「鋼の錬金術師」二次創作小説(第9巻第34話「戦友(とも)の足跡」より) あらしの舞踏会 中庭に呼び出された時ブロッシュ軍曹は、ロス少尉が怒っているのに気づい たが、あえてそこに触れはしなかった。少尉は真面目だから、わりと義憤を感 じやすい性格だし…とりあえず、ここ数日は呼び出しくらうような失態はやら かしてないはずだけどなぁ、と己を省みてみるが。何かマズイことをやらかし て、しかもそのマズイことに自分が全然気づいていないのだとしたら、相当に マズイのだが。そんな「マズイ」の三重奏になったら、それはもう、一発お見 舞いされるのを覚悟しなければなるまい。それでも軍曹は、そう悲観的にとら えてはいなかった。ヤローの上官に殴られるのは嫌だが、まぁ、彼女になら いいか、と。お断りしておくが、彼には被虐趣味は無い。が、いささかのぼせ やすい性格であることは、確かである。 「軍曹、今度の警備任務について若干の変更があったので、伝達しておきます」 木々の間に立ち尽くし、疲れたため息交じりに、マリア女史は切り出した。 例のあれか…軍上層部が主催する舞踏会やらの、警備の話だ。もちろん憲兵隊 もその会場となる瀟洒な建物の周囲を固めるという話だが、軍曹たち下っ端軍 人も駆り出されることになっていた。正直言って、他人が楽しそうに飲んだり 食ったり踊ったりしているのを傍目にしながら、直立不動で任務に当たるなん て、やりきれないのが実際だ。それくらいなら、例の兄弟に付き合ってた図書 館やら病院やらの方が、まだマシってもんだ。さすがにあの廃屋のことは、 忘れてしまいたいが… 「念のために言っておくけど、これは重要な任務なのよ。軍部の予算は、国民 の血税はもちろんだけど、加えてこの国の多くの産業によって支えられている。 その実業界の有力者・資産家の皆さんの援助によって、今の我々があるのだか ら、彼らとの友好関係を保ち続けることは、私たち自身のためでもあるのよ」 …棒読みですよ、少尉……とツッコミ入れたかったが、止めた。こういう 誠意のない口調の先生がいたよなぁ、小学校時代…もっとも、恩師はこれほど 美人では、なかったが。 「それで、変更って?会場とか、日時の変更ですか??」 「そんなことなら、わざわざ呼び出したりしないわよ…そういうことで、民間 人が多く招かれるパーティだから、制服の軍人にうろうろされると目障りなん ですって!よって、警備の軍人も私服警戒するように通達がきました。軍曹っ、 早急に貸衣装屋に行って、タキシードを借りてきなさい!領収書を忘れないよ うに、名義は例の下請け業者名で!!」 タ、タキシード…めんどくせぇ〜と、げんなりするデニー君だった。軍人に なって、冠婚葬祭いずれの時も軍服で済むのが、ラクチンなのに。もっとも、 正装時には軍帽やら手袋の着用やら、あれこれやかましいけれど。女性軍人に は丈の長いスカートが支給されているんだよな、ああいうのじゃダメなのか? 「その件は私も訴えたが、却下された。まったく、上の言い出すことと言った ら……」 「テロリスト集団からの、脅迫状が届いたって件でしょ?だったら、そんな小 細工してもムダじゃないですかね。軍人って、私服でも一発で見破られますよ」 「だいじょうぶ。軍曹は、軍人には見えないから」 なんだかとっても失礼なことを言われたような気がしたが、それは置いとい て…上官の、ベリーショートの黒髪を見つめながら、ブロッシュはじんわりと 嫌〜な考えが心に浮かぶのを、感じた。正装…だよな。少尉は軍服が良く似合 う。ま、まさか、タキシード、じゃないよな!いかん、想像してしまった、 男装の麗人ってか?似合う、似合いすぎるっ!! 「…ちょっと、なに青ざめてるの?早急に、内密に手配のこと、以上!」 「あのぅ、ひとつ質問しても、いいですか?」 なにか?と、少尉はまっすぐに向かい合った。 「少尉の着るドレスの色を、聞いておきたいんですが」 「…任務とは、なんら関係ないと思うけど」 「いやぁ、タイの色くらい合わせておこうかな、って」 ふぅ、と少尉はため息を繰り返した。軍曹は、素直で明るい部下だが、しば しばあらぬ方向に話を持って行く傾向がある。 「ドレスの色は未定!