〜北アルプスHeaven's Drive〜
平成14年5月25〜27日
27日・月曜日
お腹が空いて目覚めたら7時前。
朝食はまだ先だったので、とりあえずは朝一番の露天風呂をいただいた。夕方と朝では光線の加減が違うので趣きもまた違う。小雨の降る中だったがシンとした森に雨音だけが響き、耳の中まで洗われるような気分だった。
このペンション、5〜9月までの間、朝食はオープンテラスで食べさせてくれるのだが、残念な事にこの日は雨が止まなかったので食堂での食事となった。
私達が頼んだのは洋食のセット。これもまた美味しくてボリュームのあるものだが、他の宿泊客が食べていた和食もかなり気になる。自慢じゃないが私は根が卑しくできているから、人が食べているものは全て美味しそうに見えてしまうのだ。
最後のコーヒーで一息つき、雨が上がるのをしばらく待った。穂高岳の頂上部では雨でなく雪だったようで、白く化粧した穂高が雲の切れ間から見えた。

ほのみ亭オープンテラスより
雨が降ってたのがめっちゃ残念
9時過ぎにはお天気回復。オーナー夫妻に礼を延べてほのみ亭をチェックアウトした。
最初に目指したのは北アルプス大橋。ほのみ亭の案内に「タダで楽しめてそれほど知られていない名所」的な事が記されていたので、ヒマつぶしにとバイクを進めたのだ。
ペンション街からは5分ほど、予想よりは小さな橋(と言っても全長150mある)が谷間に掛かっていた。
真っ直ぐな橋の向こうには北アルプス連峰がヴェールのような雲をまとい立ちはだかる。山がデカすぎて美しすぎてしばし放心してしまった。
テレビでしか見たことのないような光景が生で目の前に広がる。鋭い峰は雪を被り、白刃のような輝きを空に浮かべていた。
私達以外にも観光客がいたが、しばらくすると貸切りになった。後で知ったのだがこの橋は写真家の間ではそこそこ有名らしく、休日はそれなりに人が多いらしい。今回は平日の朝と言うのがラッキーだったようだ。
気分を良くしてはしゃぎながら橋を歩き何気なしに下を覗きこむと...あ、眩暈が。橋の下は直下70m、ビルのワンフロアを3.5mとして換算したら20階建てくらい?
谷底には遠目に見ても清流とわかる川が流れる、結構急な流れのようだ。アーチ橋の構造だがよくもまあこんな断崖に橋を掛けたものだ。
ほんのちょっとのつもりが、結局はいっぱい楽しんで北アルプス大橋を後にした。後は自宅に向かい400kmほどの道を帰るだけ。
まず平湯に出て乗鞍岳に未練を残しながらR158を東へ向かう。飛騨高山を目指し延々と、延々とバイクを進める。
乗鞍付近はカーブやアップダウンが続き気を抜いて入れなかったが、平坦な道に出てしまうととことん平坦。快適に走れるところなのだがちょっと眠気が差し始めた。でもまだまだ走る。

北アルプス大橋より
高所恐怖症の人は下を見てはいけない
走って走って2時間弱で清見村に到着。道の駅・ななもり清見でトイレ休憩しているとまたもや小雨が降りだした。暑いのをガマンしながらレインウェアを着て再出発。
飛騨清見ICから東海北陸道をただただ南下。
走り出してすぐに「高速道路の標高日本一」の表示が見えた。ほうほう、昨日に引続きまた日本一を通過か。ちょっとだけ嬉しい。標高は海抜1,085mとのこと。数字で表現されてもあまりピンとは来ないが。
荘川ICを過ぎると横風が強くなりだし走りにくくなった。目の前には真っ白な高架橋、華奢な橋脚だなと思い下を見ると地面が見えない。わわわ、なんじゃこら高いぞ怖いぞ。もしもここから落っこちたら?着地する前に確実に心臓マヒ起こして逝ってしまうな。
このやたらノッポの橋が日本一高い(料金に非ず)橋・鷲見橋だ。3本ある橋脚のうち最高なのが118m、橋自体の地上高は123mにもなるそうだ。
PCラーメン(麺に非ず)箱桁構造とやらで強度はバッチリらしいが、見ている分にはあまりにも華奢な脚で不安になる。あれなら私の足の方が太く見えるぞ。
3つ目の日本一を走破して、ひるがの高原SAに到着。平日のお昼前と言う事もあってか、車も人気もほとんどなくて不気味なほど静かだ。この辺りまでくると景色が平面的だ。
ちょっと前までは切り立った山に囲まれていたので、もうずいぶん離れてしまったのかと寂しくなった。
例の如くコーヒーとトイレを済ませて再出発。雨は完全に上がっていたのだがまだまだ寒かったのでレインウェアを着込んだままで走り続けた。

