超級市場主宰の齊藤雅彰は、2003年8月6日から12日までの一週間、サハリンへ行って芝居をやってきました。舞台芸術工房森の会のサハリン公演の客演での参加です。会場は「チェーホフ記念国際演劇センター」(ユジノサハリンスク市)で、8月10日に2ステージ行いました。演目は『イゼルギリ婆さん』原作はゴーリキー、脚色は本山節彌、演出は菅村敬次郎。


 サハリン公演音楽舞踊劇「イゼルギリ婆さん」

今から135年前、広大なロシアの大地に生まれ数々の名作を世に送り出した大作家ゴーリキー。大地を見つめ、そこに生きる人々を深く愛したゴーリキー原作の「イゼルギリ婆さん」。
「ロシアにおける日本文化フェスティバル2003」の中の30もある催しの一つとして、ユイジノサハリンスクとコルサコフで上演してきます。歌や踊りもふんだんに入っている「音楽舞踊劇」です。超級市場の齊藤は普段はストレートプレイ中心だが、いつもと違う分、新しいこと体験好きな人間ので、楽しんでおります。
齊藤の役は、モルダビヴィアという村の長老(村長)で、結構重要な役を授かっております。札幌では何年も前から上演されてきた芝居なので見た方もいるかも知れませんが、今回のために台本も書き直されて、演出も新しい試みをしているので、以前にない味わいがプラスされていると思います。


 一日目【2003年8月6日(水)札幌からユジノサハリンスク市まで】

我々は8月5日の夜中11:00PMに札幌駅に集合した。札幌駅から貸し切りバスで12:00PMにいざ稚内に向けて出発する。稚内には翌朝6:00AM着の予定だ。稚内からフェリーで5時間半でコルサコフに到着。バスに揺られてユジノにつくのは8:00PM頃の予定。
三々五々集まってくる出演者、スタッフ。バスで6時間も揺られるため、寝ておこうと目論んでいた。隣に座った、老人役の高島さんにビールをいただいた。ビールを飲みながら高島さんといろいろお話をした。なんと私の大学の大先輩であることが分かった。さらに私の田舎の高校で先生をしていたという。おお、良い出会いだ。さい先良いぞ!
バスの移動は体を伸ばすことが出来ず辛かった。稚内に着いてからフェリーのスタートまで4時間もあった。稚内を日本時間で10:00AMに(サハリン時間で12:00AM)スタートした。みんなわくわくしていた。
稚内を離れて、まもなくサハリンの最南端の半島が見えてきた。携帯はまだ日本と通じていた。コルサコフの港が見えてきた。くすんでいた。
岸壁に降り立ったがすぐに、バスで税関に移動。この税関が長い長い。待たされた。
マイクロバス2台でコルサコフをスタートした時間は7:50PM頃だったが、まだ明るかった。
ユジノサハリンスクのホテル「モネロン」に8:50PM頃到着した。「モネロン」はユジノサハリンスクの鉄道駅の駅前通的な位置にあった。しゃれた入り口だった。
夕食のレストランの予約時間の関係で、急がなくてはならなかった。急いで部屋に行き荷物を置いて、ロビーに集合した。夕食はレストラン「トヨハラ」9:30PMについた。名前の通り日本食レストラン。もちろん日本食が出たので、おいしかった。ユジノサハリンスクは日本の領土だった頃は「豊原市」だった。その名前をレストランの店名に付けたのだろう。ロシア人も結構入っていた。値段はサハリンの人たちには高いと思うが、客は入っているようだ。
部屋に戻った。これがロシアの一般的ホテルとは思いたくないが、日本だったら絶対に売れない部屋だった。私がいままで日本で経験した最低のホテルの方が、遙かにりっぱだ。では、すてきな私の部屋を紹介しよう。
まず鍵。日本では、物置の鍵でももっと立派なものだろうと思えるほどの、さも、これは鍵ですっていう、ごっつくてかぎかぎしているものだ。鍵穴は、のぞくと、部屋の中が見える。差してからぐるぐる回さないとドアが開かない。しかも凹側が大きくて鍵がフィットしないもんだから、こんなスカスカで用を足すのかとても心配。さすがロシア、この鍵がスタンダードなのか!と驚いた。だが、この鍵は、やはりロシアでも古い物だったようで、私の滞在中に新しい鍵に変えられた。ああ、鍵を写していなかったのが悔やまれる。冷蔵庫がでかい。電気が入っているが、何も入っていない。部屋の広さは四畳半より一回り狭いくらいなのに、冷蔵庫は日本のビジネスホテルによくあるこざっぱりしたタイプより4倍くらいでかい。部屋のスイッチが2つあるのに、一つは壊れているというか、スイッチを入れても何も作動しなので、何のスイッチかわからない。部屋にはシャワーがない。トイレもない。小さな洗面台はある。蛇口には水とお湯の表示があるが、水しかでない。我々のチームの他の部屋では、その洗面台すらない部屋があった。もちろんその部屋には蛇口もない。ベットは寝てみると、それぞれのスプリングどこにあるかわかるくらいはっきりと体にくい込んでくる。体にかける毛布が使い古されていすぎる。結構うすくて、寒さをしのげないときがあった。
トイレは各フロアーに男2つ、女2つある。トイレのドアにロシア語で男か女か書いてあるのだろうけど、わからない。色とかマークとかでわかるようになっていない。たぶんこっちが男用だと思われる方を、自分で決めて使うことにした。まあ、後から何となく出入りする人を見たら、私が決めなかった方から女性が出てきたから、あたっていたようだ。
トイレのペーパーは、新聞紙を手頃の大きさ、つまりお尻を拭きやすい大きさに切った物が、壁に付けられたケースに入っていた。便器は洋式だが、便座がなかった。誰かに盗られたわけではなく、最初からないようだ。便器の横にはブリキのバケツがあり、お尻を拭いた紙を捨てるのに使う。水に溶けるペーパーはない。私は、ポケットテッシュを何十個も持って行ったので、大いに助かることになる。
しかし、うんこするのが大変になってしまった。腰を浮かせた状態で挑まなくてはならない。テレビは6チャンネルある。ロシア以外のドラマや映画もやっていて、吹き替えをしているのだが、結構いいかげんだ。英語とか平気で聞こえているうえにロシア語一拍遅れてやってくる。何故かどの局みても、必ず遅れて吹き替えがやってくる。まあいい加減ってことか。
初日から一つへまをした。テレビの受信状態を良くしようと、テレビの上のアンテナをいじっていたら、ポキッと折れてしまった。微妙なバランシスでねじ込み、一見立派に垂直に立たせ、以後一切さわらないようにしておいた。(ごめん)