いいわよね、男の人は…私も、両親があつらえてくれた ドレスはあるけど、そのままじゃ使えないし……」 「そのままじゃ、使えない?」 と、ロス少尉はキッとこちらを見返して、叫んだ。左目尻の泣きボクロも、 同時につりあがる。 「拳銃よ、拳銃!そう、あなたはショルダーホルスターを用意しておいてね、 銃は左脇に格納!ったく、こっちはイブニングドレスなのよ、肌の露出が高い ほど正式だなんて言われて、どこに銃をしまえって言うのよっ」 「ど、どこですか?」 「…足、しかないでしょうね」 足……ですかっ 足といいますとっっ 「太もものガーターベルトに、ホルスターを取り付けて…となると、軍支給の 銃じゃマズイかもね。あくまで威嚇用だから、もっと小型の護身用のものを… だから、銃を所持していることを悟られるようなデザインのスカートじゃいけ ないし、でもとっさにすぐ射撃できるように、あまりゾロゾロした丈でもダメ だし……」 軍曹は、次第に舞踏会を支持する向きになっていた。 「ある程度のスリットが入った、でも銃は隠せるようなドレスって言われても …レンタルで探すとなると手間がかかるから、自前で何とかしろですって! 必要経費詳細を、後日会計課に突き出してやるわ!」 軍曹は、絶対的に舞踏会に賛辞を送る立場に、すりかわっていた。 そういうわけで、任務遂行の晩がやってきた。客に紛れ込むとはいえ…本来 の招待客ではないから、もちろん立食パーティに用意されたごちそうをつまみ 食いするわけにはいかない。事前に、安っぽい軽食で腹をごまかしつつ、会場 全体が見渡せる位置に就く。いや、それにしても…… 「ちょっと、どこ触ってるのよ!」 「どこって言われたって、そんなに背中が開いてるんじゃ、触らないわけに いかないじゃないですか〜」 ロス少尉が着てきたドレスは、ベルベットってやつだろうか、つやのある起 毛素材で仕立て上げられた濃緑色で、ホルターネックとかいう、肩紐が胸元で 交差して、首の後ろで結ぶデザインになっていた。はっきり言って、胸元の 露出度は、皆無。しかしながら、すべて覆い隠されているがゆえに、下手に 出すよりも、女性らしい体型の美しさが、より強調されている。そして、前を 全面的に隠しているため、背中の開口部が、非常に、広いのだっっ 「べつに触らなくたって、かまわないでしょ!腕をよこしなさいよ、そこに 手をかけるから。だから、触るなって!エスコートって言葉、知ってるの?!」 「しょーがないでしょう、ぶつかりそうだったのを助けたんですから!肩じゃ なきゃ、腰ですか腕をつかめばいいんですか、背中もダメっていうなら!そん な服着て来といて、わがまま言わないでくださいよっ」 「腕が太いのを、隠すためよ…職業柄、しかたないんだけどね。中途半端に 出すと目立つから、思い切って肩から出してるの」 「そんなに太いですかぁ?ほら、オレなんかより、ずっと細いですよ」 まったくなんのフォローにもならない無頓着なコメントに、なんと言ってく れようか怒りを押さえ込もうとしている少尉に対し、軍曹はただ感嘆を以って、 彼女を見つめる。 本当に…少尉のこんな美しい姿を拝める日が、来るなんて……軍曹が任務の ことをすっかり忘れ去ってしまったのも、いたしかたないところだろう。しな やかな衣服に身を包んだ彼女は、いつもより丹念な化粧といい…どこか密林の、 獰猛で美しい猫科の獣のようだった。この人に撃たれたら、笑って死のう。 「あーっ!マスタング大佐、軍服ですよ、しかも正装!!」 「当たり前でしょ、大佐は警備兵ではないもの。今日は財界の重鎮の令嬢を エスコートするとかいう話よ。うかつに話しかけないように」 はぁ…立身出世のためですかぁ。にこやかに談笑する、大佐…政略結婚の 二度や三度しそうな人だなぁ。でも、ちょっとあてが外れた感があった。 大佐のパートナーはてっきり、例の美人副官だとばかり思っていたから。 しっかし、上の連中ばっかり美味いもん食いやがって。オレも、いつか出世 したら…そりゃ、無理か。意外と自分というものが分かっている、軍曹だった。 「もういい、分かったわ。そういうことなら、自衛しないと」 少尉は腰に巻いていた、透ける素材のストールを外し、軽く肩に羽織った。 この布でオーバースカート風に、例の隠し物をカムフラージュしていたのだが… 「私の右に来て!