「鋼の錬金術師」二次創作小説(第4巻第 15 話「鋼のこころ」より) あらしの前 ラストスパート、という言葉があるように、なにごとにつけ物事の終盤とい うのは、気力を使うものである。マラソン・遠泳・ジグソーパズル、しかり。 「あともう少し」と思うと途端に、それまでたまりにたまっていた疲労感が ドッと出てくる。今の二人は、まさにその状態だった。 だからといって、ロス少尉とブロッシュ軍曹を未熟者と言い切ってしまって は、気の毒だろう。少し前に病室を出て行った、いつもハッスルマッスルな アームストロング少佐も、マイホームパパ一直線なヒューズ中佐でさえ、泥水 を飲んだようなどうしようもない、苦い、重い表情をしていたのだから。 (本当に、もう…!少佐止まり、せめてヒューズ中佐止まりの話に、しておき たかったのに……) 確かに、ことがこれだけ大規模になってしまうと、秘密にし続けるというの は無理があった。表面的には、崩壊した元第五研究所と「鋼の錬金術師」 エドワード・エルリックを関連づける事項は、口外していないはず。その情報 をも漏らさず掴むところは、さすがは40代でこの国のトップに駆け上った 大総統キング・ブラッドレイ閣下、というところ…でも、要するにそれだけ 「賢者の石」に関わるのは危険だ、という証明でもあって。ロス少尉は、 カップをソーサーに置いた。珍しく、砂糖を二杯も入れて。それでも、ティー タイムを設けたおかげか、いくらか疲れが引いていった気がする。元気が出て くると…少尉は、隣で同じようにどんよりとした表情でお茶をすすっている 軍曹をにらみつけた。彼の紅茶には、たっぷりのミルクが入っていた。 おことわりしておくが、それは牛乳嫌いのエドワード氏の残したものでは、 断じてない。 「だいたい、軍曹が少佐に、研究所とエドワード君のことを話すから……!」 「しょうがないじゃないですか、隠し通せるはずないですよ、どーせまたあの 筋肉尋問をくらうに決まってるんだから!そういう少尉だって、病室に女連れ 込んでるなんて、ヒューズ中佐にチクったじゃないですかっ」 「あれは…、中佐がこれから見舞いに行くけどアイツどうしてる?って聞く から、女性の見舞い客が来ているって事実を報告しただけで……」 言い争いは止めよう。病院の廊下では、どんなささやきも響きわたる。エド の入院先を決める時、ロス少尉は迷わず軍の病院は避けた。知人に頼み込み、 なるべく静かで周囲に人通りが少なく、警備しやすい病室にしてくれるように して…まぁ結果として、さっきのような「嵐」が通り過ぎることになって しまったのだけれど。 「…しかし、いろいろありましたよね、この護衛の任務……」 「まだ終わってはいないわよ、軍曹。任務は明日中央駅で二人…いえ、三人を 見送るまでよ。最後まで、気を抜かないこと」 「そうっすね…遠足だって、解散場所じゃなくて、家のドアを開けるまで だって、言いますもんね……」 長い通路の向こうから、スキップしながらやってくるウィンリィの姿が見え た。見るからに嬉しそうで、長いブロンドをたなびかせながら。 「ラッシュバレー、ラッシュバレー、愛しのラッシュバレー!」 と、文字通りバレエのようにクルクルと、回転までしてみせた。それでよう やく、二人もカップを置いて立ち上がった。本来なら病室のドアの両脇に直立 不動で立つべきところだったけれど、あのダメージはちょっとやそっとじゃ 抜けなかったのだ。一応病室のドアがよく見える長椅子に座っていたのだし、 有事の際にはすぐに、腰の拳銃を抜く心がまえはしてあったのだから。 「ウィンリィさん、今日も中佐のところに泊まるんじゃなかったんですか?」 「ええ、今日が中央で過ごす最後の晩なんで、お言葉に甘えちゃうことにしま した。エリシアちゃんに懐かれちゃって…嬉しいけど、明日別れるときは泣か れちゃいそうで、心配ですね」 ニッコリ笑う彼女は、たった今用意してきた切符にキスをし、また「ラッシュ バレ〜」と鼻歌を歌いながら、無遠慮に病室を開けた。