コレクター・ユイ  二次創作小説

                           

                             SILENT SNOW

                         サイレント・スノウ

                             chapter. 1


            本当は 渡したくなかった


 巨大なもみの木に、色とりどりのオーナメントがつけられ、金色に光る鈴が
冬の風に吹かれて、美しい音色を響かせる。ここは、クリスマス期間限定で開
催されている、〈クリスマス特設ネット〉このモニュメントを中心に、コムネッ
ト内でも人気の高い店が、いくつも出店している。
「だからぁ、なんでシンクロなのよ?…てっきり、IRかレスキューが来ると
思ってたのに」
「知るか。コレクターズでクジびきしたら、たまたまオレに当たったんだ」

 おそらくは、『未来予測の女神』か『トラップの女王』の仕組んだことだろ
うけどな。そりゃあ、ユイが誰か他の男と一緒にクリスマス・イブを過ごす…
なんてことは、想像しただけで気分が落ち込んでくるのが本音だけど。どう
にも気乗りしない様子のユイを見ているのも、それはそれで、あまり嬉しい
ものでは、ない。

「だいたいねぇ、どうしていつものコレクターズのコスチュームなのよ!たま
には、別の服にしたらどうなの?」
「服?あんまりデータが無いんだよな、こんなのくらいしか」
 もともと組み込んであるデータを書き換えるだけで、服装くらい一瞬で書き
換えることができる。巨大なコンピュータ・ネットワーク〈コムネット〉の
中では、こんなことはとても簡単。もちろん、あらかじめ用意しておくことが
肝心なのだけど。シンクロが着替えた服は、深緑のミリタリーコートに濃い
茶色のパンツに、ガッチリしたワークブーツといった、いでたちだった。
「なんか、山登りでもするみたい。クリスマスってこと、ちゃんと意識してる
の?こうパーッと、イベントを楽しもうって気持ちに欠けてるのよね。わたし
を見てよ、スゴイでしょ!!」
 確かに、スゴイ。真っ赤なケープつきのコートは白いファーで縁取られ、
体中いたるところに、光るバッヂがついていた。
「ゴージャスでしょう〜このバッヂはレイコにもらったヤツで、こっちは遠足
の時に記念で買ったのでしょ、こっちは5歳の誕生日にパパにもらったプレゼ
ントの飾りで、こっちは……」
(おまえのは、やりすぎだ…)
 サンタクロースとクリスマスツリーをドッキングしたようなユイのコスチュー
ムは、どことなくファイアー・エレメントスーツに似てないわけでもないが…
(コレクターのスーツは、コムネットの非常事態を知らせるためにも、特別な
印象を持たせるようになっているんだ。ここで、そんな格好をして何の意味が
あるんだ?)
「…おまえ、絶対サンタクロースに間違えられるぞ」
「なによ、フーンだ。あれっ、あそこにいたの、プリプリお姉さんじゃなかっ
た?」
「フリーズが?まぁ、このネットは珍しく、現実世界の12月の気温に合わせ
てあるからな。暑いところが苦手なあいつが出没しても、不思議はないぞ」
「そっか。あーっ、可愛いーっ!!ねぇねぇ、見てよ、可愛いよ!!」
 もう、興味の対象が移っていく。やれやれ、ユイときたら…でも、ユイちゃ
んとしては…もう15歳で、来年は16歳になるユイは、彼女なりにいろいろ
考えていたのである。
(わたしが言いたかったのは…シンクロには好きな人がいるっていうの、
わたし知っているのに… こんな特別な夜に、わたしと一緒にいていいのか、
ってことなのよ……)

 白い小さな仔犬を、ユイはそっと抱かせてもらった。手のひらに、ぬくもり
と鼓動が伝わってくる。
「私、現実世界では、犬を飼うことができないの。犬の毛にアレルギーがあっ
て…それで、ずっと犬は苦手だったんだけど、彼と出会って電脳ペットのこと
知って、それで二人で育てることにしたの」
 仔犬も可愛いけれど、仔犬を連れていた二人の方が、とても幸せそうだった。
生きているものから、元気をもらっている。その元気が、ペットの仔犬にも豊
かな愛情になって注がれているのが、よく分かる。
「ほらほら、ワンちゃん、可愛いよ!」
(なんか引っかかるんだよなぁ、ワンちゃんっていうのが…こだわり過ぎか?)
 黙りこんだシンクロは放っておいて、ユイはカップルにさまざまな質問を
投げかけては、仔犬に頬ずりし、長いことしゃべりこんで、やっとバイバイ、
と別れた。
「可愛かった〜あのワンちゃんのおかげで、二人は幸せだし、ワンちゃんも
幸せなのね〜いいなぁ、なんか、理想的って感じじゃない?」
 そうだ。彼女は現実ではけっして叶うことのない『夢』を見ているだけだ。
そのための存在なのだ、コムネットも、あの仔犬も、そして…この俺も。