少しでも目立たないようにしなきゃ…って、こらっ、なんで 人の足を凝視してるのよ!!」 「え〜っ、いいじゃないですか、減るもんじゃないんだし…」 「ようっす、いいドレスだねぇ。彼氏の見立てかい?」 「いいえ、違います」 ロス少尉の即答した先には、タキシード姿の長身で体格の良い青年と、 赤いドレスを凛と着こなしたブロンドの美女がいた。 「あ、ハボック少…い、いてーっ!!」 「あらごめんなさい、足がすべっちゃって。ハイヒールって履きなれていない ものだから。お久しぶり、吸わないで大丈夫?禁断症状は出てない?」 「おいおい、中毒患者みたいに言うなよ。俺は、女性の前ではタバコはやら ないことにしてるんだ」 だったら、職場でも吸うなよ…と、三方向(特に連れの女性)から、冷たい 視線を浴びながらも、一向に堪えないハボックのふてぶてしさだった。 「それにしても、リザさん素敵ですね…私、赤い服が似合わないから、うらや ましいです。やっぱりブロンドには似合いますね、赤のドレス」 「そんなことないわよ。私は好きよ、黒髪って」 ホークアイ中尉のドレスは、サテン地の品の良い紅色で、ビスチェ風の胸元 から、申し訳程度のビーズの肩紐がついている。左手に小さな白いポーチを 携えていたが、拳銃をそこに所持しているのか、他に隠し持っているのか、 それは定かではなかった。彼女も夜会用に、念の入った化粧をしていて…素顔 でさえ端正で人目を惹くのに、さらに異性に訴えかける、なにかが加わっていた。 バレッタでまとめあげている金髪を下ろし、服と同系色の紅い髪飾りが光る。 職務中は目立たないタイプのピアスだが、今夜はスイングする豪華なものだった。 そして、胸元の一番目が行くというか、目をやってはいけないというかという 場所に、ピアスと同じデザインのペンダント・トップが、揺れていた。 「ノンキなもんだね、中央の連中は。イーストシティあたりは物騒だぜ。ああ いった警告文は、即実行されるって具合でな。最近はあの連続殺人犯のせいで、 ごたついてたし…」 「そりゃあ、中央は警備も厳重ですから、だいじょうぶですよ。連続殺人犯な んて、あの『バリー・ザ・チョッパー』以来、出没してないんじゃないですか?」 「そうね…あの肉屋の店主が捕まるまで、大変だったものね。足がつかないよ うに一定の間隔をおいて犯行をおこなうし、狡猾に遺留品や証拠を残さないよ うにしていたし…結局、全部自供した通りだったんでしょ。劇場型犯行という やつね。目立ちたがり屋なのよ。死刑になってから、随分経つんじゃない?」 そうそう…と話し合う二人は、中尉たちが少し考え込んでいるのに、気づか なかった。 「あ、アームストロング少佐だ。妹のキャスリン嬢を同伴しておられる。って、 あ……」 失言に気づいた軍曹は、ハボックの顔色をおそるおそるうかがった。中央に 異動したばかりのハボックとキャスリン嬢が見合いした話は、有名で…それも 相手が重度のブラコンだったために破談になったという哀れな結末は、中央司 令部じゅうに広まっていた。古傷をあばいてしまったのか?!と、うろたえる ブロッシュに対し、意外にも、不敵な笑みを浮かべるハボック君だった。 「ふっふっふっ、そんな過去の出来事は忘れた!!今の俺にはっ、それはそれ は美し〜い彼女がいるからだっ!ええっと、同行願っているレディには、申し 訳ないですが…」 気にしてないわ、と中尉はブラウンの瞳を、冷静にめぐらせた。 「黒髪で〜グラマーでぇ、ちょっと年上っぽいんだけど、そこがまたなんとも いえず色香が漂ってて、いい女なんだよ〜〜 ブロッシュ、おまえもがんばれ! 信ずるものは救われるぞ!!」 「…とにかく、前の彼女からもらったプレゼントを肌身離さず所持しているの は、いかがなものかと思うわ。じゃあ、また後で。新鮮な空気を吸いに行きま しょう。バルコニーなら、あなたも健康に悪い煙が吸えるわよ」 「さ、最低……」 へ〜い、と立ち去るハボックの背中に、ロス少尉が呪詛のようにつぶやいた。 「そうはいっても、相手の好意がつまった贈り物ですよ、簡単に処分すること なんかできます?」 「私はする!っていうか、そんなもの後生大事にとっておくような男とは、 付き合ってられない!!