元気よく入って、すぐ にまた出てきた。若い女の子が持つには、あまりにも大きな荷物を持って。 「ああ…工具箱を取りに、帰ってきたんですか」 「そうなの!あたしこれがないと、夜寝るとき落ち着かなくて〜なにしろ、ど の工具も気合入れて調達した、自慢の一品たちですから!常に手入れをしない といけないんですよ。このスパナだって、ネジのところの滑らかな稼動状態を キープしてるのは、ばっちゃんじゃなくてあたしのオリジナルの手法なんです から!それからボルトとネジもそんじょそこらで調達できるような材質じゃな いし、このオイル!これがまた、吟味に吟味を重ねた……」 「わ、わかりました、重いですから、玄関までお持ちしましょう。お送りして あげたいところだけど、任務がありますから。車を呼びますね」 「あ、すいません。じゃあ、失礼しますね!」 また明日、とロス少尉は笑顔で敬礼し、二人を見送った。ブロッシュ軍曹は、 ほどなくニヤニヤしながら帰ってきた。 「いやぁ、いいですねぇ〜15歳ですよ!若いって、いいなぁ〜〜」 「…あの子には、手を出さない方がいいと思うけど」 「わかってますよ!人のモンを取ったら、ドロボウになっちゃうじゃないです か!」 「そのうえ、殺されるでしょうね。間違いなく」 ウィンリィが去ってしばらくしてから、ドアが静かに開いて、巨大な鎧が 姿を現した。 「あらアルフォンス君、どうしたの?」 「いえ、明日の出発の準備もできたし、ちょっと屋上まで行ってこようと思っ て。だいじょうぶ、病院の外には出ませんから」 護衛の二人を気遣って、そんなつけたしを加えるところが、この少年の心優 しいところ。確かに初対面の時はその巨大な甲冑姿は異様に映ったし、また 兄貴の方が標準以下のサイズなものだから余計に目立ってしまって、どう あつかってよいものやらとまどっていたのは、事実。でも…たとえどんな姿を していても、この子は14歳の子どもなのだと、わかる。 「中央の街並みを、もう一度見ておきたいんです。今日は夕焼けがキレイみた いだから。それに屋上では、兄さんに負けちゃったし。本当にはじめてなんで すよ、兄さんに組手で負けたのって」 「その強い弟くんを殴ったのか、オレ〜少尉がアルフォンス君を担当した方が、 よかったんじゃないですか?」 あはは、と笑い声が響いた後、アルは大きな体をできるだけ縮めて、つぶや いた。 「…第五研究所では、すみませんでした。お二人が守ってくれなかったら、 ボク、今頃ここにいなかったでしょうから。ボク、自分が人間なのかどうか、 わからなくなっていたから…でも……」 「あなたは人間よ、アルフォンス君。しかも、まだまだ子どもだってこと。 その件の最大の功労者はウィンリィさんよ、大切にしてあげて、ね」 はい、とうなづいて、大きな鎧は階段に向かってギシギシと歩いていった。 「兄弟かぁ…なんだかあの二人、二人でやっと一人前って感じですね」 「そうね。兄弟って、わけあっているのかもしれない」 「なにを?」 「…心とか、体とかを……」 「エリシアちゃんも、これをきっかけに兄弟を欲しがるんじゃないですか? どうなんでしょうね、中佐の親バカは。女の子だったら溺愛っぷりは同じ だろうけど、男だったらどうなるんだろうなぁ〜」 「同じなんじゃない?もしくは、それ以上かも。だからエルリック兄弟に あんなに肩入れしてるんでしょ。それにしても…」 と、ロス少尉はふぅ、と疲れたため息をついた。 「男の子って、本当に大変だってこと… 今回、痛感したわ…」 「まぁね…野郎ってのは、とにかく考えるまえに動いちゃうもんだから。大人 になるまで、何度もボコらなきゃならない生き物ですよ。ひょっとしたら、 大人になっても…」 冗談!と、少尉は嫌な顔をした。子どもだからこそ、こっちの立場が危うく なるかもしれないと知りながらも、叱ったのだ。