ロベリアSS「貴婦人の肖像」

第三章 「婚約パーティ」

 

(5)

  アール・ヌーヴォーは、鉄骨を植物に変えた。幾何学的に組み合わされる
ばかりではなく、まるで波打つように、やわらかな曲線を描く茎。近代文明の
生んだ新しい芸術。そんな明かり採りの下、ロビーの掃除に来たメルは、
ささやくような呼び声を聞いた。観葉植物が茂る中央の植え込みではなく、
その前のソファの陰から…

「待って、いじわるなんかしないから。おいで、ナポレオン…
ボクは、レニ。帝都から来たんだ」
  飛び出してきた黒猫は、メルとレニを交互に見比べて、さてどうしたものか
と思案しているみたい。そういえば起き直ったレニは、気恥ずかしそうにうつ
むいている。作戦遂行時のあの冷静さとはうってかわった様子に、思わず微笑
んでしまうメルだった。
「だいじょうぶですよ、レニさんなら。さぁナポレオン、レニさんのところに
行っておあげなさい」
  ナポレオンは……よくこんな具合に、人の言葉が分かるような賢いしぐさを
するのだけれど…慎重に来客に近づいていった。レニがひざをついたとき、
少し驚いたけれど、くんくんと嗅ぎまわった後、あっさり腕の中に抱かれて
いった。
「柔らかい…犬とは、だいぶん骨格が違うんだね」
「犬を飼ってらっしゃるんですか?」
  いつのまにか二人は、香水塔を背にソファに座り込んでいた。掃除を早く済
ませた方が、後の業務がはかどるだろうけど、この無口なドイツ人が自分から
こんなに話をする機会など、めったに無いことだろうから。どのみち、もうす
ぐ巴里を離れてしまうのだし…
「服に犬の臭いがついているから、嫌われるかと思った」
「そんなことはないですよ。帝劇の皆さんにも、よく慣れてましたし。
大神さんは、いつまで経ってもひっかかれますけど」
「ナポレオン、どうして隊長を嫌うんだ?フントはとても慣れているのに」
「フント…?ドイツ語で、犬…という意味ですね」
「うん…名前をつけようとしたとき、ボクが考えた名前」
  あごをなでられ、ノドを鳴らす黒猫を見つめる目はとても優しくて暖かくて、
だんだんと年相応の少女に見えてきた。
「フントを助けた時、隊長はとてもひどい目に遭ったらしい。でも、そのこと
でフントを責めたりはしない。それはとても立派だったって、さくらが言って
いた。ボクも、そう思う」
「大神さんらしい、ですね」
  雲が出てきたらしく、天井のガラス越しに、その影が流れていった。

「それにしても、歌のレッスンまでしていただき、本当にありがとうございま
した。シーも私も素人ですから、プロの歌い手さんにご指導いただくのは、
僭越でしたが…」
「そんなことはない。音程もとれてたし、声質もいい。もう少し発声に自信を
持てば、もっと良くなるよ。隊長も、誉めてたし」
「大神さんが…ですか?」
  エプロンのフリルをつまみながら、メルはもじもじとしていた。次の言葉を
聞くまでは。
「そう。せっかくコンビで司会をしているのだから、メルとシー二人そろって
こその、ユニットだって」
「は、はぁ…二人そろって、ですか…」
  当てが外れたような失望と、それで当然だというあきらめとが入り交じって
しまう。そして、まっすぐに見つめてくる視線に気づいた。ものすごく客観的
で、静かで、なんの感情も含まれてなくて、それでいて…鋭かい刃物のよう。
「気にすることはない。メインスタッフかサポートスタッフかで、区別するよ
うな人じゃないよ、隊長は」
「で、でも…」
  シャノワールの雑務を一手に引き受けるさしもの才女も、自分の感情という
ものがまな板に乗ってしまうと、手に負いかねるらしい。すっかり混乱して、
どもりながら答えた。
「わ、私は…そんな器じゃありません。それに…いずれ帰る人に恋をしても、
…残るのは悲しみだけです」
「臆病なんだね」
  ビクリ、と肩を震わせた。
「『臆病なのは悪くない。臆病なほうが、物事の善し悪しがよーく見える
からね』」
  『青い鳥』の一節をそらんじてみせた。あの時魔女ベリリュンヌにそう言わ
れたのは、チルチル役のレニの方だったのだが。
  続く沈黙にしびれを切らし、猫は飛び降りてどこかへ去っていった。
掃除を手伝うとの申し出に、結局メルは折れた。なんだか気が抜けてしまった
し、あまり賓客扱いしないようが、礼儀にかなっているようにも思ったので。
生真面目な二人によって、きわめて勤勉に清掃されたロビーに、一筋の影が
差してきた。壁にぶつかりながら、ふらふらと歩いてくるのは…。