ハボック…月の出てない晩には気をつけた方がいいわ」 そういうもんかなぁ、女って、そういうところ、ハッキリキッパリしてるよ なぁ。っていうか、男の方が未練がましいわけ? ロス少尉の予測は、若干違う結果となる。ハボックは、背中からは、刺され なかった。 「あの二人、どう思う?」 「どうもこーもないでしょ、ありゃ全然ですよ。ヤツの方はともかく、彼女が まるっきり相手にしてませんからねぇ。親分・子分ってところでしょう」 「そうじゃなくて、あの二人『バリー』のことを知らなかったのよ!」 へっ?と、くわえタバコを唇にぶらさげたまま、ハボックは中尉を見つめた。 「そりゃ知らないでしょう、ヤツは死刑になったことになってるんだし…」 「バリーが話したこと、聞いたでしょ。彼は第五研究所でエルリック兄弟と接 触しているのよ。その時、あの二人は兄弟の護衛をしていた。バリーが見せて くれたわ、右手の二つの銃痕…美人護衛に撃たれたんだって、うれしそうに 話してた」 そこで『うれしそう』っていうのが、あいつの真性変態なところだよな…と、 ハボックは改めて思った。哀れなファルマン…俺だったら、あんな殺人骨鎧と の同居なんて、一晩たりとも耐えられそうにないが。辛抱強い男だ。 「ってことは、ロスやブロッシュも、第五研究所や、賢者の石の秘密を知って いるってわけですか?だったら、そっちの線から探りを……」 「いえ、バリーが66であることを知らないのなら、我々が本人から仕入れた 以上の情報はないでしょう。少佐同様、大佐より上の筋から口止めされている のだろうし。そもそも……」 「やぁ、楽しそうだな」 ちっとも楽しそうでない渋面のマスタング大佐が、つかつかとバルコニーに 近づいてきた。とりあえず、敬礼するのをガマンするのが、必須だ。 「…何を話していたんだ?」 「やだなぁ大佐、バルコニーに男と女が二人きりときたら、それ相応の口説き 文句の一つや二つ、当然じゃないっすか〜」 「そんな調子だから、長続きしないのよ。大した内容ではありませんが、後ほ どお話します。もしも、お聞きになりたいのでしたら。いきましょうハボック。 大佐も、令嬢のエスコートにお戻りくださいね、すみやかに。では、失礼」 慇懃無礼極まりないなぁうちの副官は〜〜と、大佐は歯噛みしたとか。 「おい、吸殻を捨てていくな!このマナー違反・常習者め!!」 「踊らないんですか?」 「………… あのねぇ、私たちが何をしに、ここに来ているのかを…」 「だって、踊りもしないで壁際でコソコソ話しこんでる方が、かえって怪しま れると思いますけど」 「あら、そう?私なら、だらだら踊るよりじっくり会話を楽しむ方が好きだけ ど」 「じゃあ、会話を楽しみましょう!!」 「…軍曹、悪いことはいわないから、今すぐ転職を考えた方がいい……」 突然、会場内の灯りが消え、女性客の悲鳴やどよめきが響く。一瞬後、かす かに照明が復活したが、すぐにかき消された。天井の照明自体が、撃ち砕かれ たのだ。 (うわ、マジかよ!ええと、うかつに撃つべからず。招待客がたくさんいるん だ、犯人は複数だろうな、どこに潜んでるんだ…?!) 「どう動きますか、少尉?あ、あれ、少尉、ロス少尉!」 今さっきまで、すぐ側にいたはずなのに…どこへ? 「少尉、少尉!!うわっ」 手をつかまれ、無理やりに引っ張られた。意外に、力のある手だった。 「あぁ、こんなにゴツイ手になってしまって、仕事柄とはいえ、気の毒に思い ます、少尉……」 「って、バータレ!迷子の仔猫ちゃんじゃあるまいし、敵のど真ん中で階級を 叫ぶなよ、撃ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか!」 「ハ、ハボック少尉…少尉違いでしたか……」 とにかく、この暗がりでは…犯人グループの、動くな!とか、おとなしくし ていれば危害を加えるつもりはないだとか、例のお決まりのセリフだけが聞こ えてくる。床に伏せておびえる招待客の間を、歩き回っているようだ。 「くそっ、配電のほうに複数割いてるみたいだな、こっちもフュリーとブレダ を置いといたんだが。中尉は、大佐の近くに向かったはずだ」 「ってことは、ロス少尉は少佐の援護に…… そうだハボック少尉、マッチか ライター持ってるんでしょう、それを使ったら…」 「まぁ、落ち着け。