、よく見るとそれは白い葬式用の提灯で、持つ人もなくふわふわと揺れていた。驚いて大声を出すと、もう化提灯は消えてしまったと云う。 その後も時々現れたから多くの人が目撃したと云う。
新寺には昔、寺があったと伝える。その跡と思われる畑中から、寺院使用の瓦とおぼしき残片が出土している。それは徳川時代もので、近藤自然庵氏が発見して所有している。 |