淡路ぐるっと一周ツーリング



 
 

夏が来れば思い出す 無職の夏 ヒマな日々...
 

 98年7月、半年前から画策していた退職を決行。時間とお金が同時にてにはいる〜と調子に乗っていたが、退職金はささやかなもので、思うように使えない。その上回りはみんな社会人、無職の人間にに昼間から付き合ってくれるヒマ人はいなかった。

 そんな孤独(贅沢?)な中で私ができる事といえばプレステ&サターン、買いだめしてた小説の消化、時間を問わない飲酒と惰眠、外出するのはコンビニだけ。
 ほんの1月足らずで心身ともにバイクまで腐りかけていた。
 

 そんな中メールをくれたのが、元勤務先の同僚・ファルコンこと美和ちゃん。「ねえねえ、月曜日淡路まで走りにいかへん?」 そうそう、彼女は毎週月曜日が休日だったんだあ。淡路か、めっちゃ久しぶり。

 

 

 

 
 AM8:00,元町にてファルコンと待ち合わせ。ここからは須磨を抜け、垂水JCへ突入。明石海峡大橋が開通して以来、第2神明をバイクで走るのはこれが初めて。
 高台の上から見下ろすパールブリッジはホントに大きく見えた。
 新しいアスファルトを心地よく感じながらいよいよ橋に突入。空に吸い込まれていくようなケーブルに見とれていると、大阪湾の方から突風が襲ってきた。

 

 とっさにアクセルを緩めスピードを落としてはみたものの、足元からすくい上げるように吹き付ける風はかなり怖かった。おちおち景色なんか眺めていられない。
 

 

 
 時速50キロで橋を渡って、淡路ハイウェイオアシスに到着(SAの更に上にある施設です。)
 明石と神戸の街並みをバックにした明石海峡大橋はなんとも威風堂々と見える。橋を眺めていると少し複雑な気分になってきた。

 私は以前、徳島県在住の人と遠距離恋愛なんぞしていた事がある。10年近く前の話なのでもちろん明石海峡大橋はない。彼のところへ行くのはいつも高速船だった。

 結局は私のワガママ気侭が原因で1年足らずでフラれたけど、あの頃にこの橋が出来上がっていたら私達はどんな状況になっていたのだろうかなんて事を考えてしまった。
 

 アイスコーヒーとチュロスでおやつを済ませ、記念写真を撮って休憩終了。
 

 

 

 ハイウェイオアシスからR28へ出た。このあたりの道はあまり込んではいない。海から吹き付ける風は生暖かくて、Tシャツが汗だくになってきた。

 津名町を南下した頃からトラックの姿が増えだした。潮風と汗とでべたべたになったところに排ガスを浴びまくったのだからたまったもんじゃない。お肌に悪すぎる。
 

 いつもの事だけど洲本市内はやっぱり込んでいた。ここは町の規模に比べ、道が狭すぎると思う。まあ洲本に限らず古くからある町は皆そうなのかもしれないけど。

 洲本からは洲本南淡線を南下。ようやく渋滞から開放された。海岸線の所々では未だに海水浴をしている小学生なんかがいたりした。お盆を過ぎてからの海はクラゲがいっぱい出るのに...
 


 

 由良を越えるとすんごい山道。狭いわ見通し悪いわカーブが急だわで結構泣かされた。それでも徐々に慣れてきて、少しずつペースアップして行った。

 慣れてくるとカーブがそれなりに楽しくなってくる。とろい奴はとろい奴なりのカーブの楽しみ方ってもんがあるのだ。

 

 のんきに立川へ突入。急な下りのカーブを曲がりかけた瞬間、前走のファルコンが思いっきり急ブレーキをかけた。ファルコンはリアタイアを滑らしながらも何とか停止。私もファルコンの30cm手前でぎりぎりの停止。

 前を見ると、カーブの出口を観光バスが反対車線まで塞いでいた。きっと曲がり切れなかったのだろうが、いくらなんでも危なすぎる。超低速で走っていた私たちだからこそ助かったのかもしれないけど、もっと早いライダーだったら逆に思いっきり突っ込んでいたかも。