万事上手くやってくれるよ、錬金術師各位が、な」 錬金術師…?って、ことは! 「将軍、こちらです!」 「さぁ早く、あの者たちに見つからぬうちに!!」 大佐と少佐の声が、妙に甲高く響く。どやどやとした足音、銃を構える金属 音、そして、燃え上がる焔! 「さぁ、飛んで火に入る夏の虫ども、観念するんだな」 「さよう!わがアームストロング家に代々伝わりし芸術的錬金法を見よ!」 少佐は、もちろん脱いだ。大盛りである。ハボックは、脱ぎ魔の部下の顔を じろりと見やり、なにを間違ったのかあーゆー上司を持った軍曹は、ただただ 笑うしかなかった。まぁそういうわけでとりたてて意味はないが、精神衛生上 よろしくない問題行動はともかく、『豪腕の錬金術師』の技が強力なもので あることは、間違いなかった。一方の焔の大佐は、お得意の発火布手袋で、 周囲の酸素濃度を変化させ、おびきよせられたテロリストどもに、ほどほどの 火の粉を飛ばしてやる。少佐の放つ岩石の矢は、壁土を錬成したもので…まぁ、 後のことは考えないようにしよう。 「おい、射撃の腕だけが、おまえのたった一つの長所なんだから、外すなよ!」 「は、はい!(それって、ハボック少尉も大して変わらないと思うけど…)」 会場内にいた犯人グループは、5人だった。私服の下官たちが構えた銃に、 もはや、なすすべはない… が、首謀者と思しき年配の男が、一人で逃げ出 そうと試みて…! 「ぬぅ!部下を見捨てて逃げるとは、卑怯千万!我がアームストロング家に 伝わりし (以下略)」 結果:テロリストのリーダーは、全身骨折によって数ヶ月の入院を余儀なく されたという。 「うむ、よくやってくれた。では、皆で後片付けをするように」 にこやかに立ち去る大総統キング・ブラッドレイの背中に敬礼しつつ、 予想通りの展開に、顔に垂れ線の軍人さんたちだった。 「少佐!復旧活動に従事するため、軍服に着替えてまいります!」 「え〜っ、そのドレス、脱いじゃうんですかぁ〜〜」 「あたりまえでしょう、こんなビラビラしたので働けますか!軍曹も早く着替 えてきなさい、貸衣装屋に追加料金請求されても、経費としては認められない わよ!」 「会計課のケチ〜〜」 それはともかく、軍曹の唯一にして最大の不満は、かようなものだった。 『犯人のバカ野郎!灯りを消したりするから、ロス少尉が拳銃を抜く時の足を 見損ねたじゃないか!!』 …そもそも犯行がおこなわれなかったら、拳銃を抜くこともなかったのだが。 そんな理屈はともかく、目の保養ができたやら、なにやら惜しかったやらで、 微妙な心境なのだった。次に、少尉のドレス姿を拝めるのは、いつのことに なるやら…… でも、いつか、きっと。根本的に楽天的なのが、彼のさらなる 長所でもあった。 「…私も、探りを入れる必要は無いと思う。気にするな、こちらはこちらで 調査を続けている」 「すべての責任を負う、ということですか。大佐らしいですね」 軍服に戻った中尉は…でも、かすかに夜会の名残もあって。 「言ったはずだ。ヒューズの仇を討つのは、私の意思だと!働くべきものには、 十分に働いてもらう。しかし…」 「これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。勝つためには、捨て駒が必要な 場合もあるという理屈は…」 「そのような言葉は、私の辞書には載っていないな。いずれにせよ、私は私の 欲するものを掴み取る。そのために費やすものは、誰の命でもない」 「努力による、等価交換…ですか」 さぼらんでくださいよ、大佐!と、声がかかる。燃やしたものとか、壊した ものとか…とにかく、錬金術で直せる段階まで片付けるのが、重労働なのだ。 やれやれ…… 隠された真実に迫ろうとするとき、代価として必要になるのは己自身の努力 だけだと、マスタングは思っていた。少なくともこの時には、きびきびと働く あの黒髪の娘の命が必要になるとは、予測もつかないでいたのだ。 (05/05/28掲載) 「あらしの舞踏会」 後書きへ |
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