極短編小説:池袋東口 |
| ここは東京の池袋、晴天に恵まれ、汗ばむ陽気となった4月18日午前10時。 郵便局のCDから数十枚の1万円札を取り出し、無造作に胸のポケットに札を押し込む一人の男がいた。 郵便局を出た男はタバコをくわえながら公園の脇を通り抜け、スーツの裾をなびかせて地下道に消えた。 やがて地下道から出た男は、足早に交番の前の交差点を渡り、人の流れに逆らうようにして歩いていた。その目は一点を見据え、迷うことなく一軒の某カメラ量販店に向かって移動していく。 店に入った男は迷うことなく地下一階に降りると、展示品が並ぶディスプレイ台、商品タグ、店内在庫品棚と思われる箇所をその細い目で追いながら動きを止めた。 そして、心の中で呟いた。「無い、か…」と。 どうやら男が探しているものは見あたらなかったようだ。 やがて男は辺りを見回し、そして最初に視界に入った店員を捕まえ、なにかを尋ねた。 男と店員は、ごく短いやり取りの後、お互い黙り込む。 無言のままの数秒が過ぎると店員は、視線をやや上に反らし、店内在庫が置いてある棚へ歩み寄り中を一瞥する。そして近くにいた別の店員を捕まえると、なにやら言葉を交わし、そしてその店員とともにレジの傍にある端末機のようなもの操作し始めた。 そして一枚の紙切れを手に男の元へ戻ると、それを見せながらこう言った。 「倉庫の方に在庫があります、価格は20万3百円」 「それで良い、買う」と男。 店員は接客業らしい丁寧な言葉で 「それでは倉庫から取ってきますので、よろしければお昼休みにでも来て頂けますか」と、鞄を持ちスーツに身を固めた男の姿を見ながら言った。 仕事の途中で抜け出してきたか外回りの営業か、それとも…店員は男の素性を判断しかねている様子である。 男が「このまま持って帰りたい」と返事をすると、店員は「それでは20分程お待ちいただけますか」と言いながら1枚の名刺を取り出す。 男が無言で頷きながら名刺を受け取ったのを確認すると、店員はそのまま店から消えた。 名刺を受け取った男はしばらく店内を歩き回り、やがて思いついたように店を出ると再びタバコをくわえ歩き出す。 そして同じ名前の別の店に入った男は、先ほどと同じ言葉を若い店員にかける。 若い店員は在庫を確認すると「あります」と一言。 続けて「値段は」と問う男に「20万3百円」と答えた。 なるほど同じ系列店である、価格は同一の様子だ。 さらに男が「安くならないか」と言うと「製造中止になり殆ど残っておりませんが、当店では在庫していますので宜しければ…あとはポイントでいくらか…」と答える。 要するにこれ以上値引きしない、ということだろう。男は何かを考える様子でいたが、一礼すると店を出た。 男が再び元の店に姿を現すと、男の姿を見つけた先ほどの店員が走り寄りカウンターに案内する。 胸のポケットの入った1万円札を数えながら男が店員に呟く。 「消費税込み21万でどうだろうか」 値踏みするような目で男を見つめた店員は、一度どこかへ消えた後再び現れ、僅かな間を置いて 「結構です」と答えながら金を受け取った。 そして男に金色の箱の入った紙袋と、なにやらカードのような物を手渡すと礼を言いながら頭を下げた。 男は店を出ると鞄と紙袋を大切そうに抱え、駅に向かう人混みに姿を消した。 JR池袋駅を出発した列車。 平日の昼前で空いている車内には一人の男が鞄と紙袋を持ち、遠くを見つめながら座っていた。 どことなく笑いを含んだその男の顔には怪しい雰囲気が漂い、 そして、紙袋から覗く金色の箱にはF3/Tの文字が躍っていた。 |