 ユイが次に飛び込んだのは、アクセサリーの店。本人は目が爛々としてきた
が、シンクロにはまったく興味がない。そりゃあ、コムネットで事件が起こっ
た際には、知識として宝石のデータをダウンロードすることもあるけれど、
嗜好として関心を持てないのだ。どうやら店の客の半数はそんな男どもで、
彼らは連れの彼女らに引きずりまわされ(早くこの時間が過ぎてしまわないか
なぁ)と心の底から願っている。ご同類だ。
「…気に入ったのがあれば、買ってやるぞ」
「ホント?…でもシンクロ、お金持ってるの?」
「あのなぁ、これでも一応〈別荘ネット〉の管理人なんだ。大金持ちじゃない
けど、それなりの収入はある。それに、もし予算オーバーしても犬養博士が
援助してくれると、言ってくださっている。もともと、この〈クリスマス・
ネット〉にユイを招待したのは、博士だからな。日ごろのお礼をしたいけれど、
好みがあるだろうから欲しいものを自分で選んでもらえって、俺たちコレクター
にも伝えてきたんだ」
「そうなんだ〜『コムネット総合管理責任者・犬養基継博士』のお墨付きなら、
大船に乗った気でいいわよね〜よーしっ、ど・れ・に・し・よ・う・か・な?」
 ユイが張り付いているショーウィンドウを、横目でチラと見てみると…お、
おい、ちょっと待て!予算より一ケタ多い!確かに、犬養博士にお願いしたら
金銭的には問題ないさ。でも…あまり迷惑はかけたくないし、正直言って、
できれば自分の力で贈りたいんだ。ユイの望むものを、俺自身の力、で。
 彼女は、それはそれは時間をかけて、うろうろきょろきょろ店内くまなく
探し回り、腕組みをして考え込み、しゃがんでうなり、それは果てしなく続く
かのような気の遠くなる時間であったけれど…そのうちに、ある指輪の前で
ピタリと動かなくなった。背後に回って覗き込むと、予算より一ケタ多いどこ
ろか、想定していた金額より一ケタ安かった。
「それで…いいのか?」
「うん!見てよ、この細工!すごく丁寧に、きちんとデザインを練って作って
あるのよ。焼き上がるまでに、この数倍失敗作がでているとみたわ。それなの
にこの値段!ものすごくお買い得よ。さっ、他の人に見つからないうちに確保
しとかなきゃ…すいませーん、これ、お願いしまーす!」
 店員は飛んできてショーケースを開け、お付けになりますか?と尋ねてきた。
ユイは上機嫌でうなずいた。お気に入りのデザイン、ほどよい価格…が、
世の中そんなに甘くない。その指輪は…明らかに、ユイの指には大きすぎた。
「え〜ん、ブカブカ…すごく、すっごく気に入ったのに〜〜!」
「他をあたってみたらどうだ?ま、ユイの指が指輪に合うくらい太くなれば
別だが…身につけることができないんじゃ、しかたないだろう?」
 くすん、と涙目のユイに、店員のお姉さんがおずおずと、こんな提案をした。
「あの…指輪としてはご使用が難しいようですから、ペンダントトップとして
使ってみては、いかがでしょうか。お手持ちのチェーンをご利用なさって…」
「それって名案かも!うん、ぴったりだし!じゃあ、パパからプレゼントして
もらった、こっちのペンダント・トップを包んでもらって…
 あ、でもさ、ここで買って身につけたからって、現実世界に持っていける
わけじゃないのよね…」
「安心しろ、ここで決済すれば、現実世界でも同時に出荷するから、明日の朝
にはおまえの家に配達されるはずだ。」
 はい、ご契約が成立すれば、リンクしておりますからすぐにでも、と店員も
微笑んだ。こうしてユイは、新たな戦利品を首にかけた。銀色に輝くペンダン
トが、胸元を飾る。

