タイタニック号に届いた流氷警告リスト
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以下は、1912年4月14日(日)にタイタニック号が受信した氷山に関する警告のリストです。これらを見るとわかりますように、スミス船長に確実に伝わった情報は最初の2件だけのようです。
氷山の警報を発信した船と日時 |
タイタニック号の応答 |
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| 1. | 午前9時 キャロニア号(キューナード社) | スミス船長自ら返答。 |
| 2. | 午後1時42分 バルティック号 | このメッセージはイズメイ氏(※1)に渡されたが、船長が午後7時15分に返すように言うまでイズメイ氏が持ったままになっており、それで船員に知れるのが大幅に遅れている。 |
| 3. | 午後1時45分 アメリカ号(ドイツの定期船) | タイタニック号は、ワシントンDC米国海軍水路局経由で夕方、この情報を受信した。しかし、この情報はブリッジには届けられなかった。 |
| 4. | 午後7時30分 カリフォルニアン号(※2) | アンティリアン号宛の氷山警告のメッセージをタイタニック号は傍受した。このメッセージは確実にブリッジに届いたかどうかは不明。 |
| 5. | 午後9時40分 メサバ号 | タイタニック号に向けて氷山の警告。この船が示してきた場所はまさしくタイタニック号の航路と重なるものであった。このメッセージも確実にブリッジに届いたかどうかは不明(※3)。 |
| 6. | 午後10時30分 ラッパハノック号 | この船自身が氷のため船の操舵機を損傷。タイタニック号に信号灯で警告してきた。タイタニック号はこの警告に同じく信号灯で返礼している。 |
| 7. | 午後10時55分 カリフォルニアン号 | タイタニック号に向けて氷山の警告あり。しかし、タイタニック号の通信士はこの時、レース岬との交信中で、カリフォルニアン号の警告を「うるさい。黙れ。」と返答している。このやりとりもブリッジには伝えられなかった。 |
※1・・・イズメイ氏
タイタニック号の船主。スクリーンでも登場していました。スミス船長にスピードを出せとうるさくせまっていた人物です。この人物は船主でありながら、比較的早い段階で救命ボートで脱出しているため、生還後も死ぬまで世間の非難を受ける生涯を送ったそうです。
※2・・・カリフォルニアン号
タイタニック号が氷山衝突後、SOSを送信した時、最も近くにいたのは、実際に救助に来たカルパチア号ではなく、カリフォルニアン号でした。この事実については、またこのコーナーの続編で詳しく書きます。
※3・・・メサバ号からの警告(二等航海士ライトラーの証言)
二等航海士ライトラーは生還し、1935年に出版された『タイタニック号とその他の船舶』という本の中で、このメサバ号からの警告をタイタニック号の通信士が、他の通信業務に忙殺され、ブリッジに報告する事を大幅に遅延させたのが、氷山衝突の最大の原因だと証言しています。
参照:『タイタニックは沈められた』(集英社)
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