「ロベリアさん…今、おかえりですか?」
  悪いかよ?と吐き捨てるようにつぶやいたが、本当に吐きそうにむせる。
「お水を持ってきましょうか?しばらくソファに…」
「絵の捜索を、していたの?」
  すばやく用意された濡れタオルで目を覆いながら、低い声で答えた。
「ああ…おまえの相棒のせいで、とんだ迷惑だ。ちくしょう、普段は泥棒泥棒
って蔑むくせに、こういう時だけ頼りやがる…現金なもんだぜ。
とにかく、おまえらはとっとと帝都に帰れ、目ざわりだから!!」
  ふらふらとエレベーターホールへの扉までたどりつき、最後に一言つぶやく。
「そうそう、あのトンガリ頭に言っておけ。手がかりはグラン・マにある…
支配人室に行けって、な…」
「大神さん…に、ご伝言ですか?」
「ああそうだ、クソッ、日本のオトコなんて見たくもないぜ。バカがっ」
  あちこちゴツゴツ当たりながら消える姿を見送りながら、レニはつぶやいた。
「織姫の病気が…伝染ったかな?」


  伝言を聞いてすぐに支配人室に向かった大神だが、『貴婦人の肖像』の
手がかりはまるでなかった。さすがのグラン・マも、いぶかしがるばかり。
「それも気がかりだろうがね、ムッシュには行ってもらいたいところがある。
リッシュ伯爵の婚約パーティだ」
「リッシュ伯爵の、婚約…?あの……」
  伯爵といえば、グリシーヌの花婿候補にあがっていた人物ではないか。
まさか…?
「まさか、リッシュ伯爵の花嫁は、グリシーヌなのですか?!」
  グラン・マは支配人室のあの淡い間接照明にむかっていた。羽を広げた
女神の浮き彫りが、神々しい空気を投げかける。
「ムッシュ、あんたは思い違いをしている。ブルーメール家で会ったリッシュ
伯爵は、怪人レオンの変装だったんだ。本当のリッシュはそりゃあ紳士的で、
貴族の見本みたいな男さ。どういうわけか、バスティーユで助けてくれた
隊長さんが、あんただって知ってしまったらしくてね。是非にという
お招きなのさ。華撃団の情報は、極秘にしてるんだが…」
「で、では…」
  グリシーヌは、本当に結婚するんだろうか。貴族の血脈を絶やさぬよう、
最高にして完全無欠の花婿を探していたグリシーヌ。
「あんたがそんなに考え込むことじゃないよ、ムッシュ。花組の霊力だって、
年をとれば衰えていく。いつまでも、華撃団に縛りつけておくわけにはいかな
いだろ。今はまだ調査中だけど、いずれ平和が立証されれば、華撃団も解散す
る。なんしろ霊子甲冑の維持管理には、莫大な資金が必要だからね。まぁ、
隊長であるあんたに何の相談も無し、っていうのもマズイだろうけど。
命短し、恋せよ乙女、だ。仕方ないだろ、ムッシュ?」
「自分は…。グリシーヌが、それで幸せなら……」
  本当にそうだろうか?心から、祝福している?
「やれやれ、からかい甲斐のある子だよ。リッシュ伯爵にはね、意中の令嬢が
いたのさ。身分違いとかで、家令から反対されてたんだけど、くだんの誘拐事
件がきっかけになって、やっと自分の気持ちを通したんだって。まったくあの
坊ちゃん、見かけによらずウジウジしてるんだから」
「と、いうことは…」
「当たり前だろ、グリシーヌに関心を寄せてたのは、リッシュに化けたレオン
だったんだから。ま、家令はすっかりその気だったみたいだけどね。
…どうした、安心したかい?グリシーヌには、まだまだ巴里華撃団のために
命を張ってもらわなきゃならない。他のみんなも、だが」
  しかし、いずれは…いずれは皆、それぞれの未来に進んでいくのだろう。
共に過ごす時は、一生のうち、ほんのわずかの期間にすぎない。ほんの…