郡上八幡の吉田川から
山の上に八幡城がちょこんと乗っかっている
テケテケと走り高鷲IC、白鳥IC、ぎふ大和ICを通過。ぼちぼちとシェルパがお腹を空かす頃、そして私のお腹も空きまくっていた。
バイクはいざとなればリザーバタンクがあるが、私の場合はそんなものはない。空腹が限界に達すると胃酸が出すぎて機嫌も気分も悪くなるのだ。
腹の虫が悲鳴のような警告音を鳴らし続ける、事態は一刻を争う状況だった。 郡上八幡ICで高速を降り、副会長の先導で市街地を走る。
次のお目当ては八幡町の"平甚"にてお蕎麦ランチ。副会長は3年前にクラブのメンバー達と共に食べにきている。
我らがetcetera会長もいたくお気に召しているようで、今でも「郡上八幡の西陣の蕎麦はなあ、」と口にするらしい。
...おっちゃん、西陣ちゃうぞ"平甚"やぞ。西陣っちゅうたら塚口のパチンコ屋やで。
中二階造りの家が立ち並ぶ中にバイクを停め、吉田川沿いの平甚にいざ出陣。店の中は昔からなのかそれとも今の流行を押さえたのか、やたら民芸調の造りだ。
平日なのが幸いしてさほど混んではいない。すぐに奥の席についてメニューをチェック、ざる・もりを初めにあれこれと品が並ぶ。

これが西陣でなくて平甚
休日はごっつい行列ができているらしい
店員さんをつかまえて「ざるともりは何がどう違うの?」と尋ねると「ざるはワサビ付いてくるからそばつゆが薄め、もりはワサビ使わない人のためにつゆが濃いめ。そば自体は一緒のもの」と教えてくれた。
一昨日の松本の蕎麦屋はざる=もみ海苔がかかってる(値段高)、もり=海苔なし(値段安)、だったが店よって呼称が違うのか。(もしかしたらもり&ざるが逆かも...)
私達はワサビ好き好き派なのでざる大盛りを2枚注文。サイドメニューとして蕎麦がきも注文。20分近く待たされて(受注後に茹で始めるから仕方ない)、ざる&蕎麦がき登場。
まずはそばつゆをちょっと味見。薄味と言っていたが鰹の強い味がしてぜんぜん薄くなかった。ワサビを溶いて蕎麦をつけて戦闘開始。
ちょっと太めに感じる蕎麦は見た目より舌触りがいい。噛み締めるとほんのりと香りがして次から次へと食べたくなる。
最初は有名店だと聞いていたので逆に大したことないだろうと思っていたが、これなら人が寄ってくるのもさほど不思議じゃない。
箸休めには蕎麦がきをいただく。この蕎麦がき、サイドメニューの扱いを受けるとは言え、素材も技術もハイレベルじゃないととても食べられたものじゃないのだ。
ここのはもちろん合格点。丁寧に練っているのかムラがなくて滑らかでふんわり、蕎麦粉の香りだってちゃんと保たれている。

蕎麦がきとそば湯
私が食べ物の写真を撮るとまずそうに見えるのは何故だ?
あらかた食べ尽くした後はそば湯でフィナーレ。このそば湯が楽しみでざるを注文する事もあるくらいだが、平甚のそば湯は別格だった。
お湯が美味端麗なのももちろんだが、つゆを薄める事によって醤油の辛さが消えて、かわりに鰹の香りが俄然主張してくる。さっきまでのそばつゆから、いきなり上等のお吸い物へと化けたようだ。
これは蕎麦猪口でチビチビなんてやってられない。ちょっとおねーさん大ジョッキで持って来てよ、ざるそばはいらんから蕎麦湯だけ持ってきてー!
食べ終わってみると動けないほど満腹だった。なんとか消化しないとバイクに乗れそうもないので、郡上八幡観光に出発。まずは名水として有名な宗祇水の祠へと向かった。
冷たいミネラルウォーターが飲めると楽しみにしていたら祠の周りはシルバー観光客でいっぱい、とても割り込める状況じゃなかった。じいちゃんばあちゃんは長寿延命でも期待しているのか水筒やペットボトルに水を詰めて持ち帰っている。
みなさん、いい水飲んでがんばって長生きしてください。
京都のような町並みを散歩していると時々もろみのいい香りがしてきた。山間部はそばも旨けりゃ味噌も旨い。自分へのお土産は郡上味噌の1kgパックだ。
あとは石畳の町をほとほとと散歩してみやげ物屋の店先でお茶をして観光終了。2時間ほどの滞在だったが、それなりに静かな城下町の風情を楽しむ事ができた。

