「鋼の錬金術師」二次創作小説(第3巻第 10 話「賢者の石」より) 「あらしの晩餐会」 (1) 「よくぞ参られた、エルリック兄弟!ささ、遠慮せず、入るがよろしい!!」 「なーにが『よくぞ参られた』だっ、強引に拉致って来たくせにどの口で言うか!」 「やめなよ兄さん… それにしても、本当にすっごいお屋敷ですね……」 アルフォンスにつられて、エドワードも思わずぐるりと頭を巡らせた。確か に、豪邸である。中央でも名門中の名門、アームストロング家…建物の規模も さることながら、庭園もかなりの広さをとってあり…玄関からでは定かではな いが、どうやら別館や温室も備えているようで…… 『賢者の石』を求めて 三年あまり、各地を旅してきた間には、何度も豪勢な屋敷を見ては来たが、 これは生半可なものではない。そんじょそこらの成金が金に飽かせて建てた 新造モノではなく、由緒やら格式やらが、黙っていても迫ってくる感だ。 「あのさぁ少佐、オレらが何やってるか知ってんだろ?人ん家でノンキに飯 食ってる場合じゃないんだよ。図書館が閉まっても、宿に戻って解読の続きを…」 「まぁ、待たれよ。おぬしらがドクター・マルコーの研究書に、必死で取り 組んでいるのは承知の上。だが、すでに入手してから8日も過ぎたではないか。 これは長期戦とみて、気力体力を回復させる必要があると思うがな。たまには 錬金術のことを忘れ、気分転換するのも大切なことだ。よし、二人とも控えの 間で休んでおるがよい!!」 アームストロング少佐は、エドワードの小さな肩だけでなく、アルフォンス の鎧の肩もポンポンと叩きながら、メイドを呼びつけ、二人を案内させた。 「それではアームストロング少佐、以後の指示を願います。中央司令部にて、 呼び出しをお待ちしましょうか。それとも、こちらのお屋敷にて待機を?」 「いや、そのような配慮には及ばん。おぬしらも、我が家の晩餐に招待しよう」 兄弟を護衛し送り届けてきたロス少尉とブロッシュ軍曹は、思わず顔を見合 わせた。が、少尉が即座に、きっぱりと返答した。 「ご招待いただいたことは光栄に思いますが、ご家族団らんの場に我々のよう な下官が加わるのは恐縮です。今日はなおさら、客人がおられるのですし」 「おお、家族の者は皆出払っておってな、一人で晩餐も寂しいゆえ、彼らを 招いたのだ。一人より三人、三人より五人の方が、賑やかでよかろう?」 「し、しかし…さきほど少佐は、気分転換にお二方を招いたとおっしゃいまし たよね。オレ達がいたら、かえって仕事の延長みたいになるんじゃあ……」 「ふむ。では聞くが、おぬしらはあの兄弟と食事を共にしたことがあるか?」 いいえ、と二人は同時に答えた。 「お二方は特別に許可を得て、昼食は図書館の研究室に運んでいますし、私達 は交代で見回りがてら、食事を摂りに出ておりますから」 「ならば、この機会に打ち解けてみるのも悪くはあるまい?!我輩も、彼らの 故郷にて、多くのことを知るに至った。おぬし達にも………」 あぁ…こうなったら、おとなしく言うことを聞くしかない、と諦めにも似た 心境で、少尉と軍曹は肩をポンポンと叩かれながら、玄関をくぐった。強風が、 バタンと扉にぶち当たる。 「む…雑音ばかりで、何も聞き取れんな」 ラジオに耳を近づけていた少佐が、憮然として元の場所に置き戻した。 「当たり前だろ、こう風が強くちゃ、電波状況も悪化するばかりだぜ。有線放 送はつないでないのかよ。軍の重鎮たるもの、手抜かりじゃねーの?」 「う、うむ…父が、機械に抵抗があるらしくてな。昔かたぎの人間なのだ」 五人は、アームストロング家の広大なる食堂に座り、晩餐の始まるのを待っ ていた。中央奥の主席にアレックス・ルイ・アームストロング少佐、その右手 にエドワードとアルフォンスが、左手にマリア・ロスとデニー・ブロッシュが 座っていた。部下達は、やや緊張気味で、居住まいが悪そうでもあった。 「ヒューズ中佐にも、声をかけたのだがな…」 「こんな晩に、妻と娘を置いて外出するよーなヤツは、親バカ失格だ」 まぁね…と、アルフォンスが穏やかに、兄に同意した。 「天候が悪いから…本当に、嵐になりそうです。