力競べ

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眼下の清流


 生田の太郎助、ある日、樫山の小太郎の力を見ようと密かに彼の家を訪れた。その時、小太郎はワラジを造ると言って裏薮より竹を引き抜き、指で竹の節をしごき、たすきにかけた。これから二人は親しくなった。
 ある大水の時、大平川の激流で二人が力競べをすることになった。先ず小太郎が倉の戸板を持って川に入り、続いて太郎助も同じように戸板を持ち、激流を逆上った。この勝負は小太郎が先に進んだから小太郎の勝ちと言う。
 ある年、能見の松応寺境内に相撲がかかったので、力技の好きな二人は見に出かけていった。ところが二人とも金を持っていないので入場出来ず、仕方なく囲いのすき間からのぞいていた。そして相撲を見ながら悪口を言っていた。これを聞いた関取は怒って、二人を引き入れ、関取と相撲をとるようにせまった。二人は「自分達の気に入った土俵でなければ相撲は出来ないから一度土俵を調べさせてくれ。」と言って土俵に上り、そのしめ縄を全部踏み切ってしまった。これを見た関取達は驚き降参したと云う。
 樫山の小太郎は山仕事を業としていたが、何時も斧を山の大木の切り株に打ち込んで帰った。里人が斧を盗まれないかと言えば,笑って、この斧を抜き取る者は生田の太郎助以外にはないと言った。
 樫山の里人、橋を改修するため大石を一日がかりで運び、橋とした。小太郎は夜の内に持ち去り、田の水止めに使用していた。

小太郎石


 樫山の西口近い街道沿の小高い所に小太郎石と云う石がある。この石が小川の橋にと持来たる石で今は磯丸の句が刻まれ、句碑となっている。

 小太郎の墓は自然石で、樫山の町並の東の畑中にある。
 

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HP「大平町周辺の昔ばなし」
愛知県岡崎市東部口碑伝説覚書より
(c) Syouichi Masaki,1998 2000,JAPAN
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