「…なんでまた、そんなに親の仇を討つみたいに、食べまくるんだ?夕食は
家族で食べてきたんだろう?」
「ケーキは別腹だって!だいたい、本当に親の仇なんだから!だって…」
「よお、お二人さん。せっかくのデートなのに声をかけちまって、よかったか
な?」
 オープンカフェのパラソルの下、窮屈そうに声をかけてきたのは、ジャギー。
「ブンブンおじさん!いいわよ、座って座って!わたしはケーキ食べてるとこ
ろだし!」
「そう、親の仇を食い尽くしているところだから。おまえはいいのか、ジャギー。
〈コムネット総合図書館〉の方は…」
「ああ、自動対応にして抜け出してきたんだ。クリスマス・イブに図書館に来
るヤツも、そういないしな。問題があれば、すぐ伝わるようになっているぜ」
 ジャギーは、ユイの食べっぷりについては呆れて物も言わず、カフェの椅子
に腰掛けた。例の図書館の館長服…緑のスーツにケープを羽織っているので、
やたらと広い肩幅が強調されないで済んでいる。ジャギーもシンクロ同様、
コーヒーだけ頼んだ。
「おまえたちの邪魔をしたのは、ちょっと聞きたいことがあったからだ。この
ネットで…フリーズを見かけなかったか?」
「あぁ…ユイが見かけたって言ってたよな、さっき」
 うん、と口いっぱいに頬ばったままユイがうなずく。ジャギーはため息つい
た。どうかしたのか、と聞かないわけにはいかない雰囲気だ。
「フリーズのヤツが、フリーのウィルスバスターをやってるのは知ってるだろ。
あいつ、何かに縛られるのは苦手だし、かといって、放浪し続けるほど強くも
ないのさ。だから…」
「プリプリお姉さんの力になりたい!そう思ってるんでしょ、ブンブンおじさ
んは。バグルス事件の時もそうだったよね」
 ま、まぁな…とジャギーはいつになく照れて、頬をぽりぽりとかいた。
「…こういう気持ちを持つのは、変なのかもしれないな。俺たちは…俺たち
三人は、コムネットのホストコンピュータ・グロッサーに作られた。人間への
憧れと執着にかられたグロッサーが生んだ、いわば分身だ。オレとウィルスは、
グロッサーが正常化したときに、すぐに新しい存在意義を見つけることが
できた。もともと、調査・研究する方向に特性が向かっていたしな。だが
フリーズは…それがグロッサーの思うところだったのかどうか、よくわからん。
何をしても長続きしなかったし、どうにも不器用で、そのくせ意地ばかり
張って…まぁ、ここんとこ、なんとかなってきてるみたいだけどな。しかし…」
「それならそうと、言えばいいじゃない。プリプリお姉さんだってわかってる
わよ、自分がデリートされちゃうかもしれないのに助けてくれた、ブンブン
おじさんの気持ちは!だから…かえって、うまく頼れないでいるのよ。
 わたし…なんか、プリプリお姉さんの気持ち、わかるな。わたしも、ハルナ
やアイちゃんに全然追いつけないもん。マンガ家か声優になるって夢もあるけ
ど、なかなか前に進んでないし…昨日投稿したマンガ大賞だって、どうなるか
不安だし…でもさ、ちゃんと言ってあげた方がいいって!わたし、ケーキの
おかわりしてくるから〜」
 まだ食べるのか…という点はともかく、ケーキを物色しに行ったユイの後姿
を、なんとなく無言で見送ってしまう男たちだった。
「…さっきのは、おまえにも言えることだぞ、ウォーウルフ。いや、シンクロ」
 なにがだ?と、シンクロは他人事のようにコーヒーを口に運んだ。
「ユイは気にしているんだよ。おまえに意中の人がいることを知って、おまえ
にうまくいってほしいと思ってるんだよ。オレをせかしながら、実際おまえに
も言い聞かせていたんだ。そういう気持ちを放っておくのは…どうかと思うぜ」
 じゃあ、どんな道があるっていうんだ?俺が、一番大切なのは…ユイだ。
そんなことを言って、どうなる。現実世界に住む人間と、コムネットに存在す
るコンピュータ・ソフト。それが…唯一の、そして絶対的に横たわる、事実。
「〈コムネット〉は人間が作り出した、理想の世界…いわば、夢だ。俺たちソ
フトは、その夢の一部にすぎない。朝が来て目を覚ました人間は、夢の出来事
なんて気にしないだろう。ただ、それだけのことだ…」
「ちょっと、そんなことないわよ!〈コムネット〉があるから、みんなと出会
えて、少しずつだけど変わっていけるじゃない!現実世界ではめぐり合わない
人や、知ることのなかったことを知って…〈コムネット〉って、そうやって人
と人をつなぐものでしょ?そうやって、結びつけていくものだと思う」
「だからといって、ソフトに感情を持たせる必要があったのか?フリーズみた
いに、悩み続けるソフトが存在するのは、〈コムネット〉自体の問題じゃない
のか?」
「ソフトだって…たとえ誰が作ろうが、生きて心があるんだから、幸せになる
権利はあるわよ!わたしだって、パパとママから生まれたんだもの、生きて
何かをするために…それが簡単に見つからなくても、途中で変わっていっても、
別にいいじゃない!」
 ユイの言うことはもっともだ、とジャギーは手を振り、去っていった。
ソフトが幸せになる…権利?

