この人、2冊目です。
1冊目は講談社ノベルスの『迷宮 Labyrinth』だったんだけど、これが自分にはダメだった。
いや、こういうの、好きな人は好きなんだろうなと思うけど。読む前に「これはミステリ」と思
い込んでたのがいけなかったのかも。ちなみに巻末の「最新刊案内」での説明を見たら「ミステ
リ+ホラー+幻想」でした(笑)。だけどその3つともに弱くて、力が分散しちゃってる感があっ
た。
近頃よく聞く名ではあるのだが、こんなに合わなければもういいか、とも思ってたんですが、
ネットを散歩しててこの本の噂を小耳にはさむ。いわく、「文字そのものの恐怖」を描いた物語
とか。
むむ。もしほんとなら、それはとっても自分のツボである。
とにかくわたしは、それが活字であれ手書きであれ、文字という奴に滅法弱い。
活字中毒、読むものがないとやってられない、という意味で弱いことは言うまでもないが、
「文字それ自体」にも非常に弱い。
映画『セブン』の感想でも書いたが、万葉集に、上半分が未だに全く解読不能の歌がある。わ
たしはこれがこわい。
莫囂円隣之大相七兄爪謁気 わが背子がい立たせりけむ厳橿がもと(九 額田王)
(せこ) (いつかし)
初めてこの歌を見た瞬間、背筋に鳥肌が立った。
後半部分は「わが君がお立ちになったという神聖なかしの木のもとよ(旺文社対訳古典シリー
ズ 桜井満訳注)」という意味。ということは推測するに、恋人が旅立ったことを歌った訳で、
前半部分には大して意味がないか、あってもその相手への想いを詠んでいるとしか思えない、な
のにわたしはこの歌がこわい。
それはもう、手がつけようがないから怖いのだ。あまりにも意味不明なのに、そこには何か、
自分にはどうしても読み取れない確固たる意味がある。判らないから想像だけがふくらむ、それ
が怖い。
特にこの、最初の3文字が突出して怖いです。「莫」「囂」と続いてそれが「円」とまとまる
のが怖い。ぐわあっと膨らんだ異様なものがおそろしく大きなところで丸い貌をとるところを想
像してしまう。って、何が何だか判らないでしょうが、大丈夫、自分でもよく判りません(笑)。
でも怖い。とにかく異様に怖い。
こういう性癖を持っているわたしに、この物語はベストマッチでした。予想通り、がっぷり四
つにハマった。
逆に言えばこの手の傾向が無い人には、かけらも面白くない話だと思うのですが。「だからナ
ニ?」という以外の感想しか浮かばないに違いない(笑)。
ホラー、すなわち怪談で、二段落としのパターンになってるのですが、これも非常に上手かっ
たし。まず一段目が落ちて、その後に仕切り直し、そして二段目の落ち、とくる訳ですが、こう
いう場合、二段目落ちがラインとしては最終的に一段目と相似形になるのは当たり前。そうでな
ければ怪談じゃないものね。「お前さんが見たのは、こんな顔だったかい?」ってヤツだ。
けれどもある程度の長さのある話で完全に同型の二段落ち、は無論できない訳で、そうすると
どうズラすか、ということが重要になってくる。最初の展開とどうズラして、そしてその「ズレ」
の間に何を発現させるか。それが上手い。
最後の「パズル」では正解がこんな簡単でいいのか、とも思うが、まあ、これは別にミステリ
じゃないしぃ(笑)。
しかし本当、こういうの読むとしみじみ日本人で良かったと思う。
漢字の何が凄いって、成分を組み合わせていくらでも新しい文字が製作可能、ということだと
思う。例えそれが画数〜十画、とかになろうが(笑)。
この話に出てくる漢字を見ていても、その「執拗なネーミングの欲求」には呆れ返る。「屍者
の顔面で蠢くもの」「同じく窪むもの」なんぞに文字が与えられていたなんて、皆さん、知って
ました? おそるべし中国人。
しかしそれを上回って日本人は凄いと思うのが、その文字にどのような読みをつけても良い、
ということだと思う。成分に元々備わっていた発音なんかお構いなし。その、つけたもの自体の
名をぽんとつけてしまう。変換できないので倍角状態になってしまうんですが、馬へんに因、す
なわち「馬因」という一文字、これ日本語で何と読むか知ってます? 答は「どろあしげ」。
「浅黒い毛に白い毛の混じった馬」、ただその状態の馬の為だけに存在する、他には全く何の意
味の無い文字。それをつくっちゃう中国人も凄いがこれに「どろあしげ」と仮名をふる日本人も
どうかしている(笑)。
とにかくこの、そもそもの「名付け」、そしてできたものから無数に派生するパズルのごとき
「名の増殖」、更にそれに新たな音で意味をぎゅうっと固定し直す「再度の洗礼」、これがわた
しにとっての漢字というもののツボ。「意味」に付けられた「文字」、その「文字」を見て脳裏
に乱舞する「意味」。この間を浮遊する、とらえられないもやもやとした「決して名づけられな
いものたち」、これがわたしはえも言われぬ程好きです。
2001.3.22
……昨今のメール流行りで「愛の告白までメールとは何て味気ない」とお嘆きの方々がおられ
るそうですが、こんな性癖のわたしとしては、直接言われるよりも、もしか、文字の方が声の何
倍も深い深い、魂に近いところにぐっと入るかもしれない(笑)。「文字」であればいいので、
手書き・活字は関係なしです。そういうことはそこに記されたものには全く関係がない。そこに
「ぬくもり」とか何とか言ってこだわっている人は、ある意味において想像力が無さ過ぎ、別の
意味で想像力が豊か過ぎるのだと思う。
……いっっちばんコワかったのは、「不」の字の四画目がくっついてないこと(笑)。
いや、確かに、こうやってパソコンのフォントで見てみても離れてるんですが、でも実際に手
で書く時には誰でもくっつけて書くでしょー? わたし、これを見るまでここが離れてるだなん
て意識したこともなかった。
この、何とも言えん不安定な間隔のあき方が実にコワい。頼むからしっかりくっついて存在を
この世に固定させてくれよー、と切に思う。3画目の頭がちょっとでっぱってるとこも微妙にイ
ヤですね。
「蠻」の章のあの一文字もかなりにコワかった。これは心臓すうっと冷えました。
……逆に、あああ、これは惜しいなあぁ、と思ってしまったのは、ラスト。
見えちゃうんですねぇ、どうしても。ここは次のページを何の意味もなく真っ黒に印刷してで
も、透けて見えないようにして欲しかったわ。
……この恐ろしくも魅惑の館に入るには条件があって、
「名字は二文字で総画数25画以上、もしくは一文字で15画以上(ペンネーム不可)」。
これより下の人間は「薄められた凡庸な名前の者」なんだそうです(笑)。勿論わたしは、凡
庸な人間だ(更に笑)。
しかしうちの母親の旧姓は「遠藤」という割合ありふれた名字なのだが、この条件、満たしちゃ
うんだよね。こんなんでいいのか、文字禍の館。
また、うちの父親は日本一多い名字なのだが、名前の方はおそらくそう大勢はいない、と思う。
少なくともわたしは一度も、どんな媒体でも父親と同じ名前の音を持つ人を見たことがない。こ
ういうのもなかなかだと思うのだが、どうか。漢字は普通だけどね。