『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』、どっちが好きかと聞かれたら、かなり困って
しまう。
でも、「どっちに行ってみたいか」と言われると、あっさり「鏡」だと思える。
だって、子供の頃は、誰でも一度は考えるよね。あの鏡の向こう、ここからは見えない部分は
一体どうなっているのか、そこにも自分の知っている誰かに似た人は住んでいるのだろうか、も
しかして、映ってない部分はこっちとはまるっきり違うんじゃなかろうか……。
それに入った世界がチェス・ボードの上だった、ってのもそそる。チェス、好きなんですよ。
超がつく下手さだけど(笑)。
好きになったきっかけって、まさにこの本だったと思う。これも、「不思議」と同じで小2の
頃に読んだんだけど、何故か当時、うちにはチェス・セットがあったんですよ。プラスチックの、
安物でしたが。ねだった覚えもないし、親がやっているところを見たことさえなかったんだけど、
一体どうしてあんなものがうちにあったのか、今も謎。
勿論、チェス盤片手に、読みました。駒を並べてね。チェスの初歩ルールは、みんなこの本か
ら学んだ(笑)。
テニエル描くアリスも、「不思議」のそれよりちょっぴり成長していて、どことなくコケティッ
シュで、魅力を増してたし。もっともこのアリスの絵、キャロル自身はあまり好いてはいなかっ
たようですが。だってアリス・リデルには全然似てないもんね(笑)。
夢の中の風景は、いつだってほんの少しものがなしい。
そう、この国、この鏡の国が、不思議の国と決定的に違うのは……そこに明らかに流れている
やるせなさ、ものがなしさだ。
不思議の国では、その中ではどこにも旅立たなくて良かった。
けれどもここでは、動いていかなければならない。この国では、止まっている為には走らなけ
ればならないのだ。
アリスは汽車に乗って旅に出る。ホームを離れる汽車というのは、いつだって少し切ないもの
だ。
この国の生き物達は、皆どこかかなしくさびしい。
憂鬱な蚊、名前を忘れた小鹿、夢を見ながら眠り続ける赤の王、罪を犯す前に捕らえられる使
者、発明好きの白の老騎士。
出会っては別れていく、その度にかすかに胸が痛くなる。
こんなことは「不思議」の国にはなかった。
特に際立った人物は、誰でもが思うように、白のナイトだろう。白いもしゃもしゃの髪、穏や
かで優しい青い瞳、あたたかい微笑み……そして夕日の中で、しずかに歌う声。
何年たっても、アリスはこの風景を忘れず、すっかり思い出すことができた。
女王になる為去っていく彼女。「あの曲り角までわたしを見送って、ハンカチーフを振って下
さい、そうしていただければきっと勇気が出ますからね」。
自分の目前を否応なく過ぎ去っていく時と人に対する、ささやかな、ささやかな望み。
中学の頃、一ヶ月間連続して、同じ夢を見ていたことがある。
夢の内容は、つまらないものだ。
朝、起きる。朝食を食べ、学校に行く。こともなく授業を受け、帰宅して、テレビを見たりご
飯を食べたりお風呂に入ったりして、ベットに入り、寝る。
と、現実の自分が目を覚ます。
一体どうしてそんなことになってしまったのか皆目見当もつかないのだが、とにかくほぼ一月
にわたって、わたしはそういう夢を見続けていた。そしてやはり理由は不明だが、ある日突然、
その夢はぱたっと終わり、二度と訪れることはなかった。
これは実際問題として、非常に疲れます(笑)。いや、そりゃ寝ている時は肉体は休んでいる
のだろうけど、気分が休まらない。寝た、という気が全然しないんですね。活動が2倍で休みゼ
ロ。しかも、鳥頭なわたしは、夢の授業の内容なんざさっぱり覚えていなかったから(実際の授
業の内容も同じく(笑))、そういう方面でも何の役にも立たなかったし。
ただ。
取り立てて目をみはるような出来事の何もない、平々凡々なその世界の中で……わたしは時々、
ひどくとまどった。
自分が今いるのは、どっちだ?
それを区別する術は、何ひとつなかった。
わたしは実は、夢の中でも殆どの五感がある人なので、「痛いからこれは夢」の類の判断がで
きないのだ(でも大人になってから気づいたんだけど、嗅覚は殆どないようだ。てことはもしこ
んな事態にまた陥ったら、「匂わないからこれは夢」って判断をすればいいのか?(笑))。
どっちにいても、判らなくなった。繰り返すが、2つの世界を区別できるようなものは、その
時には何ひとつなかったのだ。
とすれば。
「今どちらにいるのか」というのがさしたる問題になるだろうか?
夢が現で現が夢か。
わたしには、それがどちらであっても、その時には全く、問題がなかったのだ。
時々、本当にごく時々、今でもふっと思うことがある。
もしかしたら自分はあの時、眠りについて……そのままずっと、夢の中なのではないか?
今がどっちか判断する術なぞ、本当にあるのか?
もしも夢の中なら……一体、いつ、「目覚め」るのだろう。
そして「目覚め」が更に別の夢の中でないと、どうやって判るのだろう。
夢を見たのは、果たしてアリスか、赤の王様か?
2000.5.10
……ところでやはりいやしいわたしは、この物語の食べ物にも非常に非常にそそられました。
レーズンが嫌いな癖に、レーズン入りのプディングにまでそそられた。例えどんなに奴にののし
られても食ってやる、と思ってた(笑)。吸い取り紙プディングまで食べたかった。
バタツキパンチョウも美味そうだった。「クリーム入りのうすいお茶」を入れるとどこからか
現れるような気がして、現れたらさっととっ捕まえて食ってやろうと待ち構えてた(笑)。
とどめに、赤の女王がアリスを引っ張ってガンガンに走らせた後にくれる、カラカラのビスケッ
トさえ美味そうに思えた。喉がどんなにつまっても食べたかった。ああ、ほんとにしみじみとい
やしい。