「さっきのアクセサリー屋で、ユイが物色していたのは、本当はマンガのネタ
…そうだろう?」
 なんでわかったの?と、ユイはキョトンとしてつぶやく。
「物欲しそうな顔じゃなくて、自分の世界に入ってるって感じだったからさ。
口元がブツブツ動いていた。アイディアが刺激されて、なにかストーリーを考
えてたんだろ。例の指輪は、まぁ、もののついでってところだな」
「ついでじゃないわよ!本当に、気に入ったんだし…でも……」
 なんか、よく分かってるわよね、わたしの考えてること。コレクターズと
出会ってから、結構長いつきあいだから不思議じゃないのかもしれないけど…
「わたしの考えてることって、そんなに分かりやすい?」
「アンティよりはな。コントロルといい勝負だ」
 それって、全然褒めてないかも。ぶらぶらと歩く〈クリスマス・ネット〉
揺れるペンダント・トップ。贈り物って、気持ちをのせるものじゃない?
だったら、シンクロが本当に贈りたい気持ちって…どこを向いているの?

 道端でしゃがみこんで、泣いている少女がいる。歳は…5歳くらい?伸ばし
た髪に大きなリボンをつけて、可愛らしいよそ行きのワンピースを着ている。
でも、せっかくの晴着も、涙でぐしょぐしょになった顔では、台無しだ。
「あらら…お嬢ちゃん、どうしたの?お母さんとはぐれちゃったの?」
 女の子は、コクンとうなづいた。まだ、目に涙がたまっている。
「ね、お姉ちゃんたちと一緒に、交番に行こうよ。きっと、家族の人と会える
はずだから。さぁ、行きましょ…って、シンクロ、なに退いてるのよ!」
「い、いやぁ、べつに…」
 迷子の少女か…イヤな思い出と連結してるんだよな。一歩、後ろを歩く。
「だいじょうぶよぉ、なんていったって、お姉ちゃんは正義の味方ですから!」
「うん…ありがとう、サンタクロースのお姉ちゃん!!」
 さ、サンタ…のおじさんとは、一緒にしないでくれる…かしら。
「そこ!笑ってないで、さっさとついて来てちょうだい!」
「…くくっ、予想的中、だな」

 〈クリスマス・ネット〉の中央にそびえる、大きなもみの木。イルミネー
ション華やかなその根元に、総合案内所と交番があるはず。ツリーに飾り付け
られた鈴が風に鳴り響いたとき、悲鳴があがった。
「ちょ、ちょっとどうしたの?あのいきなり、倒れたりして…誰か、誰か来て
下さい!!」
 数人のネット客が、倒れている。命に別状はないみたいだけれど…
「いったい、どうしちゃったの?ちょっとシンクロ、これって事件かも!
わたし、確かめてこなくちゃ!」
 意気込んだユイは、路地裏に駆け込んだ。が、じっと見つめてくる迷子の
少女は、どうしたものか…
「あ、あのね、これからお姉ちゃん、正義の味方に変身するけど、ビックリし
ないでね。それで、おうちの人にも、このことは秘密、だからね」
 ウィンクして見せて、コムコンを高く掲げる。〈コムネット〉の平和を守る
ため、特殊な力を与えられたコレクター。には、あまり見えないところが…
ユイのユイらしく、ユイならではの、ところ。

〈エレメントスーツ・ミラクル・ダウンロード!〉

光に包まれた彼女は、妖精の姿へと変身した。このエレメントスーツとマジッ
クワンドによって、〈コムネット〉内のあらゆるコンピュータ・トラブルに
対応することが可能なのだ。
「ちょっと見てくるわ!シンクロ、その子のことお願いね!」
 宙に飛び立つ妖精の羽根、少女はポカンと口を開けたまま、うっとりと
見送っていた。コレクター・ユイを。
「サンタのお姉ちゃんが、妖精になった……スゴイ!」
「さっきの約束どおり、おうちの人には内緒にしてくれよ。さぁ、オレが交番
まで送ってあげよう」
「うん、クリスマスツリーのお兄ちゃん!」
 ユイがサンタで、オレはツリーかよ…どういう組み合わせなんだか。


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