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USAナショナルパークツーリング
性懲りもなく、また企ててしまった米国ちょっとだけツーリング。夫婦して無理矢理とも言える形で有給休暇を取得し、無理矢理旅行代金をひねり出し、催行まで1ヶ月を切っている状況で無理矢理ツアー予約を入れた。 そこまで無理矢理してまでなぜに行きたいかと言うと...ウサ晴らし、とにかくストレス解消。昨年のアメリカツーリングで得た快感が未だに忘れらない。いっちょ国外逃亡を図って、ぱぁーっと気分を晴らしましょう!
またもやお世話になったのは、米国バイクツーリングをプロデュースするBANZAIツアー。 今回はサンフランシスコからヨセミテ国立公園、デスバレー国立公園、そしてラスベガスに到着と言う標高差3000m、気温差40度の短距離ながらもハードで見所満載なツーリングだった。
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7月6日 自宅〜サンフランシスコ
本日の予定は午後1時に成田集合、3時過ぎのノースウエスト機にて出発。しかし自宅を出たのは早朝6時。今回は伊丹〜成田間の飛行機が満席で取れなかったため、陸路で成田に向かうしかなかったのだ。
新大阪から新幹線に乗り、富士山に挨拶をして東京駅到着。東京駅からは快速に乗って成田空港まで。本当は成田エキスプレスを使いたかったのだが「特急料金もったいない」との副会長のセリフで却下。都内から2時間かけての空港入りとなってしまった。 しかし東京駅から80km近くも離れているのに、千葉の山奥にあるのに、なーにが“新東京国際空港”だ。自宅から6時間かけた移動でクタクタになった私にはどうにも納得できない。 |
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私は別段問題はなかったのだが、隣のテーブルでチェックを受けていた女性はソーイングセットの糸切り鋏と爪切りを没収されていた。鋏はともかく爪切りまでなんて...あれも武器に成り得ると言うことか、どうやって武器として使うのだろう。 ハイジャック犯が人質を捕まえて「言う事を聞かなければこいつを深爪するぞ」とでも脅すのだろうか。なんだかマヌケだ。 |
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あいも変わらずおいしくない機内食...→ どの航空会社のも特に寿司がまずいと思う
搭乗時刻が来て、やっと機内で落ち着けられると思いきや、私達のノースウエスト機は搭乗口から離れていてバスに乗って移動しなければ行けなかった。まあすぐに着くだろうと思っていたら滑走路内は大渋滞、飛行機に辿り着くまでの長いこと。もうクタクタ、国内移動だけでもうお腹いっぱいだ。
やっと乗り込んだ機内で、やっと同ツアー参加者の人達に逢えた。最年長は海外ツーリング初体験の馬場さん、GOLD WINGのオーナーさんだ。そして昨年もBANZAIツアーに参加したリーダーこと酒井さんと弘津さん。今回は5人中私達を含めて4人がリピーターだ。
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自宅を出てから9時間後、やっと日本を脱出できた。10時間のフライト中はただひたすら眠るばかり。隣の副会長も大人しく眠っていた。前回、調子に乗って映画ばかり見ていたせいで酷い時差ボケに苦しんだのだが、多少は学習したようだ。 時差ボケは東回りの方が症状がキツい。少しでも長く眠っておかないとあっという間に体調を崩してしまう。
数時間の中途半端な睡眠の後は2度目のまずい機内食、それが終われば雲の下にカルフォルニアの湾岸線が見えてくる。窓の外には明るいサンフランシスコ湾、いよいよフリスコに到着だ。 ※フリスコ・・・サンフランシスコの略称 |
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無事に荷物を受け取り到着ゲートに出てみると、そこには1年振りに逢うツアーガイドのケンジさんが迎えに来てくれていた。この時、 日本時間では7月7日、織姫&彦星とまでは言わないが、1年振りに太平洋を越えて懐かしい人に再会できるのはやはり嬉しいものだ。
全員揃ったところで、これまた懐かしいシボレーアストロに乗り込み市内観光へと繰り出す。 |
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まずはハーレーのディーラーを冷かしに行った。 ハーレーだけでなくビューエルも置いていてかなり大きな店だったのだが、皆が注目したのは展示してあるバイクではなく、駐車場に停まっていたXLCR・ハーレー唯一のカフェレーサーだった。
みんな物欲しげに珍しげに眺めて写真を取り捲っている。最初、私には何が何だかわからなかったが、ケンジさんに「映画の"ブラックレイン"でマイケル・ダグラスが乗ってたヤツ」と解説してもらいようやく思い出した。 あーあれ、ずいぶん昔に限定で出たやつね...カフェレーサーのデザインがあまり好きでない私にはこの程度の認識しかない。
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どちらが後から来たのか知らないがケンカでも売っているのだろうか。
どうせ目の前だからと入ってみると中はちょっとした博物館のような造りになっていた。 ここでも皆が注目したのは店内ではなく駐車場のバイク。停まっていたのは"SFPD"のステッカーが眩しいBMW・R1100RTの白バイだ。
