【ラグビーシチー】 栗東 中尾謙太郎厩舎
生年月日 : 1995年4月10日 性別 : 牡 毛色 : 鹿毛 生産者 : 下河辺牧場
父 : ラグビーボール 母 : ホワイトシャンテ 母父 : ホワイトファイア
ODP値 :(B= 37 I= 37 C= 62 S= 13 P= 37)TOTAL=186 DI=1.30 CD=0.13

[5代血統表]

募集写真(2歳)
写真提供:友駿HC 5戦目(中京)

【競走成績】 全成績 : 1−0−1−15 本賞金 : 400万円 総賞金 : 805万円

年月日 開催 条件 距離 馬場 頭数 人気 着順 タイム 3F 着差 斤量 騎手 馬体重 1・2着馬
97/12/07 5阪神4 新馬 D1200 10 5 4 1.16.5 40.1 2.2 54 田島裕 466 セレクトグリーン
97/12/20 5阪神7 新馬 D1400 稍重 8 2 6 1.29.1 39.3 1.6 54 松永幹 466 ティークリッパー
98/02/01 2京都2 未勝利 D1800 16 6 8 1.57.7 39.3 0.8 55 橋本美 466 ホッコーアンバー
98/05/24 3中京2 未勝利 D1700 13 9 9 1.50.0 39.3 2.1 55 松永幹 472 キョーウン
98/06/07 3中京6 未勝利 芝1800 16 7 3 1.50.2 37.9 0.2 55 田島裕 468 エルウェーガリバー
98/06/20 3阪神1 未勝利 芝2500 16 10 10 2.36.2 37.3 1.2 55 田島裕 462 ヤスノテイオー
98/08/09 1札幌2 未勝利 D1700 8 4 1 1.48.1 38.4 55 松永幹 472 スリーランザトップ
98/08/23 1札幌6 500万 D1700 13 2 8 1.49.2 40.1 2.2 55 松永幹 470 ダンシングボーイ
98/09/05 2札幌1 500万 D1700 13 7 7 1.48.4 40.6 1.4 55 松永幹 468 ナカハマキング
98/09/20 2札幌6 500万 D1700 10 4 7 1.48.4 39.1 1.1 55 松永幹 470 ニコラスベル
98/09/27 2札幌8 500万 芝1800 14 5 5 1.51.8 38.0 1.0 55 田中勝 464 エスジーブリーズ
98/10/17 5京都3 500万 芝1200 不良 14 9 6 1.11.8 35.7 1.2 52 白浜 458 ダイゼンユウシュウ
98/10/31 5京都7 500万 芝1200 16 14 12 1.11.7 36.1 1.1 55 田島裕 458 アルケミスト
98/11/14 6京都3 500万 芝1200 18 11 10 1.10.1 34.9 1.1 54 池添 458 ブロードアピール
99/05/01 3京都3 500万 芝1600 18 15 15 1.36.9 36.9 2.3 53 白坂 478 レジェンドライアン
99/05/15 1新潟5 500万 芝1400 14 5 11 1.24.0 37.0 1.8 56 橋本美 476 ザキング
99/06/08 5金沢6 あじさい賞 D1500 稍重 11 7 6 1.37.8 40.3 2.4 56 橋本美 475 エスジーペガサス

ピンク色の欄は地方競馬指定交流競走のものです。

1999.06.17. 調教中に骨折した部分に骨膜炎を発症し退厩 → 乗馬


【ラグビーシチーについて】

エキサイトシチーが無事デビューしたことで、2頭目の愛馬を購入しようとサマーセールカタログを眺めていたら、父ラグビーボールにそっくりで好馬体のダグラス2(募集名)を見つけ真剣に検討。よく調べたら、新春セールの時は関東入厩予定馬だったのに何故サマーセールは関西入厩予定なの?もしかしたら印刷ミスかなと思い、クラブ側に確認をとってから購入。あとで聞いた話では、中尾謙太郎先生が入厩先が決まっていないのなら、是非私のところでと言ったことで、変更されたそうです。
3歳春から良い評判が耳に届くほど(ある雑誌には写真入りで紹介されていました)のお馬さんで、かなり前から期待していた1頭です。また私は、GallopのPOGでもラグビーシチーのオーナーとなりました。そして無事3歳時にデビュー。優勝馬セレクトグリーンにぶっちぎられましたが、見所一杯の4着と健闘。年末・年始にソエがでて一息後、1走して笹針放牧されました。どうしてもラグビー君に会いたくて放牧先の信楽牧場に行くことを決意。その時のラグビー君は環境に馴染んでいてリラックスしているように見えました(たまには暴れていたけど)。見学の際に、いろいろなお話が聞けて、本当に牧場関係者の皆さんには感謝しています。放牧明け2走目に3着に突っ込んできたことで、優勝が見えてきました。長いレースを一度使って、札幌開催の○父戦を狙っていざ出走。レースでは直線に入り他馬をぶっちぎって見事に初優勝!!その後は分厚い500万の壁と戦っています。でもちゃんと小金を咥えて来るあたりは親孝行な馬です。

<1998.10.03.>


1999年6月17日に愛馬ラグビーシチーが引退(退厩)した。ラグビーシチーは私に初めての優勝をプレゼントしてくれ、滋賀県・京都府の牧場(外厩)を見学をするきっかけをつくってくれたりと、今までの愛馬の中でも一番愛着があり、競馬の見方・考え方を変えた馬と言っていいぐらいの功績馬である。1番の思い出はやはり笹針放牧の地であった信楽牧場で再会したときである。
物凄く立派な馬体にカッコイイ流星。ラグビー君は、放牧地でも一際目立っていた。信楽牧場では、ラグビーシチーのことやキョウトシチー、中尾謙太郎調教師、グリーンプレゼンス、外厩制度などいろいろなお話しが聞けて、貴重なときを過ごしたわけである。この時に初めてラグビーシチーに触れることができて純粋に感動したこともあった。また、2週間後にお邪魔した時には、『おぉ!ラグビーは来週帰厩することが決まったぞ』と大声で教えてくれた時なども理屈なく嬉しかったことも覚えている。
ラグビーシチーを負かした馬には、セレクトグリーン、ティークリッパー、ホッコーアンバー、ヤスノテイオー、ニコラスベル、ダンシングボーイ、アルケミスト、ブロードアピールなどがいる。残った馬達の活躍を期待してしまうぐらいラグビーシチーの引退はショックである。もっと能力のある(先のある)馬だっただけに、最後のレースが5歳春の地方交流レースであったことが本当に残念である。

<1999.06.19.>




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