雨も降り出しましたし」 「どうするよ少佐、この上電話回線までいかれちまったら、いくら豪勢な お屋敷だって陸の孤島だぜ。壊れたものなら、錬金術で直せるけどさ…」 オードブルが給仕されている間、エドワードは例の険のある瞳を閉じ、 ふてくされたようにつぶやいた。とりなすように、アルフォンスが口を挟む。 「そうだね、でも部品が足りないとかだと、ダメだもんね。錬金術は等価交換、 一のものからは、一のものしか創り出すことはできない。それ以上は、ウィン リィたちの領域になるよね」 「メカオタ女の話なんかすんなよ…メシが不味くなるだろっ」 大人たちは、敢えて彼らの会話に、なにも差し挟まなかった。それを合図の ように、エドワードはミネラルウォーターを流し込み、皿の上のカナッペを 放り込む。レバーペーストやサラミが、パイケースに宝石のように飾り付けら れた、食卓のエチュード。アルフォンスが、黙って自分の皿を兄に差し出した。 「あ…すみません、せっかくのご馳走なのに、食べなくて。兄さんが食べます けど…多すぎるんだったら、残していいからね。ブロッシュ軍曹に食べてもら うから」 「そんな必要ねーよ、なんたってオレは、成長期・育ち盛りなんだしよ!!」 ((いつ来るのかなぁ〜成長期……)) 少尉と軍曹は、言葉には出さなかった。大人である。だが、顔には、はっき り書かれてあった。未熟である。 「ホントだね、兄さん。早く来るといいね、成長期…」 「うるせーぞアル、それからそこの連中、言いたいことがあるなら、はっきり 言えっつーの!!」 はっきり言ったら切れるくせに、主張だけは一人前な「豆」である。 「うむ、気にするでないエドワード・エルリックよ。おぬしもじきに、大人に なり立派な男となるであろう!見よ、我輩のこの鍛え上げられた肉体の美しさ を!これぞ、我が国の未来を担うために必要な、健全なる英知を宿すにふさわ しい………」 「うわぁ兄さん、これソイソースだよ。ボク、はじめて見た!」 「さすがは名門アームストロング家、調味料も凝ってますねぇ〜」 「エドワードさん、飲み物のおかわりはいかが?あなたはそれぐらいにして おきなさい、軍曹。飲みすぎは任務に障ります」 「へっ、大人は大人で、大変だねぇ〜〜」 四人とも、少佐の「脱ぎ」をやり過ごす技は、自然と身についていた。 コーンポタージュが出される頃には、風雨はますます激しくなっていた。 屋敷の使用人たちが、ガラス窓に鎧戸をかけていく音が聞こえる。それでも、 室内にいても振動が伝わってくるほどの、ひどい嵐だ。少佐は使用人を呼び、 なにごとか伝えて立ち去らせた。たぶん、家族の安否を確かめるためだろう。 しばらくして、伝令は戻ってきた。 「父は、軍人会館に泊まることになった。母と妹は、観劇していた劇場近くに 宿をとり、今夜はそちらに滞在するとのことだ。こう天候が荒れてきては、 屋外を移動するのは、かえって危険であろう」 「へぇ…少佐、妹さんがいるんですか。どんな人かなぁ……」 ややあって、エルリック兄弟はそれぞれに(だがほぼ似かよった)おそるべ き想像によって、しばし苦渋の沈黙をせざるをえなかった。 「可愛らしい方ですよ、キャスリン嬢は。そして、少佐最大の悩みの種」 「そうなのだ…なにぶん我輩に似て、内気ではにかみ屋なものでな…良い縁が 無いかと、気がかりでならんのだ。どこかに良い婿候補はおらんものかと…」 我輩が「内気ではにかみ屋」かどうかはともかく、やっぱり家族思いな男 なのは間違いない・髪形その他困ったところも非常〜に多いが。 「妹さんの、お婿さん候補……」 アルフォンスの視線は、自然と目の前に座るブロッシュの上に、止まった。 ので、全員の視線もそれにつられ、彼の上に…… 「って、えーっ!オ、オレっすかー?!」 「い、いや軍曹は…その候補には、入れておらんが……」 なにやら必要以上に狼狽する軍曹本人を横目で見やり、とぼけた風にスープ を口にしながら、エドワードがとどめを刺す。 「何言ってるんだよ、こんなたいそうなお家柄の婿が『軍曹』じゃあ格好が つかないだろ。