フリスコの市民はこんなのに追いかけ回されているのか。難儀なことだ。 |
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お昼ご飯はパシフィックベルパーク球場そばのカフェにて、クリスピー生地が美味なピザを堪能した。天気が良かったので店内ではなく屋外の木陰にてランチタイム。空は青く高く澄み切って、日差しがきついのだが風が冷たく、肌寒いけれど気持ちがいい。 フリスコはロス同様に霧の街とのイメージがあったのだが、霧のサンフランシスコなんてウソつけ〜と言いたいくらいに快晴だ。
お昼のあとはベルパーク球場を傍から見学して、そしてやっとレンタルバイクのピックアップ。途中でSFPD(サンフランシスコ市警)前を通過。ここでハリー・キャラハンもナッシュ・ブリッジスも働いているのかとミーハーな気分で眺めていた。
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これがパシフィックベルパーク球場。サンフランシスコジャイアンツの本拠地。レンガ造りの外観は、落ち着きと重みがあって、外から眺めるだけでもキレイな球場なのだろうと想像できた。
ところで新庄よ、いつまでもこんなとこで調子に乗って遊んでいないで、いいかげんに甲子園へ帰って来ないか。 ...とか言ってたら札幌なんぞに行きよった。もう帰ってこなくていいよ。 |
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到着したのはサンジョゼのイーグルライダー、全米最大手のレンタルバイクのチェーン店だ。以前と同じように数種類の書類にサインし、パスポートと国際免許証を提示。前回、免許証やパスポートをなくした私は蚊帳の外の存在だった。 でも今回は大丈夫、今度こそは自分でも運転してみせるつもりだったので、意気込んで一緒になってサインした。
借りたのは、馬場さんが青いロードキング、引津さんはファットボーイ、酒井さんはヘリテイジスプリンガー。そして私達夫婦もヘリテイジを借りる予定だったのだが、3時までにイーグルライダーに返却される予定だったバイクが帰ってこない... 待てど暮らせど帰ってこないので、仕方なく空いていたロードキングに変更する事になった。 跨ってみるとヘリテイジよりもちょっと大きい、私には大きすぎて運転できない。足はなんとか着くがハンドルが広く遠いから危ない。今回もタンデムシートでガマンしなければならないのか...
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20分ほど走ってホテルに到着。しばらく休憩したあと、食事へと出かけた。イタリアンレストラン(と言うかバール?)で辛いペンネアラビアータを食べながらミラーをゴクゴク飲んでお腹を満たす。 今回のメンバーの中、アルコールOKなのは私とリーダー前田さん&弘津さん。ケンジさんもOKなのだが、車を運転する時は絶対に飲まない。
前回参加したときは私以外誰もアルコールを口にしなくて淋しい思いをしていたが、今回は一緒に飲める人達がいるので楽しい。たかがビールでもみんなで騒いで飲むほうがおいしいのだ。 |
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食事の後はケンジさんの案内でサウスサンフランシスコ市のベイエリアにあるクラブで1時間ほど遊んだ。 クラブだなんてほんと久しぶり!私も数年前までは神戸や大阪のクラブでよく遊んだ。しかしまだ子供のようなお坊ちゃんお嬢ちゃん達に店を席巻されてからは雰囲気に馴染めなくなり、自然と足が向かなくなった。 でもここは違う、年齢層が高いので私でも思うままに遊べる! フロアにはサルサのバンドが出ていて、人種も肌の色も年齢も関係ナシの人々が思うままに踊りつづける。
さすがにみんな踊り方が上手い。持っているリズム感が違う。私も嫌がる副会長を引きずり込んで一緒に踊ってはみたものの...ダメだな、まるで盆踊りだ。 横を見ると弘津さんもアメリカ人女性と一緒になって踊っていた。ナンパしたのかされたのか、多分された方だろう。 その横顔は楽しそうだけどちょっと緊張しているようにも見えた。でも、結構絵になってるじゃない。
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〜フリスコで見つけたエキセントリックなブーツ〜
何を考えてこんなけったいなブーツを作ったのか、と思ったら、これでもトニーラマー社製。米国人の好みはようわからん。
靴屋のおやじさん談「ちょっと前に、日本人がこのブーツを5足ほど買っていったよ」との事。さてはバイヤーか? ってことは日本でも少なくとも5足は売られているのか...日本人の好みもようわからん。 |
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遊びつかれて満足してホテルに戻ってきたのは10時過ぎ。米国初日は超ローカルな観光となったが、これだからこそ楽しいのだ。 明日はゴールデンゲートブリッジもフィッシャーマンズワークも見ないままフリスコを去るが、それはそれで問題なし。観光客のごった返す中で疲れるくらいならバイクで走らせていて欲しい。
荷物を整理してシャワーをゆっくりと浴び、暖かいベッドにて就寝。およそ30時間ぶりのベッドは最高の寝心地だった。 明日はいよいよヨセミテ、アメリカの山道はどんなものか楽しみだ。 |