 とろい奴はとろい奴なりのラッキーってもんがあるのだ。
 
 

 観光バスをやり過ごして再スタート。山間の大きなカーブを過ぎたあたりでヘンな看板を発見。「謎のパラダイス!」とデカデカと書いてある。

 なんじゃこりゃ?と思いつつスピードを落として見てみると、その看板の下でおばあちゃんがパイプ椅子に座って私達に手招きしていた。しかも手の動きが妙に緩やかなんである。

 看板付近や奥の方にはまったく人気がなく、かなりブキミだった。きっとあのおばあちゃんは妖怪変化の類だったのだろう。危うく引き込まれそうになった。

 看板のタイトルからして、おそらく以前に「探偵ナイトスクープ」で放送されたのだろう。パラダイスと言うからには探偵は桂小枝に違いない。

 このパラダイス、今になって見とけば良かったのにと後悔している。(何の施設だったのか未だに知らない...)

 

 山道を抜けて、淡路モンキーセンターに到着。ここのお猿さんはほとんどが農薬による被害で身体に障害を持っている。

 そのせいかどうかは知らないけど、箕面のヤンキー猿より遥かにお行儀がいい。いきなり持ち物を引ったくったり襲ってきたりはしない。なんとも和やかだった。

 和やかなだけに、人間の散布した農薬が彼らを傷つけたのが申し訳なく思えた。

 
 

 
 南淡路水仙ラインを西へ向かった。日差しがどんどん強くなってきて腕と首筋がヒリヒリとしだした。

 途中、土生にあった喫茶店で休憩。店に入ってみると釣具がやたらめったらと置いてある。コロッケ定食を片付けながら店の人に話を聞いてみると、ここから釣り客用の漁船を出しているとの事。

 後にこの店は私の釣り好きな女友達の溜まり場となってしまった。

 

 昼食を済ませ出発。ひたすら西へと進んで鳴門海峡に到着。大鳴門橋は明石海峡大橋ほどの迫力はないけれど、これはこれでキレイな橋だなあと思う。

 橋の向こうは徳島県。手を伸ばせば届きそうな距離だった。

 
 
 鳴門海峡から西淡町を抜けて淡路サンセットラインへ。またもやトラックの後ろについて排ガスまみれになった。五色町の乾物屋さんで灰わかめ(←美味いんだこれが)を買って、さらに北上。

 1時間半ほど延々と海沿いを走り続け墓浦あたりから東へ入った。

 よくわからない道をよくわからないまま通り抜け「カントリーメイツ」に到着。ここにある温泉が目的で、行ってみると私達以外誰も入浴客がいなかった。

 温泉と言うよりは民宿のお風呂と言った方がいいくらいの規模だったけど、貸切と言うのは何とも気分がいい。調子に乗った私とファルコンは、入浴シーン撮影会までしてしまった。
 

 
 2時間ぐらい温泉でのんびりしてから外へ出てみると、日が暮れかけていた。またもやよくわからん道をわからんままに抜けて、気が付くと大磯港。

 R28を走って岩屋港に着く頃には、明石大橋の向こうに夕日が落ちて行っていた。岩屋港からは明石行きのフェリーに乗船。ちょうど橋がライトアップされる時間で、藍色の空に虹色のイルミネーションが冴え渡っていた。
 

 明石で下船して夕食代わりの明石焼きを食べ終わった頃には9時をまわっていた。神戸についたのは10時。たいした距離ではなかったけど、やっぱし真夏のツーリングはちょっと疲れる。

 まあ、無職の私は翌日もその次も休みだったからいいけど、会社員のファルコンは翌日仕事だから大変だったはずだ。

 帰宅して排ガス臭いTシャツを脱ぐと、首と肘から手首までだけがこんがり小麦色になっていた。もうノースリーブは着れないと嘆き、そして「そろそろ働き出さんとあかんなあ」と考える熱帯夜となった。