だれが大人相手に、そんな 危ない橋を渡ったりするものか。 「とにかく、明日にはこの消毒薬臭いところから、おさらばですね〜慣れたと はいえ、どうも病院って気が滅入るっていうか、食欲減退するっていうか…」 「軍曹は、机に向かって書類と格闘する方がお気に入りってわけね」 今度は、こっちが苦笑い。デスクワークに向いていないから、軍人になった ようなものなのだし。 「…でも、護衛っていうのは良い仕事よ。とりあえず、戦場で敵を殺すよりは ね」 「まあ、あんなクソガキの護衛ってのが難点だったけど。どうせなら、美人の 護衛の方が、いいですよ〜」 「正直者は出世しないわよ」 「あはは、正直ついでに、『美人と護衛』っていうのも、悪くなかったです」 ロス少尉は、ふっと妙な顔でこちらを見つめたけれど、すぐに、あらそう? とつぶやいてまた、正面に向き直る。またいつもの軽口か、と聞き流している のか。それとも…… 「軍曹…なぜ護衛が二人用意されたか、わかっているわよね」 「へっ?ああ、そりゃあ……」 「護衛する対象者が二人だから、だけではないわよ。どちらか一方が戦闘不能 になった場合も、残った方が任務を遂行するために。あなたが倒れたら、私は あなたを放って、任務を遂行する」 そりゃまた、はっきり言い放つなぁ〜と、軍曹は頭をかいた。 「そして、私が倒れたら、あなたは一人で任務を遂行する。そのつもりで、 護衛に当たっていたのだと思っていたけど」 「ええ、そりゃあ、わかってますけど…でも、そんなことにならなくて、 よかったですよ」 「そうね…」 なんだか、突然考え込むように。 「そんなことに、ならずに…」 『お呼び出しをいたします。マリア・ロス様、マリア・ロス様、お電話が かかっております。お近くのお電話口までお越しください』 「…たぶん、少佐だわ。行ってきます、後をお願い」 少尉は小走りで、館内放送の指示通りに電話のある通路に向かった。一人に なると、ガランとした病院の廊下は、寂しすぎた。 用件は簡単に済み、ロス少尉の黒髪はすぐに、廊下の角から見えた。 「やはり少佐だった。エドワード君、マリア・ロスです。開けますよ」 病室に入ってからごそごそと物音がして、軍曹、扉を開けて!と声がかかり、 ブロッシュ軍曹はあわててドアを押した。少尉は、顔が見えないほどうず高い 本の山を持って、そろそろと病室から出てきた。 「なんすか、それ……」 「エドワード君が、中央図書館から借りてた本よ。少佐のところに連絡が あって…あやうく、返却し損ねるところだったわ」 「オレが持っていきますよ、重いから」 「いいえ」 少尉はキッパリと言い放った。口を挟む隙のないくらいに。 「この本は、エドワード君の銀時計を借りて、私がサインして貸し出してきた ものだから…軍曹が行ったら、依頼者の確認やら身分証明やら、面倒なことに なるわ。すぐ戻って来ますから、気を抜かないように。さっき自分で言った でしょ、遠足は…」 「おやつは300センズまで!」 ブロッシュは、努めて明るく元気よく返答した。なに、相手は重い本の山を 持っているのだし、病院の廊下で報復なんてしない淑女だと、高をくくって いたのである。確かに、普段のマリア・ロスなら、そうだったろう。しかし、 彼はいまの彼女が抱えているストレスを、考えに入れていなかった。マラソン、 しかり。最後の直線は、平坦でもきつい登り坂に感じられるものだ。 「や、やられた……」 「うわっ、なんだよ軍曹、だれにやられた?!傷の男(スカー)か、それとも …?!」 軍曹は、しばらく病室の床にかがみこんでうめいていたので、エドワードも 緊張して身構えていた。 「むこうずねを、蹴られた… 的確な攻撃力、さすがはロス少尉……」 なんだ、仲間内でかよ、と呆れて…険のある瞳を余計に吊り上げて、エドは ベッドに座りなおした 「バ、バナナは、おやつに入らない……」 「なんだよ、それ。