せめて士官、少尉にでも出世してから、出直してくるんだな」 「それなら、ロス少尉が男の人だったら、バッチリだったのにねっ」 アルの無邪気な言葉に、その通りである!とうなずく少佐。ご期待に応えら れず残念です…と答える少尉は、やや口元を引きつらせながらも、業務上の 笑顔を作っていた。 「それに…こう申し上げては失礼ですが、少佐の妹さんなら、軍曹よりも年上 に当たるのでは?あなただって、そういうことにこだわるんじゃない、軍曹?」 「いえ全然!そういうことには、まったくこだわりません!!」 なにやらやみくもに力の入った軍曹の返答にきょとんとしているのは、少尉 だけだった。 「そ、そう…この話はともかく、軍曹は優しいから、良いお父さんになるわよ、 きっと」 「はぁ…相手がいれば、の話ですね。ははは……」 エドワードはニヤニヤしながら残りのスープをすすり、少佐は額を押さえ、 アルフォンスは哀れみのため息をついた。 「しかし、本格的な嵐になってきましたね。被害が大きくならなければ、よい のですが…」 「気にすることないって、明日には『何だったんだ?』ってくらい、カラリと 晴れるだろうからさ。錬金術師として科学的に分析するとだな、地表からの放 熱により大気の温度が変化し、地形によって気圧の高低につながる。濃いとこ ろから薄いところへと流れる風の動きによって、気象にも激しい流れが生じて …結果、風、雨、雷…嵐に至ると。天の怒りでも悪魔の技でもない。嵐は嵐だ、 それ以上でも、それ以下でもない」 「そういうことですよ、ロス少尉。大丈夫ですから……」 しかしマリア女史は、アルの言葉と同時にサラダのトマトに刺したフォーク をカチリ、と音をたてて置き、こう言い放った。 「錬金術解禁!よろしいですね、少佐?」 「???」 「な、なんだよ、解禁ってのは…」 「はぁ…もう少し、わかってもらえてると、思ってたんですけどね……」 軍曹の反応にも、アルは鎧の首をかしげた。少佐が、うむ…とうなったまま なので、少尉が背筋を伸ばし、少年たちに向き直った。 「お二方、少佐が晩餐に招待したとき、何と言ったか覚えていますか?『錬金 術のことから離れ、気晴らしにするために』と、そう言ったはずです。私達は、 根を詰めて研究に没頭しているあなた方を案じて…そのために、錬金術の会話 は控えようと、こころがけていました。ですが、当のご本人たちがこのありさ までは、気を遣っても無駄というものです。さぁ、解禁です、ご存分に、お話 してください!」 と、言われても…こっちは意識して、錬金術の話題を避けようとしていた わけではなく、本当にごく自然にそのことばかり考えてるから、つい何の気な しに話に出てきてしまうだけであって。ただ、ロス少尉を怒らせると、ちょっ と恐いということが、なんとなくわかった。後日、なんとなくどころか、痛烈 に実感することになるのだが。 やれやれ、せっかくタダでご馳走にありついてるのに、なんだよこの辛気 臭い雰囲気は…と、ため息ついた軍曹が話題を変えようと、口を開いた。 「それじゃ、錬金術解禁ってことで、この間から気になっていたんですけど… 『錬金術は台所から発生した』って、あれ、どういうことなんです?」 ああ、あれかぁ…と兄弟は顔を見合わせた。テーブルにはパンの入ったかご が置かれ、メインディッシュのローストビーフが配られていた。 「んじゃ聞くけど軍曹、人間と動物の違いって、何だと思う?」 「は、はぁ…(なんか学校の授業みたいだな)ええと、道具を使うとか、二本 足で歩くとか…ですか?」 「ま、それも正解。でも、こんな説もあるぜ。人間は『火』を使う。野生動物 にとって、山火事・雷・火山の噴火とか、とにかく火は危険なんだ。ま、オレ たちにとっても『焔』は厄介なシロモノだけどな。それで何するかって言うと …まずは、調理。生で食えない食材を、加熱することで食えるものにする。 食い物があれば、生存率が高くなる。そういうことで、台所技術が発達したの が錬金術の元祖、って考え方があるのさ」 もちろん、その説だけじゃないですけどね…と、手持ち無沙汰のアルは、 配られてきた肉を一口大に切り分けていた。兄さんが食べ過ぎないように、 先にいくらかを軍曹に分けてあげた。 