宗祇水の祠
水汲み行列ができていた
ガソリン補給を済ませ再び郡上八幡ICから南下。断続的に続くトンネルを過ぎると徐々に天気が悪くなってきた。場所によっては小雨に見舞われる事もあり走っていても楽しくない。
美濃市に入った頃には横風まで強くなりだし、電光掲示板にも「横風注意」と出ている。注意と言われたところで、できる事などたいしてないのだが。
雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ走り続けてやっと各務原を通過。これで岐阜県とは一旦サヨナラだ。後は愛知・また岐阜・滋賀・京都・大阪を通過すれば我が家に着く...まだまだ先だな。
木曽川沿いのツインアーチ138(確かこれも日本一で、おまけにアジア一だったような)が見えた頃から、風は台風のように荒れ狂い出した。車線の左を走っているのに右へと押されてしまう。まるで木の葉にでもなったかのようだ。前を行く車ですら右往左往している。
尾張の風よ、なぜにそれほど慟哭し我を拒むのか。それとも「おみゃーの運転どえりゃー下手だがや」と私をあざけ笑っているのか。
数年前ならこのような状況下ではまともに運転できなかったが、私だってこの6年半の間に多少は技術向上しているのだ。
まずは出しすぎていたスピードをちょっと落とし、ギアも一つ落とす。そして足でしっかりと車体をホールドして腕や肩の力を適度に抜く。抵抗を減らすため少々猫背気味になり、腰をしっかりと据える。
不必要な恐怖心は持たない、怖いと思えば体が強張りバランスを失いそうになるのだ。均衡を保ち回転数を安定してやれば、後はバイクが風に負けずに走ってくれる。
無理に飛ばさない、これが一番大事。
思ったとおり、シェルパは平静を取り戻して軽快に進み出した。ここ数年でバイクを安定させる事を少なからず覚えたが、会得したのはそればかりではない。知識と経験を得ると同時に体(特に下半身)のボリュームも上昇しているので、安定感はどんどん増しているのだ。
普段は世間から迫害されがちな、ただ見苦しく、ただ無駄に太いだけの足。しかしバイクに乗れば、この重厚感あふれる太モモがバイクをがっちりキープし、車体と身体が一体化して連動する。
グレードアップしつつある腰部と下腹部だって侮ってはいけない。この威風堂々とした腰まわりも車体を落ち着かせるのに役立つ。
この際、パワーウエイトレシオとやらは一切無視しよう。

3日間の総走行距離、971km
オイル交換を済ませたばかりだったが、すでに黒く汚れていた。
荒れ狂う風に翻弄されながら一宮JCTにて名神道に乗り換え。まだまだ風がきついので油断できない。
木曽川橋では新幹線のぞみちゃんにブチ抜かれ、長良川ではトラックに煽られ、そして県境の辺りでは、対抗車線を通過する団体お巡りさん一行にビビり(ワールドカップ警備のために大移動をしていたようだ)、それでもトコトコと走り続けて養老SAに到着。
ここまでくると自分のナワバリ(勝手に決めてる)に帰ってきたと実感できる。暢気に走っていた副会長は「あの横風の中、後ろから見てたら、バイクごと吹っ飛んで行きそうで面白かったわあ」と言ってくれた。おのれ...こっちは必死になっていたのに。
その雨雲も風もどこかに消えてホッとしたが、次は夕陽をモロに顔面に受けるようになるのでこれまた走りにくい。もう高速道はいい加減に飽きたが、走らなきゃ仕方ないので走り続けた。
関ケ原を通過したらやっと滋賀県、まだまだ滋賀県。琵琶湖の気配を遠くに感じながら米原、彦根、八日市、竜王...と通過して京都府突入。もう飽きた、もうイヤだ、もう高速なんて当分走りたくない。
ヨタヨタになりながら桂川SAにて最後の休憩。身体はガチガチで腰は砕けそうでお尻は4つに割れそうだ。降車する時も「よっこいしょ」と口に出してしまう、これはいつもの事だけど。
時刻は5時過ぎ。今朝は「日本の屋根」の軒下で遊んでいたのが、6時間後には排ガスまみれで都心部入りだ。トロトロ走っていたけど早すぎる。
しがない会社員の小旅行だからハイペースの移動になるのは仕方ないが、もうちょっとゆとりのある旅行ってできないのだろうか。なんでもかんでも欧米型を目指すのがいいことだとは思えないが、私を含めた日本人はほとんどが休みベタで旅行ベタな気がする。
たまに旅行の達人に遭遇したりするが、そんな人に限って社会から浮いていると誤解されていたりする。
デフレとは言えお金のかかる旅行がスタンダードとして扱われているのだから、日本人もまだまだだな、などと小市民の私は夕暮れのSAで考え込んだりした

マンションの駐輪場に着いたのは6時過ぎ。トリップメーターは970kmを表示。そんな数字を見るまでもなく、身体の疲れとヘッドライトの汚れが距離の長さを物語っていた。
駐輪場から西を見てみると六甲山に夕陽が沈みかけている。日本アルプスは雄大で見ていて気持ちのいいものだったが、六甲山は気持ちを落ち着かせてくれる。
阪神間に住み暮らす人間にとっては、この山がホームタウンの象徴だからだ。同じように大阪市民だと生駒山を見てホッしたりするはずだ。
影絵の六甲山にただいま、と告げて無事帰宅。それから荷物も片付けず、狭いお風呂に入り、とっとと熟睡。
空中庭園のツーリングは短いながらも最高の体験だったが、それもこれも帰るべき我が家と日常があるから。だからこそ旅を楽しむことができる。
3日振りの自分の枕は最高級の感触だった。夢の中では次の旅に思いを馳せる、さあこれから先の人生、どこを旅しようか?!