どーせ、いやらしいことでもしたか言ったかしたんじゃ ねーのか?ったく、どうして軍部の野郎どもってのは、どいつもこいつも、 女のことばっかりなんだろうなぁ。色ボケ軍曹といい、スケコマシ大佐やら、 ハボックやら……」 「大佐…って、マスタング大佐のこと?あの若さで大佐だなんて、女も放って おかないよなぁ。ハボック少尉は…」 「知ってるのか?東方司令部のヤツだけど」 「軍の射撃大会で何度か…凄腕ですよね、ホークアイ中尉には及ばないけど」 「あーあ、ヘタレ男どもに比べて、軍の女の強いことといったら、本当に!」 そりゃあ軍人だから…ひょっとしてビンタのこと、根に持ってるんだろうか。 「君の彼女も、そうとう強いと思うけど……」 「だから、彼女とかじゃねーって、言ってるだろうが!!」 大声を出しても響かないようだ、本当に治りが早いなぁ…これもまた、 若さゆえ、というものなのだろうか。 「明日で護衛も終わり、お互いせいせいするってもんだぜ」 「はは、そりゃあ護衛なんて、うっとうしいだけだったろうけどね。さっき ロス少尉とも話してたんだけど、誰かを護るっていうのは、良い任務だと思う よ。まぁ一番良いのは、軍人が暇なことだね。平和な証拠だから」 エドワードはベッドの上で屈伸やら開脚やらしながら軍曹のおしゃべりを 聞き流していたけれど、不意にあぐらをかいて、金の瞳を向ける。 「…さっき聞いてたかもしれないけど、念のために大総統の言葉を繰り返すぜ。 『賢者の石に、関わるな』死にたくなければ、な」 射抜くような瞳。どうしてこんなに…こんなに見事な金色の瞳が、存在する んだろう。 「しかし、君は…君たちは、元の体を取り戻すために、それを…」 「まーな。でも、もういっぺん遠回りして探してくる。結局は同じところに 行き着くかもしれないけど、ああ言われちゃあ、な」 勝利をいざない 光をもたらし 死者をよみがえらす 赤く完全なる 石 「生きた人間を犠牲にしてまで、元の体を取り戻さない…ってこと?」 ギロリ、とまたにらんでくる。15歳の少年のどこから、こんな迫力が 生まれてくるんだろう。 「あんたは、何も失くしちゃいない。だから、もう関わるな」 「その腕は…東部の内乱で、って……」 言いながらブロッシュは、自分がまたとんでもないところに踏み込みそうに なっているのに、気づく。東部の内乱?鋼の腕、鎧の弟……もう、関わるな 「わかるかよ…昨日までそこに居た人が、明日には会えないんだ。永遠に…」 「それは…」 「失ったものを取り戻そうとするのは、流れに逆らう罪なんだってさ……!」 玄関の方に歩いて行ったら、ちょうどロス少尉が戻ってきたところだった。 「異常なし、ね。じゃあ、もう一息、あのやんちゃ坊主たちのお守りをしま しょうか!」 軍曹は、キビキビと歩く上官の、細い肩や、丸みを帯びた女性らしい背中を 見ながら考えてみた。 何かを得るためには 同等の代価が必要となる 鋼の錬金術師の言った言葉は、意味はわかるけれども、心情を完全に理解 できるわけではない。いま思い浮かぶのは、同情だけなのだから。そして、 あの二人がとんでもなく重く暗い扉を知っているということは、わかった。 あいつらは、嫌いじゃない。でも正直言って、その重荷を覗き込みたくは、ない。 「…どうかしたの?ほら、元気が取り得のデニー・ブロッシュ軍曹はどこに 行ったの?護衛がそんな顔してちゃ、あの子たちが気持ちよく旅び立てない じゃない!」 「そうですね、元気元気、ですか!」 昨日までそこに居た人に 明日には永遠に 会えなくなる 失ったものを 流れに逆らってでも 取り戻したくなる 軍曹がそのことを自分の心で体験するまで、そう長い時間は必要なかった。 あらしがくるまで、ほんの一ヶ月、しか (05/05/03掲載) 「あらしの前」後書きへ |
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