「ねぇムッシュ…あんたは仲間思いの優しい子だ。でも、現実はそう優しいも
んばかりじゃないよ。あたしは巴里を守る。そのために必要ならば、悪魔とも
契約するし、地獄に落とされても文句は言わない。あんたたちの命を盾にして
いるんだ。いや、命と引き換えに、かもしれない」
「…………」
「あきれたかい?ああ、情け知らずの冷徹人と思ってもらって、いっこうに
構わない。恨まれて本望、そのために、あたしはここにいるんだ。
  あんたは、本当に大切なもののためなら、命を捨ててもいい…とは、思わな
いのかい?」
  大神は、一瞬息をのんだけれど、ややあって、答えた。
「…思いません」
「軍人なのに、死を恐れるのかい?」
「死を恐れるわけではありません。命を捨てることに、抵抗があるだけです」
「同じことだろう?命を捨てるっていうのは、死を受け入れることだ。
あんたの命は、大願を叶えるためにある。そういう考えは、あんたの中には
無いのかい?」
  グラン・マは怒っているわけではなかった。ただ、真剣に向き合っていた。
大神はそれ以上なにも答えなかった。グラン・マの言うことは、間違っていな
い。彼女はその大いなる目的のために、貴族も、幼女も、女囚さえも引きずり
込んできた。失うものではなく、守るべきものの価値を言っているのだ。だが
…大神は承諾できなかった。理屈ではなく、心の中に刺さったあの破片が、
言葉を押しとどめているのだ。永遠に失われた、恋のことを。
  背の高い通路に足を運ぶと、ひんやりした空気と共に浮かぶ面影。曲げるわ
けにはいかない。もし折れてしまったら…あなたをもう一度、殺してしまうこ
とになるから。それだけは、できない。だから、俺に勇気をください。
(二度と悲しみを繰り返さないと…  あやめさん……)


  シャノワールに貴賓室があることを知る者は、そう多くない。おおかたの客
にとって、そんなところは無縁の場所だからだ。オーナーと特別のコネクショ
ンを持つ賓客だけが、二階特等席へ足を運ぶことを許される。
  織姫とレニは、すっかりそこを居室にしていた。確かに営業時間以外…いや、
営業中ですらほとんど無人だし、自らを賓客と呼んではばからないのが
織姫らしいのだが。
  ドアの前に立つと、中からピアノの音色が聞こえてきた。そんなもの、
あっただろうか…いぶかしがりながら、ノックをして入った。

  大理石を敷き詰めた床に合った、上質のクロスが貼り巡らされ、ゴシック調
の装飾がほどこされた柱が、品格を添える。正面に大きく配された猫の瞳の
ような窓はマジックミラーになっていて、レビューのステージを見ることが
できるのだ。その一方で、いつも誰かに見つめられているような、妙な気分
にもなるが。
「織姫くん、なんだいそれは?」
「紅蘭が作った、蒸気卓上鍵盤だよ。消音機能がついているから、移動中も
使えるんだ。織姫は、音楽に触れていないとおかしくなるから」
「ちょっとー、ヒトを病気みたいに言わないでくれますかー!なかなかいいで
しょー、キータッチを重視した作りになってるんで、結構本格的なんですよ。
音色はイマイチだけど、ワタシの音楽レベルを基準にしちゃ花組の皆さんには
酷ですものね〜。それに、なんといっても…」
「爆発しない、し」
  三人の声がそろってしまったので、レニも声をあげて笑った。紅蘭が聞いた
らさぞ憤慨するだろうが、あれだけの実績がある以上、文句は言えまい。
「これは君のしおりかい、レニ。可愛い押し花がついてるじゃないか」
「うん…」
  レニは静かに優しげな瞳で、手渡されたしおりを見つめた。小さな、桃色の
花のしおり。帝劇の中庭で咲いていた花だ。あの日アイリスが花冠に使った。
「妥当な贈り物でーす、なにしろレニは活字中毒ですからね、本が手元にない
と壊れちゃうのよ。ちなみに中尉さん、その押し花の作り方、誰がアイリスに
教えたと思いますかー?まったく、あのカンナさんにそーんなリリカルな趣味
があったなんて、驚天ドーチでーす!」
  いま…故郷の欧州に戻っていても、二人の心は帝都のみんなとつながってい
る。まるで、流浪していた魂が、落ち着くべきところへ落ち着いたみたいに。