「あ、ありがとうございます。なるほどねぇ…それでは、お二人も料理をされ るのですね?」 へっ?と、返答に詰まる二人。旅の途中で野宿せざるを得ないときは、焚き 火でテキトーに肉を焼いたりするけど、料理…というほどのものでは。 「せ、師匠のところでは、けっこうやったよね。師匠が具合悪いときとか」 「ぬう?おぬしらの錬金術の師匠は、格闘の達人なのではないのか?!」 「あ、ああ…そこんとこがうちの師匠の困った…いや、独特のところで……」 「んで、どのくらい修行してたんです?」 「半年くらいです。その後はリゼンブールに戻って、結局ピナコばっちゃんに ご飯作ってもらってたし……」 ロス少尉は黙って、添えてあるグリーンピースをつつき、つぶやいた。 「つまるところ、お二人は今現在、料理をほとんどしていないということです ね。料理研究書を解読しているというのに!」 「なんだよ、文句あっか?!字面はともかく、本当に書いてあるのは錬金術の ことなんだから、別にいいんだよっ」 「まぁ、待つのだエドワード・エルリック。ロス少尉は、料理をするのだな?」 「ええ、多少は。勤務時間によりますが、自炊した方が経済的ですし、気分転 換にもなり、同時に論理的思考の訓練にもなります」 「ろ、論理的?!なんすか、それ……」 軍曹の疑問に、しばし間を置いて、パンをちぎりながら少尉は話し出した。 「…そうですね、料理にはおおまかに三つの工程があります。材料の調達・準 備・加工。材料は、ただやみくもに購入すればよいものではありません。完成 品に必要な食材を吟味する。もちろん予算を考慮に入れなければいけませんし、 目的の品が入手困難な場合は、臨機応変に別の方向を考えるべきでしょう。 予定より多く求めすぎた場合は、人に分けるなり保存方法を考えるなりしなけ ればいけません。 次に準備。これは加工目的がはっきりしていれば単純作業ですが、手順を 考えながら遂行すべきです。時間がかかる工程からとりかかり、いくつかの 作業を同時進行で行う。理路整然とした思考が必要となります。 そして最後に、主に加熱によって加工する。温かいものは温かいうちに、 冷たいものは冷たいうちに食せるよう、段取りを考える。一番肝心なのは、 美味しく楽しく食べるという目的に到達できるか、ということですが。以上です」 食卓の上に、なんとも涼し〜い空気が流れた。論理的思考の結果を眺めなが ら……軍曹が、半ば呆れた、裏返った声でつぶやいた。 「んな小難しいこと考えながら、いつも料理してるんですか、少尉は?!」 「まさか。それを小難しいと感じないように訓練するのが、大切なのよ。武器 の取り扱いと同じ。いろいろ詰め込まれたでしょ、銃の種類と目的、使用方法 と保管義務、修理の手順とか……」 「はぁ、まぁ… 理屈は面倒だけど、言われてみればやってるうちに体が慣れ てくるっていうか…弾丸の補填時間が目に見えて短縮できていったときは、 嬉しかったなぁ。あ、でもこれは、錬金術とは全然関係ないですね。すみま せん、話がそれちゃって」 いや……と、エドワードはなにやら上の空で、フォークを置いた。 「そんなことはないぞ、さすがは我輩の部下達、よくぞ申した!物事の理を 明らかにし、専念し精通することこそ、真実へ近づく道のりというものだ!! かくいう我輩も、この鍛え上げられた美しき肉体を維持するための努力と方法 についての、確固たる信念たるや……」 「おいブロッシュ軍曹、皿を貸せよ。食い切れない豆を分けてやるからさ」 「ダメだよ兄さん、豆は『畑の肉』ってくらい、栄養があるんだよ。ちゃんと 食べないと…」 「そうそう、育ち盛りには大切!いくら『共食い』みたいだからって、そんな に毛嫌いしちゃ…どわっ!!」 「口は災いの元ね、軍曹。エドワードさんも、食器を投げないでください。 痛いところを突いた発言だったとはいえ」 少佐の「盛りっ」を忘れるためならば、多少の流血はやむをえないのだ。 (「あらしの晩餐会」1/2了・05/06/19掲載) 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