ABERDEEN (1)


最初に訪れたのが冬だったせいもあってか、Aberdeenには「白い街」「白とグレーのグラデーションの街」という印象が強く残っています。花崗岩で造られた建物が多く、街全体が白っぽく見えます。 一方、街のシンボルカラーは赤です。何となくその理由がわかるような気がしませんか?

アバディーンは港町で、街の中心からすぐのところに港があり魚市場があります。 ひきりなしにカモメが飛び交う風の強いところです。たまたま冬だから風が強かったのかなと思っていたら、宿のおばちゃんも「ここは1年中風が強いのよ」と言ってました。 アバディーンは漁業と、特に北海油田への本土の窓口として栄えています。街もなかなか活気があって、ちょっとグラスゴーを彷彿とさせる雰囲気があります(^-^)。


Blackface

「スコットランド人はケチである」というのがイングリッシュのスタンダードジョークですが、その中でも一番ケチなのがアバディーンの人ということになっているらしいです。 これと言った理由はよくわかりません。 『イギリス人のユーモア』(サイマル出版会)にこんなエピソードが紹介されていました: アバディーンに着いたある人が街がとてもきれいなので「きれいな街ですね」と言ったところ、「ケチだからゴミも捨てない所だと言われてますからね」と言われたそうな。 こういうユーモア感覚、巧みなジョークや切り返しが即座に出てくるところがスコットランドを好きな理由のひとつかもしれません。 ユーモアの定義とは「それでもなおかつ笑う」ということだそうですが、自分自身を含めて笑い飛ばせることのできる人というのは偉いなぁと思うのです。

Dunnottar城には笑えるような笑えないような思い出があります。もしここに行かれる方がいらっしゃっても、決して私のようなことをしてはいけません。 Dunnottar城はアバディーンからバスで20分くらいのStonehavenという街の郊外にあります。 夏はフィッシングの客でにぎわうこの街も、冬はひっそりとしずまりかえって、ツーリストインフォメーションも閉まっています。 旅行は行き当たりばったりを身上としている私、インフォメーションが閉まっているのも知らず、どうやったらお城に行けるのかもわかりませんでした。 街の人に教えてもらったNewsagentで簡単な地図を買って適当に歩き始めました。 地図によればお城は割と太い道路沿いに歩いていけば見つかるらしい。 これは楽勝♪と歩き始めたのはよかったのだけど。

道の途中でこんな標識を見つけました:『パブリック・フットパス → 戦没者記念碑・Dunnottar城へ』 地図によればお城は海沿いにある。 ところが太い道は右側に曲がっていく。 ひょっとしてパブリック・フットパスを通った方が近道なのでは!…なんてことを考えてしまったのですよこの方向オンチが(^^;。


Dunnottar Castle

実はこの方向オンチ、Newsagentで地図を手に入れるまでに既に1回道に迷っていたのです。 2時間近くもどこを迷っていたのやら。 冬のことで日の暮れるのも早い、とあせっていたのもトホホの原因。 田んぼのあぜ道のようなフットパスを歩いて行くと、確かに人が踏みしめた跡がある。 ふんふんこっちでいいんだな、と更に歩くと戦没者記念碑が見えてきました。 そしてはるか遠くにはお城らしきものが見えるではないですか! やったね〜と歩みを進めることしばし。が。何かがおかしい。

…道が、ない。
さっきまであったはずの道が、いつしか草ぼーぼーのただの崖っぷちになっており、眼下に見えるものは北海の荒波のみ。 海からの風はかなり強くまっすぐに立てない。 いや立つ余地がないというのが正解。写真を見ていただければわかりますが、この城は海で浸食されたリアス海岸の崖の上に建っており、私が歩いていたのも同じ崖っぷちでした。 真下に広がる砕ける白い波を見ながら 「あーここで落ちたらきっと見つからんな〜。今パスポート持ってないし、マヌケな身元不明死体の出来上がりだな〜」と下らぬことを考えていたのです。立ってられないからはいつくばった状態で(笑)。 さんざん迷った上に城にたどり着けないなんて。何のためにここまで来たのか?!しかし引き返した方がいいのだろうか、と思ってもすでに引き返せない道になっていました。 うねうねと崖沿いに歩いてきたため、どちらから来たのかわからなくなっていたのです。 風に煽られながらはいつくばった状態でカメの歩みを続けることしばし。やっとまともな地面のあるところまでたどり着けました。 そしてお城もすぐ目の前に!

お城にたどり着けた嬉しさと緊張感が一気に解けた私の目の前を親子連れが通り過ぎていきました。

…ん?
親子が去った先には門があり、先ほどそれた道は、入り口のすぐ目の前につながっていたのでした。


Dunnottar Castle


ダノッター城

9世紀頃造られた要塞型の城。現在は廃墟となっている。 1297年、ウィリアム・ウォレスはプランタジネット(イングランド)の守備隊をこの城と共に生きながら焼き落とした。 17世紀の清教徒革命の際に、王権を信奉する多数の男女がこの城に幽閉されれ、拷問を受けた。 彼らは政府に没収されないようスコットランドの王冠・王笏も一緒に隠し持っていた。 ある言い伝えによれば、近隣の教会の牧師の妻が糸巻き棒に見せかけて城から王冠と王笏無事に持ち出したという。
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