「リッシュ伯爵の舞踏会の件ですねー。レニは何を着るんですか?ああ、あの
ミッドナイトブルーのタキシードですか。ふふん、それに合わせて青のドレス
もいいですねー、思い切って真紅もいいですけどー。ああん、すべてのドレス
が良く似合う、いえ似合いすぎる、このワタシの美貌がニ・ク・イ…」
「タキシードって…レニと踊るのかい?だって、レニは…」
「あーらおっしゃいますけど、レニは人目を惹くんですよー中尉さんなんか
比較にならないくらい〜。ちょっち背が低いのが、難点ですけど…。あの銀髪
の美少年は誰かしらって、そのパートナーのあの黒髪の美少女は誰かしら、
ってみーんなの注目の的になるの  あぁ、カ・イ・カ・ン」
「…ボクは構わないよ。男女どちらのステップも、習得しているから。
織姫の踊りも、熟知しているし」
  確かに、俺が花組に赴任する以前から…そもそも帝撃・花組が結成される前
から、二人は同じ星組のメンバーとして活躍していたんだった。
「織姫はワルツを踊る時、二拍目を前倒しでカウントする癖があって、それに
対応しないと、パートナーのせいにして怒るんだ。それから…」
「こらーっ、ワタシの秘密をバラすんじゃありませーん!どっちだっていいで
しょ、要は華やかに優雅に踊れればいーんでーす!!」
「織姫くんのご両親も、招待されたそうだね」
「まーね…二人とも気落ちしたままだから、いい気分転換になると思うです…
それで、中尉さんは誰と踊るんですかー。中尉さんは背も高いし、そこそこ
凛々しいですからねー。ああん、でもグリシーヌさんや花火さんと踊るの
かしら〜ちょっちムカつくってカンジぃ」
「まさか、グリシーヌは俺とは踊らないよ。貴族同士の付き合いがあるからね、
邪魔をするなって言われるのがオチさ。花火くんは、俺とは…いや、誰とも
踊らないと思う」
  なんとなく会話が途絶えてしまい、大神はカウンターバーに向かった。何か
飲むかい、と尋ねたけれど、二人の答えはノーだった。

「それで、パパの絵はどうなったんですかー?パパたちもワタシたちも、もう
すぐ巴里を発つんですよ、まーだ犯人捕まらないんですか!!」
「ああ、すまない…警察もみんなもできるだけの捜査をしているんだ、
だから…」
  大神の言葉を遮るように、鍵盤を勢いよく叩くと、くだんの猫の目の前に立
ちはだかった。
「そんなの、調べるまでもないでーす!あの女泥棒がやったに決まってます、
どうして手をこまねいてるのか、理解に苦しむってカンジぃ」
「ロベリアを疑っているのかい?それはないよ、彼女にはアリバイがある。
犯行のあった夜には、シャノワールのバーで飲んでたんだ。緒方さんも一緒に
見たんだよ」
「そんなこと言ったって、一晩中ずーっとにらめっこしていたわけじゃないで
しょー、絵を置いてあったホテルは、ここからすぐに行ける距離なのよ。
なんであんな人をかばうんですかー!犯人はロベリア・カルリーニに決まって
まーす!」
「それは…違うよ。ロベリアは、犯人じゃない。俺は、そう信じている」
  貴族令嬢は、上目遣いで大神を壁際まで追いつめてきたので、ドアのそばの
サボテンの鉢植えを倒しそうになってしまった。
「ワタシより、あの泥棒のことを…信じるって言うんですか。
ふんっ、あなたもタダの、命令に動かされるだけの人だったんですね……」
「ど、どういう意味だよ、織姫くん…」
「どうって、言葉のままでーす!帝撃にいたら、帝撃の隊長。巴里に来たら、
巴里の隊長。その場その場でうまーく立ち回る、コスい男だって言ってるん
でーす!いいこと、ワタシたちにだって星組の時には別の隊長がいたのよ。
いつもその人と中尉さんを、比べてるのかもしれない。あなたはそのことを
どう思ってるですかー?!」
  星組の隊長…か。じっとにらみつけてくる緑の瞳には、まだ幼さがある。
「どうって…きっと、素晴らしい人だろうね。君とレニが、不慣れな帝都での
実戦にすぐ対応して即戦力になってくれたのは、その人の指導が良かったから
だろう。機会があれば、是非会ってみたいよ」
  織姫はしばらく、大神の瞳の中を探っていたけれど…そこになんの偽りも
ないことを確かめてしまうと、小さくため息をついて、悪たれた。
「ったく、むちゃくちゃ気分悪いでーす!どーにでもなれってカンジ!!」