 二日目【2003年8月7日(木)】

10:00から18:30まで、劇場で稽古だ、観光に来たわけではない、芝居を上演しにきたのだ。だがトイレ問題、食事問題、と楽しみが盛りだくさんだ。
劇場のトイレに期待をしていたが、ホテルと同じく便座のないものだった。トイレットペーパーはやや茶色の堅いロールであった。やはり水に溶けないものなので、お尻を拭いた後は、横のブリキのバケツに捨てていた。
朝食はおにぎり2個、昼は日本食のお弁当。夜はレストラン「ふる里」でカツ重。通訳の方は二人いて、20歳半ばの男性ロマンとサハリン大学の学生カーチャ。
サハリンの人たちは自転車に乗らないらしい。我々の滞在中に、大人が自転車に乗っているのを見たのは、たった一人だった。子供は結構いたが、それでも一日に数人見る程度だ。カーチャに、聞いたが、自転車は子供の乗り物という感覚があるらしい事と、大人が自転車に乗る習慣がないみたいだ。本当の理由はわからなかったが、私が思うには、長い冬で自転車の乗れる期間が少ないことや、もともとみんなが乗らないため乗るという習慣がなくなったか、贅沢品なのか、かなあ。
ホテルのシャワーは一つしかない。そして予約制である。宿泊客みんなが予約するから、順番待ちで利用できるのが夜中とかになってしまう。私は、一度も使わなかった、部屋のささやかな洗面台がもっぱら私のお風呂代わりとなった。
この日は、稽古後、サンタリゾートという地元では結構ハイソっぽい感じのリゾート地へ行きジャグジーとシャワーを満喫させてもらった。日本人の私にとってこの時が、このサハリンの地での滞在で唯一の風呂らしい風呂であった。
夜にホテルから、日本へ国際電話をかけた。プリペイド式のカードを105ルーブルで買って、そのカードをスクラッチして割り当てられた番号を出し、それを公衆電話に打ち込んでいく方式なのだ。が、打ち込んでいく過程で、何回かロシア語で指示が入ってきて、その指示が言い終わるのを待ってから、次の数字を打ち込まなければならない。これが初めはタイミングがわからずうまく出来きなかった。もちろん指示はロシア語なので、チンプンカンプンである。フロントのおねいちゃんにヘルプをし、何回か教えてもらってやっとわかった。札幌への国際電話のかけ方は完璧になった。フロントのおねいちゃんは英語ができたので助かった。チンプンカンプンのロシア語より、カタコトの英語の方が遙かに通じる。ただし、フロントにおじさんがいるときはだめだ、おじさんは英語が通じなかった。


 三日目【2003年8月8日(金)】

本日も、朝起きてすぐ準備をし、マイクロバスで劇場へ向かった。
観光に来たわけではない、芝居を上演にきたのだ。だがどうやったら気分良くうんこができるのだろう。
本日は10:00から20:00時まで稽古をした。少しでも良い芝居に仕上げたい一心から、稽古時間がのびてしまったのだ。稽古後、劇場の向かい(確かに道路を挟んで向かいにあるのだが、200mくらい離れている)のビジネスセンターに夕食をとりに行った。予約しているらしいのだが、何のトラブルかそこで夕食はとれない事になり、急遽○○名の団体が分散して他の場所で夕食を取ることになった。日本食レストランも受け入れれる人数に限りがあったたため、私の5〜6名のグループはもれてしまった。その後数件の食事出来そうな店を回ったが、結局夕食が出来る店はなかった。午後9時なのに。札幌なら、何でも好きな料理を食べられる時間帯なのに。さすがサハリンだ。いいぞいいぞ。仕方がないので、駅前のキヨスクでピロシキとスプライトを買った。キヨスクで種類の少ない素朴なパンを物色していて、ピロシキが通じたときは思わずうれしくて買ってしまった。スプライトも通じた。しかし、こちらは見ながら指して、カウンターの後ろに陳列している物を取ってもらって買うので、同じ物でも選べない。つまり、私の買ったスプライトのペットボトルは、周りがべたべたしていた。そんなもんあらかじめ拭いておけば良いじゃないかと思うのだが、その辺がロシア人のおおざっぱさなのか。といっても、店のおねいちゃんは韓国人だった。過去からの時の流れを感じた。


 リンク集

 ロシアにおける日本文化フェスティバル
 在ユジノ・サハリンスク日本国総領事館
 札幌国際大学


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