【ケンタウルスシチー】 栗東 鹿戸幸治厩舎
生年月日:1999年4月3日 性別:牡 毛色:黒鹿毛 生産者:旭牧場
父:ヒシアケボノ 母:マヤノクローバー 母父:ハギノカムイオー
ODP値 :(B= 71 I= 32 C=102 S= 23 P= 7)TOTAL=235
DI=1.90 CD=0.58
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| 写真提供:友駿HC | デビュー戦(中京) |
【競走成績】 全成績 : 0−0−1−8 本賞金 : 0万円
総賞金 : 258万円
| 年月日 | 開催 | 条件 | 距離 | 馬場 | 頭数 | 人気 | 着順 | タイム | 3F | 着差 | 斤量 | 騎手 | 馬体重 | 1・2着馬 |
| 02/06/09 | 2中京8 | 未勝利 | D1000 | 良 | 15 | 10 | 10 | 1.02.3 | 37.3 | 2.7 | 55 | 白坂 | 456 | セイクティアラ |
| 02/06/23 | 3阪神4 | 未勝利 | D1200 | 良 | 15 | 12 | 8 | 1.15.2 | 38.8 | 1.2 | 55 | 菊地昇 | 452 | サダムアオイツキ |
| 02/07/07 | 3阪神8 | 未勝利 | D1400 | 良 | 15 | 10 | 7 | 1.27.7 | 39.5 | 0.8 | 55 | 菊地昇 | 452 | ロニーサンライズ |
| 02/07/28 | 2小倉6 | 未勝利 | 芝1200 | 良 | 16 | 10 | 7 | 1.09.5 | 35.7 | 1.6 | 55 | 菊地昇 | 458 | マンデームスメ |
| 02/08/10 | 3小倉1 | 未勝利 | D1700 | 良 | 13 | 6 | 8 | 1.52.3 | 42.1 | 1.4 | 55 | 菊地昇 | 458 | チョウヤルデ |
| 02/08/24 | 3小倉5 | 未勝利 | D1000 | 良 | 14 | 4 | 5 | 1.01.9 | 37.4 | 1.8 | 55 | 芹沢 | 458 | ポップジュエル |
| 02/09/15 | 4阪神4 | 未勝利 | D1400 | 良 | 16 | 6 | 3 | 1.27.7 | 39.0 | 0.2 | 55 | 芹沢 | 454 | ハルノサイテン |
| 02/09/29 | 4阪神8 | 未勝利 | D1400 | 稍重 | 16 | 4 | 4 | 1.26.6 | 38.8 | 0.6 | 55 | 芹沢 | 454 | スズノミヤビオー |
| 02/10/27 | 2福島8 | 未勝利 | 芝1200 | 良 | 15 | 5 | 7 | 1.12.3 | 36.7 | 0.8 | 55 | 芹沢 | 454 | コードネーム |
2002.11.18. 出走レースがない為、退厩
→ 乗馬
【ケンタウルスシチーについて】
年々種牡馬のレベルが上がっていく友駿HCの募集馬の中で、今年の新春セールの中では地味な感じさえあるヒシアケボノ。その初年度産駒の1頭が本馬である。スプリンターズステークス(G1)優勝の実績からも名スプリンターであったヒシアケボノ(半弟にアグネスワールド)、私の印象は、ゲートに入れるのか心配だった程の巨漢馬で、何となく本馬は、その遺伝を受け継いでいるのかもとも思える姿である(あまりにも大きいのは嫌だ)。写真からは、特に首が発達していて、全体的に骨太で、父同様スプリンターぽい体つきである。兄弟にグルメサンシャイン(父サクラトウコウ)、近親に公営の雄であったキングハイセイコー、ミヤシロブルボンがいるし、4代母ホウシュウクインは桜花賞馬と母系もなかなか。そして、入厩予定先が個性的なスプリンター(スギノハヤカゼ、マイスーパーマンなど)を輩出してきた鹿戸幸治厩舎と期待が膨らむ要素が多い。
ドサージュ値からは瞬発力がありそうで、かつ距離適正(1600mまでなら)も意外にありそうな感じで、凄く楽しみな馬である。しかし、会員の方々の評価は、出資書のナンバーから覗うに、人気がないものとなっている。唯一、気になるのは旭牧場産の活躍馬が思ったほどいないことであろうか。
<2000.01.22.>
出走するたびに地味ながら成長し続けた愛馬ケンタウルスシチーが未勝利のまま退厩する事になった。何と行っても9/15に阪神戦での大激闘の末つかんだ3着がベストレースだろう。現地では九州からわざわざ来られたラーさんといっしょに観戦し、ゴール前の撮影では先頭に立ったように見えたほどの激闘であった。残念ではあるが、未勝利馬だったけど一口馬主の楽しみ(醍醐味)を体験する事ができた競走馬であった。
今思えば2歳夏の北海道の育成場での好タイムを連発しているときにデビューして欲しかった(馬房の都合で見送られた)なぁ。その後、秋に栗東トレーニングセンターへ入厩するも輸送熱で頓挫。これが結構重症だった様で、お隣りの島上牧場で2ヶ月ほどリフレッシュ放牧され、それから宮崎県の育成牧場で調整された約3ヶ月間と時間がかかった事、この年から第2回福島開催で3歳未勝利が終了となったことなど、本当に運がなかったというか、致命的なことだった。もっと時間さえあれば1勝はできただろうし、地方交流レースをつかえば違った結果もあったのではと、想像することは数多くある。
あの愛くるしい顔をもっと長く見たかったと今でも残念な気持でいっぱいの愛馬でした。
<2002.11.18.>