  ドアが外れそうな勢いで、織姫は出ていった。一瞬迷ったけれど、大神は追
わなかった。引き止める言葉も思い浮かばないし、もう少し冷静にならないと
収拾はつかないだろう。
  そんなゴタゴタの最中も、レニは端然とソファに腰掛けていた。ビロウドの
輝きに包まれて、微動だにせず。興奮が収まると、気恥ずかしくなってくる。
「絵のことで、神経質になっているんだ。気にしない方がいいよ」
「ああ…わかってる」
  マジックミラーから下界を見下ろしてみると、幕に閉ざされたステージは
まるで闇のよう。今夜は、休業だから…
「本当に、ボクたちの前の隊長のこと、気にならないの?」
「ああ、なぜだい?花組だって、マリアが隊長でまとめてくれていたから
すごく助かったんだ。きっとマリアと同じぐらい、素敵な人なんだろう」
「楽観主義なんだね」
  レニは小さなため息をつくと、観葉植物の葉を揺らして、壁の絵に向かった。
「本当のところ…ボクらは、巴里華撃団・花組に転属になるんじゃないかって
思っていた。花組のオリジナルメンバーではないし、欧州出身だし。どうやら
違うようだけど」
「それはそうさ。巴里のことは、巴里華撃団が守る。君たちには、ずいぶん
助けてもらったけれど…」

  壁いっぱいに広がる絵画の前に立つと、レニまでもが絵の一部のように見え
る。戦場を駆け巡る、武装した戦乙女たち…『ワルキューレの騎行』
「隊長…あなたは、夢を見る?」
「夢?ああ見るよ、たまには。学生の頃のこととか、帝劇のこととか…」
「違うよ。ボクが言っているのは、特別な夢。隊長と、巴里の未来を示す夢」
  体じゅうの血の気がひいていくようだ…スッと青ざめていく視界の中で。
その世界の中に、まっすぐこちらをみつめてくる、蒼の瞳。深い謎のような。
「どうして、そのことを…?いや、しかし、未来を占うには曖昧すぎるし…」
「…力のある者のみる夢は、ただの夢ではない。隊長、気をつけて」
「ああ…もちろん、油断はしていないよ。カルマールを倒したとはいえ、
怪人は復活する場合が多いし。彼らはどうやら、霊的な存在のようだから」

  そう、魂…勝手な行動をとっていたあの怪人どもの目的は、いまだ不明だ。
唯一共通することは、この巴里を破壊しようとしていたことだけ。
なぜ、巴里を…?この街に、どんな恨みがあるというのだろうか。
帝都の降魔たちは、殺された人々の怨念から生まれた。では……?

「ボクが言っているのは、怪人たちのことじゃない。あなたの隊員たちのこと。
彼女たちにも、聞こえているはずだ。『声』が」
「彼女たちに、なにか起こるっていうのか?!」
「可能性を示唆しているだけ。ボクに言えるのは、それだけだ。
あとは隊長が、守らなければならない」
  なにを?愛を、正義を?出来るのか、仲間一人信じきれないこの俺に?
いや、そうしなければ。試されているのなら、応えなければ。
闇の…闇の中に沈んだ魂の、真の救済になるならば。
  考え込む大神を見つめ、そして客席を見下ろし…でも、少女はつぶやいた。
「どうやらボクも、楽観的になっているらしい。確証もないのに」
「レニ…?」
「たとえなにがあろうと、彼女たちは隊長の元に戻ってくるだろう。
ボクが…そうであったように」

  光の加減だったのかもしれない。少し、微笑んだようにみえた。

                                         (02/02/19掲載)
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