あのシーンは実際にあったシリーズ
タイタニック号の音楽家たち
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今まさに、沈み行くタイタニック号の船上で、最後まで演奏を続けたバンドメンバーたち。これはとても有名なお話ですので、多くの方は既に詳しくご存知でしょう。
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タイタニック号には8人のバンドメンバーが雇われていました。彼らは2等船客扱いとして乗船していました。
バンドは2つに分かれていたようです。一つはトリオで、"ア・ラ・カルテ"というレセプション・ルームで演奏してました(バイオリン:ジョージ・クリンズ、チェロ:ロジャー・ブリコックス、もう一人は不明)。そしてもう一つのバンドは、バンドマスターのウォレス・ハートリーが率いてました。航海の間、彼らは、様々な地方のラグタイムやポピュラー・ソングで乗客達を楽しませました。時には、ファースト・クラスのラウンジやファースト・クラスのエントランスとなるデッキ傍で演奏することもありました。
沈み行くタイタニック号の船上でバンドが演奏を続けた事は事実で今や伝説のようになっています。しかし、惨事の夜何が演奏されたのか、その曲目は定かではありません。おそらく、なにがしかの軽快な曲を演奏したと思われます。けれども、いくつかの証言によると、ある時点から、"Nearer My God to Thee" あるいは "Autumn" のような、悲しい曲調の賛美歌を彼らは演奏したようです。
| バンドメンバー: | |
| Hartley, Mr Wallace Henry (バンドマスター) Brailey, Mr W. Theodore (ピアニスト) Bricoux, Mr Roger (チェリスト) Clarke, Mr John Frederick Preston (ベース・バイオリニスト) Hume, Mr John Law (ファースト・バイオリニスト) Krins, Mr Georges (バイオリニスト) Taylor, Mr Percy Cornelius (チェリスト) Woodward, Mr John Wesley (チェリスト) |
![]() タイタニック号のバンドを演ずるのは、スイスのクラシック管弦五重奏団『イ・サロニスティ』 |
ウォレス・ハートリー氏について:
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彼は、バイオリニストで、タイタニック号の前は、モルタニア号(キューナード汽船)に乗船していました(キューナード社は、ホワイトスターライン社のライバル会社。ちなみにタイタニック号の救助に駆けつけたカルパシア号もキューナード社)。タイタニック号乗船前の1週間は、婚約者と共に過ごしたようです。 タイタニック号の惨事の後の1912年5月4日、彼の遺体は発見され、ホワイト・スター社のアラビック号でハリファックスからリヴァプールに到着しました。ハートリー氏の遺体は霊柩車で故郷コーン(ランカシャー)に運ばれ、大勢の参列者が見守る中、埋葬されました。 |
![]() ジョナサン・エバンス・ジョーンズ演ずるウォレス・ハートリー |
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